「それで詳しい話をしたいのだが」
「はい。俺もそう思ってます。ですが……」

 トライドさんはトラックの座席から俺達を見下ろしながら不敵に笑う。よほど気に入ったらしい。
 
「お父様、そこではお話がしにくいですわ。お家の内覧を含めて中でお話しませんか?」
「む、そ、そうだな……」

 酷く残念そうだ。
 散歩に出るくらいなら乗せてもいいけど、町中は大通り以外トラックが移動できる道はなさそうなんだよな。

 とりあえずトライドさんは不服そうな顔をしながらトラックから降りて家の玄関へ。
 彼が扉を開けた後、その鍵を俺に投げて渡してくれた。

「おっと……!」
「今日から君の家だ。鍵は失くさないでくれよ? さ、入ってくれ」
「お邪魔します……いや、ただいまなのか?」
「ふふ」

 トライドさんとアグリアスが先に入り、いつの間にか背後に立っていたサリアが柔和に笑っていた。彼女が最後に入り扉を閉める。
 靴は脱がないタイプの欧米方式の家屋だった。玄関に足を踏み入れて周囲を見渡すと、すぐにキッチンが目に入り、テーブルがあった。奥に続く通路があるから『なんDK』かわからないけどプライベートは守られそうでなによりである。

 椅子に座るとサリアが横に立ちスン……と澄ましていた。

「座らないのか?」
「私はメイドなので。旦那様、それではお話を」
「うむ」

 そういうものなのか……ま、とりあえず今日のところはお任せといこう。
 
「昨日、娘を送り届けてくれたが本来は隣の領……サーディスの婚約者に会いに行く予定だった。向こうも心配しているだろうから再度向かって欲しい。これが今回の依頼だ」

 テーブルで腕を組み、鋭い視線をしながら殺しの依頼みたいな言い方をする。でも内容としてはそれなりに深刻だなと思うので俺はすぐに頷いた。

「なるほど。それは全然構いませんよ、道さえ判ればお運びしましょう」
「いいかね? いやあ助かるよヒサトラ君! では、昼までに準備して出発と行こうじゃないか」
「わかりました。ここで待っていればいいですかね?」
「そうですわね。ベリアス様にお土産も持って行きましょう、ゴブリンに奪われましたし」

 俺が承諾すると二人は喜び、ハイタッチをする。護衛とか必要だろうか? そんなことを考えているとトライドさんが口を開いた。

「とらっくなら護衛はそれほど必要なさそうだ。ギルドで一人か二人雇うとしよう」
「大丈夫、ですかね?」
「いざとなれば突っ切ってしまえばいいかと。あのスピードについてこれるのはスピンタイガーかアックスウルフくらいなものでしょう。もしくはヒサトラさんが戦えば……」
「いやいや、俺は魔物ってのと戦えるほど強くはねえよ!? バットくらいしかねえし」
「あのお荷物にあった光る剣は?」
「あー……ゴミだぞ」

 荷物の中に戦隊もののおもちゃが入っていてサリアが気に入っていたのを思い出す。もちろんプラスチック製なので役には立たない……。
 俺が戦うのは却下し、護衛はお願いしますと伝えたところでロティリア親子は準備をすると立ち去っていく。

 残された俺とサリアは部屋を物色しとくかとリビングから移動をすることにした。

「そういや母親はいないのか?」
「奥様ですか? いらっしゃいますよ。朝食に顔を出さないのはいつものことです」
「体が弱いとかか?」

 母ちゃんを思い出して嫌な予感が首をもたげるが、

「いえ、ただの寝坊です。いつもは……そうですね、そろそろ目が覚めるくらいじゃないでしょうか」
「なんだよ……!? まあ、両親が揃っているのはいいことだな」
「そうですね」

 ふと寂し気な顔をしたか? と、思ったがすぐに笑顔になり、寝室のベッドにダイブしてニヤリと笑みを浮かべる。

「さあ、わたしの胸のなかへっ!」
「やかましい」
 
 サリアを引っぱたき家を探索すると、見た目より奥行がある物件だった。
 風呂は水を入れて薪で沸かすタイプのものみたいで、木でできたバスタブがちょこんとあった。シャワーなんてあるはずもないので簡単なものだ。

 トイレは汲み取り式……かと思ったが意外なことに水洗だった。
 こっちも木でできていて、椅子に穴が空いたって感じのものだな。流す時は魔法石とかいうものが壁に仕込まれており、それに触れると便器内に繋がっているもう一つの魔法石から水が出て下水へ行くのだそう。

 下水から町はずれの処理場があって、そこでまあ色々してたい肥にしたり魔物除けにしたりと加工されるのだ。汚れ仕事だけあって給料はいいらしい。むう。

 古代ローマやシュメール人が住んでいた遺跡には上下水道が発達していたらしいから魔法が使えるこの世界でちゃんとしたトイレがあってもおかしくないか。ああいう授業は楽しかったのでよく覚えている。

 んで、部屋は二つで2DKってところだ。
 母ちゃんがいつか来ても一つ使ってもらえるな。

「あ、わたしの部屋がありませんね。お母様が来るまで使わせてもらってもいいでしょうか?」
「あれ? 家は?」
「わたしは住み込みで働いていますから、お嬢様と同じお屋敷に部屋があります。だけど、ここまで距離があるのでできればここに住み込みをしてお世話させてもらえればと」
「んー……若い女の子が一緒ってのはなあ」
「旦那様にも相談してみましょう、増築できないか」
 
 あんまり迷惑をかけたくないのでサリアを俺につける話を無しにした方が早いと思うな……

「ヒサトラさーん、行きますわよ!」
「お、もう来たのか」
「はりきってましたからね」

 サリアが笑ながら俺の横に立って歩き出す。
 そして外に出ると――