「おっす!」
「苦しいってば」

月曜日、朝教室で前の席に座る友人と喋っていたら後ろから大きな身体に抱きしめられる。
ため息交じりに挨拶すると、そこにはいたずらっ子のような顔で笑う颯真が私を後ろから覗き込んできた。

この学校は中高一貫校。
そしてここには普通クラスの他に芸能クラスなどがある。
普通クラスと芸能クラスは建物が別になっているので上手くプライバシーが保たれている。
スポーツや芸能に幅広く力を入れている学校なので、大会、仕事などでどうしても休みがちになる生徒達にはオンライン授業などの手厚いサポートがある。
クラブと称するレッスンもあるので、私は演劇を取っていた。

この朝から抱きついてきた工藤颯真はアイドルを目指し、私と同じこの高校と事務所の育成スクールに通っている。
彼とは中学入学と同時に仲良くなり、私より低かったはずの身長はとっくの昔に抜かれた。
子供っぽかった顔立ちは段々と男らしくなってきて、黒髪に端正な顔立ちはテレビ映えする。
ダンスも歌も上手く、硬派というイメージ戦略で既にそれなりのファンもいるらしい。
だが性格は中学の頃と変わっておらず、男子や私に対しての距離感は異様に近い。
どうやら私は男友達カテゴリーに入っているようだ。

「聞いてくれよ!今度大きなステージに立てるんだよ!
事務所の先輩方のバックダンサーで!それもツアー!」
「おめでとー」
「おい、あっさりだなぁ。
なんかもっと喜ぶとか褒めてくれてもいいだろ」

口をとがらせ不満そうな声を出すので私がいつものように頭を撫でれば、颯真はムッとした顔で席に行ってしまった。
私になりに褒めたつもりなのだがいけなかったんだろうか。

「罪作りだねぇ知世も」

前に座り私と先ほどまで話していたリサが、机に頬杖をついてニヤニヤと笑っている。

「どういうことよ」
「そういうとこだよ」

笑って返され今度は私がムッとする。
小川リサ。
親の仕事で小学校から中学の途中までアメリカにいて、中学三年からこの学校に転校してきた。
親がどちらもミュージシャンということで、彼女も幼い頃から音楽に囲まれ自然とミュージシャンを目指しているのだという。
くせっ毛の少し長めのショートヘアに、大きな目と高い鼻。
彫りの深い顔つきは彼女の意志の強さを表しているように見える。
サバサバした性格なので、裏を読まなければならないこの世界で貴重な気の置けない友人だ。

どうも私と颯真が騒いでいるのを面白そうに眺めるのが好きらしい。
彼女曰く、私は鈍感で優しくてお人好しなその性格は芸能界で損をするから心配なのだそうだ。
自分はそこまでお人好しでは無いと思いつつ、おそらく学校内を散策しているであろう幽霊の事を考えた。

私に憑いたけれど、どうやら鹿島さんはそれなりに私から離れることが出来るらしい。
鹿島さんに自分の通う学校を伝えると、自分もその学校に通っていたと知らされ驚いたが、彼は懐かしさからこの学校を探検してくると言って校門に入った途端別行動となった。
おそらく感慨深く通っていたこの学校を見て回っているに違いない。
いや、ここは千世さんとの思い出の場所、どんな気持ちで回っているのだろう。

結局授業が終わって帰るときになっても鹿島さんはこのクラスには現れない。
そう言えば待ち合わせとか決めてなかった。
とりあえず探そうと廊下に出てきょろきょろとしていたら、颯真に肩を揺すられた。

「どうしたんだよ」
「んー、人捜し?」
「それ、男じゃ無いよな」
「男だね、多分」

ハァ?!と颯真が声を出して私が驚いたが颯真はもっとギョッとした顔をしていた。

「なんで驚くの」
「いや、だって」

不審そうに颯真を見上げれば颯真は目を泳がせて言葉を探しているようだったが、同じ事務所の男友達が颯真の背後から現れ羽交い締めにする。
颯真は放せ!とジタバタしているが、二人が羽交い締めしているのでは逃げられないだろう。
本当に仲良いな、ここの男子達。

「知世ちゃん、もう少しうちの颯真にも優しくしてやってよ」
「男ってさ、結構さみしがりな生き物なんだ」

颯真の友人達が何故か私に向かい悲しげな顔で言ってきたので、私は眉間に皺を寄せる。
時折そういうことを彼らに言われるけれど、私としては意味が分からない。
皆と同じに仲良くしているはずなのだけれど。

「後で詳しい話聞かせろよ!」
「だから何でよ」

何でじゃねぇ!と憤る颯真を、引きずられるように友人達が連行していったのを見ていたら、どうやら少し離れた場所で成り行きを見ていたリサが腕を組んだまま私に近づいてきた。

「例の夢を叶えたいなら、もう少し人をちゃんと見た方が良いと思うんだけどねぇ」
「何でみんなして私を責めるのかがかわからない」

何ででしょうね、と両手を軽く挙げ思わせぶりに笑うリサに私はやっぱりわからないと言い、もう少し用事があるからとここで別れ廊下を歩く。
数名の生徒とすれ違いながら階段を上がり、また廊下を進む。
向かったのは二年生のクラスが並ぶ場所。
クラスを少しだけ覗きながら進むと、案の定その一つの教室に鹿島さんはいた。

教室最後尾から二つ目の席。
その机に腰掛けて窓から外を見ているようだった。
だがここは三階、その場所から窓を見たって見えるのは学校の敷地に沿って所々在る木々と学校外にある味気ないビルとかだ。

「帰りますが良いですか」

人がいないことを確認し、声をかければ鹿島さんが振り向く。
悲しげに見えた横顔は、私を見て少し口元を緩めた。

「俺、このクラスだったんだよね」
「やっぱり芸能クラスでしたか」
「そ。千世は普通クラス。
建物別だから場所決めてこっそり会ったりしてた。
友達以上恋人未満っていうのかな、そんな学生生活は凄く楽しかったよ」

とても懐かしそうな目で鹿島さんは傷がある茶色い机を撫でている。
芸能人に恋愛問題は御法度とはいえ、モデルのような私達にはそこまで事務所からうるさくは言われない。
仕事に大切な時期とは言え高校生、恋の一つや二つ誰だってしたい。
だからこの学校でも隠れて色々なカップルがいるし、もちろん芸能クラスと普通クラスのカップルもいる。
鹿島さん達もその中の一つだったのだろう。

「明日も学校に来ますから安心して下さい」
「そうだな、待たせてごめん。帰ろう」

安心させようと言った言葉に彼は気付いたのか明るい笑顔を見せた。
それでも教室を出るときに名残惜しそうに教室を眺める彼の目が、私には羨ましくも思えた。