「トライドさん、戻りましたよ!」
 
 ジャンさんの屋敷にトラックを入れると、音を聞きつけたトライドさん一家が出て来た。車上から声をかけると、驚いた顔で駆け寄ってくる。

「も、もう戻ったのか……!? 明日になると思ったのだがな」
「サリアと俺だけなんで飛ばして来ましたよ。途中で後から王都へ戻る騎士さん達が野宿に入っているのとすれ違いましたよ」
「速いわねえ。兄さんはご満悦だったんじゃない?」
「ええ、飛ばしすぎて途中びっくりしてましたけどね」
「まだ私はトラックの真の力を見ていないということか……!」

 トライドさんはそんなに飛ばせるのかと感心する。でもそんなにかっこよく言うことでもない。
 それにロティリア領までの道のりは森が多いからあんまりスピードを出せないからな。真価を発揮する場面ではなかったし、そんなものだろう。

「でもこの時間だし、ゆっくり休んでから帰りますかね」
「そうだなあ」
「いや、このまま帰るわよ。寝台で揺られながら寝る……!」

 いい時間なので朝イチに帰るかと思ったが、エレノーラさんはこれで寝ながら帰りたいらしい。すると困った顔で笑いながらトライドさんも了承し、荷物をコンテナに乗せて助手席側から乗り込む。
 今回はアグリアスを置いて。

「お父様、お母様、また里帰りした時にお話ししましょう」
「うむ。達者でなアグリアス。べリアス、娘を頼むぞ」
「はい、必ず幸せにしてみせます」

 式でも誓っていたと思うが、娘のアグリアスを置いて帰るのでトライドさんも真剣だ。それにべリアスさんも応えると二人は笑い、頭を下げた。

「出してくれ」
「はい。ジャンさん、お世話になりました。王都に行く前に一旦荷物運びは終了することを通達してから王都へ向かいます」
「よろしく頼むよ。残念だが、テストケースとしては十分だったしな。今後は王都で依頼をお願いすることになるだろう」
「あんちゃん、元気でな! 冒険者になったら会いに行くよ!」
「ありがとうございますジャンさん。ボルボ、頑張れよ。待ってるからな」

 俺がサムズアップすると、ボルボも返して笑う。
 
「ありがとうヒサトラさん! あなたのおかげで無事に結婚できましたわ」
「お幸せに、アグリアス」
「サリアも今までありがとう」
「お綺麗でしたよお嬢様! お仕えしたことを誇りに思います」

 奇妙な縁だったが、偶然とはいえあの時、ふたりを救出できたのは良かったといえる。きっと忙しくなるからしばらく会うことはないだろうが……またいつかということで俺とサリアは手を振り、笑顔で別れることができた。

 そして静かな道にヘッドライトが流れていく。
 エレノーラさんはすでに寝息を立て、サリアも船を漕いでいる。

「サリア、まだ到着するまで時間がかかるから上で寝てろ」
「でも……ヒサトラさんが起きているのに……」
「いいから」

 俺が言うと困った笑顔でわかりましたと移動を始め、上の段で横になってくれた。
 サリアはずっと働いてくれているからな。
 結婚式もアグリアスがついていて欲しいと言っていたので、付きっ切りだったし疲れているはずだ。
 コンテナも俺だけで掃除で良かったんだが、絶対俺より早く起きているんだよな……。
 素直に寝てくれて助かったな。

「……ふう」
「お疲れ様ですトライドさん。行っちゃいましたねえ」

 トライドさんがネクタイを緩めながら息を吐く。国王様の妹が結婚相手とはいえ、やはり緊張はするだろう。ようやく一息付けたのはそれだけじゃなく、娘を送り出したのも含まれているのかもしれねえな。

「うむ。まあ、娘というのはそういうものだ、君にも娘ができたらわかる」
「こういう場合ってトライドさんの家はどうなるんですか? 婿を取るもんだと思ってましたけど」
 
 実際、兄弟の次男とかを婿に迎えて家を継ぐ、というのが基本になるはずなんだよな。
 そうじゃないと跡取りが居ない家は潰れちまう。もし、アグリアスに弟が居れば問題なしだが、今回は一人娘が行ってしまったからな。

「まあ、私達もまだ若いから新しい子を産むこともできるし、男の子が産まれたらこっちを継ぐことで同意しているよ。ジャンのところはボルボも居るしな」
 
 できれば男の子が欲しいということで、また子作りに励むのだとか。アグリアスが居なくなったから遠慮も要らないとは羨ましい限り。エレノーラさん、美人だしな……性格はアレだが。

「私たちのことはいいさ。また会いに来てくれればな。それより陛下とはどうだった?」
「良い返事がもらえましたよ。準備が出来たら王都へ引っ越し……トライドさん、ここまで本当にありがとうございました。もしトライドさんじゃなかったらここまできちんとした生活は無理だったと思います」
「ふふ、アグリアスを救ってくれた礼としては小さいと思っているけどな。いや、しんみりしてしまった、いかんな歳をとると」
「はは、今、若いって言ってたじゃないですか」

 俺がそうやって冷やかすと、口元に笑みを浮かべつつも目には涙があった。
 やっぱり寂しいんだろうな、と、後ろのエレノーラさんを見ると彼女も寝ながら涙ぐんでいた。

 休みはしっかり取って遊びに帰るのもいいかもしれない。なんて考えつつ、無言でロティリア領までトラックを走らせる。

 ――そして、配達や移送についての説明を行い、今後は王都で受け付けることを伝える。みんなには残念がられながらも応援すると励ましてくれた。
 トライドさんは販路を増やせないか、なども考えているそうで感謝しかない。

 全ての片づけが終わった俺達は、いよいよ王都へと引っ越すことになる――