*********
有名な五つ星ホテルの一室。
大きな窓からは皇居の緑が見渡せる。
二脚の椅子が正面から少し斜めに向かい置かれ、上にはライトやレフ板などがセッティングされていた。
今日は新作ドラマのインタビュー。
インタビューは放映される局でのニュースやネット記事等で配信される。
放映開始日は四月の明日。
これはいわゆる番宣だ。
「今回のドラマは十年前に放送されたドラマの続編となりますが、柏木さんは当時出演されていた方の大ファンだと伺いました。
オーディションを受けたのもそれが一番の理由だと」
スーツ姿の美人キャスターが私に問いかける。
私は春を意識した薄いピンク色のワンピース。
所々白の糸で刺繍が入っていてとても上品だ。
以前よりも髪の長さは長くなって、その髪はドラマに出る役のイメージに合わせおろしている。
「はい。
今回私の役は、当時鹿島渉さんが演じられた春の妹になります。
ドラマ放映当時は失礼ながら存じ上げませんでしたが、高校生の時そのドラマを見て同じようにモデルから俳優になられたこと、そして鹿島さんの演技に魅了されました。
鹿島さんに見て頂くことは叶いませんが、その妹役として出演出来ることを本当に嬉しく思っています」
鹿島さんの出演したドラマは根強い人気が続いたことで、十年の節目に続編が発表された。
私が高校生の時、代役として出演したドラマですぐに何か反響が起きたわけでは無かったが、地道にやっていたところにこのドラマのオーディションが舞い込んできた。
それも鹿島さんの妹役がだ。
主人公である女優さんは未だに独身という設定で出演する。
鹿島さん役の春は鹿島さんの事を踏まえ若くして事故で亡くなった事になっているが、なんと回想シーンで出演出来ることになった。
出来れば鹿島さんの恋人役が良かったが仕方の無いこと。
やはり鹿島さんの言うように妹という立ち位置がしっくりくるのかもしれない。
私はもの凄い意気込みでオーディションを受け、鹿島さんに影響を受けたこと、彼を尊敬している事を率直に監督達へ伝えた。
監督は当時助監督ながら鹿島さんを評価していた一人で、今回私はそんな当時の鹿島さんと重なったらしいと後から聞かされた。
私からすればこれ以上ないほど嬉しい言葉だった。
キャスターは手に持っている原稿のような紙をめくる。
「そして主題歌は今人気急上昇中のシンガーソングライター、小川リサさん書き下ろしですね。
そんな小川さんと柏木さんは同級生だとお聞きしましたが」
「はい。
小川さんとは高校の時のクラスメイトで親友でもあります。
今回彼女の曲を先に聞かせていただきましたが、ドラマを見終えた後に聞くともっと違った印象を受ける、そんな素晴らしい曲と歌声です」
「なるほど、曲の歌詞には何か仕掛けがありそうです。
では最後に柏木さんから視聴者の皆様に」
「『それは春の想い~10 years later』、鹿島渉さんが演じた春の妹、秋を演じます柏木知世です。
明日放映スタートとなります。
どうぞ皆様ご覧下さい」
私はテレビカメラに向かい、微笑んだ。
*********
それからしばらくして。
テレビ局で雑誌のインタビューと撮影を終え撮影所に向かうためマネージャーと通用口に行こうとしたら、向こうから見知ったアイドルグループが入ってきた。
今や彼らは国民的アイドル。
そんな中の一人が私に手を上げた。
そして私の前で止まる。
他のメンバーにお久しぶりですと私が言うと、ドラマ見てるよ!、颯真頑張れ!などと笑顔で言いながら先に行ってしまった。
マネージャーも慣れたように、数分だけよと外に出て行った。
ちょうど人の流れもなく、面と向かって話せるのは久しぶりだ。
久しぶりに会う颯真は随分と顔つきが凜々しくなった。
それもこれも、肩に背負うものが大きいからだろう。
「お疲れ」
「お疲れさま。颯真はこれから歌番?」
「そ。その後はまた他の局に移動。
そっちでは小川も出演すんだよ、ドラマ放映している局だから宣伝兼ねてみたいだが。
そっちは?」
「あぁその番組ならリサから連絡来てたから録画予約してる。
私はインタビュー終わってこれらから撮影所。
しかし売れっ子は大変だね、ちゃんとご飯食べて寝てる?」
「まぁ移動中とか。
そっちもドラマ高視聴率みたいだな、おめでと」
「ありがとう。
なんせあの人の後だからね、人気は落とせないよ。
リサからも私に影響するんだから頑張れと、脅しかエールかわかんないメール来るんだから」
颯真はそりゃ怖い、と笑った。
鹿島さんが消えた後、私は彼が消えてしまったことを部室で二人になったとき颯真に伝えた。
そしてお互いに抱いた思いについても。
椅子に座り途切れ途切れに話す私の言葉に颯真は根気よく耳を傾けてくれ、話し終えるとしばらく黙っていたが、良かったな、と一言言った。
そう言われた途端、心の中の何かが一気に溢れた。
部室でただぼろぼろと泣く私を、颯真は見たこと無いほど慌てふためき、慣れない手つきで私の背中をさすりながら、
『よく頑張ったな』
と、優しい声で言うものだからまたそれを聞いてぼろぼろと泣き、私は初めて鹿島さんが消えたことをやっと受け止められたような気がして、身体を丸めたまま泣きじゃくった。
唯一鹿島さんの秘密を共有できる仲間がいてくれることがこんなにもありがたいなんて。
お互い忙しいけれど、時々鹿島さんの思い出も話すこともある。
おかげで彼といた時間は嘘では無いと思える。
千世さんともあの後から連絡を取り合うようになっていたが、このドラマ出演を知ってすぐさま連絡をくれ本当に喜んでくれた。
あの頃の赤ちゃんは今やすっかり話が出来るほど大きくなり、テレビでこのドラマのCMに映った鹿島さんを見て、この人家に来た、と言ったそうで、千世さんからまた電話がかかってきた。
やはりあそこに渉ちゃんはいたのね、と電話口で千世さんは泣いていた。
ちゃんと彼のことを覚えている人、まだ思っている人。
そうやって誰かの人達の中で彼は今も生きている。
もちろん、私の中にも。
颯真はぼんやりとしていた私のおでこを小突いて、私はおでこを手で押さえて痛いと口をとがらす。
「ドラマの撮影終わったら、遊園地行こうぜ」
「いや、国民的アイドルと遊園地は無理でしょ」
「そうやってずっとお前断ってるの聞き飽きた。
それに案外わかんないもんだって。
トモだってそろそろ息抜きくらいするべきだろ?
女優ってもっと人を見て視野は広げとくべきだと思うんだよな」
「偉そうなこと言ってるけど単に颯真が息抜きしたいだけでしょ」
「とりあえず今夜連絡するから!
また寝落ちスルーすんなよ」
「わかったわかった」
じゃ、またな、とお互い言いながら笑顔で別れた。
移動した大きな撮影スタジオではバタバタと走り回る人々や出演者達。
私は昔憧れた主演の人々の側で、自分の名前がきちんと載った台本を持ったまま周囲を眺める。
既に放送は始まったというのにまだ数話分撮り終えていないが、これで通常だ。
そんな空気を感じながら実感する。
やっとここまで来られた。
あの喜びと悲しみと、そして目標をくれた人の側まで。
それは全て彼が導いてくれたかのように、私は真っ直ぐに進むことが出来た。
一緒に居た時間は短くても、今も鮮やかに彼といた時間を思い出せる。
スタッフや同じ主演者に挨拶しながらお目当ての人を見つけた。
「阿部さん」
「柏木さん」
高校の私の先輩でもあり鹿島さんの後輩でもあった阿部さんは、今回このドラマに出演が決まった。
それも阿部さんから監督に直談判したらしい。
そもそも阿部さんに演技力の問題は無く、監督としてはむしろ花のある阿部さんは出て欲しい人物だったようだ。
それも実際に鹿島さんの後輩で彼を尊敬しているというのを脚本家さんは聞いてインスピレーションを受けたとか。
よって急遽鹿島さん、春の後輩役として出演が決まった。
「柏木さんが鹿島さんファンと知ったときには驚いたけど、お互いこのドラマで初共演ってのもあれだね」
「鹿島さんが繋げてくれたのかも知れませんね」
「だとしたら嬉しいな」
「きっとそうですよ。
鹿島さんは面倒見良いですし優しいですから。
時々容赦ないですけど」
「はは、僕なんかより遙に柏木さんの方が先輩を知ってるよ」
「そりゃ熱烈な鹿島さんファンなので」
お互い顔を見合わせてると笑い出す。
阿部さんはきっとこのドラマに出ることでやっと肩の荷が下りるのだろう。
晴れ晴れとしたような顔の阿部さんと別れ、私は自分の定位置に戻った。
今回ももちろん山場として告白シーンはある。
10年前、彼が春として告白したそのシーンは、今でも誰かの背中を今も押しているのだろう。
そんな風に私も誰かの背中を押したり、心に残る演技がしたい。
今から撮影するのは私の部屋でのシーン。
部屋の雰囲気は大人びたシンプルなデザインなので全く違うモノだけど、それを見ていると高校生の時女の子の部屋とされたスタジオで鹿島さんに怒られながら雑誌の撮影をした時のことを思い出した。
そんな私の部屋の中にあるローテーブルの上には、困ったように笑う鹿島さんに私が腕を絡ませくっついている合成写真が、オレンジ色の可愛らしい写真立てに入っている。
これは私が提案したものだが監督達もOKを出してくれ、美術さんも写真を喜んで作ってくれた。
今回の撮影には十年前このドラマに関わった人達も数名いるからだろう。
それだけ彼が愛され、今も思い出してくれる事が私は嬉しい。
写真立ては私が一目惚れして買った物。
撮影後、写真をもらえることになったので、この写真立てはいずれ私の本当の部屋に飾られる。
呼び声がかかり、私は配置につく。
私は夕陽のように鮮やかなオレンジ色の写真立てをそっと撫でた。
『見ていて下さいね、渉さん』
演技をスタートさせる大きな声がスタジオに響く。
今、私は彼の妹。
だけど鹿島さんの最後の恋人でもある。
彼の側にいられるような事が続いているのだから、またいつか彼と出会えるような気がしてしまうのはおかしいだろうか。
だって私は、彼と何度も約束をしたのだから。
私だけに浴びせられる眩しいライトに包まれながら、私は顔を上げた。
<END>