それは、突発的な行動だった。学校が終わると、凛のお母さんと会った場所を訪れた。きっとこの辺が凜の家なのだろう。
 家まで来てなにするんだ?
 特に策はない。行動力に自分が一番驚いている。

 到着したはいいが、ここから先のことを全く考えていなかった。家を訪れたくても、家を知らない。この辺をずっとウロウロしていたら、本当のストーカーになってしまう。計画性のない性格に落胆する。
 
 ここまできたのに、帰るに帰れない。ウロウロするしか出来なかった。


 どのくらい時間が過ぎただろう。凜の家を知らない俺は、その場を行ったり来たりするしか出来なかった。
 どうすることも出来ないのに、このまま帰る選択も出来ず、時間ばかりが過ぎていく。
 
「ちょっと、君。ずっとこの辺をウロウロしてるけど。この辺の家の子じゃないよな? 不審者として通報するよ?」

 よほど怪しかったのだろう。男性に声を掛けられた。視線を向けると、長身で美形。男から見てもカッコいいと思う容姿をしていた。
 凛の家の近くにきてみたはいいが、この後の計画がまるでない。完全に不審者扱いされたようだ。通報準備万端とでも言いたげに、男性はスマホを俺から見える位置に握りしめている。

「いや、違うんです。ほんとう。怪しいモノじゃなくて」

 焦りつつも訂正するが、俺を凝視する視線は鋭く警戒している様子が伝わってくる。
 通報される前に逃げた方がいいのかもしれない。警察沙汰になってしまったら、退学も免れない。
 平然を装いつつも内心は怖くて仕方がない。逃げる決意をして顔を上げると、男性の顔が視界に入った。不審者と認識しているはずの俺に向けて、優しい笑みを浮かべていたので警戒心が薄れた。走り出そうとしていた足が止まる。

「その制服……」
「と、友達に会いに来ただけです。ただ、緊張しちゃって。どうしたらいいか分からなくなって」
「へー。友達って、なにさんの家?」
「白雪さん家って、ここら辺ですよね?」

 優しい笑顔にほだされてしまったようだ。凜の家を知らない俺は気づくと訪ねていた。
 凜の苗字を出した途端。穏やかだった表情が一変した。返ってきたのは笑顔が消えて、さっきまでの優しげな声ではなく、高圧的な声だった。
 
「白雪さん家に何の用?」
「え、えっと。白雪凜に会いに来たんです」

 高圧的な態度に負けじと強い口調ではっきり言い放つ。たじろいでしまうのを抑え込み、視線を逸らさず見つめ返した。押しつぶされてしまいそうな沈黙が続く。俺を見定めるように下から上まで視線でなぞると、ゆっくり口を開いた。

「で? 君は凜ちゃんになんで会いにきたの?」
「あの、凜のこと知っているんですか?」
 
 凜ちゃんと親し気に名前を呼ぶので、二人の関係性が気になって仕方がない。

「凜ちゃんと俺は幼馴染だよ。家が隣で小さい頃はよく遊んでた。それより、20分くらいうろちょろしていたけど……」
「うっ。いや、その凜が心配で。学校で無視されるんで」
「学校で無視されるから、家まできたのか。君、それは立派なストーカーだよ?」
「ち、違う! あー。確かに言葉だけだとストーカーっぽいな。違うんです! あ、そうだ……」

 学校で無視されるから家まできた。その情報だけでは、それはストーカーだと思われても仕方ない。
 誤解を解きたくて、ある写真のことが頭に浮かんだ。
 カフェで撮った凜の写真だ。この写真があれば俺と凜が出かけたりする仲だということの証明になるだろう。
 
「これ、見てください!」

 画面に凜が笑っている写真を表示して、彼に見せた。
 のぞき込むと目を見開いて驚いた様子だった。しばらく固まって凝視しているので、そこまでストーカーだと思われていたなんて侵害だ。

「凜ちゃんが笑って……る? え。これは凜ちゃんの友達が撮って、君が買い取ったの?」
「なんでそうなるんすか!」

 どうして俺が撮った写真とは認識できないのだろうか。何が何でも俺をストーカーにしたいらしい。俺と凜がカフェに行ったとは、考えられないようだ。

「俺が撮ったんすよ! 写真の日付は4月〇日。時間は……えーっと。凛の門限が17時半だったから、17時くらいかな」

 俺の言葉を受けて、気を遣うことなく俺のスマホを操作した。日付を確認しているようだ。
 日付を確認したのだろう。言葉にならないのか、大口を開けて息を大袈裟に吐いた。

「驚いたな。凜ちゃんが……」

 証拠の写真を見ても信じられないと言いたげな顔だった。
 確かに凜と俺は釣り合わない。分かっているけど、ここまであからさまに態度に出されると苛立ちを覚えた。不快さを隠しきれずに顔が歪む。

「俺と凜が釣り合わないのは分かってましたけど、証拠まで見せても信じないってどうなんですかね」
「あー。ごめん。驚いたのは、君に対してじゃなくて。なんていうか……」
「……なんですか?」

 言いづらそうに一度開きかけた口を噤んだ。何か考えるように黙り込む。

「凜ちゃんが、笑ってたから。驚いたんだ」
「は? 意味わからないんですけど」

 凜が笑っていたから驚いた?
 その言葉を理解しようと考えても、よくわからない。
 だって、凜はよく笑うから。

「君、名前は?」
「桜木咲弥です」

 名前を言うと一瞬固まったように見えた。半笑い気味で質問を投げかける。
 
「咲弥くん……凜ちゃんから呼ばれているあだ名とかある?」
「……さっくん」
「え、なんて? 聞こえなかった」

 自分のあだ名を口にする恥ずかしさから、消え入りそうな声は、もはや消えていた。これは新手の拷問だろうか。顔に熱が集中しながら、もう一度声を発する。

「さっくん……って呼ばれています」
「キミがさっくんか!」

 「へー」と言いながら何度も頷いている。
 
「今ちょっと時間ある? 場所変えて話さないか? 凜ちゃんのことで」

 凜のこと。そう言われたら断る理由がなかった。返事の代わりにゆっくり頷いた。