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 あの日から、凜は一度も学校に来なかった。
 颯太くんから、凜の母親があの場に現れた理由を聞いた。どうやら、門限を破った日から凜のスマホにGPS機能を付けていたらしい。学校から抜け出したことが、母親に筒抜けだったのだ。

 
 一週間が過ぎようとしていた。

 凜が学校に来なくなって、最初は心配の声も聞こえた。しかし数日もたてば気にする声が聞こえてくることはなくなった。笑い声が響き渡っている。

 病気と闘って辛い思いをしているのに。
 大変な思いをしているのに。人ってこんなに他人に無関心なのだと改めて知った。
 教室には笑い声が充満している。居心地が悪くなって教室を勢いよく飛び出た。


 凜は入院しているのだろうか。様子が気になり、颯太くんに何度も訪ねた。返ってくる返事は「命に別状はない」そればかりだった。

 図書室。中庭のベンチ。凜のクラス。
 彼女の面影を探してみたけど、見つけることはできない。

 凜が入院している病院を知っている。しかし、病院まで行く勇気がどうしても出なかった。
 発作が起きて苦しそうにする凜の姿が脳裏にこびり付いて離れない。
 凜を危険な目に合わせて、どの面下げて会えばいいんだ?
 わからない。分からなかった。

 
 校内を探し回っても、凜の面影がちらついてしまう。思い出が取り残されているからだ。
 大きなため息を吐いた。後悔の念を吐き出すようにゆっくりと。
 ため息を吐いて、息を吸ったら。凜に会いたくなった。

 足が地面を蹴り上げる前に、スマホを取り出す。今のままだと病院に全速力で向かってしまう。凜に会いたい気持ちを押し殺して、颯太くんに電話を掛けた。

 ここは冷静にならなければいけない。今全速力で病院に向かっても、凜の母親に見つかっては門前払いされてしまう。今後さらに、会えなくなってしまうかもしれない。深呼吸して昂る気持ちを落ち着かせる。

「もしもし! 咲弥くん?」
「颯太くん、お願いがあります。凛に会いたいです」
「……凜ちゃん、会いたがっていたよ」
「凜に会ったんですか? 身体は?! 心臓は?! 大丈夫なんですか?」
「凜ちゃんの心臓は大丈夫。ただ、発作が起きたから、精密検査をするから。そのための入院だな」
「よかった。良かったです」

 通話越しでもわかる落ち着いた声。興奮する俺を宥めるように、優しい声だった。

 病院で凛の母に会ったら、門前払いされることだろう。それは颯太くんも危惧していたことだった。研修医という立場を使って、病棟の看護師さんと話をつけてくれたらしい。颯太くんのおかげで、凛と会えることになった。