*
夢を見た。
私は紫のワンピースのようなものを着ていた。編み込んだ髪を黄色いヴェールで覆い、松明の灯された道を行く。
夢のなかで、私はこれが結婚式だと理解していた。純白のウエディングドレスとは程遠い恰好をしているのに、自分が花嫁だと理解していた。
麗しい音楽をバックにスミレの花が投げられ、私が歩んでいくその先に花婿がいた。
ヴェールが邪魔をして、白い衣装の花婿の顔が見えない。
部屋に通され、私は花婿と二人っきりになった。花婿はゆっくりと私に近づくと、ヴェールを手にする。
ヴェールが払いのけられ、私が見た花婿は――
――――!!
目を覚ました私は、喉から出かかった悲鳴を必死で飲み込んだ。
胸を突き破って出てくるんじゃないかと早鐘を打つ胸を押さえて、私は布団から状態を起こす。
目を覚ました私が見たのは、幸夜くんのドアップだった。
まつ毛の色も髪と同じ明るい色で、マスカラつけた私よりもボリュームがあった気がする。
お目覚め早々、本数まで数えられそうな距離で幸夜くんの華やかな顔を見るのは心臓に悪い。
心臓が落ち着くと、今度はため息が出た。
私の布団の左隣にぴったりと自分の布団を寄せて、幸夜くんが眠っている。
反対側を見れば、同じように布団を寄せて咲仁くんが眠っている。
幸夜くんは私に顔を向けて布団を首まで埋もれて丸くなっている。私の布団に侵入こそしてないけど、敷布団ぎりぎりの端っこまで寄ってきていた。ほんと、顔が触れそうな距離でドキドキした。
咲仁くんは――よくわからなかった。たぶんそこにはいるんだろうけど、うつ伏せで頭の上まで布団をかぶっていて髪の毛が辛うじて見えているだけ。長い脚が反対側からはみ出していた。
私のベッドで川の字になるよりはマシだからと、リビングに布団を三枚敷き詰めて川の字になったけど、それでも安眠にはほど遠いみたいだった。
私は大きなあくびをすると、二人が起きる前にと布団を抜け出した。
あくびを噛み殺しながら洗面所に向かう。クマこそ出来てないけど、鏡のなかの私は酷い顔をしていた。死相じゃないけど、疲れてますって感じ。
まずは歯磨きと鏡の中の自分から目を逸らして、歯磨き粉とチューブを手に取る。
前にいつメンと朝食の前に歯磨きするか後にするかって論争になったことがある。
私と花と栞里は朝食前、芽依と正美は朝食後だった。寝起きの粘着きが気になるし、寝起きの口内は菌が凄いって聞いたことがある。学校に歯ブラシ持って行ってないしごはん直後の歯磨き習慣はなかったけど、芽依の正美に言われてから家ではうがい、外ではお茶を飲んで締めるようになった。
そんなことを考えながら歯磨きを終えて口をゆすいでいると、鏡に映る自分の後ろに人影が現れた。咲仁くんだ。
「はよ……」
寝起き不機嫌タイプなのか、眉間にシワを寄せて険しい顔をしている。寝るときはマスクを外していたから、今もつけていない。
布団は頭まで被っていたし、咲仁くんの素顔をしっかり見るのはこれが初めてかもしれない。
幸夜くんと同じ顔なのに、髪の色とか表情のせいなのか全然違う。
人懐っこい幸夜くんと違って、人を寄せ付けまいとピリッとした空気を感じる。
夜って漢字が名前に入っているのは幸夜くんの方なのに、咲仁くんの方が夜みたい。冷たい銀色の三日月の爪を研ぐ夜。
ドキドキして、鏡越しなのに顔をよく見れない。
「おはよう」
そう返すだけで精いっぱいだった。
口をゆすぎ終わった私と入れ違いに洗面台に立つ咲仁くんは歯ブラシを手に取っていた。
私と同じ、寝起き歯磨きタイプなんだと思うと、なんだか嬉しかった。
「なに?」
私の視線に気づいた咲仁くんが、私を振り返った。
「べ、別に……」
別に、みんなと話すみたいに寝起き歯磨き派なんだねとか、軽く言えばいいだけなのに。なのに、上手く言葉が出なかった。
「あの……」
でも、私には咲仁くんに言わなきゃいけないことがあった。
雑談よりも、大切なこと。
「助けてくれて、ありがとう」
降ってきた植木鉢から、腕を引いて助けてくれたこと。まだちゃんとお礼言ってなかったから。
抱きしめられるような形になったことを思い出して、きっと赤くなってる。
でも、咲仁くんの目を真っ直ぐに見て言えた。
咲仁くんの眉間のシワと口元が緩む。
「どういたしまして」
初めて見た、咲仁くんの笑顔だった。
「でも、私のことどんくさいって言ったでしょ! ちゃんと聞いてたんだからね」
その笑顔に、余計に顔に熱が上がる気がして、それを誤魔化すように文句も言う。
これも、忘れちゃいけない大切な話。あの時は植木鉢が落ちてきたショックで反論できなかったけど、こういうことはちゃんと言っとかなくちゃ。
「はいはい」
咲仁くんの口元は緩んだまま。軽くあしらわれてしまう。
最初はインターフォン越しだけど丁寧に謝罪してくれたのに。
「なんか、印象が違う……もっと礼儀正しい人かと思ってたのに」
「そりゃ、最初はな。幸夜がいきなりキスして、俺も態度悪かったら、最悪警察沙汰だろ」
私がぼやくと、咲仁くんはそう言う。最初は、猫を被っていただけってこと。
咲仁くんは相変わらずセキをしていて、右の肋骨辺りを押さえていた。私から興味をなくしたみたいに、洗面台に向き合う咲仁くんに、私も洗面所を出る。
咲仁くんは病弱っぽいのに、ちょっと俺様っぽい感じもする。
「わっ」
咲仁くんを気にしながら出たから、前方不注意だった。私は誰かに――幸夜くんしかいないんだけど――にぶつかってしまった。
「珠子ちゃん! 珠子ちゃんの方から僕の胸に飛び込んできてくれるなんて嬉しいなぁ!」
幸夜くんの胸にぶつかった私は、そのまま満面の笑顔で抱きしめられてしまう。
幸夜くんのこの笑顔。私はちょっと疑ってる。人懐っこい、人好きするように、わざと作られた計算高さを感じている。
こんなこと考えるなんて失礼だってわかってるけど、幸夜くんは天然に見せかけた腹黒さがある気がする。
「過度なスキンシップは禁止です!」
でも、だからこそ幸夜くんには咲仁くんほど緊張しないでいろいろ言える気がした。幸夜くんの手を振りほどこうと暴れても、幸夜くんの力は強かった。
病弱俺様、天然腹黒。イケメン双子兄弟と平凡な私との日々が始まる。
夢を見た。
私は紫のワンピースのようなものを着ていた。編み込んだ髪を黄色いヴェールで覆い、松明の灯された道を行く。
夢のなかで、私はこれが結婚式だと理解していた。純白のウエディングドレスとは程遠い恰好をしているのに、自分が花嫁だと理解していた。
麗しい音楽をバックにスミレの花が投げられ、私が歩んでいくその先に花婿がいた。
ヴェールが邪魔をして、白い衣装の花婿の顔が見えない。
部屋に通され、私は花婿と二人っきりになった。花婿はゆっくりと私に近づくと、ヴェールを手にする。
ヴェールが払いのけられ、私が見た花婿は――
――――!!
目を覚ました私は、喉から出かかった悲鳴を必死で飲み込んだ。
胸を突き破って出てくるんじゃないかと早鐘を打つ胸を押さえて、私は布団から状態を起こす。
目を覚ました私が見たのは、幸夜くんのドアップだった。
まつ毛の色も髪と同じ明るい色で、マスカラつけた私よりもボリュームがあった気がする。
お目覚め早々、本数まで数えられそうな距離で幸夜くんの華やかな顔を見るのは心臓に悪い。
心臓が落ち着くと、今度はため息が出た。
私の布団の左隣にぴったりと自分の布団を寄せて、幸夜くんが眠っている。
反対側を見れば、同じように布団を寄せて咲仁くんが眠っている。
幸夜くんは私に顔を向けて布団を首まで埋もれて丸くなっている。私の布団に侵入こそしてないけど、敷布団ぎりぎりの端っこまで寄ってきていた。ほんと、顔が触れそうな距離でドキドキした。
咲仁くんは――よくわからなかった。たぶんそこにはいるんだろうけど、うつ伏せで頭の上まで布団をかぶっていて髪の毛が辛うじて見えているだけ。長い脚が反対側からはみ出していた。
私のベッドで川の字になるよりはマシだからと、リビングに布団を三枚敷き詰めて川の字になったけど、それでも安眠にはほど遠いみたいだった。
私は大きなあくびをすると、二人が起きる前にと布団を抜け出した。
あくびを噛み殺しながら洗面所に向かう。クマこそ出来てないけど、鏡のなかの私は酷い顔をしていた。死相じゃないけど、疲れてますって感じ。
まずは歯磨きと鏡の中の自分から目を逸らして、歯磨き粉とチューブを手に取る。
前にいつメンと朝食の前に歯磨きするか後にするかって論争になったことがある。
私と花と栞里は朝食前、芽依と正美は朝食後だった。寝起きの粘着きが気になるし、寝起きの口内は菌が凄いって聞いたことがある。学校に歯ブラシ持って行ってないしごはん直後の歯磨き習慣はなかったけど、芽依の正美に言われてから家ではうがい、外ではお茶を飲んで締めるようになった。
そんなことを考えながら歯磨きを終えて口をゆすいでいると、鏡に映る自分の後ろに人影が現れた。咲仁くんだ。
「はよ……」
寝起き不機嫌タイプなのか、眉間にシワを寄せて険しい顔をしている。寝るときはマスクを外していたから、今もつけていない。
布団は頭まで被っていたし、咲仁くんの素顔をしっかり見るのはこれが初めてかもしれない。
幸夜くんと同じ顔なのに、髪の色とか表情のせいなのか全然違う。
人懐っこい幸夜くんと違って、人を寄せ付けまいとピリッとした空気を感じる。
夜って漢字が名前に入っているのは幸夜くんの方なのに、咲仁くんの方が夜みたい。冷たい銀色の三日月の爪を研ぐ夜。
ドキドキして、鏡越しなのに顔をよく見れない。
「おはよう」
そう返すだけで精いっぱいだった。
口をゆすぎ終わった私と入れ違いに洗面台に立つ咲仁くんは歯ブラシを手に取っていた。
私と同じ、寝起き歯磨きタイプなんだと思うと、なんだか嬉しかった。
「なに?」
私の視線に気づいた咲仁くんが、私を振り返った。
「べ、別に……」
別に、みんなと話すみたいに寝起き歯磨き派なんだねとか、軽く言えばいいだけなのに。なのに、上手く言葉が出なかった。
「あの……」
でも、私には咲仁くんに言わなきゃいけないことがあった。
雑談よりも、大切なこと。
「助けてくれて、ありがとう」
降ってきた植木鉢から、腕を引いて助けてくれたこと。まだちゃんとお礼言ってなかったから。
抱きしめられるような形になったことを思い出して、きっと赤くなってる。
でも、咲仁くんの目を真っ直ぐに見て言えた。
咲仁くんの眉間のシワと口元が緩む。
「どういたしまして」
初めて見た、咲仁くんの笑顔だった。
「でも、私のことどんくさいって言ったでしょ! ちゃんと聞いてたんだからね」
その笑顔に、余計に顔に熱が上がる気がして、それを誤魔化すように文句も言う。
これも、忘れちゃいけない大切な話。あの時は植木鉢が落ちてきたショックで反論できなかったけど、こういうことはちゃんと言っとかなくちゃ。
「はいはい」
咲仁くんの口元は緩んだまま。軽くあしらわれてしまう。
最初はインターフォン越しだけど丁寧に謝罪してくれたのに。
「なんか、印象が違う……もっと礼儀正しい人かと思ってたのに」
「そりゃ、最初はな。幸夜がいきなりキスして、俺も態度悪かったら、最悪警察沙汰だろ」
私がぼやくと、咲仁くんはそう言う。最初は、猫を被っていただけってこと。
咲仁くんは相変わらずセキをしていて、右の肋骨辺りを押さえていた。私から興味をなくしたみたいに、洗面台に向き合う咲仁くんに、私も洗面所を出る。
咲仁くんは病弱っぽいのに、ちょっと俺様っぽい感じもする。
「わっ」
咲仁くんを気にしながら出たから、前方不注意だった。私は誰かに――幸夜くんしかいないんだけど――にぶつかってしまった。
「珠子ちゃん! 珠子ちゃんの方から僕の胸に飛び込んできてくれるなんて嬉しいなぁ!」
幸夜くんの胸にぶつかった私は、そのまま満面の笑顔で抱きしめられてしまう。
幸夜くんのこの笑顔。私はちょっと疑ってる。人懐っこい、人好きするように、わざと作られた計算高さを感じている。
こんなこと考えるなんて失礼だってわかってるけど、幸夜くんは天然に見せかけた腹黒さがある気がする。
「過度なスキンシップは禁止です!」
でも、だからこそ幸夜くんには咲仁くんほど緊張しないでいろいろ言える気がした。幸夜くんの手を振りほどこうと暴れても、幸夜くんの力は強かった。
病弱俺様、天然腹黒。イケメン双子兄弟と平凡な私との日々が始まる。