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 パパに文句の電話を掛けるはずだったけど、パパは電話に出なかった。仕方なく留守番電話に恨みつらみを残しておいたけど、たぶん折り返しはないだろうな。電話に出ないってことは忙しいってことだし、言いたいことを言いたかっただけで、パパの返事も期待していない。どうせ私が何を言っても変わらないだろうなって、そんな予感がした。

 とりあえず、お風呂場にカギがついていることに感謝しながらシャワーを浴びた。

 脱衣所にもカギをかけたまま髪を乾かしてパジャマに着替える。なんとなくお風呂上りに会いたくなくて、脱衣所を出るときに廊下に誰もいないことを確認して、ささっと自分の部屋へ――

「なんでいるのよ!」

 警戒したことになんの意味もなかった。

 部屋に入った私が見たのは、私のベッドでくつろぐ咲仁くんだった。

 いつものマスク姿にスマートフォンを持って耳にイヤフォンを差して、仰向けに寝転がっている。

「音楽聞いてるから、静かにしろ」

 私の方を見向きもしないで、スマホの画面を見ている咲仁くん。ここ、私の部屋だよね!? 二人は客間に荷物を運んでもらったのに!

「私のベッドなんだけど!」

「知ってる」

「勝手に使わないで!」

 詰め寄っても、咲仁くんはどこ吹く風。スマホの画面を手で押さえて隠すと、ようやく私の方を見た。

「仕方がないだろ、明日にならないと俺たちのベッドは届かないんだ」

 至近距離で目が合って、ひるんでしまう。

 幸夜くんのグレーの瞳とはまるで違う、赤と言ってもいいような茶色の瞳。ガラス玉みたいな目に見られて、心臓が止まりそうになる。

「そんなの、私には関係ない……」

 それでも言うことは言わなくっちゃと、声を絞り出す。

「私が寝れないじゃない」

 ベッドがないっていっても、お客さん用の布団はあるし二人が寝れないわけじゃない。外国暮らしでベッドじゃないと落ち着かないのかもしれないけど、私が譲ってあげる必要なんてないと思う。

「それもそうだな」

 納得してくれたかと思ってホッとしたのも束の間、ベッドからどいてくれるかと思った咲仁くんは端に寄っただけだった。

「どうぞ」

 そして自分の隣に空いたスペースを私に示す。

「そ……」

 添い寝しろってこと!? と私が叫ぼうとした瞬間、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

「珠子ちゃーん! 一緒に寝よう!」

 振り向かなくても誰かわかったけど、振り向くと枕を持った幸夜くんが満面の笑顔で立っていた。

「ちょっと兄さん! そこ珠子ちゃんのベッドでしょ!? なにしてんの!」

 私に向けていた笑顔が咲仁くんに気づくと引っ込む。

「珠子ちゃんは僕の婚約者なんだからね! 珠子ちゃんは僕と一緒に寝るの!」

 私と咲仁くんの間に割って入って、スマホをつかんでいた私の手を握って背中にかばわれる。

「来ると思った」

 咲仁くんはこれ見よがしにため息をついて、スマホを見ながら幸夜くんに背を向ける。

 そんな咲仁くんに噛みつく幸夜くんの声を聞きながら、私もため息が出た。部屋にもカギつけなきゃ。