さて、とりあえず市場の位置を確認できたのは大きかった。
ソリッド様を送った後、もう一回ここへ戻って来て明日の朝市に備えたいところだ。
市場を出た俺達は一度トラックへと戻り、コンテナに積んである氷魔道具を入れた箱に魚を保管。そしてソリッド様のレストランへと足を運ぶ。
あの人数が終わるにはさすがに時間がかかるだろうから外で待っていてもいいかと考えていた。
「その辺にでも腰かけて待つか」
「そうですねー。うーん、初めて見ましたけどきれいですね、海」
「だな。……というかサリア、そろそろ敬語じゃなくて普通に話さないか?」
「え? 気になりますか? ずっとこうでしたし、あんまり気にしたことが無かったですね」
すでにサリアはもうメイド服を着ていない。
代わりに仕立ててもらった俺の作業着に近いズボンとエプロンをいつもつけて仕事をしてくれているのだ。
正直、こんな美人が……って目も向けられたことがあるし声をかけられていたことも。
……仕事仲間という免罪符を傘に、もう少し親密になってもいいのかなとも思っていたりする。
「ま、まあ、一緒に住んでいる訳だし、仕事も一緒だ。もう少し、砕けてもいいのかと思ってさ」
「ほー」
その瞬間、サリアがにまっと笑い、俺の考えを見透かしたかのように覗き込んでくる。
「それはどういうことですかね? ヒサトラさんだけにそうしたほうがいいってことですか?」
「む……」
そういうことなのだ。
俺にだけ敬語じゃなくなれば特別感が出るだろう? サリアは俺の仲間……あわよくば恋人に見られれば、という感じのことを考えていた。そして見透かされた。
そっぽを向いて口をつぐむと、彼女は立ち上がって俺の顔を覗き込んでくる。
「……」
「ふふふー、どうなんですかー?」
向きを変えても追ってくるサリアはいたずらっぽい笑顔で近づけてくる。
きれいな髪が太陽の光を浴びて輝いて見え、サリアはふと目を細めて熱っぽく俺を見つめる。
そして徐々に唇が……と思った矢先、視線にダンボールが二個、あった。
「うわおわおおお!?」
「きゃあ!? ど、どうしたんですか?」
「……」
「ああ……」
俺が無言で指を向けると、サリアががっかりした顔でため息を吐いて周囲を見渡す。あちこちの建物や木々、岩陰に騎士達の姿も見え隠れしていた……。
サリアが目配せを俺に向けて来たので小さく頷き、同時にダンボールを持ち上げる。
すると中腰のソリッド様とリーザ様が現れた。
なにかを言う前に目が合うと、ソリッド様が口を開く。
「構わん、続けたまえ」
「続けられるか……!?」
「もうちょっとだったのに惜しいですわ」
「王妃様も覗き見は趣味が悪いと思いますよ……」
つい暴言を吐いてしまったが、ソリッド様は気にした風もなく埃を払いながら立ち上がると俺の肩に手を置いて言う。
「結婚式は任せてくれていいぞ」
「いえ、まだ全然そういう関係でもないですから……。というか、食事は終わったんですね」
「ええ、美味しいレストランでしたわ。あなた達はどうしていたんですの?」
俺達は別の場所で昼飯を食って市場を巡っていたことを伝える。するとソリッド様は口を尖らせてから口を開いた。
「そういうのは私も行きたいというのに、何故二人だけで行ったのだ」
「いや、お邪魔しちゃいけないですし、この時間の市場は閑散としてましたからいいかなと。一応、保冷した魚は載せているので目標は達成してますけど」
「あなた、デートさせてあげないと」
「そういうのではないんですけど……」
俺が頬を掻いていると、町長のチリュウさんが近づいてきた。
「市場は確かに朝市以外は大したものが無いのも事実ですな。大物をみるならやはり朝が良い」
「ええ、飯屋の店主や市場のおじさんも言ってましたね。ちなみにどうやって魚を獲るんですか? 釣るだけ?」
「もちろん船を出すぞ。マグロやブリみたいな大物を獲るには沖に出るしかないからな」
聞けば結構大きな船があるらしく、底引き網、一本釣りが主な狩猟方法だとか。
町長もたまに漁へ出るとのことで、日焼けと筋肉はその賜物だと言われた。だが納得できても理解は難しい。町長自ら行かなくても……なあ?
養殖はやっていなさそうだが、あれだけ立派な水路を作れるならやれそうな気がする。
まあそれはともかくレストランも店構えに負けない味で大変満足だった、俺達もボロい店だったけど美味かったみたいな話をしたらそこも行ってみたいと言う。
しかしあそこを国王様が使うのはちょっとなあ……。乗り気だったがサリアがやんわり抑えてくれてことなきを得た。
「さて、どうしますか?」
「市場を見てみたいが、今からでは面白くなさそうだし今日のところは宿泊して、それを見てみようではないか」
「いいですわね。わたくし、港町のお酒を飲んでみたいです」
「では、この町で一番宿を手配致しますよ。こちらへ」
帰らないのか。
いや、まあ決めたのならそれでもいいけど、城は大丈夫なのだろうか……。
新婚旅行みたいな感じに見える陛下夫妻と『うおおおバカンスだぁぁぁ! 順番な!』とか言っているゆるい騎士達がノリノリで伸びをしていた。
「なら夜はハアタとミアの店に行くとするか?」
「そういえばフライというのを食べてみたいです。材料を買って作ってみませんか?」
「あー、それもいいかもな。なら、宿に見送ったら商店に行ってみるか」
チリュウさんに場所を聞けば教えてくれるだろうし、自分で晩飯を作るのも悪くねえな。
――サリア――
「ぐがー」
「ふふ、よく眠っていますねえ。さっきは惜しかったなあ。けど、ヒサトラさんが意識してくれているのが分かったから嬉しかったです」
私がこの人についていくのはルアン様のこともあるけど、あの時、なんの見返りもなく助けてくれた彼に惚れてしまったからに他ならない。
だってそうでしょう? ゴブリンに囲まれて絶対絶命のピンチに、偶然とはいえ助けてくれた。その後、アグリアス様にも私にも手を出すことなく、そのまま安全に町まで連れて行ったんですもの。
そんな紳士みたいなヒサトラさんをカッコよく思ったのよね。
さらに異世界からやってきた女神様の使者で、トラックもカッコいいし、この人についていこうと旦那様とアグリアス様に頼んで一緒に居られるようにしたというわけ。
それにしても――
「今日まで一緒に生活してきたけど……この人、ホントに手を出して来ないんですよねえ。凄くいい人なんですけど、恋愛には疎いのかな?」
まあお母様のことが最初に来るのでそこはあまり考えられないのかもしれない。マザコン、というよりは過去に苦労をさせていたことを悔いていて、さらにもうあまり長くないことに焦っているような気もする。
とりあえずこっちに来てもらい、薬を見つけるまではと思っていたけど、さっきはいい雰囲気になったからついキスを求めてしまった。
……邪魔されたけど。
でも、恋人には昇格できたみたいだから今日のところはこれでいいかな? 私は眠るヒサトラさんの頬にキスをするのだった。
「あ、でもさっき言ってたことをやってみようかな?」
……早く薬を見つけたいですね、ヒサトラさん。
◆ ◇ ◆
さて、宿はロイヤルスイートのような部屋……はさすがに遠慮した。で、俺とサリアはトラックでいい、というのはソリッド様にさらに止められて一応の部屋を取らせてもらった。
「ふあ……十六時か……」
「おはようヒサトラさん♪ お買い物に行く?」
サリアがそんなことを口にして驚き、一気に眠気が吹き飛んだ。敬語ではなく、普通に話しかけてきたからだ。
「サリア、お前……」
「さあさ、行きましょう、行きましょう」
「お、おい、引っ張るなって!? ……ふう、いくか」
顔が赤いのでサリアも照れているようだ。なんとなく微笑ましいと思いながらベッドから降りて背伸びをする。
特にやることもないので、当初の予定通り適当に商店街をぶらつくことに。
海辺の町ということで家屋は通気性のいい小屋のような店が立ち並んでいる。商店は店先だけが目立つので、自宅とは別に店がある感じだった。田舎の駄菓子屋みたいな店といえば伝わるかな?
「これとかいいかも」
「それにすっか。おばちゃんこれを頼むよ」
「あいよ、揚げ物でもするのかい?」
「ああ、調味料も欲しいんだけど、あるかい?」
「ウチにゃねえ。三件先のブナさんとこで買いな」
というわけで雑貨屋にて鍋とトング、それとおろし金を購入。箸もフォークもある世界なのは俺にとってなじみがあっていい。さらに別の店で小麦粉、卵を購入し、パン屋で適当なパンを買ってからもう一度市場へ。
「おう、また来たのか兄ちゃん」
「ちょっと夕飯で試したいことがあってな」
「あんまり残ってねえけど、さっき釣りに行った息子が少し取って来たやつがあるぜ」
そういうおっさんの生け簀を見ると、アジとサンマが増えていた。
「やっぱアジフライか……?」
「なんです?」
「ああ、料理な。お、さっきは気づかなかったけどエビもいるな。……よし」
俺はすぐにアジとエビを包んでもらい、別の店舗で貝類を少し買ってからまた宿へ戻る。
「それ、どうするんですか?」
「はは、もう元に戻ってんな。ま、嬉しかったぜ。とりあえず、厨房を借りて食材を処理した後、浜辺で揚げようかなと思ってな。外で食う飯も悪くないぜ」
「なるほど、それじゃ私も手伝うね」
サリアがニコニコしながら俺の手を取って歩く。ちょっといい雰囲気になって来たなと思っていると、どこからか視線を感じ、俺は周囲を見渡す。
「……あそこか……!?」
「凄い見てる……」
宿の最上階の窓からソリッド様達が俺達を見ていることに気づきそそくさと中へ入った。なんで他人の色恋沙汰に興味津々なんだあの夫婦は……。
そんな調子で宿の厨房を借り、魚を処理を。
「兄ちゃんいい手際だな。料理人か?」
「いや、一人暮らしが長かったのと、金が無かったから自分でさばいた方が安上がりだったんだよ。悪いね貸してもらって」
「今日のディナーの下準備は終えているからな。キレイに使ってくれたら構わんよ」
「貝はどうします?」
「砂を出したら身を剥がしといてくれ」
話の分かる料理長で助かるぜ。
「そりゃなんだ? パンを……おろし金で粉々に!?」
「パン粉ってねえみてえだから自分で作ろうと思ってな」
「……料理人じゃないのか本当に?」
訝しむ料理長が俺のやっていることをまじまじと見ていたが、やがてフライの下準備が終わり、俺達は厨房を片付けて外へ行く。
そこでソリッド様達とすれ違った。
「おお、ヒサトラ。どこへ行くのだ? もう夕食だぞ」
「ああ、サリアと一緒に外で飯を食おうかと思いまして。浜辺で料理を」
「……ふむ? 揚げ物、か?」
「ええ、俺の世界の料理をご馳走しようかと。庶民の食べ物ですけどね」
「まあ、異世界の? わたくし、興味があるわ」
「いや、でも料理長が張り切ってましたよ……? 食べてあげた方が……」
俺がそう言うと、ソリッド様が腕を組んで唸りをあげ、しばらくした後で手を打ち、名案だと口を開いた。
「そうだ! 我々も外で食べようではないか。キール、テーブルセットを用意できないか聞いてくるのだ。ヒサトラよ、すぐに合流する。それまで待っておいてくれ……!」
そう言いながらバタバタとこの場を去っていき俺とサリアは顔を見合わせて肩を竦めるのだった。
まあ、賑やかなのはいいことだけど……そう思いながら浜辺で準備を始める――
「むう……」
「あはは、大人数になりましたね」
苦笑するサリアと難しい顔をする俺の目の前には、ソリッド様達と騎士達が座る丸テーブルがずらりと並んでいた。
浜辺でパーティの方が大勢でも対応できるという言い訳をしていたが、当てはまっているとも言える。
で、俺達はというと少し中央から離れたところで注目を集めていた。
まあ、異世界の料理ということでそれは仕方ないということにしておこう。
「さて、油があったまって来たな。後は揚げるだけだからそんなに難しいもんじゃない。サッとやるぞ」
「はーい!」
下ごしらえしたアジをさっと油の中へ投入するとじゅわっといい音が聞こえてくる。
浜辺に灯りはないがトラックを回してヘッドライトをつけてそれを改善。これでかなり明るくなった。本来なら軽油とバッテリーを使うが、このトラックは俺の魔力のようなので気にしないで照らすことができるのだ。
「まずはひとつっと」
揚げ物は音で判断する。
アジをからっと揚げた後、少し待ってから貝、エビと投入していく。早く入れすぎると油の温度が下がった状態で揚げることになり、サクサク触感が失われるから難しい所以である。
トングでサリアの持つお皿に載せていくとパン粉の匂いが鼻を刺激し、腹が鳴る。
とりあえず食べる分だけ揚げてから晩飯に入るとしよう。
「ご飯です」
「おう、サンキュー。醤油はねえが、ソースで食えば問題ないぜ」
「いただきます♪」
欲を言えばタルタルソースかマヨネーズがあると完璧だが、ソースで十分だ。ウスターソースに近いやつを選んであるからアジフライにはよく合う。……もちろん好みは人それぞれだが。
早速アジフライを噛むと、サクッとした食感の後にふわりとしたアジの身が口の中で崩れてソースやパン粉とまじりあい旨味が広がっていく。
「美味しい! お菓子みたいな感じに見えたけど、ご飯のおかずになりますね」
「だろ? 新鮮な魚だからさらにうめえ。天ぷらも試してみたいなこりゃ。こっちの世界の魚は向こうと似ているし、レシピが捗るな」
「エビフライ……好きかも……」
喜んでくれてなによりだ。
基本的に料理はサリアに任せていたからこうやって向こうの料理を作るのは初めてだったりする。特に不満もねえしな。
だけど、たまには日本で食っていたおかずを食いたいという思いはあったのだ。
貝のフライはホタテだと嬉しいが、ハマグリフライも悪くない。
「ん?」
すると背後に気配がして振り返ると、皿を手にした毒見役の人が幽鬼のような顔で立っていた。
「うおお……!? な、なんです?」
「毒見を……」
「いや、必要ないし食べたいだけだろ!? ……いや、そうでもないのか?」
ソリッド様はちゃんとコース料理みたいなのを食べているみたいだが、恨みがましい目をこちらに向けている……。
まあ、まだ魚はあるし一匹ずつくらいはいいかと揚げたてのフライ一式を乗せてやると――
「んま!? ソースにめちゃ合うぞ!」
「ほう……いいなこれは……」
いいなじゃねえよ。尻尾しか残っていねえ。
女性の毒見役の人はなんかカッコいい、キリっとした感じだったのにガッカリである。
仕方なくもう一度揚げてから渡してやると、嬉々としてソリッド様達へ持って行き、
「うおおお! これは美味い……!! しかし……ヒサトラ、わたし達の分はこれだけか!?」
「知りませんよ!? どうせ途中で食ったんじゃないですかね!」
ったく、食事くらい静かにさせてくれよと思いつつ、もう一枚アジフライを食べようと思い皿に目を向けると――
「わふ……わふ……」
「おう!? いつの間に!?」
「あら、子犬?」
どこから現れたのか、俺の皿からアジとエビのフライをひったくったようで紫の毛をした子犬が美味そうに頬張っていた。
「一生懸命食べてる、可愛いですね」
「どっから来たんだ? 飼い犬って訳じゃなさそうだけど……」
「くぅーん」
「まだ足りないみたい」
「生意気な……」
尻尾を振っておすわりをし、俺におかわりを要求してくる子犬。
あんまり野良犬にご飯をあげると困るが……なんか憎めない顔をしているし、少しくらいならいいかと食べさせてやる。
「わふーん……」
「気に居られたみたいね、ヒサトラさん」
「こいつ、呑気な顔してるなあ」
ひとしきり食った後、俺の膝に飛び乗って腹を見せてきた子犬。人懐っこいから飼われていたのだろうか? だとしたら飼い主に悪いなと思いながら腹を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。
「可愛いです! 野良だったら飼いたいなあ」
「まあトラックなら寝台に載せてたら連れ回せるからいいと思うけど……こいつ飼い犬だぞ」
「うう……名前ももう考えていたのに……」
珍しくサリアが我儘を口にしたので飼ってもいいかなとも考える。
ここに置いて逃げなければ周辺の人に聞いてみて、飼い主が居なさそうなら連れて帰るかね?
「おおーい、ヒサトラ、もうフライとやらは無いのか?」
「あ、まだ食べます? 食材がもうちょっとだけありますから揚げましょうか」
「頼む……!!」
「陛下、我々にもチャンスを……!!」
騎士達が抗議の声を上げ、結局じゃんけんで残りのフライも消えてしまった。
この後、ハアタとミアの店に飲みに行くので、その土産分を確保していたのは良かったぜ……
「わふ~ん……」
「うふふ、おねむですかー?」
「さて、そんじゃ片付けてハアタの店へ行くか。飲み屋だって言ってたからちょっと飲もうぜ」
「あ、いいですね! この子はどうします?」
「このまま置いていくよ。飲食店に動物はさすがにダメだ。もし帰って来てもまだ居たら飼い主が居ないか探してみよう。もし捨て犬だったら飼うか」
俺がそういうとサリアは笑顔になり、俺の腕に抱き着き店にむかって歩きだす。明日は市場巡りだし、あんまり飲まないようにするか。
「む、どこへ行くのだ?」
「ちょっと昼に飯を食った店に……飲み屋らしいので」
「あら、いいですわね。庶民のお酒を飲むところ、興味あるわ」
「「「ですね」」」
騎士達はおこぼれに預かりたいだけだろうが……
まあ、店を見て帰るかもしれないし、とりあえず連れてくか。
「あ! あんちゃん!」
「おう、お前等まだ寝てないのか」
「おねーちゃーん!」
「はいはい、お仕事してるの?」
「うんー!」
元気よく返事をするミアを撫でてやるサリア。
そんな感じで俺達はハアタの店に来たのだが、昼間と違い繁盛していて席も全部埋まっていた。
漁師っぽい人が多いけど、普通のおじさんやおばさんも酒を楽しんでいたので居酒屋のような感じだ。
「お、昼間のカップルか。どうし……た……」
「ちょ、なんだいこの人数は!?」
「あー……。こちらは陛下です……ここで俺が昼飯を食ったことと夜に酒が飲めると聞いて一緒に来たいと……」
俺がそういうと夫妻は冷や汗を流し、その場に居た全員が固まり首をギギギ……と曲げて入り口に顔を向ける。
「えええ……!? な、なんでこんなボロい店に国王様が!?」
「ああ、適当に飲むから君達もいつも通りで頼むよ。では、おススメのつまみと酒をもらえるかな?」
「ま、マジか……兄ちゃん何者なんだよ……」
「まあ、知り合いってところですかね」
俺もここまで気に入られるとは思っていなかったからなあ。
騎士達がぞろぞろと入って来て(じゃんけんしてた)とりあえず、海鮮系のつまみを頼んだ後、地酒みたいなのが美味いということでそいつを出してもらう。
まあ店の外で飲むしかないわけで、どこからともなく椅子を運んできて飲み始める。
「ほう……焼酎みたいな酒だな」
「ショーチューですか?」
『向こうの強い酒だな。飲めない奴も結構いるんだけど、飲んでみるか?」
「うん」
サリアがチビっと口にした瞬間、可愛い顔がしかめっ面になり俺は笑う。やはり女の子にはきついかと思っていると、彼女はしゃっくりが出だした。
「ひゃってなりました……喉が熱い……んく……」
「すまねえ、水をもらえるか。ちょっと落ち着かせようぜ」
「オイラが持って行くよ!」
「ミアもー!」
子供達に水をもらって事なきを得た。
そのまま果実酒を口につけて笑顔に戻るサリア。市場で買えなかったイカの炭火焼や貝のバター焼き、焼き魚と美味い海鮮に舌鼓を打つ俺達。食後の酒って本当に美味いよな……
「おお、レストランにも負けない味だなリーザ」
「ええ、ヒサトラさんはいい店を見つけるし、新しい料理を出すし、トラックは凄いしで凄いですわね。あ、毒見は少しで大丈夫ですからね?」
「は、はひ……!?」
いよいよリーザ様の笑顔が怖くなってきたな……。
だが、そこまで評価してくれるのはありがたいことだ。後は上手いこと仕事が軌道に乗って母ちゃんが来れば言うことはねえな。トラックは俺以外に運転できないけど、やっぱ子供ができたりしたらできるのか?
そこんところルアンに聞いてみるか。軌道に乗ったのに俺が死んで終わり、ってのはちょっと可哀想だしな。
そろそろお開きかと思っていると、ハアタ達が店の入り口を見てから歓喜の声を上げるのが聞こえてきた。
「あ! 犬だ! ミア、犬だぞ!」
「わんわん? わんわんだー!」
「わふ!」
「あ、こいつ寝てると思ったらついてきてたのか!? ハアタ、ミア、そいつは野良だ。ばい菌がついてるかもしれねえから触ったらダメだぞ」
俺が襟を引っ張って止めると、子犬はお構いなしに店内に入って来たので、俺は抱えて外に出る。
「すまねえ親父さん、俺は帰るよ。ソリッド様達はゆっくりしてていいですから」
「そうか? 折角だしヒサトラのフライを頼もうと思ったのに」
「材料がねえっすからまた明日にでも」
「ずるいー!」
「わんわんー!」
「こら、兄ちゃんが困ってるだろ! こっちにこい」
親父さんに怒られてすごすごと戻っていく兄妹を見送る。サリアが代金を払っているのを見ていると、客の一人が子犬を見て口を開く。
「おい兄ちゃん、珍しい犬だな? ……ってその毛並み……もしかして……」
「なんだ?」
「わぉん?」
「い、いや、そんなはずはねえな。こんなところに居るはずねえし。悪い、俺の勘違いだわ」
よく分からないが男はすぐに酒に戻り、友人との話に戻っていった。毛並みは確かに紫で珍しいけど、異世界でもそうなのだろうか?
「お待たせしました! すっかり仲良しさんですね♪」
「どこから来たんだろうな……」
俺達はトラックで一眠りするかと戻っていった。
◆ ◇ ◆
「そこの者、さっきヒサトラが連れていた子犬についてなにか知っているのか?」
私ことソリッドはやり取りを横目で見ていたが、男の様子がおかしいので少し尋ねてみることにした。もし良くない魔物の類であれば排除せねばならないからだ。
ヒサトラは必ず利益をもたらしてくれる女神の使徒、失う訳にはいかないのだ。
「どうなのだ?」
「へ、陛下……いえ、あの紫の毛並み、二つ山を越えたところに棲むって言われているベヒーモスに似てるなって。でも、山から下りてきたなんて話もないし、目撃もそんなに多くねえです。違うかなーと」
「なるほどな。聖獣ベヒーモスか……気性は荒いと聞くが子供を持つとは聞いたことが無いな。私も見たことがない」
「騎士達でも冒険者時代にひとりかふたり、見たことがあるくらいですよ。戦って勝つには相当数の戦闘員が必要という噂です。まあテリトリーに近づかなければそもそも戦いを挑んできませんから。人の言葉を解するとも言われてますけど……」
騎士の一人がつまみを手にしながらそんなことを口にする。
そうそうベヒーモスが現れるわけは無いかと私は酒を飲み、料理に舌鼓を打つ。しかしこの店舗、勿体ないな。せめて壁くらいはキレイに出来ないもんだろうか――
そして翌日。
「まあ、生きているお魚はこんな姿をしているんですのね」
「うむ。私は昔、父と釣りに行ったことがあるから知っているがな」
リーザ様は生粋のお嬢様だったようで、魚は切り身で泳いでいたと思っていたらしい。現代にもこういう人は居るので、お城から出なさそうな人ならあり得そうだなと苦笑しながら市場を回る。
「でけぇ……マグロかありゃ。トロの部分が美味いんだよな」
「おお、お目が高いね! 揚がったばかりだぜ、解体したら買うかい?」
「解体、ですか?」
「マグロはこの通りでかいから、捌くというより解体だ。昔、俺も見たことあるけど豪快だったぜ。ソリッド様、これは一見の価値がありますよ」
「ほう、それは興味深いな」
「へ、陛下……!? が、頑張ります!!」
丁度その時間からクロマグロっぽい巨大な魚を解体する予定だったらしい。早速漁師三人で解体し始め、騎士達からも感嘆の声があがる。俺達はその間にもう少し魚を買うかと市場を巡ることにした。
やはり基本的に向こうの世界と同じなのであまり間違うことも無いのは助かる。
鰤や鰆、鮭に鰻などなど、昨日とはまったく違う姿で俺達を迎え入れてくれた市場は凄く活気があった。
人も多いし、ハアタの両親の姿もあり、手を振って挨拶をしておく。
「わふ……わん!」
「あ、こら、手を突っ込むな。サリア、抱っこしておいてくれ」
「ですね。ほら、わんちゃんこっちよ」
「すみません」
「野良猫とかよく来るからな! そのくらいなら気にしないよ」
生け簀に身を乗り出して魚に手を出しているのを見て慌てて引っ込めさせた。店の親父さんに謝って適当に鮭を買ってその場を離れた。
イカにエビ、各種切り身と魚そのもの。それとマグロの赤身と背中部分を買ってほくほく顔で市場を後に。
すると、昨日は無かったテントが建っていてそこで飯を食わせてくれるようだった。
「飯を食わせてくれるのか?」
「え、ええ。そういう場所ですけど」
「すまない、陛下と王妃様が所望している。席を一つもらえないだろうか?」
「ど、どうぞこちらへ……。な、なぜ国王様が……」
もちろんソリッド様がそれに反応し、すぐにテントは騎士達に取り囲まれた。朝の和やかな空気が一瞬で物々しい雰囲気に変わってしまい、少し同情する。
「刺身で食えるのはすげえな。寄生虫は大丈夫なのか?」
「お、兄ちゃん知っているのか。やるな。その辺も処理しているぜ! 人間、食い物は生きるために必要だが、それ以上に貪欲だよな!」
「違いない。なんでも食えるようにするもんな。毒の魚でもさ」
「そんなの食べるの!?」
サリアがびっくりして可愛い。河豚は見なかったが鰻は食おうと思わないと思うんだよな。まあ、そういうもののようで安かったけど。
さてここは海鮮丼と炭火焼の店みたいだが、やはり新鮮な内に食べられるということで海鮮丼が人気のようだ。醤油は無いが、それに近いものを店主が持っていて――
「おお、これは悪くねえ……刺身に合う調味料だな。醤油っぽい」
「なんだショーユって?」
「ああ、気にしないでくれ」
あんまり余計なことを言うと話が長くなりそうなので適当に話を打ち切ってどんぶり飯を口にする。
グルメばかりでそろそろまずいなと思い始めたころ、ソリッド様達も満足したようで王都へ帰ると言いだした。とりあえず了承し、お土産を見繕って帰路につくことになった。
「またお越しください」
「ああ、このトラックが魚を運ぶかもしれんから、その時はよろしく頼むぞ」
「ええ。ヒサトラさん、次に会う時はビジネスですな」
町長のチリュウさんと握手をしてトラックへ乗り込むと、数人の漁師さん達と一緒に見送ってくれ、港町オールシャンを後にした。
「結局この子の飼い主は見つかりませんでしたね」
「わおん?」
「市場の人とかにも聞いたけど、居なかったよな。町で迷子犬の話もないし」
一応、市場とチリュウさん経由で探してもらったが居ないようなので、サリアの鶴の一声で連れてくることになった。あまり犬を飼っているという裕福層は町に居ないため、多分野良であろうとのこと。
「まあ、もし居れば手紙をもらうよう言ってあるから気にしないでいいのではないか?」
「ですねー。名前つけるか?」
「帰ってからにしましょう! 洗ってあげないとですね」
「ふふ、小さい子というのは人間も犬も可愛いものですね。ウチの息子も――」
「待ってくださいリーザ様。……サリア、後ろはどうなってる?」
と、リーザ様が口にしたところで後ろの騎士達がざわめく声が聞こえてきたのでサリアにが小窓を開けて声をかけてもらう。
「どうしました!」
「後ろから黒い塊が追ってきている! 魔物だ、振り切れるかヒサトラさんに聞いてくれ!」
「ヒサトラさん!」
「聞こえてた! ……なんだ、ありゃ!?」
ナビの電源を入れてバックミラーを確認すると、黒い塊が激走してくるのが見えて俺は驚く。ナビの後方カメラに変えてみるとその巨体がわかる。トラックとほぼ同じくらいあるぞ……!
「シートベルトをしてください! 飛ばします!」
「わんわん!」
「大人しくしててね!」
アクセルを踏むと子犬がびっくりしたのか吠え始めたのでサリアが抱っこして体を固定。後ろの騎士が剣を抜いているがコンテナを閉じるよう指示しハンドルを操作する。
「速ぇ!?」
「ヒサトラ、速いぞ! ……トラックが!?」
「知ってますよ!? スピード出してますから喋らないでくださいよ!」
ソリッド様達は80kmを出しているトラックに驚くが、黒い塊はあっという間に接近。これに追いつくか!?
その瞬間、トラックの後方に体当たりをしたのかコンテナ部が大きく揺れた。
【グォォォォ……!!】
なんか叫んでいるな。怒ってんのか? しかしここで振り切ってやるぜ……!!
「スキルとやらは動いてんだろうな……!」
「だ、大丈夫みたい!」
あまり揺れがないから大丈夫だという。
確か【伝説のデコトラ】だったっけか? 横転しないんだったな……。
「騎士さん達! ちょっと揺れるが我慢してくれよ!」
「お、おお!?」
俺は並走してきたでかい何かに体当たりを仕掛けることにした。
状況が許されるなら、と試してみたところトラックにもダメージは無く大きく揺れもしなかったのでそのまま続けることにした。
「っしゃ! 根比べだ、どっちがつええかハッキリさせてやんぜ!」
「ヒサトラさん左!」
「させるか!!」
「むう……! こいつはまさかベヒーモスか、なぜこんなところに!」
「カッコいいですわね」
言ってる場合か!?
黒紫とも言うべき毛を持った巨大な生き物がトラックと並走してくる。85kmまで踏んだがそれでも追いつけるとはとんでもねえ奴だぜ……!
だが、俺も走り屋として培った腕がある、簡単に体当たりはさせねえ!
「ちょいさ!!」
「避けた! 凄いですヒサトラさん!」
体当たりを仕掛けてもいいんだが、ソリッド様達の乗る左側はリスクがでかい。なので回避しているわけなんだけど、こいつは王都までついて来そうな気がする。だからどこかで振り切るか倒すべきだと考えている。
……なら、スピードを緩めて右側へ誘導するか。
俺はブレーキを踏んで減速し、勢い余ったベヒーモスらしき生物が前へ先行する。
瞬間、俺はまたアクセルを一気にふかしてヤツの左側へつけた。
「よし、ここからが本番だぜ」
「ヒサトラさん、もう少ししたら森が見えてきます!」
「オッケー……なら仕掛けるとするぜ!」
【グルルルルル……!】
立派な二本の角がかっけえな。男の子なら憧れる魔物だ。
俺はハンドルをぎゅっときってベヒーモスにトラックの一撃を叩きつけてやる。どうん、という重い音と共にお互い弾かれたように左右に分かれると、ベヒーモスがギラリとした目を向けてきた。
すると今度は向こうから体当たりを仕掛けてくる!
「どっせい!!」
【グルルル!!】
「きゃあ!?」
「うお!?」
車体が大きく揺れてサリアとソリッド様が驚いた声を上げたが、車体はやはり倒れそうになく、へこんだりもしていなかった。そして威力は同じくらい。
「……これは勝てる」
「そうなのですか?」
全然怖がっていないリーザ様がちょっとすげえなと思う。さて、それはともかく、ダメージが同じならトラックには体力切れが無いのでこちらが有利だということを説明。
だが体当たりだけでは倒しきれないと思うので俺はベヒーモスの方へ急カーブをきる。
「ひゃあ!? ぶ、ぶつかる!」
「心配すんな! でりゃぁぁぁ!」
【グォ!?】
俺が正面をぶつけると思ったのか、ベヒーモスのやつはサッと横っ飛びに回避する。だが、その直後ヤツの眼前に振り回されたコンテナが現れてクリーンヒット。
さしものヤツも頭にコンテナを食らったら怯むか。
どうやってもトラックが倒れないならとジャックナイフ現象を使ってみた。騎士も載っているから重さはそれなりにあるしクラっとするくらいはダメージを与えられたと思う。
そのままアクセルをふかして再び足を止めたベヒーモスの右につけると、窓を開けてバットで威嚇する。
「まだやるか? こいつに乗っている間は俺も強くなれるらしい、次は体当たりをしながら叩いてやるぞ」
【グルゥ……】
俺を睨みつけてくるベヒーモス。だが俺もメンチを切るのを止めない。これは目を逸らした方の負けという男の意地でもある。しばらく膠着状態が続いていると――
「わん!」
「あ、ダメよわんちゃん!」
「おう!? お前出て来るな、食われるぞ」
「わんわん♪」
なんか喜んでんな……? どうしたんだと思っていると、
<おお! 息子よ、無事だったか! 今、助けてやるからな!>
「しゃ、喋った!?」
<わん! わおん>
<な、なに? この人間についていく、だと?>
<おふ!>
俺の驚きには目もくれず子犬と喋っている。というか親子!?
「じゃあこのわんちゃん……ベヒーモスの子供なんですか!?」
<わんわん!>
<むう……そんなにか? いや、しかし我と互角にやり合えるし……。おい、人間>
「ん? 俺か? というか喋れたんなら先に言えよ」
<子を連れ去ろうとした相手には相応の態度になろう? それよりもコヒーモスが世話になったようだ、礼を言う>
「いや、そんなことはねえが……」
よく分からんがお座り状態で頭を下げられたのでこっちも返しておく。するとベヒーモスはとんでもないことを口にした。
<どうやら息子はお前達が気に入ったようだ。飯も美味かったと言っていてな、このまま連れて行ってもらえるだろうか?>
「そりゃ構わねえが……いいのか? 息子なんだろ?」
<うむ。もちろん我もついていくぞ>
「はあ!? いや、それなら連れて帰ってくれよ!」
いくらなんでもそれはまずいだろう。元々、捨て犬ならということであれば飼うという話だったので、親が居るならお引き取り願いたい。
<くぉーん……>
「そ、そんな顔をしてもダメだ! ほら、戻れよコヒーモス、でいいのか?」
<きゅーん! きゅーん!>
<嫌がっているな……>
「子供だからコヒーモス……興味深いですね」
サリアがどうでもいいことに感心していると、隣で固唾をのんで見守っていたソリッド様が口を開いた。
「ふむ、ベヒーモス殿は意思疎通が取れる。だが、我等に危害を加えないとは限らん、というのがネックになると思う。ヒサトラはそこを懸念しているのだよ。失礼、私はこの国の王、ソリッドという」
<人間の王か。ふむ、確かに魔物である我は少し目に余る、と。なら契約を結んではどうだ? ヒサトラ、我と獣魔契約をしようではないかコヒーモスはそっちの女がすればちょうどいい>
「……それはいいが、メリットとデメリットを聞かねえと判断できねえぞ?」
俺がそういうと、ベヒーモスは尤もだと説明を始める。
黒い犬かと思いきやベヒーモスの子だった子犬。
その親が獣魔契約をしないかと問いかけてきたのだが、その辺は誰も詳しくないようで当人に聞くことになった。
一応、俺はトラックに乗ったままで、コンテナに載っていた騎士達は外に出て念のため親ベヒーモスを取り囲んでくれている。
「「「おえええええ……!!」」」
汚物をまき散らしながら。
コンテナが汚れるのも困るがそれは俺のせいなので構わなかったんだがな。そんな満身創痍の状態でベヒーモスの前へ躍り出たのは騎士の鑑かもしれない。
さて、取り囲むのは失礼かとも思ったがそれほど気にしていないようで、そのままベヒーモスは口を開いた。
<それほど難しくはない。我が人間のお前と不本意ながら主従関係となるのだ>
「不本意、ねえ。ならお前が上だってか?」
<いや、他の魔物ならともかく我とお前は対等な存在……いわばパートナーとして一緒に生きていく形になる。メリットは我という強者が傍にいること。デメリットは食事は賄ってもらうことくらいだろうか。息子ともども世話になる>
「いや、いいや。お前達、山へ帰ろう?」
<きゅーん……!?>
親父ベヒーモスに引き渡そうとしたが、コヒーモスが俺の腕にしがみ付いて離れようとしない。
困ったなと思いながら目を丸くしている父親に話しかける。
「いや、実際お前みたいなでかいのが王都に行かれても困るし、食費はやばそうだ。俺は冒険者でもないから強さはそれほど必要ねえしなあ。メリットが無さ過ぎんだよ」
<ぬう……まさか即拒否されるとは……>
<わんわん!>
<すまぬ……父は無力だ>
息子に吠えられてシュンとなる親父はちと情けない。まあ、子供に甘いのはどの親でも同じかと少しだけほっこりしてしまう。だが、ベヒーモス達にはここでお帰りいただかなければならない。
「ほら、諦めて帰れって」
<きゅーん!>
「わ、凄い力。懐かれちゃいましたね」
「うーん、困ったな……」
サリアがコヒーモスの背中を撫でながら困った顔で笑っていると、ソリッド様が助手席から声をあげる。なにか考えていたようだが……?
「ベヒーモス殿、質問だが例えば私が契約をするというのは難しいか?」
「ソリッド様!?」
いきなりの宣言に驚くが、ソリッド様なら城の防衛なんかで役に立つかと思い至る。強力な個体で、食事も城なら用意できると考えるなら安いかもしれない。だが、ベヒーモスは首を振って答えた。
<それは無理だ。息子が懐いているのはそっちの男と女で、我を倒したのはその男だからだ>
「むう、それは残念だ……」
「まあ、仕方ないですよ。ほら、とりあえず息子を連れて行ってくれ」
<わん! わんわん……!>
どうしても離れたくないのか、いやいやと頭を振るコヒーモスに口をへの字にする俺。ベヒーモスも困った顔で俺を見るが、しっかりしろよと思う。するとサリアが口を開く。
「お父さんは他にできることは無いんですか? 私達はこのトラックという乗り物でお荷物をあちこちの町へ運ぶお仕事を始めるんです。それとヒサトラさんのお母さんを治療するための薬を探しています。情報とかあればもしかしたら彼が動くかもしれませんよ?」
<ふむ……>
強さ以外ではやはり難しいのだろう、目をつぶって考え込んでいる。
今まで町から町へ運んでいても魔物の脅威というものには会わなかったからさっきの通りなんだが――
<そうだな、やはり我は戦いでしかない。そのとらっくとやらの屋根に乗って守護するのが手一杯>
「なら――」
<まあ聞け。だが薬の方はもしかしたらなんとかなるかもしれん>
「マジか!? なんか思い当たることがあんのか!」
嘘じゃねえだろうなと窓から顔を乗り出すと、ベヒーモスはなるほどと思うことを口にする。
<我は魔物と言葉を交わすことができる。ということは人間が知らぬ情報を聞くことも可能だ。魔物を倒す必要がないなら、我が追い払えば回避もできよう>
それは魔物と喋ることができるため戦闘回避をしつつ、魔物から情報を集めることができると言うのだ。
俺達は冒険者じゃないし、ベヒーモスなら言うことを聞くだろうということらしい。
「人間以外からも情報が集まれば単純に数が増えるし、アリかもしれないな」
<うむ。どうだろう、息子が飽きれば契約を破棄してくれても構わない。少し家に置いてもらえないだろうか?>
「ありがたいが……」
「ウチは構わんぞ。町にはおふれを出しておくし、もう少し庭を拡張してもいい。後は本当に町に被害を出さないと約束してくれれば、だな」
珍しく王っぽい言葉を出してベヒーモスに目を向けるソリッド様。そういや怯みもしていないし、覚悟はいつもしてるんだろうな。
<無論だ。ヒサトラが我を制止するよう命令すればいい>
「そこまでするのか息子の為に……」
<息子だからこそだ。……母親は産んだ時に死んでしまってな、なんとか我一人で育てなければならん。小さい間くらいは我儘を聞いてやりたいのだ>
「ああ……」
そういうことか……プライドよりも息子を優先したいらしいや。
俺は母ちゃんの為に奮闘する勢いだが、母ちゃんが俺にやっていたように、親が子を想う気持ちってやつだな。
「……泣かせるじゃねえか。いいぜ、獣魔契約とやらに応じてやろうじゃねえか!」
<おお! よし、なら息子よそっちの女と契約をするのだ>
<うぉふ!>
「どうやるんです?」
サリアが飛びついてきたコヒーモスを抱きしめながら尋ねると、親子がなにか呪文のようなものを口にした後、俺とサリアの前に指輪が出現した。
<それをつけて魔力を込めろ。それで完了だ>
「こう、か?」
「あ、なんか指輪が熱く――」
その瞬間、親子の額に小さく紋様が浮き上がる。これで完了とのことだ。
<よろしく頼むぞヒサトラ、サリア!>
<わんわん!!>
「仕方ねえなあ……」
「よろしくお願いしますねベヒーモスさん! 名前は無いんですか?」
<そうだな……野生の魔物はそんなものだ>
なら後で考えましょうかとサリアが笑顔で手を合わせ、まずは戻ることが先決だと俺はトラックを回す。
コンテナの上に載って楽をしたいというベヒーモスは見た目にそぐわず意外と軽かった。
騎士達が窮屈そうだったが、まあ最強種の一角らしいので逆に安全だったりしてな。
……にしても、変なのが増えたな。
<わんわん♪>
「今日から一緒ですよー」
ま、コヒーモスは可愛いしサリアも嬉しそうだ。結果オーライってことにしとくかね。
というわけでベヒーモス親子を連れて王都へ凱旋(?)したわけだが、これがまあ騒ぎになった。当然だが。
トラックのコンテナに鎮座しているのがベヒーモスだと分かった途端、ギルドから冒険者が飛び出し、騎士は総動員。
「陛下ー! ご無事ですか!」
「相手は伝説クラスの魔物だ油断するなよ!」
そして町の人々は興味津々で野次馬となっていた。
「あら、大きいわねえ」
「なんだかオブジェみたい」
「強そうだなー」
……一般人の方が慌ててねえな!?
という感じで一時現場は騒然となったものの、ソリッド様が先に町へ戻り、全体に通達が回ったところ、『ああ、あの家の』といったいつもトラブルを起こすご近所さんのような扱いで自体は収束した。まだ王都についてあんまり経ってないが?
まあそんな感じになってしまったが事態は沈静化した。
「ここが俺達の家だ」
<世話になる>
<わぉーん♪>
「お父さんは大きいですし、倉庫の隣におうちを建ててもらいましょう!」
「だな、それまでトラックのコンテナで寝泊まりしてくれるか?」
<承知した>
のそのそとコンテナに乗り込み丸くなった。その様子を見届けて俺とサリア、そしてコヒーモスは家の中へ入っていく。
仕事の再会はもう少しかかりそうだし、パソコンとか使えないか試そう――
そう考えたところで、
<おおい!? 我は外か!?>
「うるさっ!? お前は家に入れないだろ、そこは我慢してくれ」
<ここでボーっと寝ていろと……>
「契約しちゃいましたしねえ」
なんか話をしながらくつろぐみたいなのを想像していたらしいが、人間は家で暮らすものなのだ。コヒーモスを置いて行こうとしたが息子は父より新しい家がお好みのようだ。
「まあこいつが大きくなったら家に入れなくなると思うしそれまでは我慢してくれ。というか大きさを変えられないのか?」
<むう、やったことはないが……できるか?>
そこから頑張ったが父ベヒーモスは小さくなることはできなかった。
一応、そういう魔法を使うことができるらしいが今まで使ったことが無いのでやり方は模索する必要があるのだとか。
<親父殿はできていた。教えてもらえばよかったな……>
<わん!>
コヒーモスは前足を上げて『どんまい!』といった感じで鳴くと、がっくりと項垂れた最強種。本当に強いのか?
それはともかく、ここまでしょげられるとは、と、俺はサリアは困り顔で笑い、腕を組んで考える。
なんとかならないか? トラックで寝泊まりしてもいいがそれだとずっと外に居ないといけない。
「あ」
そこで俺はポンと手を打って、なんとかできる方法を思いついた。アレを使えばいいかと、倉庫へ行く。
「どうしたんですかー?」
「いや、庭も広いし寝るとき以外はこいつでいいかもってな」
そう言いながら取り出したのはテントなどキャンプ道具一式だった。
二人用テントに炭を焼く焚火台にフライパンなどなど、初心者が揃えたんだろうなという感じのギアをでかいダンボールから出していく。
「そっち持ってくれ」
「はーい! あ、立派なテントですね」
「向こうの世界じゃ趣味としてやる人間も多いからなあ」
俺の言葉に『こっちだと冒険者が目当ての魔物を狩るためじっと待つためにキャンプをするから趣味なんてとんでもない』サリアが笑っていた。確かにバードウォッチングなどで何日か固定する人もいるな。
程なくして庭が簡単なキャンプ場と化し、日が暮れてきたのでテントにぶら下げたカンテラを点灯させると、まあまあ雰囲気が出た。
<ほう、いいではないか。火を囲んで過ごすのも>
「テントで寝転がって話せるし、これならお前も文句ねえだろ」
<ふふ、いいやつだなお前は、わざわざ我のためにこのような用意をしてくれるとは>
<きゅーん♪>
「なんかお前を見てると母ちゃんを思い出すんだよ。息子の俺に必死になって働いてな。さて、それじゃ飯にするか! サリア、刺身とフライを作るから冷凍庫から魚を頼む」
「うん、楽しみ!」
駆け足で敬語でないサリアが家の中へ向かってくれた。
ちなみにソリッド様も魚を買っていて、冷蔵したまま運んだのだが、コックが鮮度がいいと驚いていた。定期的に魚を運んで欲しいと言い、ソリッド様はそれはいいと手を叩いて喜んでいた。
なんでも魚はなかなか扱えないからコックは練習のためらしい。だが、ソリッド様は魚料理を食えるというのが嬉しいようだ。
仕事なので報酬もあるし、俺にとっても悪い話ではない。
焚火から城の方へ目を向けて肩を竦める。きっと今頃リーザ様と魚料理でも食っているに違いない。
そんな俺達はマグロの刺身、マグロカツ、アジフライにキスの天ぷらなどの魚料理を次々に作っていく。
犬と同じなら刺身とかはまずいかと思ったが、魔物ゆえになにを食べても問題ないとのことだ。
<マグロカツ……!! これは癖になるな>
「ちょっとで悪いけどな」
<大丈夫だ。契約したから基本はお前の魔力が資本になる。だから食事は少量で十分味わえるのだ! 息子よ、いい人間と知り合ったな>
<わんわん!!>
コヒーモスは尻尾をぶんぶん振りながらサリアの手からアジフライを口にしてキレイに尻尾だけを残す。
俺の魔力が資本、か。ほぼ無尽蔵にあるからもしかしてそれに釣られたか……?
<もっとマグロをくれ>
「こっちは高えんだよ!? 刺身……うめぇ……米が進むぜ……」
「私はスズキというお魚が好きですね」
「通だなサリア……」
水っぽい印象もあるスズキは刺身ではなくフライパンでムニエルにした。
バターと白身魚のバランスは女性にいいのかもしれないな。
<美味い……美味いぞ……!>
<きゅふーん♪>
「お、なんだ晩飯か兄ちゃん! 酒、飲むかい?」
「いいねえ、つまみは作るから座ってくれよ」
「あ、俺も!」
そんな二匹との二人の夜は更けていく。
気づけば近隣住民が集まり、酒盛りへと変化していくのはなかなか面白かった。
そして、それから10日後。
いよいよ、運送業が再開する時がやってきた。
「ようし! 出発だ!」
「いってきまーす!!」
<わんわん!!>
「気を付けてな。といってもベヒーモス殿が居れば魔物の危険は無いだろうが」
<当然だ、ヒサトラとサリア、そして荷物の安全は我に任せておけい>
――なんだかんだとあれから数日が経過し、俺達はいよいよ運送業へと復帰することができた。
初依頼にも関わらず多くの人が利用してくれ、荷物のお届けが一日150件と、トライドさんとの初仕事の10倍スタートとなった。
片道で良ければということで冒険者も数人載せての出発である。
ちなみに時間をかけた理由はトラックにルアンを崇拝する宗教のシンボルと、ソリッド様のところの国章、それと俺達の新しい作業着を作っていたかららしい。
急遽ベヒーモス親子が参加したため、仕立て屋が慌てて二頭の帽子を作ってくれたのだが、
<この帽子というのはいいな。仲間同士という感じがする>
父親は角に引っ掛ける形ででかいの被っており、ご満悦である。
コヒーモスの方は角がまだ小さい(よくみたらあった)ので、帽子に紐をつけて首に回して結んでいるのだ。助手席との間でおすわりしてキリっとしているのが可愛い。
「そんじゃ行ってきますー」
そして町の外へ。
冒険者が乗るため父ベヒーモスはコンテナが閉じている方に体を預け、頭は運転席の屋根にある。荷物だけならコンテナを広
く取れるのでコンテナに窓をつけたりするべきなのか? しかし改造も手間だしなあ。
荷物は盗まれないように冒険者が乗る場所と荷物を積載する場所を分けてある。なので盗難の心配はない。左側にソファを並べ、背もたれに壁を作り、そこへ荷物を積んでいる。まあ要するに荷物と客席を半分ずつにしているのである。サリアがたまに小窓から監視をしてくれているし、ぶち破らない限りは荷物へ辿り着かない。
ちなみにパソコンはシガーソケット経由で充電ができて使用可能に。
サリアがいたく気に入っており、今も膝に乗せてMAPを見ているのだが、酔わないのだろうか……。
<前方にサージェントウルフの群れだ。威嚇しておこう>
「頼むぜ」
茶色い毛並みの狼が道を塞ごうとして……父ベヒーモスの咆哮で散っていった。通り過ぎる時になんか謎の言語を話していたが、あれが魔物との交渉だろうか?
通り過ぎた後にバックミラーを見ると狼たちが見送ってくれていた。
「獲物だと思ったのかねえ」
<珍しいから近くで見たかったようだな。鉄は食えんことを教えてやった>
「いい仕事をしてくれますね♪」
サリアが隣で天井に目を向けながら笑い、俺もつられて苦笑する。
なんだかんだ上手くやっていけそうだなと思っていると、街道が終わり最初の町へと到着した。
「あいよ、お疲れ様! 到着だ」
「ありがとう……って、本気で速いな……馬車なら昼過ぎに到着だぞ」
「まあそれが売りだからな。頑張って稼いで来てくれよ!」
一組目の冒険者を降ろした後は宅配を5件ほど。
商人達は買い物をしたそうだが、夜行バスみたいなものではないので集合してくれなければ困る。そのためサリアとベヒーモス親子に留守を頼んでおく。
荷物が増えたら父ベヒーモスに監視をお願いしたい。というか途中で逃げて時間までに返って来なければ置き去りにする手もあるか?
「ここはこれで終わりだな」
「なら、次ね」
配り終えてから次の町へ。
日本みたいに地続きでポツポツ家が建っているという感じじゃなく、魔物避けの壁に囲まれた場所なので非常に分かりやすいのがいい。
「おお、あれが『とらっく』だな! ヒサトラさんですね、話は聞いております」
「あざっすー!」
「……おい、なんか乗っかってんぞ!?」
初めて行く町でもこの通り、快く受け入れてくれる体制が出来ているので俺もにっこり笑顔だ。商人たちを降ろすと人間を移動させるのはこの町までなので、残りは荷物のみとなる。
<では我はここで待っているぞ>
「頼むぜ。20件くらいだからすぐだ」
コンテナから降り立ったベヒーモスがトラックの横でお座りをしてそんなことを言う。お座りして俺とあんまり変わらないのでやはりでかいな。
「しゃ、喋った……!?」
「でけぇ……」
「でも帽子被ってるわよ可愛いー」
<我になにか用か?>
「な、なんでもありませーん!?」
ベヒーモスが話しかけると集まっていた人、特に男は距離を取り、女性は俺の足元に居るコヒーモスに夢中だった。
「この子かわいー!」
「みんなとお揃いの帽子なんですね」
「ええ、ウチのマスコットですよ!」
<うぉふ!>
サリアが自慢げに女性たちへコヒーモスを紹介すると、愛嬌を振り撒き撫でまわされていた。
こら、お父さん、羨ましそうな顔をしない。
「おう、兄ちゃんが例のやつか! おら、こいつ持ってけ!」
「ありがとうございます。この住所ってどのあたりですか?」
「おう、そこはな――」
住所はソリッド様が用意してくれた町の地図を元に現地人が教えてくれるから正直楽だ。まあ最初だから珍しさに声をかけてくるだけかもしれないが、今のうちに色々な人と仲良くなっておけば後に続く。
今日は南側の端の町まで行って別ルートで王都へ戻ってくる仕事だった。国境最南端まで行って帰って来たんだけど、まだ20時だったのでかなり早く終わったと思う。
「ふう、無事に終わりましたね! みなさん協力的で楽でしたし」
<わん!>
「まあ、ベヒーモスはまだ伝わってなかったから警護団を呼ばれた時はまいったけどな。という感じの仕事だがどうだったよ」
屋根から降りてきたベヒーモスから帽子を受け取りつつ尋ねてみると、
<悪くない。『こんてな』とやらの上も風を受けて快適だったしな。もう少し幅があると良いのだが>
そんな回答が返って来た。
そのあたりは改善の余地があるなと顔を撫でながら言ってやると、頼むと返事をして寝そべり晩飯の支度を待つ。
初仕事でそこそこの収入だということで俺は奮発して肉を買っておいた。
明日も朝から仕事だが、癒しの一杯も購入済み。
「よーし、焼くか」
炭火の威力はでかい。
網の上で焼かれた肉からでる肉汁が炭火へ落ち、そこから香る匂いは食欲をそそられる。
<くぅ~ん>
目を輝かせたコヒーモスが尻尾を振る。
父ベヒーモスは冷静だなと思っていると――
「きゃあ!?」
「こら、そんな大きく尻尾を振るんじゃない! 埃が飛ぶだろうが!?」
<す、すまん>
<わふわふ>
一瞬、とんでもない風にあおられてしまった。
幸い肉は死守したので、その後は一枚ずつステーキと野菜を頂く。野菜はトウモロコシがあったので醤油っぽいやつをつけて焼きもろこしにした。
「おいしい……! 私このトウモロコシ好きかも」
「おお、一本食っちまえよ。……くう、酒に合うな肉……」
<うむ、いい焼き加減だ>
今日の疲れもなんのその。俺達肉体労働者は美味いものを食って酒を飲んでいれば癒されるのである。
そしてそこからしばらく運送業は上手く行っていたのだがある日の休み――