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「遅かったね」

「おはよう」

 きゃあきゃあした声が聞こえて教室の入り口を振り返ると、咲仁くんが入ってくるところだった。
 正美たちに話しかけられても無視して進んでくる。
 そのまま私の隣の席にドカッと腰を下ろしたちょうどその時、チャイムが鳴った。

「ぎりぎりセーフだったね」
「遅かったね~」

 私と幸夜くんが声をかけても、咲仁くんは眉間にシワを寄せて機嫌悪そうな目を向けてきただけ。
 そのまま突っ伏して、先生が教室に入ってきても動かない。
 幸夜くんの方をどうしたんだろうって気持ちで振り返ると、小さく手を広げて肩をすくめられただけだった。
 そのまま咲仁くんは寝てしまったのか、ずっと顔を上げなかった。
 ときどき、咳き込んでいたから眠ってないのかもしれないけど、顔が見えないからわからない。
 そんな咲仁くんに、先生の反応は様々だった。

 ホームルームのときに担任は心配して保健室行くかって声かけてたけど無視されて、幸夜くんが「大丈夫ですー」って言っていた。
 一限の現代文は咲仁くんに対しては一瞥しただけで睡眠を題材にした小説の話に授業が脱線して、二限の化学は完全無視、三限の英語は帰国子女だから受ける必要ないってことかとかブツブツ言ってたけど咲仁くんに直接言って起こしたりはしてなかった。
 四限目の数学だけは授業の最後に叩き起こして問題を解かせていたけど、寝ていたはずなのにスラスラ解いて教室をざわめかせていた。
 嫌がらせとしか思えない問いをいとも簡単に解いて見せた咲仁くんは、黒板に回答を書いて汚れた手をはたきながら席に戻ると、そのまま突っ伏してまた眠ってしまった。
 戻ってくるときに目が合った咲仁くんは、いつもみたいにゴホゴホ咳をしていた。
 眉間にシワを寄せたままの咲仁君は、叩き起こされて不機嫌というよりも苦しそうに見えた。
 今朝は元気そうだったし、咲仁くんに代わって幸夜くんが大丈夫って言っていたけど、もしかしたら本当に具合が悪かったりするのかもしれない。

「大丈夫?」

 先生にバレないようにこっそり声をかけても、咲仁くんは枕にした腕の陰から私を一瞥しただけで、またすぐ顔を隠してしまった。