掃除当番は一週間続く。
 洋と理央が帰っていくのを横目で見ている。靴を出す理央とたまに目が合う。ドキッとする。
 下駄箱の裏側から出てきて遅れて気がついた洋がデカい声で「じゃあな、がんばれよ」なんてお節介なことを言いながら、二人は消えていく。

 昇降口の三和土《たたき》を箒で掃きながら、つまんねーな、と思う。でも普通に考えてみれば、付き合ってる二人と一緒に登下校している方が異常とも言えるけど。

 もし僕らが三角形だとしたら、すごく尖った二等辺三角形になるのかもしれない。
 僕だけが途方もない遠くに点を取って。
 どんどん先に離れていくと、遥か遠くに二人を結ぶ直線が見える。
 離れれば離れるほど、その直線は短く見えてくる。僕が無限遠に行った時、二つの点は限りなく近づく。近似値的には一つの点に重なるわけだ。

 バカみたいなことばかり考えている。
 誰だ、無限大《インフィニティ》なんて考えたやつは。襟首を掴んで、殴り飛ばしてやりたい。

 片品はまたくたびれた、黴の臭いがしそうな雑巾を持って、古い下駄箱と足元のすのこを水拭きしている。
 ほかの女子はと言うと、お喋りしながら昇降口の上がりで砂を集めている。ちりとりに砂を全部入れようとして、いつまでも舞い散る砂に笑い声を上げている。

 担当の教師がやって来て注意するけれど、どこからか冗談話になったらしく、新婚だという生物の教師は女子たちから攻められてたじたじだ。
 そんなことは自分には関係ないと言うばかりに、片品は脇目も振らず手を動かしている。

 今どき珍しいと言うか。
 ほかの子たちに迎合しなくて教室でやって行けるのかな、と余計な心配をする。
 けど、彼女は教室でも上手く立ち回っている。

 とにかくお喋りな子、オシャレに夢中な子、しょっちゅう彼氏が変わると有名な子とも上手く付き合って、話題の中心になっているもんだと思っていた。
 片品は僕が考えていた子とは少し違うようだ。
 話の中心になってほかの子たちの話の流れを交通整理しているような、そんな存在らしい。

 だから皆は片品を尊重するし、一方、片品の邪魔もしない。
 そんな彼女が自分のことをどう思っているのか僕は知らない。
 どう思われているのか気にならないのかなと思う。
 まだよく知らない人だけど。

 僕が箒を片付けてる間、片品は昨日と同じ壁にもたれて待っていたようだった。
 正直、驚いたし、少し引いた。
 女の子からそんな積極的なアプローチをされた経験がない。

「終わった?」
「うん。もしかして待ってた?」
「今日も帰り、一人でしょう?」
 そう言われてはなにも言えない。
 片品の脇に立てかけられた僕のカバンを取りに行く。彼女はさっと避けて、見ていたスマホをしまった。
「ずっと掃除当番ならいいのに」
 そればっかりはお断りだ。



 昨日と同じく、特に気の利いた話もなく僕たちは歩き続けた。
 片品は駅前のバス停でバスに乗る。
 洋がいつも予備校に行く時に使う駅だ。
 そこまで、なんとなく話していく。

「それでね、うちの女子バスケ部は弱小だったわけなんだけど、すぐに会場を出ないの」
「なんで? 早く帰りたくないの?」
 片品はにこっと悪戯っぽく笑った。表情が豊かだ。
「次の大会のためにもほかの試合を見て勉強しようって言ってね、最終戦まで残るの。男バスの最終戦」

 は、という顔をしていたと思う。
 なぜならその男バス部というのは僕たちのチームだったからだ。

 なんと言っていいのかわからない恥ずかしさに襲われる。
 なにしろ僕は背が高いのが買われただけでレギュラー入りしてたし、それを毎回見られてたと思うと微妙な気持ちになった。
 他人の見本になるようなことはなにもした覚えはないし、教えられることもなかった。

「ふふ、そんなこと聞いても戸惑うよね? でもわたしはずっとそんな風に藤沢くんのことを見てきたわけよ。入学してからずーっと!」
「なんか狡いな。先に知ってたなんて」
「わたしは同じクラスになって本当にツイてると思ったの。どうやって近づいたらいいか考えすぎちゃって、もう二学期じゃんね。笑える」

 彼女はひとしきり笑った。
 こうしてさっぱりしているところが彼女の美徳だった。見た目に目が行きがちだけど、彼女もほかの女の子と中身はあまり変わらないことにホッとした。

「ひょっとして、内緒にしてるんじゃない?」
「なにを?」
 前から来た自転車から彼女を庇おうと、一歩前に出た時だった。

「理央もわたしと同じ、バスケ部だったんだよ」

 一瞬、言われたことが理解できなくて時間が止まる。自転車が、急に止まった僕にベルを鳴らして通り過ぎた。
「正確にはマネージャーなんだけどね。やっぱり知らなかったんだ。あの子、根が暗いとかはないんだけど、恥ずかしがりだからね」

 両手で顔を覆うところだった。片品を見ていた顔を、正面に戻す。きっと耳まで赤い。恥ずかしい。
 ということは理央はずっと僕を知っていた?

「友だちのね、忘れ物を持ってある日、練習中に体育館に来たわけ。そしたら『羨ましい』って言うから、『入部すればいいのに』って言ったの」
 あの理央の小ささがわかっていてバスケ部に誘う片品を、ある意味尊敬した。分け隔てのない彼女がそれこそ羨ましい。

「だって背が低いからってバスケやっちゃいけない決まりはないでしょう? それに、どうせうちは弱小よ。楽しんでなんぼだもん。そしたら運動は苦手だとか言い出したから『じゃあマネージャーね』って」