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 その夜、凜の颯太くんに凜と話せたこと。話した内容。凛の様子。メールで説明をした。
 俺一人の力では凜を救うことは出来ない。だから颯太くんの力が必要だった。
 
 ♪~
 着信音が鳴り響く。画面を見ると颯太くんだった。

「もしもし……」
「咲弥くん、ありがとう。凜ちゃんと話してくれて。凜ちゃんの口から母親と離れたいと言うなんて思わなかった」
「凜は、俺の母ちゃんと会ったことあるんです。俺が母ちゃんに対して『うざい』とか言っていることにびっくりしている様子でした」
「そっか。凜ちゃんは咲弥くんと過ごすうちに、外の世界を知って行ったんだな」
「外の世界?」
「そう。凜ちゃんは母親の鳥かごの中で育てられたようなものだ。外の景色を見たくても鳥かごから出ることが出来なかった。でも咲弥くんと過ごすうちに、外の世界を自然と知れて、母親の異常さに気づき始めたのかもしれない」
「それは、俺も役に立ったってことですか?」
「凜ちゃんも母親の異常さに薄々気づいていたのかもしれないな。声を上げるきっかけを作ったのは咲弥くん。キミだから」


 颯太くんとの通話を終えると、喉に渇きを感じた。
 渇きを潤すために、キッチンへと向かう。リビングのソファにはドラマを真剣に見ている母の姿があった。何の変哲もない日常風景だ。

 冷蔵庫から、麦茶のポットを取り出してコップ注ぐ。
 潤いを欲している喉に勢いよく流しこんだ。ごくりと喉を鳴らす。コップ一杯の麦茶を流し込むと、俺を見つめる母と目が合った。

「なに?」
「あのさ、この間きた彼女のことだけど」
「だから、彼女じゃないって」
「凄くいい子だったね。美人だし、礼儀正しいし。咲弥と釣り合ってなかったわ」

 身内だとずけずけと傷つくことを平気で言いのける。

「良い子だよ。ほんとう」
「きっと、親御さんの育て方が良かったのねー」

 再びテレビに意識を向けながら言った言葉が妙に引っかかる。母は何気なく言ったつもりだろうけど。何故かその言葉が俺の頭を支配していた。

「育て方って……」
「えー? だって、あの子。『いただきます』って言う時も、きちんと両手を合わせていたし。話してくうちに感じたのよね。なんていうか、育ち良いだろうなー。って」

 確かに凜は礼儀正しい。母の前だから猫を被っていたわけではない。
 お弁当を食べるときも挨拶を欠かさないし、普段から礼儀正しいのだ。
 
 この時感じた違和感の正体に気づくことが出来なかった。コップに注いだ麦茶と一緒に、感じた小さな違和感を呑み込んでしまった。