それから毎日当然のことながら鹿島さんと学校に行くことになった。
問題は横から話しかけてくる幽霊を無視する事。
彼は死んだ自覚がまだ薄いのか、私に大きな声で話しかけてくる。
あの歩いている犬可愛い!
俺も飯食べられるならハンバーガーが食べたいなぁとか。
ねぇねぇと何度も耳元で言われ、思わず、五月蠅いです!と声を出したら、登校中の他の生徒に驚いた顔をされた。
絶対不審に思われたに違いない。
私は俯いて逃げるように学校へ入った。
私が必死に英語の教科書を見ていたら、リサが私の肩を叩いてビクリと振り返る。
「なんで英語なんて出してんの?
一時間目は数学でしょ?」
「三時間目の英語、小テストあるの忘れていたの!」
あーと言いながらリサが前の席に鞄を置いて座るとこちらを向く。
余裕に見えるリサに私は無駄な文句をたれる。
「そりゃリサは帰国子女だから楽勝だろうけど」
「知世は現国の成績5?」
「いや、4だけど」
「日本人ならみんな4以上?」
「そんなことは無いと思うけどなんで?」
「日本語話せることと勉強の国語の成績が良いかは別でしょ。
私は英語は確かに話せるけど、英会話とか文法は大の苦手。
というかあんなきっちりというか古い言い回し使わないし」
「ようはリサ様の成績は」
「2よ、悪い?」
胸を張られて思わず失礼しました、と執事のように謝った。
まぁそうか、そういうものかもしれない、と納得しかけて我に返る。
「丸め込まれそうになったけど、それなりにお互いがんばろ?」
えー、とリサは不満そうな顔をしていたが、急に真顔になると鞄に手を突っ込み一冊のノートを取り出した。
五線譜だけ書かれた黒いノートで、周囲はボロボロになっている。
それは作曲用のリサがいつも持ち歩いているノートで、思いついた曲を書いていくのだ。
鼻歌をスマホに録音してから楽譜に起こすこともあるようで、あぁいう何かひらめいたような顔になると勉強は二の次になってしまう。
だけれどその真っ直ぐさはとても格好いい。
音楽の世界に行ってしまったリサを巻き込むのは諦め、私は一人とにかく英語の教科書から試験範囲の文法を必死に暗記した。
「で、どうだったよ」
昼休みから学校に来た颯真と部室に向かいながら、落ち込んでいる私に颯真が聞いてきた。
「わかるでしょ、手に持ってる物を見れば」
私の手には補講用のプリント。
この大きな紙一枚に書かれた問題に答えを埋めて明日まで提出しなければならない。
なのに今日は月に数回しか無い演劇レッスンの部活だ。
颯真は幽霊部員だが、今日は予定が無いから参加すると言って一緒に部室に向かっていた。
ちなみに颯真は小テストを受けていないので補講用のプリントを同じように渡されているが、英語の先生から笑顔でもらったあと、廊下に出た途端ぐしゃりと鞄の中につめてしまった。
恐らく颯真は仕事やレッスンで忙しかった、という理由で白紙提出しても許してもらえるだろう。
ここが学業の片手間でやっているモデルと、アイドルデビューも夢では無い位置にいる者との扱いの差だ、悲しいけれど。
芸能クラスのある建物の一番上の階は、一部が部活で使用するための部屋が並ぶ。
そこに向かう為階段を上りながらチラリと斜め後ろを見ると、鹿島さんがにこにことついてきていた。
今日は放課後演劇レッスンの部活があることを伝えると、行ったことが無いので参加すると言い出した。
もちろん幽霊なので参加は出来ない。
本人はただ野次馬のような気がするが。
「失礼します」
声をかけ引き戸になっているドアを開けると、既に数名が中で立ち話をしていた。
来ているのは同じ学年ではなく、先輩方。
そこに一人制服を着ていない、シャツにジーンズ姿の若い男性がいて、彼が振り向き私はその人に驚いた。
振り向いて笑顔を見せたのは私も知っている阿部裕一さん、今人気のミュージカル俳優だ。
甘いマスクにお茶目なキャラクター、歌と踊りも上手く、この頃は漫画やアニメをミュージカルにしたものが流行っていてそこでも引っ張りだこ。
うちの学校出身なのは知っていたが、確か今年二十歳くらいだったような。
「うわ!阿部さんじゃないですか!俺ファンなんです!!」
隣で颯真が阿部さんに走り寄り、彼の手を握りしめぶんぶんと握手した。
すぐさまどこが好きなのかを熱く話し出している様は、まるで大型犬が尻尾を振るようで微笑ましく見ていたら、
「裕一」
という小さな声が聞こえてつい振り向く。
そこにいた鹿島さんは目を見開いていたが段々と泣きそうな顔になった。
そんな顔のままじっと颯真と話す姿を見つめていて、もしかして知り合いなのだろうかと考えた。
年齢から考えて同じ学年かもしれない。
「君も部員なんだよね?」
「こいつは俺と同じクラスでモデルやってる柏木知世です。
夢は女優なんだよな!」
鹿島さんに気をとられていたが、阿部さんが私に話しかけてきて、私が口を開く前に颯真が無邪気に全てを話し口の端が引きつる。
それを聞いていた阿部さんはぶはっ、と背中を丸めて笑い出した。
「仲が良いんだね、君たち」
「まぁ腐れ縁ってやつで仕方なく」
「いい加減にしなさいよ、誰がノートとってあげてると思ってんのよ」
胸を張る颯真に私は手で、ばしりと叩く。
わざとらしく身体を折り曲げ、酷い仕打ちに遭ったかのような顔をした颯真に私が睨むと、阿部さんはまた笑っている。
どうやら笑い上戸の人のようだ。
鹿島さんが気になってまた少し様子を見れば、今度は部屋の隅でじっとこちらを見ている。
だけれどその視線は私にではなく、やはり阿部さんに向けられていた。
「さて時間だし始めようか。
まずは自己紹介を。
今日は先生が急用のため代役を務めさせて頂きます阿部裕一です。
この高校の卒業生で主にミュージカルの舞台で活動しています、以後お見知りおきを」
そういうと優雅に手を胸の前に当て身体を曲げるとお辞儀をした。
いわゆるカーテンコールなどで演者が観客にする挨拶だ。
私達は流れるような挨拶に思わず拍手をする。
阿部さんは顔を上げ、
「さて」
半円で立っている私達を笑顔で見回した後こう言った。
「全員ジャージに着替えてね」