片品の語るそのエピソードは僕の心を大きく揺さぶった。
中学の時から理央が僕を知っていたなんて、思ったこともなかった。理央は去年から同じクラスになってこれまで、僕のことをどう思っていたんだろう?
それはわからない。
彼女が僕を見た時、どんな顔をしてた?
いつも通り、少し縮こまって······その黒い目はどこを見ていたのだろう?
「疑ってる? 写真もあるんだよ」
ほら······と言いながらスマホを取り出してたくさんの写真をスライドしていく。
だるまさんがころんだの時のように、息を潜めてその証拠を待つ。
片品の、するすると画面を滑っていた指がピタッと止まった。
見つかったのかな、と覗き込もうとすると、片品はいきなり電源を切った。黒く切り取られた画面は目の前から消えていく。
「ごめん! やっぱダメ! ほんとごめん!」
「いや、別にいいけど」
「わたしから言い出したのに、ほんとにごめん!」
彼女は恐縮しまくって、スマホはスカートのポケットにしまってしまった。
「僕は気にしてないから」
「······」
大きく開いた目で、僕の顔をじっと見つめた。神様に祝福された造形物だな、と改めてその顔を見つめ返す。
片品は僕の手首を握って、上向きに手を開かせた。
その上に、裏向きにしたスマホを乗せた。
「笑わない?」
「笑わないけどさ、無理に見せなくてもいいんだよ」
「あのね」
スマホをそっと持ち上げて、写真を真面目な顔で見た。
「これで許して」
バスケをやっていたという彼女の指に、その痕跡はまるでなかった。
白くて細長いその指先には薄らパールが光るマニュキアが塗ってあるようだった。
形の良い爪は、白い砂浜で見つけた小さな貝殻のようだ。
その中の一本が、画面の中の一人を隠す。不審に思って顔を上げた。
見下ろした顔は真っ赤になっていて、こんなに綺麗な女の子を真っ赤にしてしまったことに戸惑う。どうすればいいんだろう、と困る。
「あの、聞いたことあると思うけど、わたしの髪、不自然にストレートでしょう?」
「似合ってると思うけど」
彼女は僕のことを強く睨んだ。
「そういうこと言わないでほしいんだけど。心臓止まる! ······これね、ストレートパーマなんだよ」
しゅん、と音がしたような気がした。花が萎む時、きっとこんな音がするんだろう。
「わたし、本当はすごいくせっ毛でいつも髪をぎゅっと結んでないと大変なことになっちゃうくらいで。それでずっと悩んでたんだけど······思い切って高校デビューしちゃったんだよね。だからこの髪は偽物。それに、近寄ってくれるとわかると思うんだけど、顔も肌がキレイに見えるパウダーのせてて、爪にも目立たないマニキュアつけてて」
そこで彼女ははーっと、今まできっと胸に溜めていたため息をついた。
「だから、写真の本物のわたし、見せたくない」
なんて言っていいのかわからなかった。
変身願望、のようなものが彼女の中にあるってことか? いや、女の子の中に多分普通にある「綺麗になりたい」願望なんじゃないかな。
だとしたら、べつに彼女におかしなところはなにもない。
「構わないよ。見せたくなければそれでいいし、もし見せてくれたら僕と君は対等になる。だって君は僕の中学時代を知ってるんでしょう?」
「······」
片品は僕を見上げて、ぼーっとした顔をした。
まるで僕の中のなにかを試すかのようだった。
もう彼女のバス停に着いて、バスはロータリーをゆっくり回って入ってくるところだった。
彼女の白い頬が、キラッとささやかに光ったような気がした。ああ、これがそのパウダーの効果なんだな、と考えた。
もし触れたら、サラッとしているんだろうか。
まだ残暑がのこる中、彼女の額には汗ひとつ見て取れなかった。
バスがいよいよバス停前に重い音を立てて停車して、少し乱暴にドアが開く。流れてくる電子音声が早く乗車することを促している。
後ろに並んだ人が、こっちを気にする。
僕は彼女の肩を押した。
「ほら、後ろの人、乗れないよ」
彼女は振り向きがちに僕をもう一度見て、バスのステップに足をかけた。
彼女のバスがロータリーを出て行くのを僕は見守って、ゆっくり歩き出した。
片品聡子にそんなコンプレックスがあったなんて誰が知ってる?
女の子たちの間では有名なんだろうか?
『高校デビュー』と自分では言っていた。
確かに化粧やパーマは禁止されていたけれど、上手にやってる子は学校で問われても上手くスルーしているようだった。
片品も今までスルーしてきたということか。
――その事実を知っても、僕は彼女を嫌いにはなれなかった。
それより、あんなに小さな理央をバスケ部に勧誘してしまう、その力を持った彼女を尊敬した。
それは今も昔も変わらず彼女が魅力的だった証拠だろう。
外見が良ければ良いほど、目が眩んでしまって見えないものがあるのかもしれない。
少なくとも、僕の知っている片品が何人もいるとは思えなかった。
中学の時から理央が僕を知っていたなんて、思ったこともなかった。理央は去年から同じクラスになってこれまで、僕のことをどう思っていたんだろう?
それはわからない。
彼女が僕を見た時、どんな顔をしてた?
いつも通り、少し縮こまって······その黒い目はどこを見ていたのだろう?
「疑ってる? 写真もあるんだよ」
ほら······と言いながらスマホを取り出してたくさんの写真をスライドしていく。
だるまさんがころんだの時のように、息を潜めてその証拠を待つ。
片品の、するすると画面を滑っていた指がピタッと止まった。
見つかったのかな、と覗き込もうとすると、片品はいきなり電源を切った。黒く切り取られた画面は目の前から消えていく。
「ごめん! やっぱダメ! ほんとごめん!」
「いや、別にいいけど」
「わたしから言い出したのに、ほんとにごめん!」
彼女は恐縮しまくって、スマホはスカートのポケットにしまってしまった。
「僕は気にしてないから」
「······」
大きく開いた目で、僕の顔をじっと見つめた。神様に祝福された造形物だな、と改めてその顔を見つめ返す。
片品は僕の手首を握って、上向きに手を開かせた。
その上に、裏向きにしたスマホを乗せた。
「笑わない?」
「笑わないけどさ、無理に見せなくてもいいんだよ」
「あのね」
スマホをそっと持ち上げて、写真を真面目な顔で見た。
「これで許して」
バスケをやっていたという彼女の指に、その痕跡はまるでなかった。
白くて細長いその指先には薄らパールが光るマニュキアが塗ってあるようだった。
形の良い爪は、白い砂浜で見つけた小さな貝殻のようだ。
その中の一本が、画面の中の一人を隠す。不審に思って顔を上げた。
見下ろした顔は真っ赤になっていて、こんなに綺麗な女の子を真っ赤にしてしまったことに戸惑う。どうすればいいんだろう、と困る。
「あの、聞いたことあると思うけど、わたしの髪、不自然にストレートでしょう?」
「似合ってると思うけど」
彼女は僕のことを強く睨んだ。
「そういうこと言わないでほしいんだけど。心臓止まる! ······これね、ストレートパーマなんだよ」
しゅん、と音がしたような気がした。花が萎む時、きっとこんな音がするんだろう。
「わたし、本当はすごいくせっ毛でいつも髪をぎゅっと結んでないと大変なことになっちゃうくらいで。それでずっと悩んでたんだけど······思い切って高校デビューしちゃったんだよね。だからこの髪は偽物。それに、近寄ってくれるとわかると思うんだけど、顔も肌がキレイに見えるパウダーのせてて、爪にも目立たないマニキュアつけてて」
そこで彼女ははーっと、今まできっと胸に溜めていたため息をついた。
「だから、写真の本物のわたし、見せたくない」
なんて言っていいのかわからなかった。
変身願望、のようなものが彼女の中にあるってことか? いや、女の子の中に多分普通にある「綺麗になりたい」願望なんじゃないかな。
だとしたら、べつに彼女におかしなところはなにもない。
「構わないよ。見せたくなければそれでいいし、もし見せてくれたら僕と君は対等になる。だって君は僕の中学時代を知ってるんでしょう?」
「······」
片品は僕を見上げて、ぼーっとした顔をした。
まるで僕の中のなにかを試すかのようだった。
もう彼女のバス停に着いて、バスはロータリーをゆっくり回って入ってくるところだった。
彼女の白い頬が、キラッとささやかに光ったような気がした。ああ、これがそのパウダーの効果なんだな、と考えた。
もし触れたら、サラッとしているんだろうか。
まだ残暑がのこる中、彼女の額には汗ひとつ見て取れなかった。
バスがいよいよバス停前に重い音を立てて停車して、少し乱暴にドアが開く。流れてくる電子音声が早く乗車することを促している。
後ろに並んだ人が、こっちを気にする。
僕は彼女の肩を押した。
「ほら、後ろの人、乗れないよ」
彼女は振り向きがちに僕をもう一度見て、バスのステップに足をかけた。
彼女のバスがロータリーを出て行くのを僕は見守って、ゆっくり歩き出した。
片品聡子にそんなコンプレックスがあったなんて誰が知ってる?
女の子たちの間では有名なんだろうか?
『高校デビュー』と自分では言っていた。
確かに化粧やパーマは禁止されていたけれど、上手にやってる子は学校で問われても上手くスルーしているようだった。
片品も今までスルーしてきたということか。
――その事実を知っても、僕は彼女を嫌いにはなれなかった。
それより、あんなに小さな理央をバスケ部に勧誘してしまう、その力を持った彼女を尊敬した。
それは今も昔も変わらず彼女が魅力的だった証拠だろう。
外見が良ければ良いほど、目が眩んでしまって見えないものがあるのかもしれない。
少なくとも、僕の知っている片品が何人もいるとは思えなかった。