こんな運命で再会したくは無かった。
私が彼と再開したかった場所は、芸能界という世界。
だけどずっと五年間もあんな場所に彼は居続けることになった。
小さい頃は鹿島さんが泣いていた私を見つけてくれて、今度は私が鹿島さんを見つけて成仏させる手伝いが出来たのなら本望だ。

「再度伝える。
俺は知世が好きだよ。
知世、きっとこれからも学生として、芸能人として進むには苦労も多いだろう。
だけど俺が太鼓判を押してやる、柏木知世は素晴らしい女優になるって。
俺が惚れた素敵な子なんだ、間違いない」

夢みたいだ。
好きな人が、褒めて、そして惚れた子なんて言ってくれている。
何て心強い言葉をくれるのだろう。
私の気持ちを受け止めて、今度は告白をしてきてくれた鹿島さんに何て返せば。
喉が締め付けられ段々目の前が霞んでいく。
薄ら浮かび上がる自分の涙を拭き取り、彼に笑顔を見せようと思って気が付いた。

違う。
私の目が霞んでいたんじゃない。
彼の身体が本当に消えそうになっていた。

「鹿島さん!」

焦る私の声に、既にわかっていたのか彼は自分の手を見て笑う。
その手はかろうじて輪郭を保っているように見えた。

「多分、観覧車の時点で消えてもおかしくはなかった。
だけど心残りだったんだよ。
好きな子とデートに行けば、最後彼女の家まで送るのが定番だろ?
だからそれまで消えたくはなかった。
ここまで送って、思わず告白までしたんだ。
そろそろなのはわかってる」

私は思わず彼の右手を掴む。
鹿島さんは驚いたような顔をしたが、表情を歪め私を引っ張り一瞬で抱きしめた。

「俺が死んでなきゃ知世の体温や柔らかさを感じられたのに。
手を繋いで、デートして、喧嘩しながら沢山のことを二人でしたかった。
だけど死んでなきゃ、知世にはこんな形で出会えなかったんだよな。
皮肉だけど」

そっと彼の右手が私の頬を包み、上を向く。
何の体温も感じない。
だけれどそれでも良い。

「俺の名前、呼んでくれよ」
「名前?」

お互い目を合わせたままで、鹿島さんがそんなことを言う。
戸惑ってる私に彼は優しく微笑む。

「渉って呼んでみて」

初めて聞くような甘い声。
私だってずっとそう呼びたかった。
千世さんが鹿島さんをしたの名前で呼んでいるのが羨ましかった。
やっと、呼んで良いんだ。

「渉さん」

唇が震えた。
目の前の鹿島さんは愛おしさが伝わるように優しげな表情に変わる。
大きな手が私の頬を擦り、彼の顔が近づいてきた。

綺麗な目。
ううん、なんて愛おしそうな目で私を見てくるんだろう。
近づいてきた瞳が少し細まって私に合図を送っているように思えた。
私はその合図に答えるように目を閉じる。

「さようなら、知世。
大好きだよ」

私も、と言おうとした私の唇に、ゆっくりと唇が重なる。
ふわりと唇が押された感覚に、ビリビリと身体に電流が走ったかのような気持ちになった。
温かさは伝わらないはずが、優しさだけはしっかりと伝わって、涙が溢れてしまう。

唇が離れた気がして目を開けようとする。
だが目を開ければ、きっとそこに何が起きているかわかっている。

怖い。
凄く怖い。
だけど私は目を開けなければならないんだ、前に進む為に。

私は覚悟を決めてゆっくりと目を開けた。
やはりそこに、鹿島さんはいなかった。
意地悪をされているのかもなんて思って周囲を見ても、いない。

彼の本当の心残りは消えて、成仏出来たんだ。
喜ばなければいけないはずが、両思いになった途端に永遠の別れになるなんて。

初めてのキスの相手は幽霊で、そして初めて両思いになった相手で。

ただ泣き叫びそうになる気持ちを、歯を食いしばり拳を握りしめて堪える。
私はもの凄く恵まれていたんだ。
だってここまで恋した人に、願っていたものをもらえた。
いやそれ以上を彼は私に残してくれた。

恋に落ちるのに、相手も時間も関係無い。

濃密でドラマティックな出逢いと時間を過ごせたことに感謝しないと罰が当たる。
私はいつも通りの声を出せるように何度も深呼吸をした。
玄関のドアに手を掛け、開ける前に未練がましいと分かっていてもう一度振り向く。
やはり、鹿島さんはいない。

既に暗くなった空を見上げる。
月がないせいか星が綺麗に見えた。
キラキラと瞬く星は、美しいけれど遙か遠くにある。
彼は、私の手の届かない空へと旅だったのだ。
そしてずっとキラキラと眩しいままの存在で、私は見守られた気持ちになれるのだろう。
ふと鹿島さんが笑顔で早く家に入れと急かしているような気がして、私は彼を安心させるかのように一呼吸置くと、笑顔を作ってドアを開けた。