「片品と付き合ってるの?」
 竹岡はある日、もう我慢ができないという顔で僕のところに突撃してきた。
 教室の向こう側で、片品は荷物の整理をしながら友だちと明るく笑っていた。僕は彼女の姿を見て、それから竹岡を見た。
「いや」
 竹岡もまたすぐに言葉を発しなかった。なにかが彼の中で爆発したようだ。すごく興奮していた。

「どうして? 好きじゃないのかよ」
 そのことはたまに考えないこともなかった。でも僕は失恋中だ。つまりまだ別の女の子のことを考えられる時期じゃなかった。

「友だちだよ」
「すかしてるよなぁ。お前、そんなんだから友だち少ないんだよ。……今の嘘、冗談。お前の友だち、なんだっけ、三枝? あいつに遠慮してんだ、皆」
 皆って誰だよ、と思いながら洋のことを思い出す。洋がいないと静かだ。騒ぐやつが近くにいない。

 理央はなんて言って僕と通学するのをやめたいと伝えたんだろう。まさかそのまま伝えたわけじゃないだろうし。
 洋はいつも一緒だった僕と離れたことをどう思ってるんだろう?

 やっぱり比重は恋にあるのか。
 それはそうだ。それについて話し合ったことはないけど、中学の時、洋と付き合ってた女の子は僕を嫌がった。普通のことだ。その時も別々に通学した。
 そんなこともあったなぁと忘れていた過去を思い出す。

「お前が三枝と仲違いしたんなら、昼休みのバスケ、一緒にやろうぜ」
「は?」
「知らないの? 昼休みになったらすぐ体育館に行くんだ。それでコートは取れたクラスが使っていいんだ。うちのクラスは今井が昼飯抜きでコート取りに行ってくれるから場所は取れるんだけど、どうもほかのクラスに勝てないんだよな。お前が来たら皆喜ぶって」

 だから、皆ってなんだよ、母数が大きすぎんだよ、と思いながら、その皆とバスケして笑ったり、ハイタッチする自分を想像できない。

「今井は昼飯抜きでどうしてんの?」
「三限の後に早弁してる」
「……よくやるなぁ」
 そういう絆のようなものが苦手だった。そこには『青春』という恥ずかしくて言葉にできないものがメダルのように輝いて見えた。

 僕には似合わない。

「頼むよ! 一度でいいからさ、ちょっとやってみない? 知ってるんだよ、皆、お前が元バスケ部だって。すげー強かったんだろう? 今井が歯噛みしてたよ」
「すごくないよ、背が高かったからバスケ部に誘われただけ。それだけ。すごかったのはほかのメンバーであって僕じゃない」
「だからそれがさぁ。······お前の引き抜き、頼まれてんだ。頼む! ほんと、一度だけ」

 竹岡は悪いやつじゃない。
 どちらかと言うといつも僕の立場を尊重してくれて、お陰でクラスの男子との摩擦も起きない。
 言ってしまえば今回のこともその一環なんだろう。ここは竹岡に恩を返すつもりで参加することにした。



 体育館は熱気に包まれていた。
 まったく知らなかったけど、男子だけじゃなく、その男子を見にきた女子も少なくなかった。
 今日も今井はしっかりコートを押さえたらしく、クラスの男子数名がパスやシュートの練習をしていた。
 チームなんだな、と思ったら入りづらくなって教室に戻りたくなった。そこを今井に引きとめられる。

「藤沢ぁ、どこ行くんだよ? 今日くらい付き合えよ。せっかくここまで来ちゃったんだからさぁ」
「でも僕は皆が期待してるようなプレイはできないよ」
「なに言ってんだよ。いいよ、この際、ゴールポスト前で壁になってくれるだけでも」

 ため息が出そうになって危うく飲み込む。時には付き合いも大切だ。友人を増やすことも意味があるだろう。
 ネクタイを外して竹岡に預けた。

 女の子の中には片品もいて、彼女らしく「行けー!」と叫んでいた。勇ましいことだ。彼女ならこのチームに入ってもやっていけるんじゃないかと思うと、思わず笑いがこぼれた。

 相手チームがやって来た。
 要するに二番目にコートを押さえたクラスの有志。知ってる顔なんてないだろうとチラッと視線を流すと、そこには洋がいた。

 洋は小脇にボールを抱えて、チームでなにか話し合っていた。恐らく作戦を練っていたんだろう。
 僕を指さす。
 ほかの男子たちが一斉にこっちを向く。ちょっと怖いな、と思いながら知らない顔をしてドリブルをする。

 懐かしい、バスケットボールの感触。
 指を広げて、両手でボールを持つ。
 比較的ゴールに近いところにいたので、試しに狙いを定める。自分のシュート率は自分が一番よく知っているので過信はしない。

 ⋯⋯ところが久しぶりに放ったそのボールはリングに当たることもなく、吸い込まれるようにネットを通り抜けた。
 沈黙と喧騒。キャーっという女の子の声に驚いて立ち竦む。
 なんだか嫌な空気だ。たまたま入っただけなのに。

「うぉー! すげぇ、藤沢。お前、マジ上手いのな。あれ、どうやんの? すげぇ、お前のフォーム、プロみたいだよ。今度教えてくれよ」
「いや、シュート率低いんだよ、たまたまで」
「だってM中のレギュラーだったんだろう? 俺はバスケ部じゃなかったから付き合いでしか試合見たことないけど、すげぇよ。ほんとすげぇ」
「違うよ、レギュラーだったけどスタメンじゃなかったから」
 すげぇ、がそのままでは何回続くのかわからなかった。

 C組の方を見ると、それぞれが別々のことをしてウォームアップしていた。
 洋はその中で一際小さく、小さい体で緩い弧を描くようにゆっくり、ドリブルシュートをした。
 基本に忠実な、堅実なシュート。

 洋が授業以外でバスケットボールを持つのを久しぶりに見た。身長にまだそれほど差がなかった頃、僕たちは同じクラブチームに所属していた。
 うちのクラスではない、C組の女の子の中に、その時、理央を見つけた。見間違いではない。理央は洋の姿を目で追っていた。