異世界でトラック運送屋を始めました! ◆お手紙ひとつからベヒーモスまで、なんでもどこにでも安全に運びます! 多分!◆

「さて、早速で悪いが君のことを話したいと思う。トライドから聞いた話では、いま君はあの鉄の乗り物を駆って運送業をしているそうだな。で、目的のために王都で情報を集めたい、と」
「そうですね。ご存じかと思いますが俺は異世界人です。で、恐らく一年以内に俺の母親も召喚されるんですが、向こうの世界でも特に治療が難しい病に侵されているんです。そのためこっちの世界に不治の病を治す薬がないか情報を知りたいと考えています。王都の方が人は多いということで、できれば移り住みたいと考えています」

 聞かれたことにハッキリ返答をする。
 これは最初から決めていたことなので淀みなくスラスラと口から出すことができた。
 移住に関しては、通常なら町へ行って申請すれば問題ないんだけど、トラックという異質なものがあるのでソリッド様にお伺いを立てないといけないってわけだ。
 まあ、要するに今は面接みたいなもんだな。
 
「なるほど、母親が……それは何故わかるのかね?」
「っと、それは……」

 女神ルアンが、と言いたいところだがそれは話していいものだろうか……? 少し考えていると、サリアが袖を引っ張って耳打ちをしてくる。

「(ヒサトラさん、ここは女神様のことを話してもいいと思います。実際ここにトラックがあるのは事実ですし、それならお母様のことも説明がつきます。それとこの国はルアン様を信仰しているので、悪い方向にはいかないかと)」
「(そ、そうか?)」

 まあサリアがそう言うのならと、俺はここに来た経緯を話すことにした。他の人間がトラックを動かせない以上、ルアンが実在するかどうかについて調べる方法が無いしな。

「他言無用でお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「私の口はかなり固い。安心してくれたまえ」
「……俺がこの世界に来たのは女神ルアンによって送り込まれたからです」
「!? ……続けたまえ」
 
 頷いた俺は送り込んだルアンと実際に話すことができたこと、元の世界には戻れないこと、トラックと俺は一心同体で他の誰にも動かすことができないなどの秘密をソリッド様だけに聞こえるよう小声で語る。
 すると、ソリッド様は目を丸くしながら黙って聞いてくれていた。

「――というわけなんですが」
「……」
「陛下?」

 サリアが声をかけるとソリッド様はハッとして頭を振り、俺に頭を下げた。

「それが本当なら凄いことだ。是非もない、こちらからお願いしたい。王都へ来てもらえないだろうか」
「もちろんお願いします!」
「うむ、ルアン様の導きでやって来た青年が未知の乗り物を駆る……いい、実にいいよ、君ぃ!! よし、トラックには女神様のマークをつけようじゃないか。ルアン様もお喜びになるだろう」
「ま、まあ、大丈夫ですよ」
「お待たせしました、オススメランチになります!」
「ああ、そうだ! 私を王都まで送るのをやって欲しいな、騎士達は後ろに載せて!」
「……これは美味い……」

 そこでお昼ご飯が届き、皿が置かれるがソリッド様は興奮冷めやらぬと喋り続ける。いつの間にかやってきていた毒見役がもくもくと食べているのにも気づいていないようだ。あ、あ、それは食い過ぎじゃねえかな。

「陛下、どうぞ」
「ふうむ、楽しくなってきたぞ! ……お!? 私のランチこれだけ!? これでは足りん、もう一つ持ってくるのだ!」
「また食われるんじゃ……。ってお前等、次の毒見役をじゃんけんで決めてんじゃねえよ!?」
「あ、美味しいですよヒサトラさん、冷めないうちに食べましょう」

 ま、まあ、思った以上に食いついて来てくれたので予定通り王都へ移住できそうだ。
 トライドさん達には世話になったし、なにかしてあげたい気もするが――

 そんなことを考えながら窓の外に目を向けると、空は相変わらずいい天気だった。


 ◆ ◇ ◆

 
「では、少し借りるぞ」
「ええ。ヒサトラ君、待っているぞ」
「はい。お迎えに上がりますよ」
「とらっくに揺られて寝るの癖になるのよね結構」
「ふふ、わたくしはもう向こうへ帰らないので残念ですわ」

 翌日、掃除を行ったトラックのコンテナの水捌けが終わり渇いてソリッド様を送り届けることになった。
 騎士はなんだかんだで全員載せるのは無理だったので、話し合い(物理)の末に数十人が乗ることに。
 ソリッド様はもちろん助手席で、サリアは後ろの寝台に乗ってもらう。この布陣ならトラックを楽しんでもらえるだろう。

 ここから王都までぶっ飛ばして数時間。
 なので、往復しても夜中には絶対ここへ戻ってくる。で、明日ロティリア領へトライドさん達を送り届けることで今回のイベントは終了だろう。

「それじゃ、また明日!」
「うむ、気をつけてな。陛下、またお伺いさせていただきます!」
「兄さん、いいお酒用意しておいてねー」
「我が妹ながら恐ろしいやつ……」

 そんな会話を窓から繰り広げていたが、やがてトラックは町の外へ。ボルボは俺と話したそうだったが、約束があるとギルドへ行ったので帰って来てから少し話すかな。

「シートベルトつけておいてくださいね。後ろはどうですー?」

「心配ない! 少し狭いが、いい景色だ」

 サリアに小窓を開けてもらい確認すると、落ちないようにしている柵の前で興奮気味だった。
 なら大丈夫かと、俺は街道に出た瞬間アクセルを少し強く踏む。

「おお……!? は、速いな」
「ええ、これのおかげですぐに王都まで行けますよ。もう少し速くしましょうか?」
「い、いや、大丈夫だ……ふう、これは凄いな。これがあれば、新鮮な魚を持って帰ることもできるんじゃないか」
「ああ、向こうの世界だと魚を凍らせて運搬を生業にしている者いましたね」
「やはりな! うむ……あそこの魚を食べてみたい……頼むか……?」

 なんだか夢のような話だとぶつぶつ言っていたが楽しそうだった。
 乗り物酔いとは無縁なトラックなので窓を開ければ風を切って気持ちが高揚する。

「よーし、もう少し速いところがみたいな!」
「周りはなにも無いし……いいですよ。サリア、掴まってろよ」
「はーい」

 そして一気にアクセルを踏むと、メーターは一気に90Kmを越えた。

「お、お、お……!? は、速!?」
「これくらいにしておきましょうか、あんまり速いと怖いですよね」
「い、いや! だ、大丈夫だ! やってくれ!」

 何故イキったんだ……?
 なら100Kmまであげてみるかとスピードを上げると――

「あばばばば……」
「ソリッド様ー!?」

 ――やはりというか、ダメだった。

 まあ、他人の車の助手席に乗っていると不安になるのあるよな。あれと同じだろう。

 え? 違う?

 ま、まあ、とりあえず後はゆっくり行くとしようか……
 
 サーディス領から約四百五十kmの場所に位置する王都。
 百キロのスピードはソリッド様と後ろの騎士が悲鳴を上げたので、七十キロ程度の速度で真っすぐ突き進んだ。
 その結果、六時間ちょっとで王都へ到着した。
 馬車って早くても時速十キロくらいのはずだから、一日以上かかる道を六時間で移動したのである。

「も、もう到着した、のか? 行きは町を経由してようやく辿り着いたのに」
「あれが王都ですね、立派な城壁じゃないですか」
「うむ、ありがとう。ゴブリンやら魔物が多いとやはり防衛が必要だ。そこに金は糸目をつけん」
「さすがでございます、陛下」
 
 面白い人だがしっかり国のことを考えているようだ。ちなみにこの国に村は存在しないらしく、必ず町と言えるレベルまで発展させてから防衛できるようにするのだとか。
 人間関係が中々大変そうではあるが、そういう場合は移住してもらえばいいとのこと。まあ、そこじゃなきゃ絶対ダメってことはあまりないだろうしな。

「うーむ、もう一往復して残りの騎士と馬車を回収しても本来帰る時間より早いんじゃないか?」
「はは、恐らくそうですね。街道の道が広いし、速度を上げてもそれほど問題になりませんから。向こうの世界だとこうはいきません」
「なるほどなあ。まあ、とりあえず後から帰ってくる者達はゆっくり戻ってきてもらうとして、私たちは城へ行くとしようか」
「分かりました」

 街の入り口となる門までトラックを近づけていくと当然だが槍を持った衛兵がバタバタと迫ってくる。
 だが、シートベルトを外して窓から顔を出したソリッド様が手を振って笑いかけた。

「おおーい、私だ! 門を開けてくれ、城までこれを移動させる」
「へ、陛下!? エレノーラ様のところへ行ったのでは?」
「おお、結婚式は終わった。妹も元気そうだった」
「それはなにより……どうぞ!」

 衛兵が道を開けてくれ、ゆっくりとアクセルを踏む。
 両脇で敬礼している衛兵の顔が驚きに変わるのが見えたが、恐らくコンテナの騎士達に驚いているようで、背後から声が聞こえてくる。

「これすげぇぞ! 半日もかからず帰って来た!」
「うぇぇぇい!」
「楽ちんすぎて怖い。正直欲しい」
「そこ乗れんのか!? いいなあ、楽しそうだ」

 うん、遊具ではないぞ。

 そのまま町へ入ると他の町と同様に人々から注目を集めていた。ソリッド様が窓から顔を出して手を振るのでさらに注目を浴びるが、幸い道を塞ぐようなことは無かった。そのまま大通りを走っていくと目の前に大きな城が見えた。

「おお……城だ……。でけぇな。というか結構離れたところに向こうにあるんだな」
「なんだかんだで広いからな。運送業をするなら家とトラックを止めるスペース、それと店を用意せねばならんな。城の庭に作るか」
「やめてください。安全面もやばいし、恐れ多くて誰も依頼に来ないかと……」
「むう」

 不満げにならないでもらいたいぜ……。城に普通の人が入ってくるのは流石に警備上不味いだろう。

「普通に町中でいいですよ。トラックの取り回しができると一番いいですかね。ロティリア領でもそうですけど、道が狭いとやっぱりトラックは活かせないですから」
「いつも他の町についたら入り口に置いて宅配していますもんね」

 サリアの言葉に頷くとソリッドさんは顎に手を当てて町をじっと見つめていた。
 なにか思うところがあるのだろうか?

 そんな感じでしばし無言のまま進むと、やがて城へ。
 全員が降りたのを確認したところで、俺とサリアは再びトラックへ乗り込もうとしたところで、

「む、寄っていかんか? まだ時間はあるだろう」
「あー、トライドさん達も送って行かないといけませんしね。今から帰ったら夜ですけど、翌日送らないといけませんし」

 サーディス領からロティリア領は半日かかるし、早い方がいいだろう。
 ソリッド様は残念そうに肩を竦めるが、すぐに笑顔になり握手を求めてきた。

「では、話し合いは次だな。いつ来ても過ごせる準備はしておくから、尋ねて来てくれ。城の者には伝えておく」
「ありがとうございます。必ず声をかけさせていただきます」

「ヒサトラさん、楽しかったよ! 魔物がびびって近づいてこないのは面白かった」
「つーか速すぎるな! 陛下の移動は全部これにしてくれ。そして載せてくれ」

 降りた騎士達も笑いかけてくれながらそんなことを言う。
 受け入れてくれるのはありがたいことだと俺はトラックを町の外へと移動。再びトライドさん達の下へと戻るのだった。

「いい人達ですね」
「だな。王都に移り住んでも、楽しくやれるといいな」


 ◆ ◇ ◆


「……行ってしまいましたね陛下」
「むう、もう少しゆっくりしていけばいいのだがな。近くでじっくり見たかった」
「後ろの荷台部分は快適でしたよ。少し揺れますけど、結婚式の時のように椅子を固定しておけば景色も眺めつつ旅ができるかと」
「まあ、荷物運びが主だからそこはヒサトラ君に任せよう。しかしどうやっても稼げる金の卵だな……」
 
 騎士が冷静に判断してソリッドへトラックの使い道について進言すると、彼は肩を竦めながら口元に笑みを浮かべた。

「彼のためにも治療薬を探しましょう陛下。恩を売っておいて損はない相手かと」
「当然だ! それに、彼自身も面白そうな男だしな。よし、トラックを置ける土地と店を用意するぞ、広ければ広い方がいい。大通り寄り……いや、町の入り口がいいのか……?」
「仕事が多そうだし、やはり入り口付近でしょう。一つ専用の土地があっても――」

 城へ入りながら王と騎士達はああでもないと意見を出し合う。
 これから忙しくなるぞ、とソリッドは肩を回しながらほくそ笑むのだった。
 
「トライドさん、戻りましたよ!」
 
 ジャンさんの屋敷にトラックを入れると、音を聞きつけたトライドさん一家が出て来た。車上から声をかけると、驚いた顔で駆け寄ってくる。

「も、もう戻ったのか……!? 明日になると思ったのだがな」
「サリアと俺だけなんで飛ばして来ましたよ。途中で後から王都へ戻る騎士さん達が野宿に入っているのとすれ違いましたよ」
「速いわねえ。兄さんはご満悦だったんじゃない?」
「ええ、飛ばしすぎて途中びっくりしてましたけどね」
「まだ私はトラックの真の力を見ていないということか……!」

 トライドさんはそんなに飛ばせるのかと感心する。でもそんなにかっこよく言うことでもない。
 それにロティリア領までの道のりは森が多いからあんまりスピードを出せないからな。真価を発揮する場面ではなかったし、そんなものだろう。

「でもこの時間だし、ゆっくり休んでから帰りますかね」
「そうだなあ」
「いや、このまま帰るわよ。寝台で揺られながら寝る……!」

 いい時間なので朝イチに帰るかと思ったが、エレノーラさんはこれで寝ながら帰りたいらしい。すると困った顔で笑いながらトライドさんも了承し、荷物をコンテナに乗せて助手席側から乗り込む。
 今回はアグリアスを置いて。

「お父様、お母様、また里帰りした時にお話ししましょう」
「うむ。達者でなアグリアス。べリアス、娘を頼むぞ」
「はい、必ず幸せにしてみせます」

 式でも誓っていたと思うが、娘のアグリアスを置いて帰るのでトライドさんも真剣だ。それにべリアスさんも応えると二人は笑い、頭を下げた。

「出してくれ」
「はい。ジャンさん、お世話になりました。王都に行く前に一旦荷物運びは終了することを通達してから王都へ向かいます」
「よろしく頼むよ。残念だが、テストケースとしては十分だったしな。今後は王都で依頼をお願いすることになるだろう」
「あんちゃん、元気でな! 冒険者になったら会いに行くよ!」
「ありがとうございますジャンさん。ボルボ、頑張れよ。待ってるからな」

 俺がサムズアップすると、ボルボも返して笑う。
 
「ありがとうヒサトラさん! あなたのおかげで無事に結婚できましたわ」
「お幸せに、アグリアス」
「サリアも今までありがとう」
「お綺麗でしたよお嬢様! お仕えしたことを誇りに思います」

 奇妙な縁だったが、偶然とはいえあの時、ふたりを救出できたのは良かったといえる。きっと忙しくなるからしばらく会うことはないだろうが……またいつかということで俺とサリアは手を振り、笑顔で別れることができた。

 そして静かな道にヘッドライトが流れていく。
 エレノーラさんはすでに寝息を立て、サリアも船を漕いでいる。

「サリア、まだ到着するまで時間がかかるから上で寝てろ」
「でも……ヒサトラさんが起きているのに……」
「いいから」

 俺が言うと困った笑顔でわかりましたと移動を始め、上の段で横になってくれた。
 サリアはずっと働いてくれているからな。
 結婚式もアグリアスがついていて欲しいと言っていたので、付きっ切りだったし疲れているはずだ。
 コンテナも俺だけで掃除で良かったんだが、絶対俺より早く起きているんだよな……。
 素直に寝てくれて助かったな。

「……ふう」
「お疲れ様ですトライドさん。行っちゃいましたねえ」

 トライドさんがネクタイを緩めながら息を吐く。国王様の妹が結婚相手とはいえ、やはり緊張はするだろう。ようやく一息付けたのはそれだけじゃなく、娘を送り出したのも含まれているのかもしれねえな。

「うむ。まあ、娘というのはそういうものだ、君にも娘ができたらわかる」
「こういう場合ってトライドさんの家はどうなるんですか? 婿を取るもんだと思ってましたけど」
 
 実際、兄弟の次男とかを婿に迎えて家を継ぐ、というのが基本になるはずなんだよな。
 そうじゃないと跡取りが居ない家は潰れちまう。もし、アグリアスに弟が居れば問題なしだが、今回は一人娘が行ってしまったからな。

「まあ、私達もまだ若いから新しい子を産むこともできるし、男の子が産まれたらこっちを継ぐことで同意しているよ。ジャンのところはボルボも居るしな」
 
 できれば男の子が欲しいということで、また子作りに励むのだとか。アグリアスが居なくなったから遠慮も要らないとは羨ましい限り。エレノーラさん、美人だしな……性格はアレだが。

「私たちのことはいいさ。また会いに来てくれればな。それより陛下とはどうだった?」
「良い返事がもらえましたよ。準備が出来たら王都へ引っ越し……トライドさん、ここまで本当にありがとうございました。もしトライドさんじゃなかったらここまできちんとした生活は無理だったと思います」
「ふふ、アグリアスを救ってくれた礼としては小さいと思っているけどな。いや、しんみりしてしまった、いかんな歳をとると」
「はは、今、若いって言ってたじゃないですか」

 俺がそうやって冷やかすと、口元に笑みを浮かべつつも目には涙があった。
 やっぱり寂しいんだろうな、と、後ろのエレノーラさんを見ると彼女も寝ながら涙ぐんでいた。

 休みはしっかり取って遊びに帰るのもいいかもしれない。なんて考えつつ、無言でロティリア領までトラックを走らせる。

 ――そして、配達や移送についての説明を行い、今後は王都で受け付けることを伝える。みんなには残念がられながらも応援すると励ましてくれた。
 トライドさんは販路を増やせないか、なども考えているそうで感謝しかない。

 全ての片づけが終わった俺達は、いよいよ王都へと引っ越すことになる――
「お世話になりました! またこっちへ来るときは必ず顔を出しますから」
「そうしてくれ、アグリアスが居なくなってこちらも少し寂しいからな」
「そうそう、私達も子づくり頑張るけど、あんたたちもね? ヒサトラさんは半分息子みたいなもんよ。お母さんの病気を治す薬の情報はこっちでも調査しておくわ」
「おお……」

 エレノーラさんがいつものボーっとした調子ではなく、ハキハキと嬉しいことを言ってくれてちょっと感動する。
 家族みたいなものだと言ってくれた上に、母ちゃんのことも気にかけてくれているのが特に。

「なによ。というかここから引っ越すんだから、ちゃんとサリアを守りなさいよ?」
「あんたたちも……ってそういうことか!? 俺達はそういうんじゃない、仕事仲間だって」
「……」
「わお、サリアの怖い笑顔、久しぶりに見たわね。……それじゃ、元気でね」

 少しだけしんみりしたトライドさん、エレノーラさんと握手をしてトラックへ乗り込むと出発。
 泣きそうになるからと二人は屋敷の入り口までで別れ、すっかり慣れた大通りをゆっくりと進んでいく。
 しばらく戻らないだろうから目に焼き付けておきたい。

 なんだかんだでトータル半年はこの町で過ごしていたので愛着がある。

「おーい、ヒサトラの兄ちゃん! 元気でな!」
「また来いよ!」
「おう、お前らはちゃんと勉強しろよ!」
「ちぇ、そればっかりだ!」

 10km程度でゆっくり走る俺達に並走して子供たちが手を振ってきた。俺も笑いながら返事をしてやる。
 俺が休みの時にコンテナに乗って遊んでたやつらだが、実はトラックより荷物に紛れていたトランポリンの方が気に入っていたんだよな。
 回収するのも可哀想だったが、目に見えないところでケガをされても困るので今はコンテナにある。
 
「もう行っちまうのか、ほら移動中に食えよ」
「ああ、サンキュー親父さん」
「サリアちゃんも元気でね」
「ありがとうございます!」

 肉屋に八百屋にパン屋と商店からもいろんな人が顔を出してきて、差し出しをくれる。異世界から来た怪しげなものに乗っている男にみんな快く応対してくれたのは本当にありがたいことだ。

「……向こうの世界ならどうなんだろうなあ」
「なにがです?」
「ああ、その世界において有り得ない怪しい奴をこんなに快く受け入れてくれるかって話だな。トライドさんが領主だったってこともあるけど、みんないい人で良かった。向こうの世界だと、不審者即通報で拘束まであるからな」
「怖いですねえ」

 サリアがくすりと笑い、俺もつられて笑う。
 次は王都……ソリッド様は好意的だが他の人間はどうか分からない。一緒についてきてくれるサリアが不利を被らないようにしないといけないのだ。

「みんなー! また来るよー!」
「お元気でー!!」

 いよいよ町の出口へと到着し、振り返らずに進む。バックミラーを見ると入り口まで見送ってくれる人がいて俺は鼻をすする。

 さよならは言わないのだ。また必ず会いに来るんだからな。


 ◆ ◇ ◆

 
 ――というわけで二人きりになったトラックは爆速で街道を突き進む。ロティリア領から王都へは片道七時間くらいなので、昼過ぎには到着予定となっている。
 事前にソリッド様宛の手紙を出しているので会ってくれると思うが……。
 まあ、住まいについては最初トラックで暮し、貯めたお金を使って住めるところがあるか探そうと思っている。
 
 それはそれとして――

「なあ、本当に俺と一緒についてきて良かったのか? メイドの方が給料はいいかもしれないのに」
「ふふ、まだ言ってるんですか? 私はルアン様を知る人間の一人ですからね、ずっとヒサトラさんと一緒にいますよ? 結婚してもいいと思ってますけど? 私のこと、嫌いですか?」
「マジか……つーか嫌いなわけあるか。……まだ仕事が安定しないし、苦労をかけそうだから結婚はまだ考えられねえ。母ちゃんが来てから、だな」
「そうですね。まだ二年と少しはありますけど、いつこっちに来るか分からないですもん」
「だなあ……」

 俺は地図が表示されているカーナビを睨みながらポツリと呟く。
 ルアンはあれから一回も顔を出して来ないので状況が全く読めないのだ。俺も仕事が忙しいかったので声はかけなかったが、応えてくれたかどうかは微妙だ。

「どっちにしても治療薬を見つけるまではお母さまが来ても出来ることはないですし、さっと探しに行った方が良さそうですよね」
「あればいいんだが……そういう話って聞いたことないのか?」

 エリクサー、アムリタ、世界樹の雫などなど……ゲームならよくある治療薬。噂くらいならと思ったのだが、

「私はずっとお屋敷でしたからねえ、そういう話とは無縁です。ごめんなさい」
「ま、それもそうか。王都の情報網をアテにするしかねえな」

 
 冒険者ギルド、もしくは商工会ギルドというのもあるのでそこに話をして探してもらう、かだな。
 自分で見つけなければ金はかかりそうだから、本気で稼がないと無駄になっちまう。
 それでも王都なら依頼主も増えるだろうし、ソリッド様の魚問題を解決したら報酬を積んでもらえたり……

「それはないか」
「なんです?」
「いや、なんでもねえ。王都に行ったらまず美味いもんがねえか探そうぜ」
「あ、いいですねー」

 とりあえず今は目的地を目指す。
 しかし、到着すると――
 
「お、着いたな」

 片道八時間かけ、特に問題なく王都へと到着する。
 途中、ゴブリンの群れが立ちはだかろうとしてすぐに散っていたのを見かけたくらいか。近くに商人の馬車が居たからちょうど牽制した形になったので良かったと思う。

 少しずつ速度を落として門に近づいていくと、衛兵が槍を振りながら止まるように示唆してきたのでブレーキをかけて窓を開ける。

「こんにちは、ソリッド様に会うため街へ入りたいんですが」
「ああ、ヒサトラさんですね? この乗り物が来たら通すように聞いております、少々お待ちを」
「すみません、お手数をおかけします」

 衛兵は兜のバイザーを上げて笑いながら少し待てと言ってくきた。
 すぐに手を上げて門の傍にいる衛兵にアクションを取ると、重い格子扉が開いていく。

 そのままゆっくり入るように指示されて町の中へ入っていくと――

「おお、来たぞ!」
「陛下を送迎した時に少し見たけどやっぱでけぇなー」
「いいね、かっこいいじゃん」

 ――なんかたくさん人が大通りに集まっていた。

「今日ここに来るのが分かってたんですかね?」
「うーん、ソリッド様にはだいたいの日にちは手紙で書いていたけどピンポイントで今日だとは分からないと思うんだが……」

 俺とサリアが不思議がっていると、正面に平民みたいな服を着たソリッド様が両手を上げ、満面の笑みで立っていた。
 トラックを止めるとこっちへ近づいてきて手を上げながら口を開く。

「やあ、待っていたよヒサトラ君!」
「お久しぶりですソリッド様。これはいったい?」
「ああ、みんなで歓迎しようと思ってね」
「この人、七日前からずっと張っていたんですよ」
「こ、こら、言うんじゃない!?」

 ころころと笑いながら山登りでもしそうな格好をした美人の女性がソリッド様の横でそんなことを言う。なるほど、ずっと待ってたのか……いや、嬉しいけど。

「はは……ありがとうございます。えっと?」
「ああ、私の妻だ」
「リーザと申しますわ。夫からあなたの噂はかねがね聞いております。先日、送ってくれた時に見せたかったと」
「だから言うんじゃない!?」

 慌てるソリッド様をよそに窓越しで手を差し出してきたので握手をする。
 分かっていると思うが、周辺には三十人からの騎士がついているので、視覚情報が多すぎである。
 そんな感じでわいわいしている中、サリアも紹介したところでソリッド様が咳ばらいをして俺達に話しかけて来た。

「さて、それではヒサトラ君の住まいに案内しようと思う」
「あ、用意してくれたんですか? 自分で探そうと思ってたんですけど……」
「構わん、ウチの名物になるかもしれんからな。それで、トラックに乗ってもいいかね?」
「ええ、もちろんです。あの、王妃様も?」
「はい!」

 サリアに寝台へ移動してもらい、ソリッド様とリーザ様に乗り込んでもらう。なるほど、軽装だったのはあらかじめ乗り込む予定だったからか。
 いつも通り騎士達もコンテナに乗り込……あ、こら喧嘩すんな!? ま、まあ、騎士達も乗り込んで指示された方へ。

 トラックを止められる敷地くらいはあるだろうけど、家までとは助かる。家賃とかどれくらいか聞いて難しそうならしばらく車中泊だな。

 そんなことを考えていたのだが――

「さ、到着だ。ここを使ってくれるかな?」
「こ、れは……!?」
「ほほう……!」

 俺とサリアの眼前には、平屋ながらも3LDKくらいありそうなでかい家屋。その隣にはさらに負けないくらいの倉庫兼店舗があり、さらにその隣にはトラックを置ける広々とした庭が、あった。
 
「んん……目の錯覚、じゃないよな……?」
「私にも多分同じものが見えていますよ……!」

 珍しくサリアも驚いた口調で呟く。
 明らかに予算オーバーといったレベルの豪華な庭付き一戸建てと店舗や……。思わず関西弁になってしまったがそれくらい衝撃なんだよ。

「あの、ソリッド様? 俺、ちょっとは稼いできましたけどこれは予算オーバーですよ! 家賃とかいくらかかるんですかね!?」
「ん? いや、これは君にプレゼントだよ」
「「はあ!?」」

 サリアと一緒に目を見開いてソリッドさんの方へ顔を向ける。これにはさすがのサリアもびっくりしたようだ。しかし、ソリッドさんはなんでもないといった感じでドヤ顔をする。
 隣に座るリーザさんも口元に手を当てて微笑み、口を開く。

「この『とらっく』という乗り物は、この世界ではどう頑張っても数百年は経たないと再現できる代物ではないと踏んでおりますわ。当然いつか飽きられることはあると思いますが、仕事が無くなるということはないと思っています」
「だから税金で返してくれればということだな! なんにでも使えそうだし、金が入らないことはないだろ」

 王都には周知をかけて、いけそうならあちこちの領地へも通達するのだとか。
 おおごとになってしまった……だが、税金という形で返せと言ってくれるあたり、こちらも気が楽にはなる。
 
 それにしてもだ。
 トラックから降りて周囲を確認して気づいたことがある。

「ここ、なんか後付けで拡張した感じがありますね……?」
「うむ、本来このラインに壁があったのだが、大きく膨らませて土地を作ったのだよ。急だったがよくやってくれたよ」

 やっぱりか。明らかにここだけ新しいと分かる環境だからな。隣の家まで結構遠いし。
 だけど門からそこまで離れていないのはいい。
 安全面を考えるとなるべくトラックの取り回しがいい道を使いたいしな。

 そんなこんなでコンテナに積んだウチの荷物を降ろす準備に取り掛かるのであった。
「ヒサトラ殿、これはどちらへ?」
「ああ、それは店舗でお願いします。あ、それは家の中で」
「分かりました」
「庶民のお引越しってわくわくしますわね」
「はは、大変ですよ。……!?」

 リーザ様が楽しそうに荷物を持って歩いているのを見て俺は180度回る勢いで首を動かし、慌てて段ボールを取り上げる。

「なにやってんすか!? 王妃様は働かなくていいんですよ!」
「でも、皆さん動いていらっしゃいますし、夫も、ほら」
「え?」

「サリア君、これはどこへ持って行けばいい?」
「えーっと……倉庫で……」
「お待ちなさい!?」

 俺はさらに慌ててソリッドさんが持つもう一つの段ボールをかっさらい、地面に置いてから口を開く。

「国王様が働いたらダメですって!」
「いや、異世界のアイテムとかあったら見たいな、と」
「素直ですね」
「サリア、そういう問題じゃないっての……。とにかく、見せられそうな物なら後で積み荷を降ろし終わってからにしてください」
「「ええー……」」
 
 はもるなアクティブ夫婦。

 とりあえず二人にはお土産として積まれていたであろう、よく冷えた瓶のグレープジュース(他の味あり4本セット)を渡し、庭にテーブルセットを作って待ってもらうことに。

「うおお! あのジュースめちゃうめえええ!」
「マジか! 毒見役いいなああ!!」
「私のジュースが半分しか入っておらぬ……!?」
「あらあら」

 よくはねえよ、下手したら死ぬんだぞ。あいつら頭ん中どうなってんだ? ツッコミが追いつかないので早く荷下ろしを終わらせよう……。

「さすがプロは違いますね、この重さを一気に持つなんて」
「コツがあるんですよ。ここにマジックで中身を書いていて、重いものを下にしているから、だったりね」
「ほう、面白いもんだな」

 手伝ってくれる騎士達は変なヤツもいるがこういう真面目な人も多い。自分のやっている仕事を褒められるってのはむずがゆいものだが嬉しいもんだ。

 しばらくしてコンテナの荷物が全て出し終わり、気が付けば昼を回っていたため昼飯を食べてから開封しようとなった。

「ありがとうございました! 後は開封だけなので俺とサリアだけで大丈夫かと思います。お昼、俺がごちそうしますよ。って出前とかないんだっけ?」
「頼めば届けてくれるお店があるんじゃないですかね?」

 このまま帰ってもらうのは申し訳ないのでお昼くらいはと思ってサリアと財布を手に声をかけるが、その前にリーザ様が笑ながら口を開く。

「わたくしの毒見役がすでに手配しておりますわ。今日のヒサトラ様とサリアさんはお客様ですもの、これくらいさせていただきますわ。ですわね?」

 すると騎士達は「おお!」となんか笑顔でポーズを決めていた。ノリのいい国だな……。少々心配になるが。

「なんかすみません、なにからなにまで……」
「いいのよ。夫も言ってたけど、『とらっく』は新しいものをこの国に与えてくれるかもしれませんもの」
「そうですかねえ……」

 リーザ様が確信めいてそういうが、俺はよく分からず頬をかきながら生返事を返す。
 どちらかといえば迷惑をかけそうで怖いんだが……

 あれ? その夫であるソリッド様の姿がみえねえな。

「むう……」
「なにやってんすかソリッド様」
「この箱はなんというのかね?」
「段ボールですね。この世界には無いんですよね」
「そうだな。これをひとつ貰うことはできるだろうか?」
「え? こんなものどうするんです?」
「なんとなく惹かれるものがあるのだ、どうだろう?」

 そういやソリッド様って眼帯をしてないけど某潜入するゲームのあの人に似ている気がする。名前だけじゃなくて声も。ソリッドに段ボール……大丈夫か?

「ま、まあ、たくさんあるのでひとつくらい大丈夫ですよ」
「そうか! ではこれを頂いていこう。おい、丁寧に扱えよ」
「ハッ!」

 人が入れそうな大きさの空段ボールを騎士に命じて別の場所へ移動させるのを横目に『やはり入るのだろうか?』と脳裏に浮かんだが、国王がそんなことをするはずもないかと頭を振る。

 やがて出前とは思えぬオードブルが届き、倉庫にありったけのテーブルと段ボールを机にしてバイキング形式の昼食が始まり、俺とサリアも頂くことに。

「お、この肉団子美味いな」
「こっちの温野菜も歯ごたえがあっていいですよ」
「この国は野菜が特によく育つ土地でな、家畜も居るが肉は別の国の方が上手い。もちつもたれつだな」
「魚はやっぱり難しいんですか?」
 
 前に魚を食べたいと言っていたが、オードブルには魚が存在するので気になって聞いてみる。すると、なるほどという答えが返って来た。

「湖や川にはもちろん魚は居るが、海の魚ということだ。新鮮なら生で食べられるとも聞く。ぜひ、一度でいいから味わってみたいものだよ」
「ここからどれくらいなんですか?」
「馬車で十日ほどの場所にある町だ」

 十ってくる間に腐るな。
 でも氷の魔道具みたいなものがあれば持つんじゃないかと思ったのだが――

「魔力がもたんらしい。十日連続で昼夜込め続けると鼻血を出して倒れるようだ」
「そこまではできませんね……」

 そうか、魔力の問題か。
 俺はトラックに乗っている限り魔力ほぼ無限だし気にしたことが無かったな。魔道具という生活を便利にしてくれるアイテムは結構魔力を食うらしい、魔法が苦手な人の為に作られているけど制限はいろいろあるみたいだな。

「そうだ、少し落ち着いたら商工ギルドへ行くといい。この運送屋の開業手続きは私ではできん。話は通してあるから気楽にな。冒険者ギルドも宣伝で顔を出しておくといいぞ」
「はあ」

 根回しが良すぎる。
 が、ソリッド様が自分の欲を満たすためと思えば、まあこれくらいはするかと苦笑する俺。
 その後、昼食を終えて残りの作業を終えるのだった。

 ――というわけで夜。

 荷出しを終えてみんなが帰ったところでようやくサリアと二人でゆっくりすることができた。

「ふう……風呂までついているとは至れり尽くせりだなこりゃ」
「ですね、昼間は大変だったし今日はゆっくり寝ましょうよ」

 水と火の魔法さえあれば風呂も入り放題なのはこの町でも変わらずだ。お金がかなり浮くので、この点は日本よりお得だと言える。
 それでもサリアの言う通り異世界の道具は魅力的なようで――

 ◆ ◇ ◆
 
「これは子供にウケそうだな?」
「トランポリンはそうですね、向こうの町でも人気でした」
「これはなんですの?」
「ああ、これは馬にまたがるみたいにしてからこのペダルを漕ぐんですよ。この画面に疑似空間が現れて移動した気になって、気軽に運動ができるって器具です。トランポリンもそうですけど大人がダイエットに使うことがありますね」
「あら、映像が切り替わるの面白いですわ。これは王都の住宅街かしら?」
「……どうなってんだろ」

 どこかにドローンでもあるのか、リアルタイムで町の風景をモニターが映し出していたが深く考えるのは止めた。どうせルアン絡みだろうし、電気の代わりに魔力で動いているからなんらかの作用があったに違いないのだが。

 そんな感じで午後から荷物を倉庫に並べていると、ソリッド様とリーザ様や騎士達が並べられた積み荷に興味津々で、片づけの最中よく声をかけられている。

「ヒサトラ殿、これはどうやって使うのですか?」
「これはこのボンベをセットして……ここを回すと」
「おお……!? 火が出たぞ……」
「これは野営の時に便利ではないか?」
「そうだな……焚火のように煙が出ないからそういう点でもいいな……欲しい……」
「はは、悪いけど一個しかないから家で使うんだ」
 
 俺がそう返すと騎士達はがっくりと肩を落として他の品に目を向ける。
 盗難防止ができれば貸し出してもいいが、ガスボンベも無限じゃねえしなあ。

「あの人に頼んで……」
「プライドを刺激してやれば……」

 なにか物騒なことを言っていたが、その後は無事終了することができた。
 しかし、改めて通販サイトの宅配はカオスだということが分かるな。まだたくさんあるから今後も使える時に使おう――


 ◆ ◇ ◆


 ということがあったので、殆どサリアと真面目な騎士による配置となってしまったわけだ。
 ずっと働いてもらっているので彼女こそ早く休んでもらいたい。

「あふ……明日はギルド巡りですかね」
「ああ、まずは挨拶をして、ひと息ついたら仕事に取り掛かろう。防犯設備もあるし、二人で出かけても問題ないだろう」
「昼間は兵士さんが常駐で見回りをしてくれるみたいですしね」

 重要拠点かここは。
 しかし需要があるなら異世界道具レンタル屋も副業で始めてもいいのかもしれんな……

「それじゃ寝ましょうか」
「だな」

 寝る前のホットミルクを飲み干してからベッドへ。……もちろん別々の部屋で寝ましたからね?
 そんな軽くない一日を終えて目を瞑ると、あっさりと意識が途切れるのだった。

 ――そして翌日。

「庭で食べる朝食はなんか良かったな」
「『かせっとこんろ』のおかげですね。ソーセージの焼ける匂いが人を呼び込んでいたから、お仕事を始めた時は毎日それでもいいかも」

 誘蛾灯じゃねえんだからと思いながら、ソリッド様の書いてくれた地図を片手に町を歩いていく俺達。
 早朝からやっているらしいが、朝は依頼の取り合いになっていて騒々しいということなので少し時間をずらしている。が、町の構造を把握していないのでどこがどこだかわからん。

「この通りで合ってんだよな……?」
「多分……」

 もちろんサリアも初めての町なので不明瞭だ。まあ、今日は急いでいるわけでもないので食後の散歩ということにしておこう。変な因縁をつけられた時の為に一応バットは肩に下げているが。

 んで地図上で見ると俺達の家は町の東側で、冒険者ギルドは中央の大通りにあるようだ。商工会ギルドは西側にある商店通りの方に設置されているので、冒険者ギルドの後に行く形になりそうだ。

 ロティリア領の町より家屋に二階建てが多い。
 恐らく人工が多いからアパートみたいなのがたくさんあるのだと推測され、窓から顔を出している人達は一家って感じじゃあないからだ。

 町並みとしてはヨーロッパ系の石畳の道があってレンガや木の家が立ち並ぶ。
 かなり密集もしているためロティリア領で住んでいた町より隣同士の騒音が気になりそうだなと思ったりする。

「あ、大きな建物。あれじゃないですか?」
「お、みたいだな」

 サリアの指した先にひときわ大きな建物が目に入る。
 その周りは家が存在せず、広場や厩舎が並んでいて冒険者が活動しやすいような造りになっているらしいな。
 日照権の問題も無さそうでなによりである。

 ウェスタン扉を押して中へ入ると――

「うわ!?」

 中に居た冒険者達が一斉に俺達へ顔を向けた。
 じっと見られて居心地が悪いなと思っていると、彼らはひそひそとなにやら話し始める。

「おい、あの恰好……」
「ああ、陛下の言っていた……」
「ギルドマスターに報告だ、お前行ってこい」
「なんで命令してんだよ、てめぇが行けよ!?」

 どうやらソリッド様の根回しが利いているような話だな。
 じゃんけんで負けたヤツが奥へ入っていき、やがて戻ってくると、さっきまで居なかったスキンヘッドと口ひげを生やした大男が、居た。身長が百七十六センチの俺でも少し見上げる必要があり、二メートルは越えている。

「どこだ? ……おお、お前が異世界人か!」
「え、ええ。ヒサトラ ヒノです。こっちが助手のサリアと言います」
「よく来てくれた! 俺がこのギルド‟ドッグアイ”のギルドマスター、ファルケンだ。よろしくな、ヒサトラ!」
「通称は山坊主って呼ばれて……ぐあ!?」
「やかましいわ!」

 だから名前ぇぇぇぇ!!

 くそ、なにかに似ていると思ったがサングラスを掛けたら多分そのまんまだぞ……声も子供を守るロボットに似ている……。

「大丈夫ですかヒサトラさん?」
「だ、大丈夫だ。色々と胃が痛くなる光景だったが、いい人そうで良かった」

 俺は動揺を見せないようサリアに笑うと海……いや、ファルケンさんが奥の席へ案内してくれる。
 とりあえず仕事をしないとな……
 レストランのファミリー席みたいなところに通され、俺とサリアが並んで座るとファルケンさんも対面に腰かけた。
 葉巻を取り出して『いいか?』という仕草をするので頷いて了承。
 
 よそを向いて一息吐いてから俺達を交互に見て口を開いた。気遣いもできるあたり益々似ている。

「よしありがとう。で、陛下から運送業とやらをやると聞いている。具体的にどんなことをやっているかは直接ヒサトラにと言われていてな」
「でしたらこちらのサリアからご説明させていただきます」
「よろしくお願いします♪」

 業務内容を説明するのは『知っていなければ難しい』ものだ。だから俺とサリアは二人で詰めた内容を紙に書いてそれを順に説明する方法を取っている。
 齟齬があれば遠慮なくツッコミを入れるが、ロティリア領で冒険者や商店の人達に説明をしていたのでもう淀みなくスラスラ話していた。
 王都でやるとなればまた追加で決まりごとが増えるかもしれないが、まずはやっていたことを伝える。

 まずは単純に人間を町から町への送迎することだ。
 時間厳守だが荷物を運ぶ町へ移動する際に、目的地が一致していれば一緒に運びますよというもの。
 これは背後で控えていた冒険者達がざわついた。
 騎士がトラックに乗っていたのを見ていた者が居たようで、なにやら得意気に話をしていたのがちょっと面白い。

 次に冒険者の送迎。
 で、こっちは各町の往復とは違い、時間さえ分かれば狩場の往復送迎もやっていることを告げる。
 馬車や馬の方が融通が利くんだが、魔物を倒した素材を運ぶのが大変なので回収して欲しいということらしい。
 これはなかなかタイミングが合わないと難しいので回数はそれほど積み重ねていない。

 で、メインとなる積み荷の運搬について話す。
 基本的には荷物を受け取って町へ配送というもので、決まった期間に交易品や野菜、肉、飲み水といったものを運ぶ。商人がよくやっている仕事だが、ロティリア領では一部、重量があるものや数が多いもの、個人的なお届けを請け負っていたことを話す。

「業務としてはこんな感じですね。まあ、仕様上、商工会ギルドの方が主になると思いますが、冒険者さん達もこういった使い方があるという実績をお話しさせていただきました」
「なるほど、陛下が熱中するわけだ……。素材運搬は非常に興味深い。特に大型の魔物ともなれば素材は大量になるのだ。解体しても馬車が引く荷台には乗らないからいくつか諦めるなんてのは日常茶飯事。しかしこれならワイバーンみたいな大型のものでも全部持ち運べるな……後で『とらっく』とやらを見せてもらえるだろうか」
「ええ、今日は商工会ギルドに挨拶に行ったら帰って荷ほどきの続きをやるのでその時にでも」
 
 そこで冒険者連中がまたざわめく。
 小さい声でよく聞こえないが、呆れているような、キレているようなざわめきが起こっているような……?

「とりあえずご質問などあればお伺いしますが?」

 サリアが笑顔でファルケンさんへ尋ねると、彼は葉巻を一回吹かした後、歯を出して笑う。
 
「いや、とりあえずそれだけ詳しく話してくれたから問題ないぜ。こいつらも横で聞いていたしな」
「ありがとうございます。料金は少し割高になっておりますので、余裕があったらご利用いただければと考えています」
「ぜひ、検討させてもらう」
「それで、ソリッド様から聞いているかもしれませんが――」

 と、俺は病気の治療薬についての話を持ち掛ける。
 持ってきてくれたら相応の対価を払うし、情報だけでも金を出すとも。

 売ってもらえるのが一番いいが、危険を伴ったとしても自分で取りに行くのは吝かではない。故に情報だけでもというわけだ。

「ああ、そのことは聞いているぞ。ただ、そんな万能薬はおとぎ話レベルでしか耳にしたことはねえ。ただ、他の国やどこかにあるかもしれないから、流れて来た冒険者連中には声をかけるし、依頼ボードにもでかでかと張っておいてやる」
「あ、ありがとうございます。母親のためなんで、絶対に見つけたいんです」

 俺がそういうと目の前の大男や冒険者達が目に涙を浮かべ『おっと、汗をかいちまった』とかベタな言い訳をしていた。
 中には田舎の両親元気かな、などといった声も聞こえてくる。それはたまに帰ってやれと思う。

「ぐす……と、とりあえずお前達のことは承知した。開業したら教えてくれよ、一度利用してみるぜ」
「お願いします」
「んじゃ後はこっちの話か? 冒険者ギルドの内容は知っているか?」
「あー……実はギルドには立ち寄ったことがなくて、よく知らないんですよ」

 
 苦笑しながら後ろ頭を掻くとファルケンさんは待ってましたと言わんばかりに膝を叩いてギルドについて説明を始めてくれた。
 
 感覚的にだが冒険者は会社員みたいなもののようだ。ギルドという会社に出された仕事を請け負っていくスタイルだな。素材の価値は株価のように上下するし、依頼をこなさないとお金にはならないので歩合制ではあるが。

 一応、野良で狩った素材も受け入れてくれるので狩り損にはならないらしい。
 他の町に行っても『ギルド証』というものがあれば依頼を受けられる。逆になければ受けられない。

 何故か?

 ギルド証にランクが刻まれていて、相応の依頼が決められるためだ。
 松竹梅……いや、SS~Fランクまであって、ギルド証を作る時にある程度ランクをふるい分けされるとかなんとか。

 そうしないと無謀な依頼に出向いてあの世行きがザラな世界ってわけだな。
 そうした事情から税金は免除されているそうである。

 まあ、魔物を狩るみたいな仕事はしないから話半分って感じだな。話のネタに覚えておくくらいでいいと思う。
 そこで時間を確認すると、ここへ来て2時間ほど経っていたのでそろそろ商工会ギルドに行ってお昼にするかと席を立つ。

「色々ありがとうございました。商工会ギルドにも顔を出しますので、今日のところはこれで」
「おう」

 ファルケンさんが葉巻を灰皿に入れながら片手を上げて見送ってくれ、俺達は外へ。
 すると――

「……なんかついてきている?」
「なんでしょうね……?」

 俺達の後に冒険者……と、隠れてファルケンさんが追いかけて来ていた。
 どうしたんだ一体?

 ま、いいか。
 とりあえず商工会ギルドに向かおう。
 
「商工会ギルドはロティリア領にもありましたけど、結局トライド様が手続してくれたから行ってないんですよね」
「だなあ。まあ、向こうの世界にもそういうのはあるからなんとなく分かるけど」

 そっちはわかる。
 だが……よくわからんのは冒険者達が後をついてくることだ。
 特になにかを話している風もなく、ただひたすらに行軍するその姿は、若かりし頃の暴走族を思い出す。

「えっと、みんなどこへ行くんだ?」
「ああ、お気になさらず」
「……」

 怖い顔をするな。
 なんか嫌な予感がするので俺はサリアの肩を持って傍に引き寄せておく。なんか嬉しそうにくっついてくるが、そういう抱き寄せじゃないんだよな。

 ファルケンさんもでかい身体を家屋からごっそりはみ出させているし。あれで隠れているつもりなら尾行スキルは皆無といっていい。
 まあ俺達になにかしたいわけじゃなさそうなのでとりあえず放っておこう。面倒だし。

 サリアと町の風景を楽しみながら再び町を歩き、商工会ギルドへと足を運ぶ。
 そして商店街の一角にそびえ立つ大きな建物へと到着した。

「……ここか。冒険者ギルドと違ってキレイだな」
「なんだとぅ! ウチが汚ねぇってのか!」
 
 そんなことは言ってない。
 冒険者達がファルコ……ファルケンさんをおさえていると、サリアが唇に指を当てて口を開く。

「でもなんか、こう……いえ、いいです」
「……? なんだ? ま、入ってみるか」

 高級感のある擦りガラスの扉を開けて中へ入る。
 
「おお……!?」
「まあ」

 なんと入り口からズラリと、頭を下げた人達が並んでいてそれは受付まで続いていた!?
 俺もサリアも軽く驚いていると、奥から白髪の紳士っぽい男が歩いてくるのが見えた。

「お待ちしておりましたよ、ヒサトラ=ヒノ殿。私がこの商工会ギルドのマスター、ペールセンと申します」
 
 これはまたむせそうな名前だ……ギリギリだぞ?
 それはともかく俺は握手に応じながら笑顔で返事をする。

「ソリッド様から聞いていましたか? いや、こんなに歓迎されるとは思いませんでした」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、これから仕事のパートナーになると思いますしこれくらいは」

 ペールセンさんが指を鳴らすと商人? 達がバッと散り、奥にあるオシャレなバーのようなカウンターに案内してくれた。お、ここは酒場になってるのか。

「まずはお近づきの印に一杯いかがです?」
「昼間からとは……」
「いいんじゃないですか? トラックには乗らないだろうし、たまには」
「そうかな? サリアがそう言うなら……」

 その答えに満足したペールセンさんが片手をスッと上げると、バーテンダーらしき人が酒を用意し始める。居酒屋の方が似合う俺としてはこういうオシャレな場所は緊張するなと思っていると、

「おう、俺にも寄こせや」
「……貴様かファルケン。何の用だ? それによく見れば冒険者連中も入ってきているな」
 
 明らかに嫌な顔をしたペールセンさん。そしてファルケンさんの近くに待機している冒険者達を見ながら口を尖らせる。
 すると、商人の一人が冒険者達に声をかけた。

「お前達みたいなのが入ってきたら汚れるだろうが、せっかく今日はいいお客さんが来たのに台無しになる。ほら、帰った帰った」
「お帰りはあちらですよーっと」

 冒険者達に突っかかる商人達。あまりいい感じはしねえなと思いながら静観する。ここで口を出すべきか? そんなことを考えていると、冒険者が商人を振り払いながら口を開く。

「んだと? 護衛がねえと荷物運びも危うい癖になに言ってやがる? 俺達が居てこその商人だろうが」
「ぐぬ……しかし、これからはヒサトラさんの移動手段があればお前達冒険者はお払い箱だ!」
「やっぱりそういう魂胆かよ、結局他人の手を借りねえとなんもできねえんだな!」
「ああん?」

 あちこちでそんな感じのののしり合いが始まり一触即発状態……緊迫した空気が流れる。
 よく聞いてみると、商人は自分の利益だけ優先して冒険者を下に見ているとか、俺を利用するつもりだろうといった冒険者の言葉に、商人達は冒険者達を野蛮だと口々に言う。

「まったく……ファルケン、躾けがなっていないようだな相変わらず」
「ケッ、てめぇこそ商人が偉いとか思ってんじゃねえだろうな? こんな御大層な建物を立ててよ。ヒサトラはウチでもてなすからてめぇらは引っ込んでろ。それを言いに来たんだよ!」
「ほう、商人から依頼をもらって金を稼いでいるのは事実ではないか。それにソリッド様から聞いている『とらっく』を冒険者はどう扱うつもりだ? 勿体ない」

 そしてこっちもトップ同士で争いを始めたので俺は肩をすくめ、サリアが困った顔をしていた。

「どうぞ。まあ、いつものことですから」

 バーテンは商人でも冒険者でも無いようで、やはり苦笑しながら俺達にグラスをスッと出してくれた。一応、出された酒を口にする。

「あ、美味しい」
「……」
「ありがとうございます。ぶどうを発酵させて作ったお酒です」

 ワインか、これは悪くないなと思いながらグラスを傾けるが……

「だから冒険者連中はお前達だけで魔物退治でもやってりゃいいんだよ!」
「ならこれからは俺達に頼るんじゃねえぞ! ヒサトラは渡さねえからな!」

 ……うるせえ。折角の美味い酒がまずくなる。そもそも……

「もうお前等に売ってやるポーションはありませーん!」
「上等だ、誰もなにも買わなくなってひからびやが――」

「やかましいわぁぁぁ!!」

 結局、うるさい罵り合いに我慢できず俺は立ち上がって怒鳴り声をあげた。
 その瞬間、微笑むサリア以外、その場に居た全員が俺に注目して黙り込む。

「さっきから聞いてりゃ冒険者が商人がとかうるせえんだよ! そもそもどっちがって話じゃねえだろうがよ? 商人が安全に旅できるのは護衛という力のおかげ、冒険者が金を手にするのは商人が考えた商売のおかげってやつだ。どっちが欠けても困るのはてめぇらだろうが! 俺をどっちが持つか? てめぇらがそんな考えなら俺は降りるぜ。この町で仕事させねえってんなら別の国にでも行く。商人も冒険者どっちにも使ってもらいたと考えていたんだがな?」
「し、しかし……」
「まだいうか!!」

 まだなにか反論をしようとしてきたペールセンを黙らせるため、俺はバットを袋から出して硬そうな像をぶっ叩いた。我ながら短気かとも思うが、わざわざ敵対する必要がねえのにうだうだ言ってるのが許せねえんだよな。
 これが別の国の商人同士、冒険者同士なら族の縄張り争いみたいな意見の食い違いはあるかもしれねえが、同じ町の仲間が協力しねえでどうするんだって話だ。
 
 固唾をのんで俺を凝視している中、サリアがポツリと呟いた。

「あ」
「ん? ……あ」

 床に置いてあった硬そうな箱を俺がぶっ叩いたら真っ二つに割れていたからだ。

「オ、オリハルコンで出来た箱が……割れた……!?」