「紗南〜。急に立ち止まってどうしたの？ 時間がないから早く教室に戻ろう」

「あ、うん……」



今さっきまで菜乃花の腕を引いていたはずが、心狂わされているうちに立場が逆転していた。
諦めをつけて集団から目を外して教室に戻ろうと後ろを向いた瞬間……。

背中から《For you》の鼻歌が飛び込んできた。



「セイくっ……」



心が引き留められたと同時に振り向きざまに名前を叫んだが……。
閉まり行く視聴覚室の扉に、あと少しの声が届かなかった。


ゆっくりと閉ざされていく扉は、まるで今の距離感のよう。
芸能科の彼と普通科の私の関係が、ここまでなんだと知らしめているかのように……。



もしかして、いま私に向けて鼻歌を歌ったのかな。
もしそうだとしたら、セイくんは既に私の顔を……。



会えそうで会えないもどかしさがキュッと胸を締め付けた。
一方の視聴覚室に入ったばかりのセイは、紗南に会えた満足感でフッと砕けた笑みを浮かべた。



「やっぱ、あいつ紗南じゃん」

「……え、紗南って？」


「んー、ひとり言」



友達の頭の隙間から成長した紗南の姿を見たばかりのセイは、胸を熱くしながら紗南に会えた喜びを深く噛み締めていた。