「おーい、こっちだー!」
「わかりましたー」
トライドさんの先導で町へ入ることができるようなった。
俺はトラックをゆっくり動かして門を抜けると、トライドさんの横に緑色の髪と鼻髭を生やしたおっさんが……いや、言い方が良くないな、緑色の友人が立っていた。
……緑色の総統を思わせるからダメだな。多分ここの領主さんだろうし、お偉いさんだ。
ま、まあ、トライドさんの友人ということで……。
楽しそうに話している二人を追って道を進んでいくと、ここでも興味を引かれた人達がなんだなんだと通りにでてくる。
「危ないから道を開けてくださいー」
窓から注意をしつつしばらく進むとトライドさんと同じくらいの屋敷に到着。
やはりこの人が今日会う予定の人らしい。
「こっちに停めてくれるかい?」
トライドさんの友人がいつの間にか手にしたパイプをふかしながら手で案内してくれ、入ってすぐ右の広い場所へ留めることができた。
「さて、それじゃ俺達はここで待機かな?」
「いえ、呼んでるみたいですよ、一旦降ります?」
「おや、なんだろ」
サリアと共にトラックを降りると、トライドさんの友人が笑顔で握手を求めてきた。
「やあ、初めまして。私はジャン=サーディス、この地の領主でトライドの友人だ」
「日野 玖虎です、初めまして」
握手をして応じると一服、紫煙をくゆらせてから笑顔で頷くジャンさん。柔和な笑顔が優しそうな印象受けるな。そんな彼が話を続ける。
「ロティリア一家を無事に届けてくれて感謝する。特にアグリアスはウチのベリアスの婚約者。当初の予定日に来なかったので心配したが、良かったよ。おっと、立ち話もなんだし中へ入ろうか」
「そうしよう、皆が待っておるしな」
「あ、俺はここで待ってますから、帰る時になったら声をかけてください」
「なに? いや、君も客人としているが……」
その気遣いは嬉しいが今回はアグリアスと婚約者の顔合わせに来たと聞いている。だから俺が呼ばれた訳じゃないことをやんわり伝えて納得してもらう。
お世辞にもキレイとは言えない作業着だし、ゲストの俺が入るのも違うと思ったからだ。
「サリアは行ってもいいんだぞ?」
「いえ、わたしはヒサトラさんのメイドなので大丈夫です」
なにが大丈夫なのか分からないが残念そうな顔で振り返るジャンさんとトライドさんが屋敷に入るのを見送ってから俺は再び運転席へ。
「どうするんです? 町にお散歩とかどうでしょう。お金もありますし」
「あるけど、その前に確認したいことがあるんだ」
「?」
不思議そうな顔で首を傾げるサリアは可愛い。それはともかく俺はカーナビのスイッチを入れて声をかける。
「おい、ルアン聞こえるか? ルアン」
「ああ、女神さまとお話をするんですね」
「魔力についてちょっとな。おーい、もしもーし」
しかし何度か声をかけたり揺すってみるなどしてみたが返事はなく、ナビの画面が表示されたままだった。
「くそ、出ねえ!」
「お腹痛いんですかね」
「その出ねえじゃないからな? まあ急ぎじゃないからいいけど。……というか、このナビいつの間にかこの世界とリンクしてる……?」
そういえばカーナビを変えたみたいなことを言っていたような気がする。とりあえず応答がないのでカーナビを調べることにしよう。
「地図みたいですけこれが『なび』というやつなんですね」
「だな。ここが屋敷で、敷地がこれ全部だ。屋敷をすぐ出たら店があるな? このアイコンは店だと思うが、パンかな?」
「かもしれませんね。行ってみます?」
ナビが本当にそうなったか確認をするため一軒だけならという条件で一番近いパン屋らしき場所へ行ってみようということになった。
どうせトライドさん達はしばらく出てこないだろう。もしかすると一泊すると思うしな。後は町を歩くのも面白そうではある。
「っと、こっちの世界のお金を入れて……。サリアが居るならこいつも持っておくか」
「長い……棒?」
「ま、大したもんじゃないけど一応な」
トラックに鍵をかけてから、さて出発……と思った瞬間、どこからともなく声が聞こえてきた。
「おおお? ウチの敷地になんか変なのがあんぞ……?」
トラックを降りた瞬間、そんな声が聞こえて来た。声のする方へ移動すると緑色の髪をツーブロックにした兄ちゃんが居た。
頭髪の色からしてジャンさんの息子さんだろうか? 俺達に気が付くと明るい調子で声をかけてくる。
「よお、これアンタのかい? イカすなこの箱! こりゃなんなんだ? 新しい馬車か?」
「初めまして、お邪魔してます」
「おお、堅苦しいのはやめてくれ、オレはそういうの苦手なんだ。ボルボってんだがアンタは?」
うん、見た目も派手だしヤンキーっぽい喋り方だ。性格は悪く無さそうだが、怒ると手が付けられないとかありそうな感じもする。
「なら砕けた話をさせてもらおうかな。俺は日野 玖虎、ヒサトラって呼んでくれ」
「おう! で、こいつはなんだ?」
「これは『とらっく』と言って異世界の乗り物ですね。わたしの主人、ヒサトラさんだけが操れるアーティファクトです!」
「な、なんだって……!? こんな可愛い姉ちゃんが、この冴えない兄ちゃんのメイド……!?」
驚くのそっちかよ。
まあ、サリアは確かに可愛い顔立ちをしている。俺みたいなむさくるしい男のメイドと言われたら貴族の坊ちゃんは驚くか?
「んで、異世界の乗り物ってことはアンタ、異世界人なのか」
「そうなるな。今日はトライドさん一家を送って来たんだが、暇だし町に出ようと思ってんだ」
「へえ、折角だしオレが案内すっぜ! 異世界人とか自慢できそうだし」
「お、なら頼めるか? 近くにパン屋があるはずなんだがわかるか?」
「おお、あるある! 行こうぜ!」
そう言ってボルボが軽い足取りで門へ歩くのを見て俺達もそれについていく……が、サリアが口を尖らせていることに気づいて声をかけた。
「どうした?」
「なんでもありません! 行きますよ!」
「おっとっと……」
なんか不機嫌になったサリアが俺の腕を掴んで引っ張って歩き出す。
なんだろうなと思いつつ、俺はボルボの後を追うことにした。
門を出た俺達は周辺を見ながらボルボに追いつく。
確かにナビで見た記憶がある通りの形をしており、アレがこの世界の地図を取り込んでいる……らしい。
ルアンに尋ねることが増えたなと口をへの字にしているとボルボが口を開く。
「ヒサトラのあんちゃんは異世界人だからあんなの持ってんだ? それに鉄の塊は馬が引けなくね?」
「ああ、あれは魔力で動く乗り物でな。俺の魔力で動くんだ。他の人で動かせるのかは試してないから分からん」
「おお……異世界の技術かワクワクするじゃねえか!」
ボルボは拳を合わせて笑いながら道案内を続けてくれた。しばらくすると目的のパン屋が見えてきて、ナビは正確だということが分かったので俺は彼に礼を言う。
「サンキュー、助かったよ」
「おう、いいってことよ! ここのクルミパンは美味めえんだぜ」
「あら、ボルボの坊ちゃん、また冒険者ごっこしてふらついてるのかい」
「う、うるせえな! 俺は冒険者になって一旗揚げるんだ。あと坊ちゃんっていうな!」
「まだ15歳で成人もしていないんだからあたしから見たら坊ちゃんだよ。で、買っていくのかい?」
どうやら放蕩息子と言われていた領主の次男みたいだなボルボ。まあ確かに俺の中学・高校時代もこんな感じだったっけなあ……髪の毛は金髪だったけど。
とりあえず助け船を出しとくかと俺がクルミパンを人数分買うとおばさんに告げて金を払う。
「銅貨30枚だよ!」
「えっと……これでいいか?」
「ですね! ヒサトラさん、初めてのおつかい……」
「なんか悲しくなるから止めろ……って美味ぇ!?」
「だろ!」
パンの柔らかさにクルミの歯ごたえがいい食感で、牛乳を練りこんでいるのかほんのりミルクの香りがしてかなり美味しい。
ボルボが得意げに鼻の下をこするのも分かる。
「ちょっと散歩に出るつもりだったけど、いいものを食わせてもらったなあ。あ、おばちゃんなんか飲み物ある?」
「ミルクでいいかい? 銅貨3枚だ」
「三人分頼むよ」
俺達は無言で木のコップに入ったミルクを飲み干すとボルボが笑顔で口を開いた。
「次はどこ行く? 冒険者ギルドとかどうだ!」
「あー、ちょっと興味があるけど、一応トラックで待機しとかないとだからとりあえず戻るぜ。このパン屋に来たのはちょっと確認したいことがあったからだしな」
「えー、そうなのかよ。今、兄貴の婚約者が来てるんだろ? オレが戻ってもなあ」
「なんだ、帰ってたんじゃなかったのかよ」
さっき屋敷に帰っていたのはなんだったのかと問うと、ボルボは道すがらトラックのことを聞きつけ、それが屋敷に入っていったから追いかけたということらしい。
とりあえず屋敷に帰ることを渋るボルボに聞いてみる。
「家に帰りたくないのか?」
「あー、親父は兄貴に期待しているから出来の悪いオレには興味がねえんだよ。後を継ぐのも兄貴だから冒険者になって家を出ようかってな」
「マジか、いい親父さんっぽかったけどな」
とはいえ、パイプをふかして握手したくらいだから実際にどうなのかは分からない。ただ、俺みたいにすれ違っているだけなら勿体ないと思うんだよな。
「なあ、親に不満があるなら一度きちんと話した方がいいと思うぞ。俺もお前くらいの時に荒れてて、母ちゃんを困らせたことがあったんだ。それを今でも後悔している。親はいつ居なくなるかわかんねえ、事故や病気で急にいっちまうこともあるし、俺みたいに異世界に飛ばされて会えなくなるかもしれないんだ。思っていることをぶつけるのもアリじゃねえかな」
「親父もおふくろもオレにゃ興味ねえよ……」
ふむ、まあそこまで言うならこれ以上はもういいだろう。こういうのはしつこく言うと逆効果になるのは俺という実体験をした人間がいるのでそっとしておく。
いつか分かってくれる時がくればいいなと思っていると――
「お、ボルボじゃねえか」
「あ、ホントだ。イキリのボルボく~ん、今日も冒険者ごっこかい?」
――革鎧を着て剣を持った奴らが絡んで来た。
「ご、ごっこじゃねえ! オレは冒険者になるんだ!」
「くっそ弱いくせになに言ってんだ? 折角、領主の息子なのに出来の悪い奴で親も可哀想だよな」
「うるせえ! 親のことは関係ねえだろ!」
普通に仲が悪いなという感じのやり取りを俺は黙って見る。下手に口出しをしない方がいいだろう、余計な火種になるからだ。そう思っているとサリアがポツリと呟く。
「年下相手にイキっているのは情けなくないんですかねえ? 冒険者志望というのを知っているなら指導してあげればいいと思うんですけど」
「ああ? 見たことない顔だが、事情を知らんなら口を挟むのは止めてくれ」
「そうだぜ姉ちゃん。こいつは口ばっかりで、一度誰かのクエストについていったんだが……びびって逃げたんだよ。仲間を置いて逃げる奴に冒険者は務まらねえ」
「しかし――」
「よせサリア。こいつらの言ってることが本当なら言われても仕方ねえ。喧嘩で仲間を置いて逃げるヤツは男じゃねえんだ」
俺がサリアの肩に手を置いてそう諭すと彼女は納得したのか黙って頷いた。
サリアの言いたいことも分かるが、逃げたことが真実であればボルボは汚名返上をするための行動を起こさなければならない。それがケジメってやつだ。
「くっ……」
「ケッ、領主様もこんなヤツ、さっさと捨てればいいのによ」
「!」
その瞬間、ボルボの身体が震えだす。怒りか泣いているのか後ろからでは分からないが、拳をぎゅっと握りこんでいた。
「お、やるか? そっちから手を出して来たら領主様でも庇いきれねえから俺は歓迎するぜえ!」
「こいつ……! ぐあ……」
「どうした、その程度か坊ちゃん! そりゃびびって逃げちまうぜ」
「ぐ……お、オレは逃げた……そりゃ認める、だけど親父達は関係ねえだろ、オレが勝手にやっていることだからな! 弱くってもいつかは……」
ボルボは弱い。
俺の目から見ても喧嘩慣れしてねえのは明らかだし、腰も引けている。
びびって逃げたと言われたらあるかもしれん。
だが――
「兄貴が優秀で良かったな、冒険者になってすぐ死んでも領主様は悲しまね――」
「そ、れは……」
「へへ、ショックを受けてやん――」
「え? ……って、ヒサトラのあんちゃん?」
余計な火種が生まれるのは困る。異世界人の俺が問題を起こしたらお尋ね者になるかもしれねえ……口は出さねえつもりだったがいい加減キレちまった……。
「おい、てめぇらさっきから聞いりゃ領主様領主様って逃げ道作りやがってよ……? 喧嘩すんのに親は関係ねえだろうが親はぁぁ!!」
「ふべ!? て、てめぇ……やりやがったな!!」
俺の拳が男の顔面に突き刺さった音が戦闘開始のゴングとなった。
「てんめぇ……やる気か?」
「そう言ってんだ、びびってんのか? 軽くジャブを打っただけだぞ」
俺は構えてステップを踏みながら挑発する。鼻血を出したボルボはサリアに任せておけばいいだろう。
ガラの悪い男は一瞬、面食らっていたがすぐに俺へ向き直りパンチを繰り出してきた。
「そのクソガキを庇うのかよ!」
「そうじゃねえ、てめえの喋っている言葉がムカつくからだ!」
「お、おう……!? ぐえ!? は、速い!?」
パリィングからのワンツーが綺麗に決まり、顔が左右にぶれて鼻血を流す男。
こいつもイキっているが見た目より強くはないな。
「親が子供を愛してねえ、なんてことはないんだよ。俺みたいなクズでも母ちゃんは見捨てなかった。領主なんてストレスのたまりそうな仕事をしている人間がそんなことをするとは思えねえ。だから……適当なこと言ってんじゃねえぞコラぁ!!」
「あんちゃん……」
ボクシング以外も見よう見まねで格闘技を練習して喧嘩に活かしていたし、こういう手合いと戦うこともよくあった。
だが小手先の技術よりも大切なものは――
「ボルボ、喧嘩するときゃ相手の目を見て覚悟を決めろ。そうすりゃ相手がびびってくれるもんだ」
「……! う、うん!」
「こ、こいつ……! くそ!」
「……!? チッ」
「ヒサトラさん!」
近くにあった角材を手にした男が勢いよくそいつをスイングしてきたので俺は慌てて両腕でガード。ヒビくらいは入りそうだったが、自分から後ろに飛んだのでダメージは少ないはず。サリアが声をあげるが、大丈夫アピールをして正面を向く。
「もう許さねえ……! てめぇは病院送りだ」
どうやら角材で戦うつもりらしいな……素手の勝負に得物を持ち込むたぁいい度胸してやがんぜ?
「いいのか、そいつを使ったら洒落にならなくなるぜ?」
「へ、へへ、怖いか? 土下座して謝れば許してやるぜ……」
角材なんかで頭を殴れば下手をすると死ぬ。
もしかしたら重傷を負って日常生活にも支障をきたすかもしれないのに、そいつを脅しで使うのか……。
俺はヤンキーでクズだったが、こういうヤツが大嫌いでよ? 痛い目見せなきゃ気が済まねえんだよな……!!
「……」
「あ、さっきとらっくから降ろしてた棒。ここで使うんですね」
俺が肩からバットケースを降ろすのを見て、サリアが不思議そうな顔で口を開く。
ゆっくりと俺の動作を見ていた周囲の人は気にせず、俺はバットを握り、男を見据えてから一気に駆け出した。
「相手が角材ならこっちは金属バットだ、覚悟しろやぁぁぁ! ……あああああ、速っ!?」
ざりざりとバットを地面にこすり付けながらゆっくり歩いてく首を鳴らし、一気に駆け出すと自分でもびっくりするくらい足が速かった。
「まあいい、食らえや!」
「や、やるってのか!? おう……!?」
頭……ではなく角材に向かって全力でバットを振るう。キレちまったとはいえ、頭はまずい。全体的に命の危険がありそうな本体は狙わず、威嚇のため角材狙いなのだ。
手でも痺れればびびって逃げんだろと思っていると――
「お、折れた……!? あんなに硬そうな角材が一撃で……!」
サリアの言う通り角材は一撃でぶち折れてしまった。俺は尻もちをついた男の胸倉を掴んで、持ち上げてやるとメンチを切って口を開く。
「ひぃっ!?」
「おい、ボルボが弱いのは自分のせいだ。それはいい。だが親父さんがこいつを嫌っているっていうのを憶測で喋るのは止めろや。周りの嘘や吹聴でそう思い込んじまうヤツだっているんだ」
「わ、分かった、俺が悪かった……! か、勘弁してくれ……逃げたこいつが許せなかったんだ」
「そう思うんならこいつが逃げねえように根性つけてやりゃいいじゃねえか。町に住んでる仲間なんだろ?」
「……! ああ……そうだな……」
俺が戦っていた男は取り巻きと一緒にどこかへ歩いていく。それを見て俺はバットを肩に担いで息を吐くと、ボルボが俺の前に回りこんで目を輝かせて言う。
「すっげー! あいつ、Bランクの冒険者なんだぜ、それをびびらせるなんてヒサトラのあんちゃんつええんだな!」
「あいつがどのくらい強いかは分からんけど、まあ俺が勝手にやったことだから気にすんな。それよりお前」
「な、なんだい」
「お前も兄貴がどうとか親父がどうとか腐っているんじゃねえよ。構って欲しいから危ないことをしたりすんだろ? ちゃんと話せ、なにがしてぇのかをよ。俺は母ちゃんに苦労をかけて後悔した。だからお前はそうなるな」
「あんちゃん……ああ、分かったよ!」
俺はボルボの目は卑屈な感じから決意の目に変わったような気がする。頭をくしゃりと撫でたあと、バットを片付けてからサリアに目を向ける。
「んじゃ、そろそろ戻るか。いつトライドさんが戻ってくるか分からないからな」
「そうですね! ちょっと格好良かったですよ」
「お、おい、くっつくなって」
「おう、兄ちゃんいいこと言うじゃねえか。こいつをやるよ! 彼女と仲良くな」
「気に入ったよ、クルミパンもっていきな」
なんか野次馬が集まっていたらしく、次々と俺に食料やらを渡してくきて俺とサリアの手はいっぱいになっていた。
「帰ったらちょっと喧嘩に仕方を教えてくれよ」
「んなもんねえよ。根性だ根性!」
「ええー!?」
素人が教えるよりはちゃんと戦えるやつから教われよと言いながら帰路に着く。
……うーむ、親のことを言われるとやっぱ気になるな……母ちゃん大丈夫かな?
ちょっと出かけただけなのに結構なおおごとになってしまったな……。
そんなこんなで食い物やらをたくさん持って屋敷へ帰ると、トラックの前に両家が勢ぞろいしていた。悪さをする人達ではないと思うけど、何事かと近づいていく。
「トライドさん、お話は終わったんですか?」
「おお、ヒサトラ君、戻ったか! どこかへ行っていたのかね?」
「ちょっとパン屋まで散歩がてら。すみません、こんなに早く戻って来るとは思わなかったもんで……」
俺が頭を下げると、トライドさんは他の人にトラックを自慢したかったからいいよと笑う。俺のなんだが。
まあ、自領地で、さらに自分の住む町に珍しいものがあるのは嬉しいのだろう。
するとジャンさんが俺の後ろに立っていたボルボに気が付いたようで声をかける。
「うん? ボルボじゃないか。どうしたそのケガは!?」
「た、ただいま……親父……母さん」
「大変! 早く治療を」
ジャンさんと奥さんがボルボを取り巻き、あわあわと慌てていた。
なんだ、蔑ろにされてなんかいないじゃないか。
「ほら、言うことがあるだろ?」
「あ、うん……親父、母さん。いつも無茶なことばかりして心配させてごめん……!」
すると両親は顔を見合わせて目を丸くする。状況が飲み込めないのは仕方が無いかと俺が一言、おせっかいを口にする。
「こいつ、兄貴が優秀でお二人がそちらに構ってばかりだと思っていましたよ。それで気を引こうとして冒険者ギルドに入ってたらしい。そのあたり、どうですかね?」
苦笑しながらボルボの頭に手を乗せて口を開くと、両親は首を振りながらため息を吐いた。こいつは呆れているのか、と思ったが――
「うん、まあ確かに無茶をしているな。だが、そういうことだったとは……気づかなくてすまない」
「……ごめんなさい、お兄ちゃんの結婚が決まって浮かれていたわね……」
「親父、母ちゃん……」
――どうやら杞憂だったようだ。
「良かったな」
「ですね♪」
子供に素直に謝れるいい両親じゃないかと俺とサリアが笑っていると、アグリアスとイケメンの兄ちゃんが近づいてくるのが見え、助手席を開けて荷物を置いてから応じる。
「やあ、君が持ち主だってね! まずはアグリアスをゴブリンから助けてくれてありがとう。僕からもお礼を言わせてくれ」
「いや、たまたまですよ。他の人たちも助かっているといいんですが」
「うん、これから捜索と討伐隊を出しているからじきに分かるよ、それにしてもこれはすごいね。これがあれば遠いところでもひとっ飛びなんだよね。あ、僕はベリアスだ、よろしく」
「ヒサトラです。まあ、スピードは出せますし、馬車よりは速いことは確かですね」
俺達が握手をしながらそんな話をしていると、アグリアスが目を輝かせて大仰に手を広げながら口を開いた。
「ええ、ここに来るまででわたくしは感動しましたわ! 窓を開けて風を受ける感覚……素晴らしい乗り物です! ねえ、お母様」
「くかー……」
「お母様!?」
「はいはい、奥様、トラックの寝台で寝ましょうねー」
サリアが立ったまま寝ていたエレノーラさんをトラックへ押し込むのを見て、ベリアスは興味深そうにトラックを眺めていた。
「ふむ……やはりトライドさんと話していたことを実行するべきかもしれないな……」
「え?」
「ああ、ちょっと君の仕事についてね。どうだろう、僕も乗せて移動してもらえないだろうか?」
「えっと……」
俺がトライドさんを見ると、サムズアップしてウインクをしたので『頼む』と言いたいらしい。
「そんじゃ、ちょっとだけ町の外を走りますか。他には誰が乗ります?」
「私が乗る!」
「オ、オレも!」
ジャンさんとボルボが即座に食いついて来たので助手席の荷物をコンテナに載せようと動かすと、その動きにもいちいち驚愕するのが面白い。
「これが全部荷台か……!? ううむ、これは凄いぞ……」
「でけぇ……なんか箱がいっぱいあるな、ヒサトラのあんちゃん」
「ああ、向こうの世界の荷物だな。整理しないといけないんだが、とりあえずここに来たんだよな。戻ったら倉庫にでも入れるつもりだ」
寝台のエレノーラさんはそのままでいいとトライドさんが言い、サリアが付きそいに乗りこんだ。ボルボ、ベリアスが乗ってトラックは出発。
「おお、領主様!」
「あのでかいのに乗ってるぞ」
「はっはっは!」
窓から町の人達に手を振りサービスをするジャンさん。みんなが注意してくれたおかげですんなり門まで到着し、たくさんの人に見送られながら外に出る。来た時と同じく広々とした草原が目に入る。
とりあえず町から少し離れて周囲を走るかと、アクセルを踏んでハンドルを切った。町がすぐに遠くになるとボルボが興奮し、ベリアスが感嘆の声を小さくあげる。
「すっげー! はええええ!」
「まだアクセルは全然踏んでないけどな。サリア、ちゃんと掴まっていろよ」
「はい、大丈夫ですよ。奥様もよく眠っています」
「だるあーしゅ……」
謎の呟きは無視だ。
すると、ベリアスが真面目な顔で俺に話しかけてきた。
「ヒサトラ君、この『とらっく』で定期便をやってみないか? まずはお試しでいい。ロティリア領とこのサーディス領の町の行き来から。どうかな」
「……それは、仕事して頼むってことですか?」
「そうだ。この後ろのコンテナは馬車の荷台よりも頑丈で人も物もたくさん載る。だから単純に君に荷物を預けるだけでなく、商人達を安全に運ぶといった仕事をして欲しいと考えている」
……どうやら真面目な話のようで俺もスピードを落として横目で見る。
確かにこの世界で仕事はしなければならないと考えていたけど大丈夫だろうか? こういう目立つものを使っていると小説なんかだと目を付けられやすいんだが……
「とりあえず町の往復だけならいいんじゃないですか? 森と街道しかないから村人に見つかるってこともないですし。お金は必要ですもの」
「まあなあ」
「オレがあんちゃんのところに行くのに利用したいぜ! そういう人もいるんじゃねえかな?」
「ボルボを助けてくれたヒサトラ君は人間的にも信用できそうだし、お願いしたいね」
あー、旅行バスみたいな感じな。
でも実際、金額次第ではアリかもしれない。少し前向きに検討してみるか?
トラックによる散歩を終えた俺達が屋敷に戻ると、庭にまだトライドさん達が残っていた。
「いやあ凄かったなあ兄貴!」
「ああ。これは唯一無二だ、自慢できるぞ」
満足気なベリアスとボルボを降ろすと、やはりニコニコ顔のトライドさんが近づいて来た。
「今日のところは泊っていくつもりだからよろしく頼むよ。エレノーラは屋敷のベッドへ寝かせるとしよう」
そう言って笑い、サリアと一緒にエレノーラさんを降ろして屋敷へと引き上げていく。
「次はもう一度、私と妻もよろしく頼むよ!」
「ええ、喜んで。それじゃ、晩飯はどうするかな。町に出て飯屋でも探すか」
「なにを言うのかね。ボルボの面倒を見てくれたんだ、もちろんウチでごちそうさせてもらうよ」
「いや、でも……」
「いいじゃねぇかあんちゃん! 色々と話も聞きたいしオレからも頼むよ!」
ボルボも俺の尻を叩きながら笑って食事を促してくる。
いやあ、町の食事ってのも興味あるんだけど……とか苦笑していると、サリアが俺の手を繋いで引っ張る。
「いいじゃありませんか少しくらい。……もうこんな豪華な食事はできないかもしれませんし……」
「できるよ!? 俺は頑張って働くよ!?」
何故かサリアが伏し目がちに不穏なことを言う。まあ冗談だと分かっているけどな。
それじゃあお言葉に甘えて……と、ジャンさんとその奥さんも大層喜んで招いてくれ、俺も晩餐に預かることに。
もちろん俺のことが気になるから話を聞きたいのだろう。だが、今回の遠征はアグリアスとベリアスの結婚についての顔合わせだから両家の話が一番盛り上がった。
嫁ぐことになると寂しいなとトライドさんと(起きた)エレノーラさんがしみじき呟いていたのは心にくるものがあったな。
「まだお若いですし、もう一人作ってもいいのではありませんか?」
「ははは、それもいいかもしれませんな。それで式の日取りは――」
そんな話が耳に入る。
結婚か……日本じゃ生活でいっぱいいっぱいでそれどころじゃないし、出会いも難しい世の中だ。
俺もヤンキー時代は言い寄ってくる女はいたけど、結婚なんて考えたこともなかった。
「孫の顔が楽しみですね、アグリアスさんとの子ならきっと可愛いわ」
「ありがとうございますお義母様」
「私でも産めたから大丈夫よ」
ワインを思われるぶどうの香りがするお酒だな。
それをくいっと口に入れながらそんなことを口にするエレノーラさんの言葉は『確かに』と思わせる。なんせこの短期間で彼女はずぼらだと分かったからな。美人なのに残念である。
「結婚式は『とらっく』を使ったパレードもやろう。両家の町を一周するのはどうだ?」
「大通りくらいならいいですけど、見た感じトラックが入れそうな道はあんまりないですよ?」
「むう、そうか……」
残念そうなジャンさんには申し訳ないが、できないことはできないと言っておかないと後々トラブルに繋がる。運送の際、無茶な時間割なんかは早めに言っておかないと、なんで出来なかったのかみたいなことになるのだ。
その後は結婚式の話が盛り上がり、出席者や料理についての話など、込み入った形になってきたので俺は食事を早めに済ませて食堂を出た。
「お前は残っていてもいいんだぞ?」
「いえ、私はヒサトラさんのお世話をするように仰せつかっていますから」
「トラックに戻って寝るだけだぞ?」
「添い寝しましょうか?」
そういってニコッと笑うサリア。
銀髪に出るところは出ている身体、スカートから出ている足は白くて艶っぽい……ごくりと唾を飲む音が自分でも聞こえてしまう。
「お前っていくつなんだ?」
「今年で19歳ですね!」
「うっ……!?」
若い……俺には眩しいよサリア。
なんか一気にエロい気持ちが消えて俺はフッと笑いながら歩き、トラックへと向かう。
とりあえずボルボが食事中に両親と笑い合っていたのは良かったなと昼間のことを振り返りつつ、トラックへ乗り込みペットボトルにもらってきた水を飲んでシートにもたれかかった。
「ふう……まだそれほど日は経っていないのに、妙に馴染んだ気がするぜ」
「ヒサトラさんがいい人だからですよ、きっと。旦那様も奥様も、お嬢様も信用されているんだと思います。あ、もちろん私もですよ」
「ま、下手に暴れて捕まったり、処刑なんてされちゃたまんねえからなあ。元の世界に戻れない以上、ここで暮らすしかねえ」
「後はお母様ですね」
「おっと! そうだそうだ!」
俺がトラックに戻って来たのはルアンに話を聞くためだったことを思い出しカーナビに電源を入れる。
昼間に見た地図が表示された後――
『お、繋がった? あー、あー、テステス……ワレワレハウチュウジ――』
「やかましい」
『あああああああああ!? 揺すらないでぇぇぇ!?』
「相変わらずですねえ」
サリアが呆れた顔で笑いながら呟くと、目を回しているルアンが表示され、明後日の方向を向いて口を開く。
『ほれで、なにかしら? 魔力が返ってきたから少し話せるわよ』
「誰と話しているんだ……。まあいいや、とりあえず二日、三日あんまり寝ないで走ってみたがガソリンメーターが全然減らなかったぞ?」
『おお……こっち……。それは変ねえ……魔力はヒサトラさんと直結しているから絶対減るはずだけど……?』
ルアンが手元になにかを取り出して操作しながらぶつぶつ言っていると、不意に目を丸くして口を小さく動かした。
『あ』
「どうした?」
『あ、あはは……ちょっとヒサトラさんの設定を間違えちゃったなー……なんて……』
「どういうことですか?」
サリアが尋ねると魔力を持たない俺は当然この世界では魔力ゼロだ。
だから魔力を宿らせるためになにやら設定をするようなのだが、その過程で桁を間違えたらしい。
トラックを動かすのに必要なガソリンのリッター量が必要魔力になるらしいが、例えば80リッター入るとして、魔力80で動かせ、俺の魔力が100、というような想定で動かす、というものだったらしいが――
「どれくらい、間違えたんだ……?」
『えっと、100倍……!』
「100……!?」
「また無茶な数字だな……身体に影響はないのか?」
俺が目を細めて聞くと、ルアンが『えへっ』っと嫌な笑みをしながら舌を出した。
『特に不利になることはないわ』
「嘘を吐くな」
『ああああああああああああああああ!?』
こういう手合いが真顔でそんなことを言う場合、概ねなにかあると思っていい。
カーナビを揺らして自白を促すが、明後日の方向をに向いたまま口を開く。
『だ、大丈夫……もっと普通に生活できるレベルにしたかったけど、まあトラックが無限機関みたいになっただけだし大丈夫じゃない?』
「女神様、こっちですよー」
『おお……。ならもうついでにヒサトラさんをバージョンアップさせましょうかね』
「なにをする気だ……?」
俺が尋ねるよりも早く、手元のなにかを操作し始める。
とりあえず出来ることはなさそうなのでしばらくルアンが落ち着くまで待った。
そして5分ほど経過した時――
『よっしゃ! これであんたは無敵のトラック野郎や!!』
「なぜ関西弁……。どうなったんだ?」
『これを見よ……!!』
カーナビの画面が切り替わるとそこに文字が映し出されていて、ちょうど説明文のような感じだと直感的に思う。
よく目を凝らしてみると、だ。
【伝説のデコトラ】
魔力を通している間は派手な運転をしても横転しなくなる。
【クレイジートラッカー】
トラックに乗っている間は身体能力が上がる。許容範囲はハコ乗りまで。
【超頑強】
魔力を込めるとトラックの強度が数倍に跳ね上がる。
「なんだこりゃ!? え、これどういうことなんだよ、なんかゲームとかにありそうな感じなんだけどよ……」
『ええ、ヒサトラさんはこういう書き方の方がいいと思いましたので。スキルってよくあるじゃないですか?』
「まあゲームならよくあるな」
『でそ? で、とりあえず魔力を使えばこの三つのスキルはトラックに乗っている間は発動するって感じですかね』
「伝説って……デコトラじゃねえしこれ……」
『まあまあ、雰囲気ですよ雰囲気! あ、後そちらのお嬢さんも恩恵がありますから』
「私ですか?」
『はい。伴侶であればいつどうなるか分かりませんからねえ。ヒサトラさんが動けない時にサリアさんが防御するとかいいじゃないですか』
ん? 今、なにか不穏なことを言わなかったか?
「誰が伴侶だ?」
『え? サリアさんですよ。ずっと一緒に居てわたしを知っていますから、いいかなって』
「よくねえよ!? サリアは確かに俺のお付メイドだってトライドさんが置いてくれているだけだっての!?」
『え? えへっ♪ ……あああああああああああああああああああ!?』
「戻しとけって!」
さすがにこれはサリアに悪い。
勝手に伴侶にしたあげく、変な力を与えるとか罰ゲーム以外なんでもない。
まあトラックが無ければ使えないみたいだが……
「ヒサトラさんヒサトラさん」
「なんだ!? 今、取り込み中だ!」
「いいですよ、私。その力を使いたいですし」
俺の肩をポンポンと叩いてそんなことを言い出すサリアに対して驚愕の表情で振り返ると、彼女はにっこりと笑って小さく頷いた。
「いいのか……? このアホ女神のせいで変なことになるかもしれないぞ?」
「いいですよ、どうせヒサトラさんが行くところ我ありとなりますし、アホ女神様のおっしゃるとおり、なにかお役に立てるかもしれません。伴侶でもいいです。どうせお付き合いしている人なんていませんしね」
「……おいルアン。もし、サリアが他の男と結婚ってなったらどうなる?」
『うををを……目が回るやんけ……。ならそういう場合はオートで消えるように設定しておくわ』
できるんじゃねえかとケツをこっちに向けて得意気な声をするルアンに苛立つ。
こいつ俺を使って遊んでねえかと訝しむが、なにを言ってもこいつの意思でしか覆せないし、スキルとやらも便利には違いない。
それにしてもハコ乗りとは古いぜ、女神よ。
「まあいい……サリア、すまないがよろしく頼むよ」
「はい♪ それで女神様、ヒサトラさんのお母様はどうなりましたか?」
お、ちょうど聞こうと思っていたことをサリアが口にしてくれた。
するとルアンはこちらに顔を向けたのだが、難しい顔をして口を開く。
『ごめん、もうちょっと時間がかかりそう。ヒサトラさんとトラックをこっちに持ってきたことでわたしが思ったより消耗していてね。一年くらいかかるかも……』
「マジか……!? 母ちゃんは三年以内に死ぬんだろ!」
『な、なんとか頑張ってみるから、病気を治す薬か魔法でも見つけておいて! そんじゃ!』
「あ、おい!? ……くそ、切りやがった……!」
「不安ですね……」
「ああ。だけど、あいつを頼るしかねえからな、こればっかりは……」
なんかまだ隠し事がありそうだが、どうだろうな?
とりあえず妙なスキルとやらをもらった俺とサリアはこれから一緒に活動することになりそうなのも、なかなかハードな展開である。
「?」
軽く首を傾げるサリアは美少女と言って差し支えない。……いつか離れる時が来るまで、守って上げられればいいか。
「とりあえず今日は疲れたし寝るかな。サリアはどうする?」
「一緒に寝ますよ! 伴侶ですし?」
「ありゃルアンが勝手に言っているだけだろ……お前、上を使えよ。俺は下で寝るから」
「別にいいのにー」
「俺が困るの。ほら、後ろを向いているから」
スカートは膝くらいなのでパンツが見えてしまうからな。
サリアが上に行ったのを見計らって俺も横になって目を瞑る。
異世界の運送業か……オンリーワンって考えたら儲けられるかもしれねえな……ちと考えてみるかな。
そんなことを考えながら俺は眠りにつくのだった。
「ん……朝か。なんか重いな……こ、これが金縛りというやつ――」
「くー」
「お前かよ」
いつの間にかサリアが上から降りてきて、俺に半分覆いかぶさるような形で寝入っていた。
それで重かったようだが、彼女の名誉のために言っておくと布団よりも軽いくらいだ。
それにしても、寝顔が可愛い。
外人っぽい感じはするけど、顔が小さくサラサラの髪に柔らかそうな唇と全体的に整っている。
スラリとした足は白く――
「ごくり……」
――となるほど、キレイだ。
「……よっと」
俺は掴まれているジャケットからさっと腕を抜いて起き上がると、布団をかけてから外へ出る。
まだ陽が昇ろうとしている時間帯のようで、朝焼けがキレイだ。
遠くからニワトリの鳴き声も聞こえてくるあたり、魔法があって少し生活様式が古い以外は前の世界とそれほど変わらないな。ルアンが出てくる前にサリア達と言語が通じたのは奇跡に近い。
屋敷に目を向けて建物を見た後に門の前まで歩いていく。
散歩というには短い距離だが、少し肌寒い空気を感じて歩くのは気持ちが良かった。
「はー……」
門から先は大通りとなっていて、早朝のため人は見えない。
真っすぐに伸びた道の左右にある建物や道路を見ると、改めて俺は別世界へやってきたのだとため息を吐く。
到着してからこっち、ほとんど誰かと一緒に過ごしていてゴタゴタが続いていたから考える余裕も無かった。静かな朝は久しぶりだ。
「……っと」
少し陽が昇るのを見ていたら不意に涙が出ていることに気づいた。
もう向こうへは帰れないという事実が今頃になって胸を刺したらしい。
それでもルアンが母ちゃんをなんとかしてくれれば、未練は殆どないのが幸いか。
馬鹿をやっていた仲間は就職し、結婚して大人しくなった。
交流も少なくなり、たまの飲みも赤ちゃんが産まれればなくなっちまう。それが大人になっていくことなのだ。
で、母ちゃんはそういう遊びすらも全て捨てて俺を育ててくれていたのにあの体たらく……そして下手をすると会えても亡くなっちまう可能性の方が高い。
「最悪だよなあ……俺ぁ……。長生きさせたかったぜ」
「させてあげましょうよ」
「!」
不意に背中から抱き着かれて声をかけられドキッとする。声の主はサリアだった。
「できるのかねえ……」
「もしかしたらあるかもしれないじゃないですか。私、思ったんですけど、町同士じゃなくてあちこちの国を行き来できるようになったらそういう情報を得られるかも、って」
霊薬だかエリクサーとか……名前はどうでもいい。
とにかく不治の病を治療する薬について情報を仕入れればいいのではとサリアは言う。冒険者ギルドというところへ登録して情報を募れば流れてくる冒険者がなにかを知っている可能性もゼロではないという。
「……そうだな、俺の母ちゃんのことで俺が諦めてたらダメだよな」
俺は振り返ってサリアの頭に手を乗せると、くすぐったそうな顔をして目を細める。
やれるだけやってみるか。幸いトラックの移動はほぼ無限で、場所によっては速度を上げても問題ないのだ・
「よし……トライドさんとジャンさんに話をしてみるか」
「ですね!」
そうと決まれば善は急げだ――
◆ ◇ ◆
「昨日の話、受けさせてください」
「おお、本当か! うんうん、その言葉を待っていたよ! 大々的に宣伝して、往復……金額を決めてという感じか?」
「そうですね。向こうだと荷物一個からでもやっていて、荷物の大きさで料金が変わるシステムを導入していました。貨幣の価値がちょっと分からないので、例えば商人や郵便屋がどれくらいで請け負っているかなど分かれば調整したいですね」
「ふむ、面白い! ベリアスの結婚も楽しみだがそっちも楽しみだな!」
運び屋も生活がかかっているだろうし、そこは住み分けをきっちりしておきたい。
俺は少しお高めの金額を取る代わりに速度を重視するといった別のサービスを提供すれば納得してもらえると思う。
期待値としてはガチの運送屋としての働きだな。
何十箱もの果物を別の町へ届ける、生物を急いで運搬する……そういう『他でできない』ことをやる。それで俺は金を稼げるはず。トライドさんとジャンさんが言うように冒険者や旅行客の運びも
金を稼ぐのと同時に名前が売れればお得意さんになってくれる人もいるだろうし、情報をたくさん得ることができるかもしれない。
そして俺はもう少し交渉を進める。
「できれば領地同士の町がうまくいくと判断できたらトラックの移動範囲を増やして欲しい。家はロティリア領で」
母ちゃんがこっちに来るかもしれない。そして不治の病に侵されているので情報ができるだけ欲しいことを告げる。
するとトライドさんとジャンさんが顔を見合わせて少し考えた後に口を開く。
「……ふむ、ならば君はもっと大きな場所に移住すべきだな。もちろん、すぐにとはいかんが」
「私とトライドで王都に住めないか確認してみようじゃないか。あそこなら情報も仕事もたくさん入る。だが焦ってはいかんな。まずは我々の領地で仕事を進めようじゃないか」
「トライドさん、ジャンさん……。ありがとうございます!」
「良かったですね、ヒサトラさん」
そこからさらに話を詰め、俺達はトライドさん一家を乗せて再びロティリア領へと戻っていく。
さて、俺の新しい生活だ、はりきってやるとしようかね!
「ヒサトラさん、今日はクワリエの町までパンの出荷と八百屋さんの野菜、それと冒険者の方を運びますよ」
「オッケー、他に寄らないなら日帰りだな。帰ったら飯を食いに行こうぜ」
「はーい♪」
――あれから一か月と少しが経った。
俺がもらった家は事務所兼住居となり受付を増設させてもらった。
そうすることで荷物や手紙、はたまた人の移動をするためのスケジュールを組むことができるからだ。
とりあえず依頼があれば移動し、途中にある町や村にお届け物があればそこへ向かうという形を取った。
もちろん近い町もあれば一日で到着できない町も存在するので、そこをスケジューリングする必要がある。
今日はクワリエという町へ向かう。俺が住んでいるこの町から二十km程度なので日帰りは全然余裕というわけ。
道が広いから八十kmくらいでぶっ飛ばしても事故にならないことも実証済みだ。
とりあえずロティリア領とサーディス領の町と村には全て顔を出し、乗り合いバスのように立ち回ってもいるので知名度もまずまず。金もそれなりに稼げるようになってきた。
これが王都住まいになったらもっと利用者が増えるだろうし、忙しくなる予感がする。多分。
逆に王都から数日かけてあちこちの領に移動するなら、移動販売という手もあるがそれはまた慣れたらだろうなあ。
で、従業員は俺とサリアがメインだけど、サリアは俺に着いてくるため、居ない間に受付をしてくれる人を置きたかったので一人雇っている。
「それじゃ今日もお気をつけてー!」
「リンダ、そっちは任せたぜ」
「もちろんです! お給料のために……仕事の後のお酒のためにも!」
「はは、助かるよ。そんじゃ行ってくる」
リンダは20歳の女性でちょうど仕事を探していたところだった。
俺達が王都へ移り住むまでという条件の下、雇っているが、元気と調子がいいため受付としては優秀だったりする。
金が必要な職でもないし、横領も心配ないので安心して遠征ができる。
「それじゃコンテナに乗ってくれ」
「おお! ついにとらっくに乗れるな、待ってたんだよ!」
「はい、あげますよー」
慣れたものでサリアもゲートのスイッチを扱い昇降させると、冒険者達はコンテナに乗り込む。そしてコンテナ内に設置したソファに座り込む。
いくら荒い運転をしてもトラックは倒れない、というスキルを受けてコンテナは片側のみ開けっ放しにしてある。振り落とされないよう鉄柵を設けてあるので景色を楽しむことも可能だ。
日本じゃ絶対にできない運用法だがな。
そんな感じで馬車よりも速く、魔物に襲われてもダメージが通らないトラックはちょっと金を出してでも乗りたいという人気移動法となった。
だから固定できるソファとシートベルトっぽいものを作ってコンテナに乗れるようにしてみたのだ。どうせそこまでの大荷物はねえし。
「ふふ、子供みたいにはしゃいでましたね」
「ああいうのならいいんだが、サリアはナンパに気をつけろよ」
「大丈夫ですよ。私にはこれもありますし」
そう言って助手席にのるサリアが戦隊ものの武器を掲げてウインクする。
驚いたことだがこのおもちゃはこの世界仕様と変化しており、魔力を込めるとマジックソードになるのだ。さらにこのおもちゃは銃剣の類に変形する『よくあるタイプ』の戦隊モノの武器だったようで、銃モードの時は魔力弾が出る。
しかも魔法を撃つよりも強力なやつなので、硬いサソリ型の魔物であるサソードですら一撃だった。
軍事利用されると困るので滅多には使わせないけどな。
そんなこんなで怖くなり、開けていない積み荷がまだある……。なにが入っていると思うよ?
まあ、暇ができたら開けるかな……
◆ ◇ ◆
「お疲れさん、到着だ」
「面白かったぜ! また機会があったら乗せてもらうよ」
「速いわねこれ。でも魔物は避けるんだ?」
「轢くのはあんまり気分がいいもんじゃねえからな。戦って倒すならまだしも」
女冒険者はよく分からないけどそういうポリシーがあるのも悪くないと言いながら金を払って立ち去っていく。
人を降ろした後は荷物の宅配だ。
野菜とパンを注文した家や店へ荷車を使って配達する。
このへんは宅急便とかに近いサービスだなと思いながらサリアと奔走するのだ。
「ありがとうね。出来たてがあまり時間をかけずに届けてもらえるから助かるよ」
「そこが売りですからね。……金額OKです、毎度!」
「そういやあんたが居る町の領主様の娘さん、こんど結婚式なんでしょう?」
「そうですね、俺もトラックで出し物を頼まれているんでその付近は休みなんです」
「いいわねえ。お料理もいいものが出そうだし! それじゃあ」
レストランのおばさんはいつも話が長い。
しかし、アグリアスとベリアスの結婚式は領地同士の話なので、互いの領地にしてみればいい話であるため俺も悪い気はしない。
そんな彼女達の結婚式は一週間後。
俺とサリアも出席を頼まれていて、トラックを使ったイベントをやる予定で、俺とサリアからプレゼントも用意していたりする。
「終わりましたよー」
「おう、お疲れ! そんじゃ帰ってリンダと飲みに行くか」
「ですね!」
そして結婚式当時となり――
「ほんとにこれでいいのか……?」
「いいんじゃないですか? 楽しそうでしたし!」
俺はコンテナ両脇のウイングを完全に上げた状態のトラックを眺めながら首をかしげる。しかし、ウェディングにデコレーションされた車体を見ながらサリアは喜んでいた。
「……これがデコトラというやつか?」
「なんです?」
「いや、なんでもない、それじゃ町の入り口まで回すぞ」
サリアを乗せてトラックは町の入口へ。
大通りをトラックでパレードをしながら式場へ向かいそこで誓いをする。本来は馬車でやるそうなのだがこの大きな鉄の塊が良いとアグリアスとベリアスから申し出があり、デコったというわけ。だから大通りだけしか通れない代わりにゆっくりと移動する予定となっている。
「お待たせしましたよっと」
「ふふ、大丈夫だよ。仕事もあるのにすまないね」
「あんちゃん、久しぶりだな!」
「お、ボルボもちゃんと立派な服を着ているな」
「お互い様だっての!」
場にはボルボも居て、鼻の下をこすりながら俺の尻を叩く。
両親と和解したこいつはきちんと冒険者としての訓練を受け始めていて、成人したら狩りにも参加するらしい。教えているのがあの時、俺にのされたBランク冒険者だというのだから世の中判らないものだ。あの後なにがあったのかは教えてくれないが根性を認めてくれたらしい。
「ヒサトラさん、今日はありがとうございますわ。天気も良く、最高の日を迎えることができました」
「別に俺はなにもしちゃいねえよ?」
「いいえ、あの時『とらっく』で助けてくれなかったらわたくしとサリアはゴブリン達にさらわれてどうなっていたかわかりません。だから本当にありがとう」
「ということです」
サリアが胸を張ってドヤ顔をする。
確かにあの時、偶然彼女達の間遠いでなければ俺も路頭に迷っていた可能性が高い。もしかするとルアンが助け舟を出してくれたかもしれないがこうやって仕事ができるツテもできなかっただろう。
こうやって祝福できるのはある意味、お互い様なのかと苦笑する。
「では、そろそろ行こうか」
「はい。ジャンさん……それにしても随分、兵士というか騎士が沢山いる気がするんですけど」
「うむ、国王陛下がいらしているからな」
「は……?」
「ヒサトラさん、国の王ですよ」
「知ってるわい!?」
サリアが知らなかったの? と言わんばかりに耳打ちしてきて俺は彼女の口を左右に引っ張る。おっと、ドレスが汚れないようにしておかないとな。
それにしても――
「なんで国王様が? 領主の息子と娘の結婚だから?」
そう疑問を口にする。
するとすでにコンテナに乗り込んでいたトライドさんが身を乗り出してきて口を開く。
「ああ、それは身内だからだよ」
「身内!? 国王様の身内が居るんですか、それらしい人は……」
「お母様は陛下の妹なの」
「アレが!?」
アグリアスが笑顔でそう言い放ち俺は驚愕する。
飯を食うか寝ているしかしていないグータラ奥さんが? 馬鹿な……。そう思っていると、エレノーラさんが頬を膨らませて口をとがらせていた。
「失礼ね、ヒサトラ君?」
「ああ、いや、美しいとは思いますけど、いつも寝ているし……」
「王族って執務をする人以外は割と暇だからねえ。私も結婚するまではお茶会とかばかりだったし」
今もだろうとは言わないでおく。今日はアグリアスの晴れ舞台なのだから。
「はっはっは、エレノーラは今でも可愛いぞ! では、ジャン開始といこうではないか」
「そうだな! では頼むぞヒサトラ君」
一家がコンテナに乗り込んだのを確認して俺は運転席へ。サリアはアグリアスと一緒についているので今日は俺一人で運転席だ。ちなみにリンダは休みなのでここにはいないのである。
ゆっくりとトラックを動かし、大通りへ。一度練習をしているので特に問題なく進んでいく。
両脇で手を振ったり声をかけたりする人が楽しそうで何よりだと思う。
町の家屋にも色々と飾りをしていて、この一日のために町の人達が善意で協力してくれていた。人望あってのことだろう。途中途中には騎士や兵士も警備をしているのが見える。
「はー……本当に国王様ってのがいるんだな……」
本当にゆっくり進み、みんなに見送られて式場へ。
ここで俺の出番は終わり、一家は式場内へと入っていく。ウェディングドレスをまた変えるらしく、お金持ちらしい結婚式になりそうだ。
「ふう……サリアのドレス姿もキレイだったな」
アグリアスもエレノーラさんもきれいだったが、サリアも負けてはいなかったと思う。
いつか彼女の結婚式も、と思うと少し残念な気もするがあの子なら引く手あまただろうし、俺みたいなのと一緒にならなくても良いだろう。
空を仰ぎながらそんなことを考えていると――
「君がこの乗り物の御者かな?」
「え? ああ、そうですよ。それが?」
――スラっと長身をして鼻の下に少しだけ髭を生やした紳士が笑顔で声をかけてきた。
「こっそり町中で見せて貰っていたが、さらにスピードが出るのだろう?」
「え、ええ、そうですね」
「いいね、是非、私も乗せてもらいたいものだ」
「はは、これで仕事をさせてもらっていますからね。お帰りの際はこちらまで、なんて」
「おお、それはいい案だ! エレノーラが自慢していて悔しかったが……」
「え?」
今、エレノーラさんを呼び捨てにしていた。そしてこの風貌……まさか……
「あの、失礼ですが……まさか、国王様、ですか……?」
「む? そうか異世界人だったな、顔を知らぬのも無理はないか。その通り! 私がこのビルシュ王国の王、ソリッドである!」
「やっぱりか……!」
髭のおっさんは国王様だった。なんでここに居るんだ……!?