いつものコンビニ。
 赤いポスト。
 その前に聡子が立っている。
 白いワイシャツの袖を折り、ブルーのニットベスト、グレーのチェックのスカート。首元の臙脂のレジメのリボンタイはやや緩め。
 いつも通りの彼女。
 僕不在で決定された『登下校グループ』。不満に思っていた。
 けど、普段は凛とした聡子の不安そうなソワソワした態度が目に入った時、気持ちにスイッチが入った。

「結構待った?」
「うん、まぁそこそこ。ほら、どれくらいに来たらいいのか初めてだと不安じゃない?」
「そうだね」

 初めての待ち合わせ。
 小学一年生の集団登校みたいだ。
 大体なんで四人になるんだ? 仲良く理央と洋で手を繋いで登校すればいい。
 学校前の短い坂を登るだけだろう?
 僕がちょっとイラついてる間もずっと、聡子の緊張は解けないようだった。
 僕は並んで隣に立って、不思議に思っていた。

「どうして今日はそんなに固まってるの?」
 彼女は「信じられない」という目で僕を見た。大きく開いた目は明るく澄んだ茶色だった。
「だって、初めてだもん」
「いつもと大して変わらないでしょう?」
「変わるよ! 奏と登校するの、初めてだもん。皆、見てるし……」
「なにそれ? 一緒に帰ることが多いのに?」
「……奏、背が高くて目を引くんだよ。本当に本人は気が付いてないものなんだね」
 見られてるのは僕というより寧ろ聡子の方じゃないかと思いつつ、まぁそういうことにしておく。

 背が高くて多少じろじろ見られるのは慣れているし、わざわざ反論するほどのことでもないだろう。
 ちらっと横目で聡子を見る。
 細く長い髪が、サラサラと流れるように肩に落ちている。それが天然のものかどうかに問題があるのか、僕にはわからなかった。
 彼女は頬を染めて、今日も変わらず美しかった。
 くせっ毛の彼女も見てみたいと思うのは悪趣味だろうか?

 そのうち仲のいい小さいカップルが手を繋いでやってきて、あれはあれで幼稚園の登園みたいだなと意地悪なことを思う。
 洋は眠そうで理央はこっちに気付いてはにかんだ。人波をそろそろ避けながらちょこちょこ近づいてくる。

「おはよう、聡子ちゃん、奏くん」
「理央は朝から元気だね」
「中学の時からテストの日以外に、朝眠そうな理央を見たことないよ」
 そんな恥ずかしいこと言わないでよ、と理央が反論する。僕の知らない理央を、聡子は知っている。
 そしてもちろん洋も、僕より理央を知っている。
 僕にアドバンテージがまだあるなら、あの日の短いキスだった――。
 どんなに否定されてもなかったことにはならないんだ。理央の顔を思わずじっと見る。
 理央は自然に花開くように微笑んだ。

 思っていた以上のことはやっぱりなにも起こらず、洋は低血圧気味で言ってることが後手後手だったし、結局、女子二人がお互いの好きなことについてなんだか喋っていた。
 誰々のインスタがどうの、とか、YouTubeのあの人のライブ配信見た、まだ見てないんだよ、とか、教室でもきっと話すであろうことをごく普通に話していた。

 あんなに意気込んでいた聡子も、楽しそうに話して、中学生の頃の二人を彷彿とさせる。
 身長差を飛び越えて、仲の良かった二人。
 それがどうして今は同じクラスになりながら、違うグループにいるのか、女の子はよくわからない。
 どうして当たり前のようにこの四人がグループになったのかも謎だけど。

 ――そう言えば、聡子に告白されたのに、なにもまともなことは言ってないかも。

 もし自分がその立場なら、今も相当居づらいだろう。普通の顔ができるかどうか。
 理央にだって今、完璧に普通を演じてるかと言えば、それは難しく思えた。
 あの時聡子は「少しずつ」と言った。
 そうして僕は一緒にいる時間、それは理央と洋に置いていかれて偶然できたものだったけど「少しずつ」聡子を知った。

 ゼロだった彼女についての知識は、今はいくつになったんだろう?
 彼女の特別ななにかを知っているかと言われたら、なんとも言えない。
 確かに彼女のちょっとした美貌の秘密は知った。けど些細なことだ。
 それで彼女をより深く好きになったり、嫌いになったりしない程度のこと。

「ねぇ、奏くんもそう思うでしょう?」
 前を歩いていた理央がくるっとターンして僕の顔を下から覗き込む。ナチュラルな仕草が悔しいけどかわいい。
 ハムスターのちよちゃんを思い出す。
「ごめん、聞いてなかった」
「えー? せっかく四人一緒なのに」
 気が付くと、理央はかなりテンションが上がっていて、聡子は苦い顔をしていた。

 坂道を上がったところで自転車の竹岡が僕たちを追い越す。吹奏楽部の朝練は今日は休みだったらしい。
 追い越しざまに僕に「よう」と言った。そうして少し不思議そうな顔をして先を行った。

 それはそうだ。
 いきなり僕達は箱の中に四つ一組で入れられた焼き菓子みたいになっていた。
 薄いボール紙の仕切りで互いに仕切られてはいるものの、同じ箱の中にいることには変わらない。
 そして、仕切られているという事実もまた変わらない。
 同じ箱の同じ製品のような顔をして、違うことを考えてるんだ。それがなんなのか、お互い知ることのないまま。

 ハイテンションだった理央の目が少しやさしく丸くなって「そんな言い方ないよね、ごめんね。無神経だった」と僕に言った。
「そんな風には思ってないよ」と僕は言い、少し慎重にならないと、と反省する。謝らせてしまうなんて申し訳ない。
 話を聞いてなかったのは僕だ。無神経と言われても仕方がない。

 例の下駄箱に着いた時、僕は靴を脱ぐのを躊躇った。そして小さな理央を見た。
 彼女はいつも通り生き生きとした目をして、まるで今日一日を過ごすための希望を取り出すように上履きを取り出した。
 また、あの時みたいに目が合わないかな、と思った僕の邪な考えは飛び散った。僕だけがあの日を特別に考え、額に入れて飾っているのかもしれない。

 不意に袖を引かれる。
「なんかごめん。わたし思い違いしてたかも」
 女の子にしては背の高いすらっとした聡子が、身を縮めて僕にそう告げた。
 咄嗟になにか言おうと口を開きかけた。
 聡子がなぜか今日は理央より小さく見えた。