というわけでベヒーモス親子を連れて王都へ凱旋(?)したわけだが、これがまあ騒ぎになった。当然だが。
トラックのコンテナに鎮座しているのがベヒーモスだと分かった途端、ギルドから冒険者が飛び出し、騎士は総動員。
「陛下ー! ご無事ですか!」
「相手は伝説クラスの魔物だ油断するなよ!」
そして町の人々は興味津々で野次馬となっていた。
「あら、大きいわねえ」
「なんだかオブジェみたい」
「強そうだなー」
……一般人の方が慌ててねえな!?
という感じで一時現場は騒然となったものの、ソリッド様が先に町へ戻り、全体に通達が回ったところ、『ああ、あの家の』といったいつもトラブルを起こすご近所さんのような扱いで自体は収束した。まだ王都についてあんまり経ってないが?
まあそんな感じになってしまったが事態は沈静化した。
「ここが俺達の家だ」
<世話になる>
<わぉーん♪>
「お父さんは大きいですし、倉庫の隣におうちを建ててもらいましょう!」
「だな、それまでトラックのコンテナで寝泊まりしてくれるか?」
<承知した>
のそのそとコンテナに乗り込み丸くなった。その様子を見届けて俺とサリア、そしてコヒーモスは家の中へ入っていく。
仕事の再会はもう少しかかりそうだし、パソコンとか使えないか試そう――
そう考えたところで、
<おおい!? 我は外か!?>
「うるさっ!? お前は家に入れないだろ、そこは我慢してくれ」
<ここでボーっと寝ていろと……>
「契約しちゃいましたしねえ」
なんか話をしながらくつろぐみたいなのを想像していたらしいが、人間は家で暮らすものなのだ。コヒーモスを置いて行こうとしたが息子は父より新しい家がお好みのようだ。
「まあこいつが大きくなったら家に入れなくなると思うしそれまでは我慢してくれ。というか大きさを変えられないのか?」
<むう、やったことはないが……できるか?>
そこから頑張ったが父ベヒーモスは小さくなることはできなかった。
一応、そういう魔法を使うことができるらしいが今まで使ったことが無いのでやり方は模索する必要があるのだとか。
<親父殿はできていた。教えてもらえばよかったな……>
<わん!>
コヒーモスは前足を上げて『どんまい!』といった感じで鳴くと、がっくりと項垂れた最強種。本当に強いのか?
それはともかく、ここまでしょげられるとは、と、俺はサリアは困り顔で笑い、腕を組んで考える。
なんとかならないか? トラックで寝泊まりしてもいいがそれだとずっと外に居ないといけない。
「あ」
そこで俺はポンと手を打って、なんとかできる方法を思いついた。アレを使えばいいかと、倉庫へ行く。
「どうしたんですかー?」
「いや、庭も広いし寝るとき以外はこいつでいいかもってな」
そう言いながら取り出したのはテントなどキャンプ道具一式だった。
二人用テントに炭を焼く焚火台にフライパンなどなど、初心者が揃えたんだろうなという感じのギアをでかいダンボールから出していく。
「そっち持ってくれ」
「はーい! あ、立派なテントですね」
「向こうの世界じゃ趣味としてやる人間も多いからなあ」
俺の言葉に『こっちだと冒険者が目当ての魔物を狩るためじっと待つためにキャンプをするから趣味なんてとんでもない』サリアが笑っていた。確かにバードウォッチングなどで何日か固定する人もいるな。
程なくして庭が簡単なキャンプ場と化し、日が暮れてきたのでテントにぶら下げたカンテラを点灯させると、まあまあ雰囲気が出た。
<ほう、いいではないか。火を囲んで過ごすのも>
「テントで寝転がって話せるし、これならお前も文句ねえだろ」
<ふふ、いいやつだなお前は、わざわざ我のためにこのような用意をしてくれるとは>
<きゅーん♪>
「なんかお前を見てると母ちゃんを思い出すんだよ。息子の俺に必死になって働いてな。さて、それじゃ飯にするか! サリア、刺身とフライを作るから冷凍庫から魚を頼む」
「うん、楽しみ!」
駆け足で敬語でないサリアが家の中へ向かってくれた。
ちなみにソリッド様も魚を買っていて、冷蔵したまま運んだのだが、コックが鮮度がいいと驚いていた。定期的に魚を運んで欲しいと言い、ソリッド様はそれはいいと手を叩いて喜んでいた。
なんでも魚はなかなか扱えないからコックは練習のためらしい。だが、ソリッド様は魚料理を食えるというのが嬉しいようだ。
仕事なので報酬もあるし、俺にとっても悪い話ではない。
焚火から城の方へ目を向けて肩を竦める。きっと今頃リーザ様と魚料理でも食っているに違いない。
そんな俺達はマグロの刺身、マグロカツ、アジフライにキスの天ぷらなどの魚料理を次々に作っていく。
犬と同じなら刺身とかはまずいかと思ったが、魔物ゆえになにを食べても問題ないとのことだ。
<マグロカツ……!! これは癖になるな>
「ちょっとで悪いけどな」
<大丈夫だ。契約したから基本はお前の魔力が資本になる。だから食事は少量で十分味わえるのだ! 息子よ、いい人間と知り合ったな>
<わんわん!!>
コヒーモスは尻尾をぶんぶん振りながらサリアの手からアジフライを口にしてキレイに尻尾だけを残す。
俺の魔力が資本、か。ほぼ無尽蔵にあるからもしかしてそれに釣られたか……?
<もっとマグロをくれ>
「こっちは高えんだよ!? 刺身……うめぇ……米が進むぜ……」
「私はスズキというお魚が好きですね」
「通だなサリア……」
水っぽい印象もあるスズキは刺身ではなくフライパンでムニエルにした。
バターと白身魚のバランスは女性にいいのかもしれないな。
<美味い……美味いぞ……!>
<きゅふーん♪>
「お、なんだ晩飯か兄ちゃん! 酒、飲むかい?」
「いいねえ、つまみは作るから座ってくれよ」
「あ、俺も!」
そんな二匹との二人の夜は更けていく。
気づけば近隣住民が集まり、酒盛りへと変化していくのはなかなか面白かった。
そして、それから10日後。
いよいよ、運送業が再開する時がやってきた。
「ようし! 出発だ!」
「いってきまーす!!」
<わんわん!!>
「気を付けてな。といってもベヒーモス殿が居れば魔物の危険は無いだろうが」
<当然だ、ヒサトラとサリア、そして荷物の安全は我に任せておけい>
――なんだかんだとあれから数日が経過し、俺達はいよいよ運送業へと復帰することができた。
初依頼にも関わらず多くの人が利用してくれ、荷物のお届けが一日150件と、トライドさんとの初仕事の10倍スタートとなった。
片道で良ければということで冒険者も数人載せての出発である。
ちなみに時間をかけた理由はトラックにルアンを崇拝する宗教のシンボルと、ソリッド様のところの国章、それと俺達の新しい作業着を作っていたかららしい。
急遽ベヒーモス親子が参加したため、仕立て屋が慌てて二頭の帽子を作ってくれたのだが、
<この帽子というのはいいな。仲間同士という感じがする>
父親は角に引っ掛ける形ででかいの被っており、ご満悦である。
コヒーモスの方は角がまだ小さい(よくみたらあった)ので、帽子に紐をつけて首に回して結んでいるのだ。助手席との間でおすわりしてキリっとしているのが可愛い。
「そんじゃ行ってきますー」
そして町の外へ。
冒険者が乗るため父ベヒーモスはコンテナが閉じている方に体を預け、頭は運転席の屋根にある。荷物だけならコンテナを広
く取れるのでコンテナに窓をつけたりするべきなのか? しかし改造も手間だしなあ。
荷物は盗まれないように冒険者が乗る場所と荷物を積載する場所を分けてある。なので盗難の心配はない。左側にソファを並べ、背もたれに壁を作り、そこへ荷物を積んでいる。まあ要するに荷物と客席を半分ずつにしているのである。サリアがたまに小窓から監視をしてくれているし、ぶち破らない限りは荷物へ辿り着かない。
ちなみにパソコンはシガーソケット経由で充電ができて使用可能に。
サリアがいたく気に入っており、今も膝に乗せてMAPを見ているのだが、酔わないのだろうか……。
<前方にサージェントウルフの群れだ。威嚇しておこう>
「頼むぜ」
茶色い毛並みの狼が道を塞ごうとして……父ベヒーモスの咆哮で散っていった。通り過ぎる時になんか謎の言語を話していたが、あれが魔物との交渉だろうか?
通り過ぎた後にバックミラーを見ると狼たちが見送ってくれていた。
「獲物だと思ったのかねえ」
<珍しいから近くで見たかったようだな。鉄は食えんことを教えてやった>
「いい仕事をしてくれますね♪」
サリアが隣で天井に目を向けながら笑い、俺もつられて苦笑する。
なんだかんだ上手くやっていけそうだなと思っていると、街道が終わり最初の町へと到着した。
「あいよ、お疲れ様! 到着だ」
「ありがとう……って、本気で速いな……馬車なら昼過ぎに到着だぞ」
「まあそれが売りだからな。頑張って稼いで来てくれよ!」
一組目の冒険者を降ろした後は宅配を5件ほど。
商人達は買い物をしたそうだが、夜行バスみたいなものではないので集合してくれなければ困る。そのためサリアとベヒーモス親子に留守を頼んでおく。
荷物が増えたら父ベヒーモスに監視をお願いしたい。というか途中で逃げて時間までに返って来なければ置き去りにする手もあるか?
「ここはこれで終わりだな」
「なら、次ね」
配り終えてから次の町へ。
日本みたいに地続きでポツポツ家が建っているという感じじゃなく、魔物避けの壁に囲まれた場所なので非常に分かりやすいのがいい。
「おお、あれが『とらっく』だな! ヒサトラさんですね、話は聞いております」
「あざっすー!」
「……おい、なんか乗っかってんぞ!?」
初めて行く町でもこの通り、快く受け入れてくれる体制が出来ているので俺もにっこり笑顔だ。商人たちを降ろすと人間を移動させるのはこの町までなので、残りは荷物のみとなる。
<では我はここで待っているぞ>
「頼むぜ。20件くらいだからすぐだ」
コンテナから降り立ったベヒーモスがトラックの横でお座りをしてそんなことを言う。お座りして俺とあんまり変わらないのでやはりでかいな。
「しゃ、喋った……!?」
「でけぇ……」
「でも帽子被ってるわよ可愛いー」
<我になにか用か?>
「な、なんでもありませーん!?」
ベヒーモスが話しかけると集まっていた人、特に男は距離を取り、女性は俺の足元に居るコヒーモスに夢中だった。
「この子かわいー!」
「みんなとお揃いの帽子なんですね」
「ええ、ウチのマスコットですよ!」
<うぉふ!>
サリアが自慢げに女性たちへコヒーモスを紹介すると、愛嬌を振り撒き撫でまわされていた。
こら、お父さん、羨ましそうな顔をしない。
「おう、兄ちゃんが例のやつか! おら、こいつ持ってけ!」
「ありがとうございます。この住所ってどのあたりですか?」
「おう、そこはな――」
住所はソリッド様が用意してくれた町の地図を元に現地人が教えてくれるから正直楽だ。まあ最初だから珍しさに声をかけてくるだけかもしれないが、今のうちに色々な人と仲良くなっておけば後に続く。
今日は南側の端の町まで行って別ルートで王都へ戻ってくる仕事だった。国境最南端まで行って帰って来たんだけど、まだ20時だったのでかなり早く終わったと思う。
「ふう、無事に終わりましたね! みなさん協力的で楽でしたし」
<わん!>
「まあ、ベヒーモスはまだ伝わってなかったから警護団を呼ばれた時はまいったけどな。という感じの仕事だがどうだったよ」
屋根から降りてきたベヒーモスから帽子を受け取りつつ尋ねてみると、
<悪くない。『こんてな』とやらの上も風を受けて快適だったしな。もう少し幅があると良いのだが>
そんな回答が返って来た。
そのあたりは改善の余地があるなと顔を撫でながら言ってやると、頼むと返事をして寝そべり晩飯の支度を待つ。
初仕事でそこそこの収入だということで俺は奮発して肉を買っておいた。
明日も朝から仕事だが、癒しの一杯も購入済み。
「よーし、焼くか」
炭火の威力はでかい。
網の上で焼かれた肉からでる肉汁が炭火へ落ち、そこから香る匂いは食欲をそそられる。
<くぅ~ん>
目を輝かせたコヒーモスが尻尾を振る。
父ベヒーモスは冷静だなと思っていると――
「きゃあ!?」
「こら、そんな大きく尻尾を振るんじゃない! 埃が飛ぶだろうが!?」
<す、すまん>
<わふわふ>
一瞬、とんでもない風にあおられてしまった。
幸い肉は死守したので、その後は一枚ずつステーキと野菜を頂く。野菜はトウモロコシがあったので醤油っぽいやつをつけて焼きもろこしにした。
「おいしい……! 私このトウモロコシ好きかも」
「おお、一本食っちまえよ。……くう、酒に合うな肉……」
<うむ、いい焼き加減だ>
今日の疲れもなんのその。俺達肉体労働者は美味いものを食って酒を飲んでいれば癒されるのである。
そしてそこからしばらく運送業は上手く行っていたのだがある日の休み――
「またよろしく頼むよ! 兄ちゃんたちは仕事が早いし安心だ!」
「はは、強力なヤツも乗っているから盗賊も手出しできませんからね」
<わんわん!>
足元のコヒーモスがぐるぐる回りながら嬉しそうに鳴く。番犬……犬では無いが、役に立っていると感じているのだろうか?
ひとまず荷物のお届けが終わり、トラックへ足を運ぶ俺とコヒーモス。
今日は王都から東へ走り、また端から戻るルートだ。今のおじさんの届け物をして今日のノルマは終わり。後はこの時間に王都へ戻る冒険者を待ち乗せて帰るだけである。
「ほら、危ないぞ」
<きゅん!>
「あら、可愛い~」
「珍しい犬ね」
こいつのおかげもあって、王都では女性なんかも運送屋に足を運んでくれるからいい収入源になっていたりする。
男はサリア目当てで来たりする。仕事にはいいことだがそこは複雑な心境だ。
で、すでに運送業を再開して7日が経過。
今のところは問題無く操業できているのでホッとしている。
一応、この国の東西南北は全て回ったことになり、だいたいの町を把握した。次は速度を上げるポイントをつくることで効率化が図れるのではないかと考えている。
「お待たせ」
「あ、お帰りなさい! 私も配り終えましたよ」
「こっちにコヒーモスを連れて来てたけど大丈夫だったか?」
「はい! コンテナの上にいるお父さんが怖いですからね、みなさん! ふふ」
<サリアになにかあれば我もヒサトラも悲しくなる。息子も契約しているし全力で守るのは当然のことだ>
頼もしい言葉だ。
頭に乗っている帽子が凛々しく風に揺られ、息子も得意気な顔をしている。
「帰るか」
「そうですね。冒険者さんも集まってきましたし」
<いま我、かっこよかったよな!?>
という感じで人間(?)関係も良好である。
そんな俺達も働きづめでは疲れるので、五日働いて休みを2日取ることにしている。こっちにはいわゆる『週』という概念は無く、一か月は30日というサイクルを10か月。それで一年らしい。
なので、毎月〇日は休みとか三日働いて1日休むみたいな感じで働いているみたいである。
今回は初動ということもあり、七日働いたが次回からは五日に2日休むつもりだ。
そして休みの初日にそれは起きた。
<きゅ~ん♪>
「はは、お気にいりになっちゃったな。……ん?」
「この家ですかね」
「ハッ」
コヒーモスがトランポリンで遊んでいるのを横目に朝の一杯(積み荷のコーヒー)を飲むため庭で火を熾していると、数人の騎士が突如、静かな空気を打ち破る。
見慣れたやつもいるし、ソリッド様のお使いかと思っていると――
「ほほう、これが異世界の乗り物ですか?」
「はい。陛下が絶賛しておられたものですね。私達も乗りましたが足が速く頑丈で、移動するならこれが間違いないでしょうな」
――眼鏡をかけた女性がトラックの周りをうろうろしながら顎に手を当てて眺めていた。騎士もなぜか得意気である。
「誰でしょうね」
「いいローブを着ているからお偉いさんっぽいけど……」
ひとしきりトラックを眺めている女性を俺達一家が眺めるという謎の図式がしばらく続いた後、眼鏡の女性が俺達に気づき、近づいて来た。
「やあやあ、初めまして! あなたがヒサトラさん?」
はい、そうですけどあなたは?」
「よくぞ聞いてくれました! わたしの名はバスレイと言いまして、城に仕える魔道具開発の主任をしております」
「はあ、ヒサトラです」
「サリアです、初めましてバスレイ様。それで本日はどういったご用件でしょう、お仕事は本日お休みになるのでご依頼なら後日で……」
サリアがコーヒーを俺の前に置きながらそう告げると、バスレイという女性は手を前に出して『皆まで言うな』と制した後、口を開く。
「今日はヒサトラさんに話が会って来たのでお仕事ではありません。さて、聞けばあなたは異世界から色々と道具を持ってきているらしいですね?」
「ああ、まあ俺のって訳でもねえけど、もう戻れないらしいから事実上ウチの財産にはなるけどな」
「なるほど。……今日は、その性能とやらを見せてもらおうと思って来たのです!」
なんでそうなる、と思っていたが彼女は魔道具開発をしているため騎士達から聞いた話が気になっていずれここに来るつもりだったとのこと。
<ヒサトラ、そろそろ朝ごは――>
「野営をする時に一番重要なもの……それは火です! この火を熾す魔道具……むむむ……魔力を込めればこの通り、これが火だねになるんです。フフフ、異世界にこれほどのものは無いでしょう」
「まあ……」
手のひらサイズの鉄の棒のようなものの先から火を出し俺は素直に感心する。そういうのあったかなと思いながら生返事をしていると、
<なあ、我と息子だけでも先にごは――>
「ヒサトラさん、あれがあるわ」
サリアが口をへの字にして俺の胸ポケットを指しながら言う。確かにあれなら魔力を込めるより早いかとライターを取り出して手の中で弄ぶ。
「なんですかそれは? さすがにこの魔道具に敵うものではありま――」
「ほれ」
「指先ひとつで!?」
ライターに火をつけると、身体をオーバーにのけぞらせて驚愕の表情を浮かべるバスレイ。まさに指先でダウンしたわけだが、そこでサリアは畳みかけていく。
「甘いですね、バスレイさん? これはパソコンと言って、この中で文字のメモなどを取ることができ、さらに地図まで表示させることができます」
「なんですと!?」
「こっちのポットという道具は魔力を込めればほぼ半永久的にお湯を残せます」
「カルチャーショック!?」
「そしてこれがテント。雨風を凌げるぜ」
「毎日がエブリデイ……!?」
意味が分からん上にテントはこの世界にもあるだろうが。
ノリで俺も紹介してみたが、ずいぶんショックを受けているようだな。恐らくだが、騎士達がちやほやしていた異世界道具に対抗すべくやってきたのだろう。
「ほうら、扇風機ですよー」
「ああああ、涼しい風が三段階!」
<ご飯……>
だが現在、サリアに打ちのめされている最中なので目論見が完全に外れたのだろう。騎士達はキレイに整列してそれを眺めているので、なんかひと悶着があったのかもしれないな。
そしてひとしきり儀式が終わった後、地に手をついていた彼女は顔を上げて俺に口を開いた。
「……フフ……異世界の技術……御見それしました……。ヒサトラさん」
「なんだ?」
「わたしと結婚しましょ……うぶ!?」
「は? 面白いことを言いますね、初対面の方が……」
瞬間、サリアの手がバスレイの頬を両側から潰し今まで見たことが無い冷ややかな目で見つめた後、
「……」
「おお……見事な簀巻き……」
「流石はサリアさんだ……」
サリアの手によって近くの木に吊るされる結果となった。
一体何しに来たんだ……?
「酷い目に合いましたね……」
父ベヒーモスがそろそろ限界を迎えていたので食事をすることにした。その間、バスレイには一時間ほど木に吊るされてもらっていた。
なんか邪魔されそうだったのと、食事を邪魔された父ベヒーモスが酷く憤慨していたから仕方がない。
朝からサンマの塩焼きを焼いてご満悦になったコヒーモスをトランポリンで遊ばせておき、父を監視役にしてようやく木から降ろしたところ、先のセリフである。
サリアは頬を膨らませていたが、とりあえずもういいだろうということで納得してもらう。
「自業自得っすよバスレイ主任。あ、このサンマ美味いっすよ脂のってて」
「サリアさん、怒らせるとガチで怖いんだな」
「すみませんヒサトラさん、ちょうど主任に駆り出されて朝を取り損ねてたんですよ」
俺達が食っている横で騎士達が喉を鳴らしていたので朝ごはんを分けていたりする。卵焼きとサンマはすぐできるしな。
「この道具も異世界のもの……」
「七輪ってんだ。炭火で焼くと魚が美味くてな、あんたも食うかい?」
「お願い……します……」
「血の涙を流すほど悔しいならやめとけばいいのに」
とりあえず美味い美味いと連呼しながらバスレイが朝食を平らげた後、何故か誇らしげに俺達に目を向けて口を開く。
「ごちそうさまでした。いや、しかし異世界の技術は凄いですねえ、わたしは感服しましました。今後の魔道具開発が捗ることでしょう! このカセットコンロというのは騎士達に人気ですし、冒険者の野営のお供に使えますね。これは儲か……みなの為になります」
最後は心の声だったようだが目がお金マークになっていたので分かりやすい人間なのだと分かる。
パソコンは使い道が不明だったようだが、カセットコンロやライター、冷蔵庫など特に日常生活や冒険者、騎士達に有用なものを特に気に入っていたので、基本的に悪い人間というわけではなさそうだ。
「それにしても急でしたね? 私達がお仕事だったら居なかったので運が良かったですよ?」
「ああ、それは陛下に今日が休みだと聞いていましたからね。ヒサトラさんがここに来てからずっとべた褒めでどんなものか気になっていたのでいつか会いたいと思ってました」
「そんなにか……?」
「ええ」
どうやら調子に乗ったソリッド様が城中の人間に言いまくっているそうだ。
他国に知られたら困るんじゃないのか? まあ、国中を爆走していたらあまり変わらないかもしれないが。
「それに最強種に一角と呼ばれるベヒーモスを飼っているのも凄い。サリアさんは怒るかもしれませんが、今後ヒサトラさんを狙う第二、第三の女性が現れることを予言しておきましゅ」
「噛むな。つーか、いやいや。俺の仕事は力も体力も使うし、長距離をトラックに乗りっぱなしだから結構きついぞ? それにコヒーモスは小さいがベヒーモスはこの通り怖いぞ?」
<ん? なんだ?>
「いや、なんでもないから遊んでいていいぞ」
<そうか?>
<きゅん、きゅん♪>
コヒーモスは父の背中から飛んでトランポリンで高く舞い上がるという新しい遊びを覚えていたのでそっとしておくことにしよう。
「そこはその人次第だと思いますがね? わたしは今の仕事を辞めれないのでついていくことは出来ませんが、大変魅力的だと感じておりますよ」
「それはありがたいが、サリアがいりゃ俺は満足だから他に女の子は必要ないかな」
「ヒサトラさん、ありがとう!」
「勿体ないですけどねえ。あなた自身も優秀みたいなので子供はたくさん作っておく方がいいかもです。……そのトラックがヒサトラさん、もしくはその血筋でしか使えないなら特に」
今はまだいいが歳を取った時にとのことらしい。一番怖いのは『誘拐』だそうだ。
しかしこちらもコヒーモスが大きくなったら受け継ぐこともできるだろうし、父ベヒーモスもこの生活が上手くいけば俺の子供と再契約なんてこともできるはず。
「ま、俺達のことは俺達で考えるよ。ご忠告として受け取っておくよ」
「そうですね、脅かしましたが目立つとそういうこともあるということで。それでは騎士の皆さん、帰りましょうか! いんすぴれーしょんが沸いて来ましたよ! 今度はトラックに乗せてくださいね」
「承知しました。ヒサトラ殿、ご馳走ありがとうございました。ごゆっくり休日を楽しんでください」
「サンキュー、また魚でも入荷したらソリッド様に献上するよ」
すると笑いながら『むしろ持ってくると思いますよ』と笑いながらバスレイを連れて去っていった。
また道具を見せてくれとか言って来そうである。
「それじゃ、今日はなにするかな」
「ゆっくりしましょうよ。お昼を過ぎたらお買い物に行って、コヒーモスちゃんのブラッシングでもいいかも」
「……やけに機嫌がいいな?」
「そうですか?」
にこにこと笑顔を俺に向けながら首を傾げるサリアに苦笑しながら冷めたコーヒーを飲み干す俺であった。
◆ ◇ ◆
「いやあ、興味深いところでしたね」
「ヒサトラさんもいい人だから急な訪問でもきちんと対応してくれますしね」
「次の休みはお土産を持って――」
「ん? バスレイか、騎士を連れてどこか行っていたのか?」
「これは陛下! いやあ、噂のヒサトラさんのところへ行ってたんですが、確かにあれは凄いですね! わたし、魔道具の研究が捗りそうです!」
バスレイが深々と頭を下げながらそういうと、ソリッドは満面の笑みで返す。
「そうだろう! 私からも言っておくから、ヒサトラ君の道具を見せてもらうといい」
「いやあ、あの七輪とかいうので焼いたサンマは美味しかったですし、今度はわたしからもいい肉を……あ、あれ? 陛下どうしました?」
「……なんか、美味しそうなものを食べていたのか? 私抜きで?」
「へ?」
「はい。サンマの塩焼き、美味しかったです。冷凍庫は便利だと思いました」
瞬間、ソリッドは指を鳴らしてメイドを呼ぶと一言。
「吊るせ」
「なんでですかぁぁぁぁ!?」
バスレイ、本日二度目の簀巻きだった――
「さて、ゆっくり休んだし今日からまたバリバリ働くぞ!」
「はーい」
<わんわん!>
<うむ、情報収集もな>
バスレイが出現した次の日はソリッド様が来てまた大変だった。飯を食って帰るだけなのだが、国王だということを自覚して欲しいものである。
それでも気を使ってくれたのか、朝ごはんを食べるだけで帰っていった。
明後日は魚屋が仕入れをしたいということで移送を頼まれている。その時にめぼしいものを買って来てくれと頼まれたあたりちゃかりしているよ。
そんなこんなで今日は南東方面の移動となる。果実や木材の販路で山が多い地域らしい。
途中までは普通の道で、ふもとの町までは問題なし。
「いやあ、こんなに早く届くとは思わなかったよ。これから狩りの時期だからこいつが無いとね」
「またいつでもどうぞ!」
弓矢で狩りをする冒険者が手紙で王都の鍛冶屋に注文していた矢と矢じりをウチに配送を依頼してきた。 今、受け渡しが終わったがこれから数か月、増えた魔物の討伐に追われるそうだ。
素材や肉が手に入る反面、危険も伴いため準備は怠らないのだと笑っていたが物騒である。
まあ俺がそういう仕事をしていないだけで狩りはメジャーな仕事というのは理解できるけどな。
それはともかく――
「さて、サリアとコヒーモスはこっちの方だっけか」
早めに配達が終わったので手伝おうかとサリアに任せた付近を歩いていく。
「高いなあ」
山の麓イコール魔物も多いことからこの町には高い壁がある。戦える人間も多い町ということで武装した衛兵やらがよく目につくし冒険者らしき人間も闊歩している。
危険だが資源を手に入れるには多少は目を瞑るといったところだろうか。実際、桃やブドウ……だよな? といったフルーツがたくさん店頭に並んでいるのは王都でも見たことが無い。
適当にコヒーモスとサリアに土産として買い探していると見慣れたツナギを着たサリアの後姿を確認できた。
……のだが、少し様子がおかしい?
「あの、お仕事中なのでそういうのはちょっと」
「だから仕事が終わってからでいいって言ってんだろう? 首を縦に振るまでここは通さねえけどな!」
「……」
チッ、ナンパか。
いつかは起こりうるだろうとは思っていたが、目の当たりにすると面倒くせえもんだ。念のため担いでいるバットを袋から取り出して近づいていくと、コヒーモスがサリアの前に出て足元で吠えまくっていた。
<ウウウウウ……がう! わんわん!>
「なんだぁ?! 犬か……? うるせえな、黙ってろよ」
<きゅん!?>
まずい、男がコヒーモスに手を伸ばすのが見えて俺は速度を上げる。どうするつもりかわからんが、ロクでもないことは確かだ!
しかし距離がまだある……間に合うか!? そう思ったところで、サリアが動いた。
「待ちなさい」
「お、なんだ、やっとその気にな――」
「コヒーモスちゃんになにをするつもりですか!!」
「――なあああにぃぃぃぃ!?」
おお……!?
どういう状況か説明しよう!
コヒーモスを捕まえようとした腕をサリアが掴み、怒りに任せてぶん回した結果、男は派手に吹き飛んで壁に叩きつけられたのだ……! あれ、そんな怪力設定あったっけ!?
「大丈夫か!」
「あ、ヒサトラさん!」
<きゅんきゅん♪>
特にケガなどはない、か。それにしても今のは一体?
合流したところで、吹っ飛ばされた男が再び突っ込んでくるのが見えた。
「くそが……!! こうなったら力づくでも!!」
「サリア、下がってろ。俺がやる」
そう言って前に出ようとするが、サリアはウインクをして逆に突っ込んでいく。な、なにやってんだ!?
「止めてくださいって……言ってますよね!!」
「な!?」
<わぉーん♪>
「ぐあぁぁぁぁぁ!?」
掴もうとした男の腕をすり抜け、突き倒すようにサリアが腕を前に出すと、男は再びぶっ飛ばされ、二回、三回とバウンドをした後うつ伏せになって動かなくなった。
「そんなに強かったのかサリア……?」
「えっと……よく分からないんですけど、さっきカッとなった瞬間力が湧いてきて……」
「そうなのか? まあ、無事ならいいけど……おい、あんた生きてるか?」
襲い掛かって来たヤツを手当てするかと木の枝でつついてみると、
「ぶわ!? こ、この俺が小娘に……」
「おう、元気そうだな? ウチに連れに手を出そうとはいい度胸だが、あんたもサリアに派手にやられたしこのまま立ち去ってくれるなら穏便に済ませてやるぜ?」
「なんだ兄ちゃん、俺とやるってのか? さっきは油断したが――」
「つべこべ言わず立ち去れや? な?」
俺は今出来る全力の笑顔で、持っていたバットを男の肩にこつんと乗せる。すると、肩アーマー部分がぐにゃりとへこみ、男は鼻水を出して青ざめた後、
「な、なんだこいつら、オーガの親戚かなにかかよ!?」
急いで立ち上がり、目にもとまらぬ速さで消えて行った。ふん、ボルボの時以来、久しぶりにキレちまったぜ。
<わん!>
「おう、ありがとうな、サリアを守ってくれてよ。トラックに帰ったらこいつを食わせてやる」
<きゅふ~ん♪>
なんとも言えない声を上げて俺の足をよじ登り、肩に乗るコヒーモスに苦笑しつつ、サリアに声をかける。
「残りは?」
「あと一軒ですね!」
「よし、一緒に行くか」
「はい!」
荷物は俺が持ちラスト一個を持って行った後、その辺の露天で昼飯を買ってトラックへ戻る。するとコンテナの上に載っている父ベヒーモスが子供に囲まれていた。
「かっけぇ!!」
<そうだろう? 我ほど強くてカッコいい存在は……痛っ!? こら、尻尾を引っ張るんじゃない!>
「わ!? すげえ!」
「戻ったぞ。ほら、こいつは危ない魔物なんだあっち行って遊べよ」
「はーい」
「じゃあなライオン!」
<ち、違う!!>
子どもたちは父ベヒーモスをライオンと間違えているらしく、そんなことを言いながら散っていく。子供は怖いもの知らずで元気だな。
<まったく……最強種の我をライオンなどと……>
「まあ、帽子で角が隠れているから同じに見えるんだよ。ほら、昼飯」
<おお、助かる。そういえば見ていたが、サリアが派手にやっていたな。あの男が吹き飛ばされるのは傑作だった>
尻尾を美味く近い、俺が差し出しただハンバーガーみたいな食い物をさっと受け取りつつさっきの出来事を口にする。
「お、見てたのか」
<うむ。息子と契約したから我等の力を使えるようになったからな。ただの暴漢相手なら余裕で勝てる。魔法でもないから魔封じの魔道具のようなものでも抑えられない。人間の中ではかなり強者になったはずだ>
「は?」
俺とサリアが訝しんだ声を上げる。ベヒーモスの力が使える、だと?
「そりゃマジか……?」
<わん!>
「そうみたいですね」
<そうだな。まあ、困るものではなかろう。異世界のアイテムを守るにもちょうどいいだろ>
「軽いな……」
確かにサリアがどうにかならないならこれほど安心なことはないので、頼もしい限りではある。というか俺もそうなのか?
なんとなく握り拳をつくりながらフルーツジュースを飲み干す。
……ま、いいか。次は山の向こう側にあるらしい町へ向かおう。
「静かな場所だな、こういうところでキャンプをしてみてえぜ」
「お庭もそんな感じですけどね。でもベヒーモスさんが居るから安心してできるかも」
<わぉん>
麓の町から山を登っていると、眼下に見える地上が段々と遠くなっていく。その代わりに静かな森の中へと入っていき、キャンプに最適な場所が心を躍らせる。
<ゴガァ!>
【ひゃいん!?】
……まあ、魔物は居るので父ベヒーモスが居なければ安全にとはいかなさそうだけども。
しかし、ベヒーモスの力が使えるのでサリアと二人でも撃退できそうだな。とか考えながら、シュールな目をしたキツネっぽい魔物をやり過ごす。魔物と契約し力を得るとはまたファンタジーな話だ。
「今日は夜までかかりそうだな」
「明日の仕事はそれほど多くないから寝る時間はありそうですけど。……あら、雨?」
「おっと、そりゃ大変だ。おーい父ベヒーモス! コンテナに入るか!」
<いや、このままで問題ない。たまには雨にあたるのも悪くない>
いいのか。
本人がいいと言っているのでとりあえずヘッドライトをつけ、ワイパーを動かすとコヒーモスがワイパーと一緒に頭を動かしはじめ、やがて目を回して寝台へと転がって行った。
<きゅーん……!?>
「ふふ、可愛い」
「子供ながらって感じだな。とりあえず山道だしゆっくり進むか」
切り開かれているだけで道と呼ぶには微妙な場所を登っていく。
稀に急な坂もあるが、トラックの馬力なら余裕だ。ただ、横転しないとはいえハンドル操作は気を付けないと、崖に落ちたらどうなるかまでは保証できない。
<む、ヒサトラ前方に人影があるぞ>
「なんだって?」
こんな山の中で? と、一瞬考えたが冒険者なら有り得るかと思いなおす。
少し進むと木の下に三人組の男女が項垂れているのが見え、エンジン音に気づいた男が顔を上げてこちらを見る。なにごとか分からないが、とりあえず近くまで行って声をかけてみた。
「どうした? 立往生か?」
「に、人間……? このでかいのは一体……。い、いや、それよりすまない、ポーションみたいなものを持っていないか?」
「ケガ人がいるみてえだな。この雨じゃキツイだろ、コンテナを開けてやるから乗りな」
「え?」
「ベヒーモス、すこしずれてくれ」
<承知した>
「え? ベヒーモス……? え?」
俺は運転席から降りるとコンテナの操作をして開いて、冒険者らしき三人を招き入れる。
みるとケガをしているのは弓を持った女の子のようで、太ももが大きく裂けて出血していた。結構深いなこりゃ……!
「痛々しいな……。ポーションはないが俺達はこのまま近くの町まで行くつもりだ。そこなら手当できるだろ?」
「あ、ああ。いいのか?」
「かまわねえよ。ほら、そっちの兄ちゃん、女の子をこっちのソファに寝かせろ」
「助かる……!」
「サリア、悪いが助手席の救急箱を頼む」
「はい!」
サリアには一通り説明しているのでこのあたりの連携はばっちりだ。
とりあえず化膿が怖いのでダッシュボードから出した救急箱を取り出して消毒液を振りかける。
「うう……」
「なにを……?」
「我慢しろ。こいつは消毒液だ、化膿を抑える効果があるんだ。あとはこいつを使ってくれ」
毛布を男に渡すと、コンテナの灯りをつけてから再び運転席へ戻り先ほどより少し速度を上げて山道を進む。
「なにがあったんでしょうか?」
「魔物と戦って負傷したってのが一番わかりやすいが、無理に聞くこともねえだろ。さっさと病院に連れて行けばいいさ」
サリアがそうですねと微笑み、たまにコンテナの様子を伺ってくれていた。
あのケガなら俺達を騙しているとは思いにくい。
魔物は父ベヒーモスのおかげでまったく遭遇しないため上がって来た山道を今度は緩やかに下っていく。
彼らを拾ってから30分ほどしたところで、目的地の町へ到着した。
「おお、陛下からおふれのあった『とらっく』というやつか?」
「そうです。というか後ろにケガ人が乗っているんで、先に降ろしていいですか?」
「なんと!? ここではなんだし町へ入るといい!」
話の分かる門番さんがすぐに招き入れてくれたのですぐに屋根のあるところに止めてから冒険者三人を降ろしてやると、医療院とかいう病院に近い施設へ運ばれた。
サリアの話だと魔法で治療するから傷は残らないそうなので一安心である。
男二人がお礼をと言ってきたが、早く連れて行ってやれってことで退散させた。連れて来ただけだし、礼なんていらねえよな?
「さてと、雨だしさっさと荷物を配っちまおうぜ」
「ですね。せっかく山に来たのに景色を見れなかったのは残念かな?」
「ま、機会はあるだろ。ベヒーモスもたまには散歩したいだろうし。背中に乗せてくれよ? あれ?」
ずっと黙っているのでどうしたのかと思ってコンテナの方を見ると――
<おお……我の帽子がぐしゃぐしゃに……>
――雨でふやけた帽子を両手で持ったまま項垂れていた。
「そりゃあずっと雨に打たれていればなあ……」
「お洗濯をして乾かせば元通りですよ!」
<うむ……>
<きゅんきゅん>
そんなに気に入っていたのか。
コヒーモスに慰めの言葉をもらう父ベヒーモスに雨合羽でも作ってやるかとちょっと思うのだった。
山の中腹にある町の宅配が終わったころには雨は止み、これならもう少し飛ばしても良さそうだ。
陽もまだ高いし、あと一つ町を回ったら今日は終わり。
晩飯を町で食うか自宅で食うかという選択肢くらいしかない。贅沢な悩みだ。
しかし、ベヒーモスが居るので町の食事は難しいか? 弁当はあんまりメジャーじゃないし……宅配弁当……利益が確保できればやっても――
「終わりましたよ!」
「おう!? ああ、おかえりサリア」
「どうしたんですか? なんかぶつぶつ言ってましたけど」
「いや、飯をどうしようか考えていたら新しい事業をだな」
弁当屋の話をしたところ、販路が拡大できたらいいかもしれませんねという返答をするサリア。
まずは王都からか? そんな話をしながらトラックに戻り、助手席でコヒーモスの足を拭きながら彼女は、俺に顔を向ける。
「そういえば……そろそろ名前をつけてあげないといけませんね」
<わふ?>
「名前か……」
そういえば忘れてたな……。コヒーモスの響きが自然すぎてそういうもんだと接していた。言われてみれば父ベヒーモスは呼びにくい。
<よく言ったサリア。待ちわびていたがこちらから言いだすのも気が引けるからな>
「うわ!? びっくりした!?」
父ベヒーモスが運転席の窓にぬっと顔を出しながらそんなことを口にする。コンテナから落ちないようにしがみついているんだろうけど、後ろから見たら面白映像になってそうだ。
「欲しかったのか……というか喋れるんだし名前くらいはありそうなもんだけどな?」
<もちろん無いわけではないが、共に生きていくならお前達から貰うべきだと思っている。魔物はそういうものだ>
まあ最強種のこいつが言うのだから間違いないか。
しかしいきなりそう言われてもパッと思いつかないのが人間だ。
「……帰ってからな」
<約束だぞ?>
そう言って父ベヒーモスはひゅっとコンテナの上に戻って行った。が、妙なプレッシャーを背負ってしまったなと口をへの字に曲げる俺。
まあ、カッコいい名前なら族時代につけてたから多分いけるとは思う。『武毘威喪主』とか良くね? 武を『べ』と読ませるところに男気を感じるはずだ。
そういや言葉は通じるし読めるけど、漢字はねえな。ここで漢字の名前とかイケてるんじゃ……!
「なんか悪い顔になってますよ?」
「え?」
サリアが苦笑しながら俺の肩を叩く。
どういう顔か聞いてみたかったが、鏡を出されそうだったので止めておく。 とりあえず父ベヒーモスをあまり濡らすのも悪いのでさっさと出発するか。
「すみません!」
「ん?」
キーを回してエンジンをかけた瞬間、眼下で声をかけられたので窓を開けてみると先ほどの兄ちゃんの片割れ。が立っていた。
「あの、先ほどはありがとうございました。おかげで仲間は傷跡も残らずに済みそうで、あなたが投薬したのが良かったのかも、と。これは少ないですがお礼です」
「ああ、いいって気にすんな。たまたま通りかかっただけだからよ。それであの子に美味いもん食わせて体力を回復させてやんな。血が出ていたからそういうの大事なんだぜ?」
「し、しかしそれでは……」
「俺達も次の仕事があるんで、行くよ。あ、どんな病気にも効く薬や果実みたいな情報とかない?」
「病気……いえ、俺は聞いたことがないですね……お役に立てず申し訳ない」
「そっか。まあ、そう簡単に見つかるもんでもねえからいいさ。ああ、王都に店を構えているから移送・運送の依頼は受け付けるぜ! じゃあな」
「あ、待って――」
男が言い終わる前に俺はトラックを発進させた。
連れて来ただけなので礼を言われるこっちゃねえしなあ。
「ふふ」
「お、どうしたサリア?」
「ううん、私達を助けてくれた時もだったけどお礼を受け取らないのは凄いなって。こっちの世界の人だったら親切の押し売りみたいなことをして要求する人もいるから」
「まあ、日本じゃ割と見返りが欲しくて助けるやつはあんま居なかったかな? 困ってるやつがいたら助けるだろってな」
「でもみんなじゃないでしょ?」
「まあな」
俺がそう返すと『だからヒサトラさんなんですよ』とよく分からないことを言って笑っていた。
それはともかくあの子が助かって良かった。俺は気分よく次の町へ向かうのだった。
◆ ◇ ◆
「……行ってしまった。あの乗り物、鉄で出来ているのに速い……それに上に乗っているのはベヒーモスと言っていた。何者なんだ? 王都に店があると言っていたな。彼等ならもしかすると――」
金の入った革袋を握りしめて、冒険者の男はトラックが去っていった方を見つめながら呟くのだった。
――王都での仕事は順調そのものだった。
他の町にも認知度が高まり、日によって向かう方角のローテーションが上手くかみ合い配達の遅れや冒険者の拾い上げに遅れたりすることもない。
素直に従う理由として、やはりコンテナの上に鎮座する父ベヒーモスの存在だろう。
口コミが広がるにつれて『やべーのがお供にいる』というのも伝わっていくので、サリアやコヒーモス……もとい、アロンにちょっかいを出す人間はもはやいない。
ちなみにアロンはコヒーモスで、ダイトという名前を父ベヒーモスにつけた。
由来はアロンダイトというゲームなんかでお馴染みの剣からで、でかくて強力な剣ってイメージからベヒーモスに合うと思ったからだ。
「ポチなんて弱そうな名前はダメ!」
と、珍しくサリアに怒られたので悩み抜いた末である。
「お、いいっすねそれ」
<そうだろう、そうだろう。サリアが作ってくれたのだ>
<わんわん♪>
そんな親子の首には名前を書いたプラカードが下がっており、ダイトはドヤ顔で騎士に見せつけていた。
迷子札みたいでカッコ悪いと思うのだが、こっちにはそういう概念は無いようなので黙っておくのが優しさだと思う。
というわけで仕事は順風満帆だし、サリアや親子との仲も悪くない。
たまに来るソリッド様やバスレイなどに驚かされることもあるが、異世界の生活も慣れてきたと思う。
……となると、そろそろ本格的に動かないといけないことがある。そう、母ちゃんを治す薬のことだ。
この国には無いのか情報は乏しい。
他国に足を運ぶ必要があるかもしれないとはソリッド様やファルケンさんのセリフだ。
休みの日は慣れるまで家でゆっくりしていたが、そろそろ本格的に動き出しておかないと三年なんてあっという間だ。
「……ルアンのやつが情報をくれればいいんだがな」
「そういえば最近出てきませんねえ」
「忙しいのかもしれねえけどな」
そんなわけでとある休日。
トラックの洗車をしながらサリアと治療薬の話をしていた。サリアは洗濯をしていて、でかい帽子や俺の下着なんかが庭に並ぶ。
最後にルアンと話したのはいつだったかと思いながら、汚れを落としていく。ホースとシャワーヘッド、それに高圧洗浄機が荷物の中にあったのでかなり楽をしている。
「外観は良し、と。コンテナの中も流しておくか」
アグリアスの結婚式の時に盛大にぶちまけられたことを思い出す。
ソファを外し、足元の泥をデッキブラシで流す。冒険者が乗り降りするので、靴や装備の泥なんかが落ちていたりするのだ。
積み荷スペースも軽く掃除をして後は乾かすだけ。
<きゅん!>
<ふぐ……!? やるようになったな息子よ>
トランポリンから父に突撃するアロンを横目に、テーブルセットに腰かけて椅子を傾けながら空を仰ぐ。
明日も休みなのでどっか国境付近の町にあるギルドに顔を出そうかと思った矢先――
「こんにちは、運送屋さんはこちらだと聞いてきましたが合っていますでしょうか?」
「ええ、そうですけど今日はお休みでして……荷物のご依頼だけなら受け付けますよ」
――ポニーテールの女の子が店を訪ねてきた。
サリアがやんわりと御用を伺ったところ、両手をポンと合わせて満面の笑みで話を続ける。
後ろの男二人もどこかで見たことがあるな?
「それは良かったです! 私はいつぞやに南の山で助けてもらった者です! お礼をするためはせ参じました」
「ああ、あの時の! 元気になったようでなによりですよ」
「少し時間がかかったが、会えてよかった」
「はは、律儀だなあ。サリア、三人にお茶をお願いしていいか?」
もちろんと言ってサリアが家の中へ消えると、それぞれ自己紹介を始める。
「私はアリーと申します。あの時、処置が遅いか治療院へ行くのが遅れていたら足が無くなっていたかもと言われていて、本当に危ないところだったんです」
「俺はビリー。このパーティのリーダーをやっている。あの時は本当に神がかっていた、本当にありがとう。あ、これ、つまらないものですが」
「おお、こりゃどうも……」
ビリーになにやら良さげな箱のお菓子の詰め合わせを渡されてお互い頭を下げながらやり取りをする。そこでもう一人の男も頭を下げた。
「オレはジミー。ビリーの双子の弟だ、ヒサトラさん……だったか? あなたのことは町に戻る途中に色々と聞いて来た。このでかい乗り物とベヒーモスを従えて荷物を運んでいるらしいな」
「ああ、その通りだ。冒険者を町から町へ運ぶこともやってるぜ。明日は休みでドライブに行こうと思っているんだが、乗っていくかい?」
「ふふ、結局トラックに乗るんだから」
サリアがコーヒーを三人に出しながらおかしいと笑う。
まあ運転自体が好きだし、あまりスピードも気にしないで走れるから気持ちいいというのもある。
すると、アリーが頷きながら口を開く。
「いいですね、是非乗せていただきたいと思います。……というより私達のお礼のお話はここからが本番でして、とある場所へ連れて行って欲しいのです」
「とある場所?」
「はい。これはヒサトラ様は難病を癒す薬を探していると聞きました。ギルドなどで情報を集めている、と」
「確かにそうだ。まさか心当たりが……!?」
俺が立ちあがりながら声を上げると、三人はゆっくり頷く。
「ほ、本当に? ヒサトラさん、これは……」
「ああ、詳しく聞かせてくれ」
俺達は真剣な顔で三人に尋ねる。
<きゅーん!>
<ぐふお!? ま、まだまだ……!>
その横で親子が緊張した空気を打ち消していた……。
ああ、アロンは可愛いな……。
「アロン、おいで」
<わふ♪>
サリアが緊張感を出すため、アロンを呼んで抱き上げてくれた。
それはどうでもいいが、病を治療する薬は今の俺には喉から手が出るほど欲しい一品。それを目の前に居る三人の冒険者が所在を知っていると話す。
「それはどこだ? 今から出てもいいくらいだぞ。あ、いや、この国じゃなかったらちょっと考えないといけないが」
「場所は私達が出会ったあの山からさらに南にあるオイゲンス王国との間にある高山。そこに『アリアの花』という花が咲いていまして、それが材料の一つになると言われています」
「材料の一つ……ということは、それだけでは効かないということですか?」
サリアが尋ねると困った顔で頷く。
そうか……薬そのものがあるって訳じゃねえことは頭に無かったな。日本の習慣が残っているからいずれそうは思わなくなるんだろうけど。
それはともかく、だ。
「他の材料は分かるか?」
「後は、デッドリーベアの集めた蜜くらいしか……すみません、うろ覚えで残りはちょっと……」
「いや、二つ判明すりゃそこからギルドにでも聞いて当たればいい。それにしてもよく知ってたな」
聞けばアリーそこそこ有名な魔法使いを祖母に持つらしく、そこで見た図鑑に載っていたとかなんとか。
薬の名称が分かればとも思ったが、そこは残念ながら不明とのこと。
まあ、商人や冒険者が材料から割り出せるかもしれないし、その情報があるだけでも十分だ。
「んじゃ、行きますかね。情報ありがとう、送っていくから一緒に乗ってくれ」
「あ、はい。俺達もお供していいですか? ベヒーモスが居るから安全だとは思いますけど、アリアの花を見てみたいんです」
「そりゃ助かるが――」
と、俺が反応したところで聞き覚えのある声が庭に響き渡る。
「やあヒサトラ君、好調みたいじゃないか。城にも声が届いているぞ」
「ソリッド様?」
「「「へ、陛下!?」」」
そこにはまったく忍んでいないソリッド様と騎士達がいつものように笑っていた。アリー達はびっくりして膝をつく。
「ああ、お客さんかね? 今日はお忍びで遊びに来ただけだから畏まらなくていい。それで、アレの使い方を教えてくれる約束についてだが……」
「すみません、治療薬について情報が入ったので今から出かけることになりました。また後日お願いします」
「おう!? なんと……どこへ行くのかね?」
そういや今日は『高級ゴルフセット』に興味を示したソリッド様に使い方を教えるって話をしてたな。
だが、母ちゃんのことなので今回は涙を飲んでもらおう。
で、ソリッド様の質問にビリーが返答する。
「アノクタラ山脈です。あそこにある花が治療薬の材料の一つでして……」
「あそこか。オイゲンス王国とウチをまたいでいる山だな。……ん? 待てよ?」
「どうかしましたか?」
顎に手を当てて渋い声で呟くソリッド様に、サリアが尋ねるとポンと手を打ってから騎士達に指示を出す。
「リーザを呼んで来きてくれ。湯あみの用意を忘れぬようにとな」
「「ハッ」」
「湯あみ? それはどういう……?」
「うむ。あの山には天然の風呂があってな、折角だし連れて行ってもらおうかと」
「まあ、アリアの花を探すのが先ですけどそれでいいなら」
「無論、私も手伝うぞ」
ノリ気だ。
トライドさんよりもフットワークが軽い国王だな……
しかし、危険な場所っぽいしあまり行って欲しくはないので、騎士達へ耳打ちをする。
「なあ、ソリッド様が危険に晒されるのはよろしくないんじゃないか? 引き止めてくれよ」
「え? はは、なにを言うんですかヒサトラさん。トラックのコンテナほど、現状この世界で安全な場所を私は知りませんよ」
そういって騎士達はベヒーモス親子へ目を向ける。ああ、確かにと思っていると、ウトウトし始めたアロンを咥えて隅へ移動しようとしたダイトがこちらに気づく。
<なんだ?>
「いや、なんでもない。それじゃ、本当に行くんですね?」
「ああ、もちろんだ!」
くそ、カッコいい声だ……。これは逆らえないとリーザ様を待つまで出発の準備を整える。
温泉は……少し興味があるので、着替えとお風呂道具は持って行こう。
<わんわん!>
「シャンプーハットも持って行きますよ」
<うぉん♪>
よく分からないが頭に被るものが好きなんだよなベヒーモス達って。角が隠せるのがいいらしいけど、むしろ見せた方が威圧できるのではと思うのだが。
まあ、いつか聞いてみればいいとコンテナに荷物を色々と乗せていく。
「改めて見ても……大きいですね……」
「自慢のトラックだからな。まあ、元々俺のって訳じゃないけど、今は無くてはならない相棒だよ」
「……これがあれば、一気に抜けられる、か……?」
「え?」
「いや、なんでも、ないです!」
ジミーが慌てて手を振り、口をつぐむ。
トラックを見る目が鋭かったがなにかあるのだろうか……?
「ごめんなさい、遅れましたわ」
「いいえ、問題ないですよ。それじゃビリー達には悪いんだけどコンテナの方に乗ってくれ」
「はい! 内装も綺麗ですし、景色を見ながら移動できるのは楽しいですよ!」
アリーがにこやかにそう言い、トラックに乗り込むと出発となる。
アリアの花……必ずゲットだぜ!