――目を瞑ったままブレーキをベタ踏み。
その直後に『ドン!』という鈍い音と共に車体が滑るように止まり、俺は急ブレーキの反動でハンドルにぶつかった。
そのまま頭を埋めていると、冷や汗が噴きだしてくるのが分かった。
静寂に包まれ、ワイパーの音がカタカタとなっていて逆に不気味さを醸し出している。
終わった。
そりゃもう色々な意味で。
コンビニへ寄るつもりだったからスピードはそれほどのっていなかった……はずだ。しかし軽自動車でも打ちどころが悪ければ死ぬ。まして10tトラックならなおさらだろう。
「……母ちゃんすまねえ……」
これが罰ってやつだろうか?
散々好き勝手やってきたのを神様ってヤツは見逃しちゃくれなかったらしい。
これでも真面目に頑張ってきたつもりだったんだがな……。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
まだ生きているかもしれないし外に出て確かめないと!!
俺は慌ててトラックから降りて撥ねた人を確認しにいく。
救急は会社で消防訓練があるからマッサージや人工呼吸くらいならなんとかできる。
警察にも連絡をしないと、と思ったところで異変に気付いた。
「……って、あれ? 雨が止んでいる? それに……周りが木ばかりだ……俺は住宅街を走っていたはずだが……」
そう呟きながら周囲を見渡すと――
「……」
「……」
「……」
「……」
――美少女二人に、小さい子供みたいな人間……人間か?
なんか物騒な棍棒や剣をもったごつごつした肌の人型が目を丸くしてこちらを見ており、そして足元にはそのごつごつした肌をしたなにかが血まみれで倒れていた。
「うわああ!? な、なんだこりゃ!?」
そこでようやく訳が分からないことに気づき、訳が分からないまま叫ぶと、我に返ったように気持ち悪い『なにか』達が騒ぎ出す。
「ギャー!」
「ギャギャギャ!!」
「OH……なんか怒ってる? いや、仲間がこんなことになったら流石にそうなるか。って、うわ!?」
瞬間、奇妙な生き物は俺に棍棒をフルスイングしてきた!?
「ちょ、待て! こいつを助けるのが先決だろ!?」
「もう死んでますね……」
「そんな……!」
いつの間にか倒れている奇妙な生物の脈を取る美少女二人が茶番を繰り広げていた。
その間も奇妙な生物に棍棒を振り回されていて、声をかけながら回避していると、他の生物も高らかに声を上げてこちらへ向かってくるのが見えた。
これはまずいと目の前の相手を蹴り飛ばしてから美少女二人へ声をかける俺。
「おい、あんたら、俺の言葉は通じるか!?」
「ええ、わかるわ!」
「こいつらはなんだ!?」
「え、ゴブリンですけど知らないんですの? っと、いけませんわね、あなた、あれは動きますか?」
金髪ポニテの美少女がトラックを指しながらそう言うので、
「動くぞ、多分!」
「では私達を乗せて逃がしてください。ちょっとゴブリンに襲われてしまったんですけどあいつらは女をさらっては言葉にできないことをするのです。だから先ほどのように轢いてもらえると」
「怖いね、君!?」
銀髪メイドがぺこりと頭を下げるが、言葉は物騒だった。しかし、ゴブリンと言われればなんとなく納得がいく。
俺はトラックへ戻ると、助手席のドアを開けて乗るように指示する。
「さあ、行きなさい! 屍を築くのよ!」
「我々を恐怖に陥れた代償を払わせてあげてください!」
「物騒だな、おい!? くそ、なんかよく分からねえが突っ切ればいいか!?」
ゴブリン共がトラックに接敵しようとしたところでアクセルを踏み、キュルルルという軽快な音と共に急発進。
「ギャヒー!?」
「グガァァァ!?」
「ゲゥエヘ!?」
「ゴベ!?」
正面に居た何匹かと跳ね飛ばし、ギャグみたいな感じで飛んでいく。最初に轢いたやつも踏んでしまうが、叫び声をあげたところを見ると生きていたらしい。あの茶番は嘘だったようだ。
「おふぉ! はっやーい!」
「これは凄いですね。馬車の何倍速いのでしょう」
興奮気味の二人を見て逆に冷静になれた俺は正面を見ながら問う。
「よく分からねえけど、どっか安全な場所はあるか?」
「この先に開けた場所がありますから、そこで一旦様子を見ましょう。……あら」
「ん?」
金髪ポニテが後方を見てなにかに気づき声を上げたので、バックミラーを確認するとそこには必死の形相で走る馬が居た。
「ありゃ? 馬がついてきているな」
「ウチのシタタカですわね。ゴブリンの群れから逃げて来たようです」
「お前のかよ!? 助けてやれよ!!」
結構なスピードで走っていたのでゴブリンには追いつかれていないだろうと、トラックを止めて馬を保護することに。
ガチで競走馬レベルの加速をしていたせいか、止まった瞬間、死にそうな声で項垂れているのが不憫だったよ……。
「ひーひひーん……」
「よしよし、辛かったな。とりあえずこいつも乗せて行こう」
「乗れるんですか?」
「ああ、ここを開ければな」
そういってウイングを開け、後部の昇降機を使って馬を乗せる。
荷物はたくさん載っているが馬一頭が乗れないようなぎゅうぎゅう詰めって訳でもないからな。
「それじゃ、とりあえず移動するか」
「そうですね。町まで行けばなんとかなると思います。そういえばごたごたしていましたからお名前も聞いていませんでしたね」
メイドがそんなことを言い出し、俺達は自己紹介を始めることにした。
「俺は玖虎。日野 玖虎ってんだ」
「わたくしはアグリアス=ロティリアと申しますわ」
「私はサリア。見ての通りケチなメイドでございます」
「いや、知らんけど……ま、まあ、よろしく頼む。いきなりで驚いたけど、ここは一体どこなんだ?」
俺がチラリと視線だけ向けて恐る恐る尋ねてみると、予想通りというか、認めたくないというか、そんな答えが返って来た。
「ここ? ここはビルシュ国はロティリア領……すなわち、わたくしの家の領地ですわ!!」
……どうやら、ゲームや小説でよくあるような……異世界へと招かれた……らしい――