電車に乗り、そして地元駅を降りる。
ずっと家への帰り道、二人とも黙っていた。
何を話せば良いのか私の頭は真っ白になっていたのだ。
鹿島さんも横に居るけれど一切何も言わない。
それが私の好意がやはり迷惑だったのだとわからせて、今すぐ一人になって泣きたい思いだ。
鹿島さんが居るからそれすら出来ないけれど。

家の前に着き門を開け、ふぅ、と思わずため息をついてしまいしまったと思ったがもう遅い。
玄関のドアを開ける前に、いい加減気持ちを切り替えなければ。
そうしなければ家族は何があったのかと心配されかねないし、そもそも鹿島さんだって一緒に居るのに困るだろう。

あんなに考えて決めたはずの行動はあっという間に後悔に変わり、私は何とかしようと思うのだが、考えれば考えるほど頭の中がぐるぐるする。
千世さんとまた会う予定でも作れば、彼はまた私といることが嫌にならずに過ごすことが出来るだろうか。
そんな提案をしようかと声をかけようとして彼の方を向くと、鹿島さんは私を真っ直ぐに見ていた。
その違った彼の様子に戸惑う。

「知世の告白、実は嬉しかった」

真剣な表情で彼は言った。
これも、私に気を遣うための演技だろうか。
彼は優しいし申し訳ないと思ってるから言いかねない。
私の心は妙に落ち着いてきて、静かに彼の言葉を待つ。

「俺さ、千世に会ったのに成仏出来ない理由、ずっと考えていたんだよ。
知世がずっと思っているように千世にまだ未練があって、ってのは、正直違うと思っていたんだ。
千世に会った後もういいやって消えそうな気持ちだったのに、そんな俺は知世が泣いているような気がしてただそれが心配になってしまったから」

彼はどこまでも優しい人なのだろう。
そういう心遣いをしてくれるだけで十分。
そう思わなければ私の心はいつまで経っても未練がましく彼を思ってしまう。

「でさ、今回の遊園地、俺は演技指導なんて言ったけど、半分嘘」
「嘘?」

どういう事かわからず困惑して彼を見つめる。

「知世と、最後くらいデートがしてみたかったんだよ」

言葉が出てこない。
お世話になったから恩返しという意味で言っている、そうだと思う気持ちと、もしかしたらという気持ちがわき上がる自分が嫌だ。
駄目だ、彼は優しいから。
間違っても期待するようなことを思っては駄目なんだ。

彼は腕を組んで、顔を少し斜め上にして考えているような素振りを見せた。

「自分ではすぐ成仏出来なかった理由は未だにはっきりとはわからない。
死んだ自覚も無かったし、死んだと知らされて真っ先に心配になったのは千世のことだ。
結婚していたことは悔しかったし、でもやっぱり良かったと思うんだよ。
待ってて欲しかったなんて気持ちがゼロかと言えば言い切れないけどさ、未だに俺のことを大切に思っていてくれるなら良いかなって。
だけどたったこれだけの時間だったのに、俺にとって知世の存在は大きくなっていった。
同じ夢を追いかけているのなら応援したかったし、喜ぶ姿も凹む姿も可愛かった」

聞きながら彼にとって私は妹のような存在で、とにかく心配になったのだろう。
その方がしっくりくる。
だって何か期待することは考えたくない。
どうしてあんな告白をしておいて、こんなにも臆病に考えてしまうのだろう。

「俺は知世を一人の女の子として見てたんだよ、気が付けば」

彼の困ったように笑った。

え、何て言ったの?
一人の女の子としてみてた?その意味は?
彼の照れが含まれたような笑顔と言われた内容に、私の頭と心が追いつかない。
それは彼の勘違いじゃないのだろうか、ずっと手伝ったから、そういう事ではと必死に言い聞かせてしまう。

「だから観覧車での告白は俺にとってダメ押しの一撃だったよ。
千世を心配していたくせに、知世と彼氏彼女のような事がせめてしたいって思うようになってて、そんな自分勝手な気持ちが自分で許せなかった。
なのに結局、演技指導とか格好つけて遊園地誘ったりしてしまったんだ。
もちろん誘った以上はしっかり指導しようと思っていたからな?それは疑わないでくれ」

軽く、とても軽く話しているのは彼自身の罪悪感を消したいのか、恥ずかしさを誤魔化しているのか。
でも、鹿島さんがそんな風に私のことを見ていただなんて。
本当なのだろうか、そういう意味にとって良いのだろうか。

「そんな素振り、何も感じませんでした」
「そりゃ自覚しそうなのを押し込めていたし、そもそも自覚が遅かったし」

難しいんだよ、そういう気持ちってのはさ、と恥ずかしさを誤魔化すように語気を強めていて、思わず私は吹きだした。

「そして今言うのは卑怯かも知れないけど、恐らく俺は小さい頃の知世に会ったことがあるんだ」

え?!と声を出し、鹿島さんは苦笑いする。

「以前俺たちのいた街に知世も小さい頃住んでたって言ったよな。
俺が中学入った頃くらいに、公園の遊具の中で一人泣いてる子を見つけたんだ。
どうも小学校に入学したばかりなのに友達が出来ないって泣いてて。
なかなか泣き止まないから俺が友達になるって言った。
信じないその子と指切りしてさ、約束したんだ友達でいようって。
その子の名前は、柏木知世だった」

私は呆然としたまま聞いていた。
そんなの、記憶に無かったからだ。

「ほんの時々、会ってその子の言いたいことを聞くだけだったけど、男子が苛めるって泣いてるから、それは好きだからそういうことするんだって話したこともある。
母親がはまってるドラマの俳優の真似をしてやったこともあった。
そしたら知世が言うんだよ、役者さんになればってそれはまた可愛い笑顔でね。
その時は受け流しただけだけど、気まぐれに受けたオーディションで落ちたのにモデルの話が来た。
それからだよ、モデルの仕事してたのは。
どうしてかな、死んだせいなのか記憶が無い部分があるらしい。
本人は忘れているという認識無いから、気づくはずも無いんだけど。
そして知世のリビングに飾ってあった子供の頃の写真見て思い出したんだ。
あぁあの時の子なんだって。
あの頃はある時から見かけなくなって心配してた。
そうか、引っ越したから来なくなったのか」
「なんで、そんな大切な事、早く言わなかったんですか」
「だから知世と会ってだいぶ経ってからだったんだ。
その頃には知世への気持ちを自覚してたけど、自分自身へ言い訳するのに必死でさ。
もしかしたらこの記憶のせいで勘違いしてるのかも、とか思ってたから言い出せなかった」

私はその話を聞いてようやくぼんやり思い出した。
小さい頃は本当に泣き虫だった。
そんな私を泣かないように慰めてくれた人がいた。
引っ越して会えなくなって私はもの凄く悲しかった。
だけどその人と友達になろうと約束したから、泣かないで学校でも頑張ろうと思ったし今の私がある。

私は偽の妹を演じていたけれど、それに似た時間を実際には過ごしていた。
パラパラと記憶のページが新たに開くように、彼との思い出が断片的に蘇る。
私がモデルを目指した理由。
それは、彼ならきっと芸能人になると思ったからだ。
そうすればまた、出会えると信じて。

「私達、昔会っていたんですね。
やっと少しだけ思い出しました」
「小さかったし嫌な思い出もあったから知世も忘れたかったのかも知れないな。
だけど、あの小さいとき出会って友達になろうと約束したからこそ、知世は俺を見つけてくれたんじゃないかって俺は思うよ」

もしもその理由が本当なのだとしたら。