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 そうこうしているうちにお昼休み。
 チャイムの音が鳴りやむよりも先に、机の上にランチバッグが置かれた。

「これ、珠子ちゃんの分ね!」

 私が顔を上げると、幸夜くんがニッコリ笑っていた。

「昨日、売店行ってたでしょ?」

「お弁当まで作ってくれてたの!?」

「料理男子ってモテるらしいじゃん。アピールアピール」

 朝食のみならず……
 私が目を丸くしていると、幸夜くんと咲仁くんが自分たちの机と私の机を動かして島にしてしまう。
 また勝手にこんなことと思ってしまうけど、手に取ったランチバックの重みが文句を言うのをはばからせる。

 正直、ちょっと嬉しい。
 朝から自分のためだけに料理をする気になんてならないから朝はいつもトーストで、お昼はいつも売店のパンだった。

 幸夜くんと咲仁くんの前にもお弁当が並んで、私はお弁当の蓋を開ける。
 思わず感嘆の声がもれた。

「わあっ、凄い!」

 キャラ弁だった。
 おにぎりはクマの形。斜め半分に切られた卵焼きはハートの形になるように組み合わされていて、その上にケチャップでしっかりハートが描かれていた。ミートボール、ブロッコリー、ミニトマトにはハートのピックが刺さっている。
 これをあの朝食を作る傍らで用意してくれていたのかと思うと、驚きしかない。

「俺の分まで……」

 咲仁くんが眉間にシワを寄せながら、自分のお弁当を睨みつけている。
 朝食と違って、お弁当の方は私の物とまったく同じかわいいクマちゃん弁当だった。

「練習! 一番上手に出来たのが珠子ちゃんの分だよ」

 お星さまが散るようなきらびやかなウインクが飛んできた。
 なんの意味もないとわかっていても、思わず体を横にズラしてそのウインクを避けるような仕草をしてしまった。

「アハハ、ありがとう」

 乾いた笑いで誤魔化していると、これみよがしなため息をつきながら咲仁くんがマスクを外した。
 あらわになる、咲仁くんの顔。
 こうして幸夜くんと並ぶと、本当にそっくりなことと、全然違うってことがわかる。

 思わず、頬に手を当てる。
 熱を持っている気がした。

「どうしたの? 虫歯?」

 心配そうに身を乗り出してくる幸夜くんと、無関心そうに口元を押さえながらセキをしている咲仁くん。

「ううん、なんでもない。大丈夫」

 私は笑ってお箸を手に取る。

「いただきます」

「「いただきます」」

 私に続いて幸夜くんと咲仁くんも箸を手にする。
 その声はハモっていて、思わず笑みが零れる。

 ノーマスクの咲仁くんよ! とひそひそ声が聞こえてきて、相変わらず注目を浴びてしまっていた。
 お陰でなんだか緊張してしまって、食べにくかった。

「美味しい!」

 緊張して味なんてわかるかなって心配したけど、一口食べて不安は吹っ飛んだ。
 このミートボール、お弁当用の冷蔵品なんかじゃない。レンコンが入っていたり食感もおいしくて、本当にこれを朝からオムライスとか他のメニューと並行して……?

「幸夜くん……嬉しいけど、無理しないでね。明日からは、朝ごはんとかお弁当とか、いいからね。家事しないと追い出してやるとか、そんなこと全然ないから!」

 これを毎日やる気だったりしたら、本当に大変だと思う。
 居候とかが家事全般引き受けるとかマンガじゃよくある展開だけど、実際にやるってなったら絶対疲れちゃう。

 もちろん、やってくれたら助かるし美味しいごはん毎日食べられたら幸せだなって思うけど、さすがにそれはワガママ過ぎ。

「本当に、珠子ちゃんは優しいなぁ」

 眩しそうに幸夜くんが目を細めて微笑む。

「下心ありまくりなんだから、こき使ってやればいいんだよ」

 吐き捨てるように咲仁くんが言う。

 顔はすっごく似てるのに、とってもチグハグな双子。

「ずっと寝てたけど、体調は大丈夫?」

 マスクをズラしてクマおにぎりに齧りついている咲仁くんを見る。

「眠かったから寝てただけだ」

 見んな、っていう風に私を追い払うように手を振ってくる。
 そう思うなら、机くっつけてこなきゃいいのに。そう思いながら、私もクマおにぎりを口にする。炊き込みご飯になっていて、やっぱりこれも美味しかった。

「あんまり起こされなくてよかったね~」

 幸夜くんもクマおにぎりを食べている。

「起こされないのわかってたから、寝た」

 もう先生のタイプも把握しているなんて凄い。私が驚いていると幸夜くんは「だろうね」と納得した風だった。
 兄さんの方が優秀って幸夜くんは卑屈になっていたけど、ちょっとわかる気がした。

「数学は起こされてたけど、すぐに答えてて凄かったね」

 本当に眠っていたのか突っ伏していただけで起きてたのかは知らないけど、それでもすぐに回答出来ていたのは凄い。
 普通に起きて授業を受けていた私のはずなのに、答えはわかってなかった。

「珠子ちゃん、やっぱり兄さんのことが……!」

 思ったことをそのまま口にしたのが悪かったみたい。
 幸夜くんが目を見開いて私と咲仁くんを見比べている。

「男の嫉妬は醜いぞ」

「男女差別!」

 ミートボールを食べていた咲仁くんの言葉を、幸夜くんが指を差して指摘する。
 咲仁くんは心の底から面倒臭そうに目を細めると、ミートボールを嚥下して言い直した。

「……男だろうが女だろうが、嫉妬は醜いぞ」

 今朝話したときは、幸夜くんの咲仁くんへのコンプレックスは深刻そうに見えたけど、今はじゃれ合っているようにしか見えなかった。

「結局、珠子ちゃんは兄さんのことどう思ってるのさ!?」

「えっ?」

蚊帳の外だと思っていたのに急に話を振られて、卵焼きを口に運ぼうとしていた手が止まる。

「怖い」

 反射的に答えていた。

「兄さんも!?」

「俺もって……オマエも珠子に怖がられてんのかよ」

 幸夜くんは驚いていたけど、咲仁くんは呆れていた。
 自分で言っておいてなんだけど、私、怖いって思ってる双子と一緒に寝てごはん食べてるんだ……なかなか凄い状況だと改めて思う。

「あ、珠子ちゃん。ケチャップ」

 止まっていた手を動かして卵焼きを口に入れると、ケチャップが私の手のひらに落ちてきた。それにすぐ気が付いた幸夜くんが私の手をつかんで、そのまま手のひらを食べた。
 幸夜くんの舌が私の肌を舐めて、全身に鳥肌が立つ。一緒にいると、体温が上がって仕方がない。

「なんで珠子に怖がられてんだよ」

「えー、カッコ良すぎて怖いみたいな?」

「嘘つくな」

 真っ赤になって硬直している私とはウラハラに、幸夜くんは何事もなかったように咲仁くんと話している。
 咲仁君も見てないはずなのに、平然としていた。

 なんで二人とも平気なの? 海外だとこれが普通なの? 本当に意味がわからない。

 ――やっぱり、二人とも怖い!

 私の結論は、やっぱりそれだった。

「二人のベッドって、今日届くんだよね?」

 せめて、川の字で寝るのは昨日で最後にしてもらいたい。
 そう思って確認のために言っただけの言葉だったはずなのに……

「キャンセルした」

 咲仁くんが信じられないことを口にした。

「なんで!?」

 足元で椅子が鳴る。
 私は思わず立ち上がっていた。

「必要ないだろ」

「今日も一緒に寝ようね~」

 幸夜くんもキャンセルを承知しているみたいで、にこやかにほほ笑みかけてくる。
 私の味方は誰もいなかった。

「あんなんじゃ、あんまり寝れないでしょ!? 咲仁くんだって、それで眠かったんじゃ……」

「いいから、オマエは俺らと寝るんだよ」

 咲仁くんに睨むような目線を向けられて、腰を下ろしてしまう。
 視線が怖くて、言葉が続かない。

 私の部屋に、私のベッドはある。
 昨日みたいにならないためにも、早くカギをつけなきゃ……!

「帰りも一緒に帰ろうね~」

 にこにこ笑顔を張り付けた幸夜くんにそうも言われてしまって、困ってしまう。
 一緒に帰ったりしたら、カギを買いに行けない。

「今日は、用事があるから……」

 二人から目を逸らしながら、食べ終わったお弁当の蓋を閉じる。

「また花と榴か?」

 そっちを向いてないのに、鋭い咲仁くんの視線が突き刺さるのがわかった。

「違うけど……」

「じゃあ、ダメだ」

 案の定、冷たく言い切られてしまった。

「危ないから、僕らと一緒に帰ろう。用事があるなら、付き合うからさ」

 幸夜くんは優しく言ってくれるけど、買うのが部屋の鍵だってわかったら、阻止される予感しかない。

「絶対に一人で帰んなよ」

 咲仁くんに釘を刺されてしまって、どうしたらいいのかわからない。

「オマエは俺の言うこと聞いてればいいんだよ」

「なんで……!」

 さすがに横暴が過ぎると抗議しようと口を開けた瞬間、咲仁くんが激しく咳き込んだ。
 咲仁くんが咳をするのはいつものことだったけど、いつもの咳より長くて苦しそうだった。

「大丈夫……?」

 体をくの字に曲げて咳き込む咲仁くんの背中に、思わず声をかけてしまう。
 大丈夫なわけないし返事をする余裕があるようにも見えなかったけど、そう聞かずにはいられなかった。

 口元を押さえて咳き込んでいた咲仁くんが落ち着いて、顔を上げる。
 そして、口の端をぬぐう仕草。
 一瞬、赤い色が見えた。

 血?

「あー……ケチャップだ。メシでむせただけだ」

 青ざめる私の視線に気づいた咲仁くんが、バツが悪そうに言う。
 でも、咲仁くんは私よりも先に食べ終わってもうお弁当も片付け終わってた。

「気にすんな」

 そう言う端からまた咳き込んで、顔をそむける。

「兄さん、保健室行こっか」

 全員分のお弁当を回収して片付け終わった幸夜くんが立ち上がって、咲仁くんを促す。
 大人しくそれに従う咲仁くんが、なんだか珍しかった。
 それだけ体調が悪いってことなんだと思うと心配でたまらない。

「そんな顔すんなって。まだ寝たりねえから、寝てくるだけだ」

 よっぽど心配が顔に出ていたのか、咲仁くんにデコピンをされてしまう。

「もお、兄さん。乱暴! ごめんね、珠子ちゃん」

 打たれたおでこを押さえながら、教室を出ていく二人を私は見送った。