キーンコーンカーンコーン。
 予鈴のチャイムを背中に受けて、見つからないように学校から出た。

 心臓はドクドクと鼓動の音が速くなるばかりだ。
 悪いことをしているようで、心が落ち着かない。

 深呼吸をして、なんとか心を落ち着かせる。時間をおいて学校に欠席の連絡をするため電話をした。

 呼び出し音が鳴る。無機質な音が余計に緊張感を掻き立てた。

「はい」
「3年C組の桜木咲弥です。……えっと、その。今日は体調が悪いので、お休みします……」
「分かりましたー。担任の先生に伝えておきます。お大事にしてください」

 緊張で手は震えていたのに、呆気なく了承された。有難いことに少しも疑われることはなかった。今まで休むことなく真面目に通っていたおかげだろう。

 ホッと一息ついていると、凜から一枚のメモ紙を渡される。俺が不思議そうにメモ紙に見入っていると、凜が説明してくれた。

「これは緊急連絡先。私に発作が起きたとか、なにかあったときに。病院の名前と電話番号。担当医の名前。後はお母さんのスマホの番号」

 メモ紙を掴む指に自然と力が入る。ごくんと生唾をのんだ。凜は非常事態があった時のために準備をしていた。健康な人間ならする必要のない気遣いだ。

 命の責任を背負うなんて、大それたことは言えないけど。
 今日、こうして凜と出かけることにはそれなりの覚悟をしてきた。だけど、俺の覚悟なんて小さすぎた。
 改めて責任感が心に重くのしかかる。引き返したほうがいいのかもしれない。そう思っている自分がいることも確かだ。

 だけど、凜の願いを叶えたかった。この選択が正しいのかは分からない。どちらかと言えば正しくないだろう。真実を受け入れる判断力もある。それでも、この道を選んだ。

 決意と共に足を一歩踏み出した。
 今日が一番の思い出になるように。
 そう願いながら。

 電車に乗って隣町まで行く。その後はノープランだ。
 凜は見たことのない景色を見たいと言った。その願いを兼ねるために駅へと向かう。
 まるで子供が遠足に行くように、俺たちの足取りは軽かった。
 

 始まったばかりの逃避行。
 いや、始まってもいなかった。

 視界に駅が見えた。どちらからともなく顔を見合わせて微笑み合う。
 楽しい未来へと一歩踏み出したはずなのに。
 ――終わりはあっけなく訪れる。