私の心臓は恋ができない。
会社員のお父さん、スーパーのパートで働くお母さん、どこにでもいる普通の家庭に産まれた私は、私自身が普通の身体ではなかった。産まれたころから心臓に疾患を抱えている。医師が言うには激しい運動をしなければ日常生活を送るには問題ないらしい。しかし、子供のころから心配性の母親に「心臓に負担がかかるから、この遊びはやめなさい」「心臓に負担がかかるから泣いちゃだめよ」と運動や感情の起伏を制御され続けて育った。制御されるのが当たり前の環境で育った私は、高校三年生になった今、普通の生活とは少し離れた生活を送っている。
柔らかい春風に揺られて青々とした葉が揺らぐ。我が校で告白スポットとして有名な中庭に呼び出された。
背の高い葉が生い茂る木の下で、顔を赤く染めながら私を見つめる視線が1つ。
「白雪凛さん! ずっと好きでした。よかったら付き合ってください」
机の中に手紙が入っており、指定されるがまま来てみると、想定通りの言葉を言い放たれた。
顔は俯くことなく目を真っすぐ見つめ、恥じらいからか口を一文字にぎゅっと結んだままだ。彼の名前は分からない。隣のクラス。と言っていたような気がする。
「……ごめんなさい、よくないです」
「え」
言葉が足りなかった。私の言葉を聞くと、戸惑いを顔全体に表して、一文字に結ばれていた口は開き、ぽかんと開かれたままだ。
「えっと、ごめんなさい。お付き合いは出来ません。私、心臓に負担がかかると死んでしまうので……」
「……えっと。そ、そうなん、ですか。それはなんか……ごめんなさい」
数秒前まで頬を赤らめていた彼は私の言葉を聞いた途端。一瞬で気持ちが覚めたように、声も表情も落胆させた。落胆されたり、分かりやすくドン引きされることにはもう慣れた。面倒ごとにならないように、自然とその言葉選びをしているのかもしれない。
「あの……病気のことはあんまり広めないでもらえますか? みんな知らないので」
「みんな知らないってことは……学校に広がったら俺がばらしたことバレるってことか。はあ。言わないよ。てか、ずるくない?」
「ずるいとは……」
「病気持ちとかないなー。病気ならそう前もって言ってもらえれば告白とかしなかったのに。はあ。これでふられた回数増えたじゃん。まあ、今回は無効だよな」
吐き捨てられた言葉に心臓辺りがひどく痛む。
「名前、聞いてないや……」
名前も知らない彼は、一度も私の顔を見ることなくその場を去っていった。
望んでいないのに告白をされて、勝手に心に傷を負わされた。
呼吸を整えるために、心臓に手を当てながら雲1つない澄んだ空を見上げた。
空が好きた。澄んだ青空は心を浄化してくれるように潤いをくれるからだ。
「病気持ちとかないなー」
名前の知らない彼は置き土産に棘のある言葉を残していった。心に残された言葉の棘がちくっと痛い。
病気と言うと、避けられたり腫れ物を扱いされるのを小学生の時に知った。
普通の生活をしてみたかった私は高校生活では、病気のことを隠すことに決めたのだ。
しかし、理想通りには行かず、病気を隠したところで普通の生活は送れていなかった。
私の心臓は爆弾を抱えている。いつ発作が起きるか分からない。
そんな私が普通の生活など。送れるはずがなかった。
「凛、恋はしちゃだめよ? あなたの心臓の負担になるかもしれないから」
脳裏には子供の頃から、母に呪文のように言われ続けてきた言葉がこびりついて離れない。
医師から日常生活に支障はないと言われても、母の言葉はまるで鎖のように心に絡まり続ける。そして思春期を迎えるころには、恋はしてはいけないモノと脳が認識してしまった。
私が健常者より死ぬ確率が高いのは、紛れようのない事実だ。
恋をしたら死ぬ確率が少しでもあるなら、恋なんてしなくていい。
私、まだ死にたくないから。