あのゲームの後、また誘われるようになって一緒に遊んだり、遊ばなかったり、知らないやつに声かけられるようになったり、僕の周りは少し騒がしくなった。
そして少し忙しなくなり、楽しく思うこともできた。
僕はというと、あの後またスリーポイントが決まるなんて奇跡的なことが起こることもなく、それがかえって皆の印象に残ったようだ。
たった一本のシュートが、自信に繋がったのはうれしい。
◇
それは高校二年生の九月のことで、あの日は二度と戻らない。
◇
僕が一緒に帰らなくなって、理央と洋が二人で帰っていく姿を見かけることも少なくなっていった。
洋が昼休みに理央を迎えに行く。どこかで二人で食べているらしい。
僕は洋の目を見ない。たまに目が合いそうになるけど、そういう時は目を逸らす。隣にいる竹岡と、ふざけて遊んでるふりをしたり。
竹岡はいつも通り絡んできたし、片品と一緒に帰ることもあったけれど、僕はいつも廊下にひとりぼっちでしゃがんでいるような、そんな気持ちだった。
孤独というのはこういう風に始まるのかなと思ったりした。
◇
ある掃除当番の日、片品から「今日も一緒に帰れる?」と訊かれて「ああ」と答えた。
週の半ばだった。
それはもう何度も重ねたことだったので特になんの感慨もない。通常運転の範囲以内だ。
僕はただ、箒で砂埃を掃き出した。
すると「おい」と誰かに呼びかけられて、声の主を確かめる。
――洋だった。
「どうかした?」
「最近、お前のことあんまり見かけないと思って」
「そうかもな。でも洋は理央と上手くいってるんだから僕のことなんか気にするなよ」
最後の方はなんだかひがみっぽく聞こえる気がして訂正したくなったけど、じゃあどう言えばいいのか僕にはよくわからなかった。
「片品さん、今日はこいつ、借りてもいい?」
片品は僕たちの動向を気にしていたらしい。雑巾を持つ手が止まっていた。
僕たちの間にはしんとした妙に静かな空気が滞って、やたらには動けなかった。
片品が硬い笑顔を見せて、雑巾を片手に「どうぞ。残念ながらわたしたちは付き合ってるわけでもなんでもないから」と言った。洋は「そうなの? 気の利かないやつだからな」とやはりぎこちなく笑った。
まったく変な空気だった。不思議の国に来たみたいだ。
「じゃあ終わるの待ってるよ」
「理央は?」
「······たまには男同士もいいだろう? 先に帰ってもらった。仲のいい女ともだちと帰っていったよ」
そうなんだ、とつまらない相槌をついた。
昇降口の外に出て行った洋がなにを考えているのかちっとも理解できず、気もそぞろに掃除を続けた。
砂埃の少なくなった残りを片品がちりとりで取ってくれる。手元が狂って砂が舞う。
「ごめん!」
片品は僕の方を見上げた。
「別になにも怖いことなんてないじゃん?」
「······それはそうだけど、久しぶりだからなんとなく」
「わからなくもないけどずっと親友だったんでしょう? てことは今も親友ってことよ。現在進行形。ほら、気にしすぎ。どっちかに彼女ができたって友だちは友だちじゃん? それで遠慮することはあっても距離を置いたり疎遠になるのはおかしいって」
シュシュでひとつに結ばれた髪にほこりがついたかもしれない。僕はもう一度「ごめん」と言った。
「せっかく背が高いんだから堂々としなさいよ。背が高くて猫背の男ほどみっともないものはないんだよ、ほら、シャキッとして!」
「······ありがとう」
片品のそういうサッパリした気質に僕は何度も助けられた。その度に彼女と付き合ってもいいかなと思ったり、自分がどれほど内向的なのか思い知らされた。
確かに僕の考えすぎかもしれない。
僕と洋は間違いなく今も、親友だろう。
手を洗いに行った片品は戻ってくると、シュシュを解いた。少し茶色い髪がさらりと彼女の肩をなぞった。
空は高く長袖のシャツがそれほど苦痛じゃなくなってきた。台風の時期も過ぎて、空気は爽やかだった。
洋は昇降口を出てすぐのところに立っていた。
いつも愛想のいいやつなのに、笑顔の微塵もない。流れていく生徒たちを見ていた。
「待たせた」
「おう」
僕を待っていたはずの洋は、これっぽっちも僕に興味がなさそうだった。
少なからずショックを受ける。
「あの人さー」
「あの人?」
「片品さん」
「ああ、片品?」
「······告白されたんだろう?」
そう言うと洋は小石を靴の爪先で蹴った。
「うん、まぁ」
時間が止まったようになぜか洋は口を噤んだ。はぁっとため息をつく。
なにを考えてるのかわからない。そもそも身長差をあって、俯いている顔が見えない。
「片品さんと付き合えばいいじゃん」
「え、それはさ」
「いいじゃん。向こうは奏のことが好きなんだって告ってきたんだろう? いつまでも待たせるなよ。仲良さげに見えたけど。嫌いじゃないんだろう?」
今度は僕が口を噤む番だった。
確かにずっと今のままでいられないかもしれない。
僕が思うのはおこがましいかもしれないけど、中途半端な関係のままでは片品がかわいそうなのかもしれない。
僕が手を離せば、彼女に近づく男は五万といるだろう。
「嫌なんだ、上手く言えないけど中途半端は失礼な気がして」
「そういう煮え切らないのが良くないって言ってんだよ」
「なんだよ急に。喧嘩売りに来たなら買わないから」
ムッとした。
そんなことを言うためにこんな風に呼びつけたりしたのかと頭に来た。
僕が誰と付き合おうか関係ないだろう? 洋には理央がいるんだから。――そう、理央が。
そして少し忙しなくなり、楽しく思うこともできた。
僕はというと、あの後またスリーポイントが決まるなんて奇跡的なことが起こることもなく、それがかえって皆の印象に残ったようだ。
たった一本のシュートが、自信に繋がったのはうれしい。
◇
それは高校二年生の九月のことで、あの日は二度と戻らない。
◇
僕が一緒に帰らなくなって、理央と洋が二人で帰っていく姿を見かけることも少なくなっていった。
洋が昼休みに理央を迎えに行く。どこかで二人で食べているらしい。
僕は洋の目を見ない。たまに目が合いそうになるけど、そういう時は目を逸らす。隣にいる竹岡と、ふざけて遊んでるふりをしたり。
竹岡はいつも通り絡んできたし、片品と一緒に帰ることもあったけれど、僕はいつも廊下にひとりぼっちでしゃがんでいるような、そんな気持ちだった。
孤独というのはこういう風に始まるのかなと思ったりした。
◇
ある掃除当番の日、片品から「今日も一緒に帰れる?」と訊かれて「ああ」と答えた。
週の半ばだった。
それはもう何度も重ねたことだったので特になんの感慨もない。通常運転の範囲以内だ。
僕はただ、箒で砂埃を掃き出した。
すると「おい」と誰かに呼びかけられて、声の主を確かめる。
――洋だった。
「どうかした?」
「最近、お前のことあんまり見かけないと思って」
「そうかもな。でも洋は理央と上手くいってるんだから僕のことなんか気にするなよ」
最後の方はなんだかひがみっぽく聞こえる気がして訂正したくなったけど、じゃあどう言えばいいのか僕にはよくわからなかった。
「片品さん、今日はこいつ、借りてもいい?」
片品は僕たちの動向を気にしていたらしい。雑巾を持つ手が止まっていた。
僕たちの間にはしんとした妙に静かな空気が滞って、やたらには動けなかった。
片品が硬い笑顔を見せて、雑巾を片手に「どうぞ。残念ながらわたしたちは付き合ってるわけでもなんでもないから」と言った。洋は「そうなの? 気の利かないやつだからな」とやはりぎこちなく笑った。
まったく変な空気だった。不思議の国に来たみたいだ。
「じゃあ終わるの待ってるよ」
「理央は?」
「······たまには男同士もいいだろう? 先に帰ってもらった。仲のいい女ともだちと帰っていったよ」
そうなんだ、とつまらない相槌をついた。
昇降口の外に出て行った洋がなにを考えているのかちっとも理解できず、気もそぞろに掃除を続けた。
砂埃の少なくなった残りを片品がちりとりで取ってくれる。手元が狂って砂が舞う。
「ごめん!」
片品は僕の方を見上げた。
「別になにも怖いことなんてないじゃん?」
「······それはそうだけど、久しぶりだからなんとなく」
「わからなくもないけどずっと親友だったんでしょう? てことは今も親友ってことよ。現在進行形。ほら、気にしすぎ。どっちかに彼女ができたって友だちは友だちじゃん? それで遠慮することはあっても距離を置いたり疎遠になるのはおかしいって」
シュシュでひとつに結ばれた髪にほこりがついたかもしれない。僕はもう一度「ごめん」と言った。
「せっかく背が高いんだから堂々としなさいよ。背が高くて猫背の男ほどみっともないものはないんだよ、ほら、シャキッとして!」
「······ありがとう」
片品のそういうサッパリした気質に僕は何度も助けられた。その度に彼女と付き合ってもいいかなと思ったり、自分がどれほど内向的なのか思い知らされた。
確かに僕の考えすぎかもしれない。
僕と洋は間違いなく今も、親友だろう。
手を洗いに行った片品は戻ってくると、シュシュを解いた。少し茶色い髪がさらりと彼女の肩をなぞった。
空は高く長袖のシャツがそれほど苦痛じゃなくなってきた。台風の時期も過ぎて、空気は爽やかだった。
洋は昇降口を出てすぐのところに立っていた。
いつも愛想のいいやつなのに、笑顔の微塵もない。流れていく生徒たちを見ていた。
「待たせた」
「おう」
僕を待っていたはずの洋は、これっぽっちも僕に興味がなさそうだった。
少なからずショックを受ける。
「あの人さー」
「あの人?」
「片品さん」
「ああ、片品?」
「······告白されたんだろう?」
そう言うと洋は小石を靴の爪先で蹴った。
「うん、まぁ」
時間が止まったようになぜか洋は口を噤んだ。はぁっとため息をつく。
なにを考えてるのかわからない。そもそも身長差をあって、俯いている顔が見えない。
「片品さんと付き合えばいいじゃん」
「え、それはさ」
「いいじゃん。向こうは奏のことが好きなんだって告ってきたんだろう? いつまでも待たせるなよ。仲良さげに見えたけど。嫌いじゃないんだろう?」
今度は僕が口を噤む番だった。
確かにずっと今のままでいられないかもしれない。
僕が思うのはおこがましいかもしれないけど、中途半端な関係のままでは片品がかわいそうなのかもしれない。
僕が手を離せば、彼女に近づく男は五万といるだろう。
「嫌なんだ、上手く言えないけど中途半端は失礼な気がして」
「そういう煮え切らないのが良くないって言ってんだよ」
「なんだよ急に。喧嘩売りに来たなら買わないから」
ムッとした。
そんなことを言うためにこんな風に呼びつけたりしたのかと頭に来た。
僕が誰と付き合おうか関係ないだろう? 洋には理央がいるんだから。――そう、理央が。