「こほん、まあ、僕の妻となる方に小芝居は通用しませんよね」

「…………」


 声質は爽やかな好青年風を保ったまま。

 もちろん良い人風の笑顔も、そのまま。

 けれど、一瞬にして空気が変わったと思った。


「スフレイン家は、魔法を授からなかった無能者の方がほとんどですよね」

「祖父母以外は……残念ながら」


 冴えないような印象を与えていた口調はどこへやら。


「僕は、魔法を使うことができます」

「だから、私の財産を奪うつもりですか?」

「奪う? そんなつもりはありませんよ」

「そんなつもりはなくても、シルヴィン様が欲しいものは魔法図書館ただそれだけということですよね!」


 私と言葉を交わすシルヴィン様は狙った獲物は逃がさないといった雰囲気を醸し出しながら、まるで交渉人のように言葉を巧みに操ってくる。


「愛のないところから生まれる絆もありますよ?」

「それは政略結婚の話ですよね!」


 私の婚約者になる人は、昔から相変わらず性格が悪い。

 優しく接してくれるのは始めだけで、私になんらかしらの不都合が生じると私のことを信じることなく婚約破棄。

 それが、いつもの展開。

 それが、いつも通りの私の人生。


「……住むところがなくなるので、魔法図書館をあげることはできません」

「僕はローレリア様と一緒に、魔法図書館の栄光を取り戻したいだけです」

「私は魔法を使うことができません」

「それを知っているからこそ、僕がお手伝いに参りました」


 会話の流れだけを振り返ると、悪いのは私なのかなって思い始める。

 まるで、駄々をこねる子ども。

 婚約者の話を聞き入れない、わがまま令嬢。


「やっぱり……帰ってください……」


 今までは婚約破棄される側だったけれど、今度の人生では私の方から婚約破棄を願い出たい。

 でも、正当な理由なしの婚約破棄を彼が応じてくれるわけがない。


「シルヴィン様が出て行かないのなら、私が出て行きます!」


 今朝目覚めたときは、こんな最悪な1日を迎えることになるなんて思ってもみなかった。


「はぁ……」


 何かしら婚約破棄するための理由を考えてはみるものの、碌な人生を歩んでこられなかった私は自分が罪を重ねること以外の婚約破棄理由を思いつかない。


「って、追いかけても来ない!」


 慣れ親しんだ森の奥深くへと足を踏み入れたはいいけれど、シルヴィン様が私を追いかけてくる気配は微塵も感じられない。


(やっぱり魔法図書館だけが目当て……)


 これじゃあ、体目当てで結婚しましょうと言われているようなもの。

 正確には違うけど……。