最後のシーン、観覧車前。
だが流石に人が周囲にもいるし並んでいる人もそれなりに多くて、そうそう台詞は言いにくい。
演技で突然一人で驚いた顔をしていたりすれば不審に思われる。
遊園地のスタッフさんだって何事かと思うだろう。
鹿島さんはそんなに他人は気にしていないから遠慮なくやれ、などと無慈悲なことを言うが、これまでだって結構恥ずかしさを我慢して頑張ってきた。
だがこんなに人が多いし列も前後に余裕は無いし、恥ずかしさと容赦ない鹿島さんの突っ込みをうけてごたついている内に観覧車に乗ってしまっていた。
それも一人で。

男性スタッフの、何人ですか?という質問に一人です、と答えたときのあの同情するかのような顔。
きっと遊園地に彼氏と来たけれど別れたのだろうなとか思われたに違いない。
切なすぎるけれど素の演技は強いなと、あのスタッフさんの演技覚えておこうと落ち込みながら演技について考えている自分が笑えてしまう。

「どうした?」

私の前の席に座る鹿島さんが不思議そうに尋ねてきたのでさっきのことを話せば、何でも演技の資料として考えるのは良い傾向だと褒められた。
だがすぐに恥ずかしさに負けて一番大切な練習が出来なかったのはマイナス、という厳しい声が飛んで悲しい。

「しかし、幽霊になって観覧車に乗るとは思わなかった。
千世と来た中学の頃以来だしなぁ」

この観覧車のゴンドラは上半分が透明のアクリル板のようなもので囲まれている。
少しずつ高くなってきて周囲の建物の高さを超えてきた。
彼は横を向いたままそんな景色を感慨深そうに見ている。
身体は薄ら透けていて、段々夕陽のオレンジが彼の身体に色をつけていて、何だか宝石がキラキラしているほどに眩しく思えた。
今、彼は千世さんの事だけ考えているのか、それとも他にもこれに乗って何かを思い出しているのだろうか。

「彼女と遊園地とか行かなかったんですか?」
「俺は千世一筋だったし、そもそもそんなことしてる暇無かったよ」

また彼の思いの深さを知らされ、気持ちは沈んでしまう。
自分で聞いておいて毎回馬鹿だなと思うけれど、どうしても彼の色々な事が知りたくて溜まらない。
好きになってわかる。
何が好きなのか、色でも匂いでもなんでも知りたくなるものなんだって。

「あー、まぁ次は好きな男とデートで来いよ。
悪いな、幽霊なんかと一緒にいさせて。
せめて俺が生きてりゃ、一人で演技練習なんて知世に不安なことさせなくて済んだんだけどさ」

私は知らぬ間に落ち込んでいて、それを何か違う方向に誤解させてしまったらしい。
一生懸命不器用なりに私を勇気づけようとしてくれる。
きっとこんな曖昧な状況、成仏出来ない鹿島さんが一番不安なはずなのに。
だけど私に憑いているからと気を遣って優しくしてくれて。

やっぱり思う。
好きになるのに相手の立場なんて意味は無い。
それこそ一緒に過ごした時間だって。

彼は一番言いたかったことをその相手に言えず、亡くなった。
まだ続くと当然のように思っていたその世界を、突然無くした衝撃はいかばかりだっただろう。

でも私には彼が消えることがわかっている。
明日かも知れないしもっと先かも知れない。
だけどこの頃の鹿島さんの様子を見れば、もうそんなに時間は無いのではと思っていた。

なら、後悔はしたくない。
たとえそれが自己満足だったとしても。

鹿島さんが以前「春」をドラマで演じたときの話しを思い出した。

『本気で人を好きになるなんて凄いことだと思う』

本当にそうだ。
こんな素敵な人を本気で好きになった。
その気持ちを大切にしたい。

そろそろゴンドラが一番高いところに到達する。
よくある、一番上で告白したら、キスをしたらずっと上手くいく、そんな幸せなジンクスに今は少しでもすがってみたい。
やっと、私はここに来て心を決めた。

「鹿島さん」
「ん?」
「今日は演技指導して頂きありがとうございました」

私が座りながら頭を下げると、良いって事よ、と彼は笑う。

「好きな人と遊園地に来られて、私はとても幸せでした。
きっとこの日のことを私は永遠に忘れません」

鹿島さんは私の言葉に目を丸くしたが、あぁ、と手を叩く。

「なるほど、そういう気持ちになったという演技で行くと決めたのか。
良いんじゃ無いか、女子からの告白だって問題ない。
むしろその流れの方が」
「違います。
さっきのは私の、柏木知世としての気持ちを伝えました。
鹿島さん、貴方に、です」

彼は段々私の言っていることを理解したのか、固まったように口を少し開けていたが、我に返ったように照れながら頭を掻く。

「そ、そっか。
こうやってずっと側にいたからな」

彼はそれだけ言うと黙り込んでしまった。
それから二人して俯いて沈黙だけが続く。
もうすぐ降り口ですというアナウンスがゴンドラ内に流れる。

ドアが開いて降りると、私は少し歩いてから振り向いて後ろにいる鹿島さんを見た。
彼は申し訳ないと思っているのか、少し顔を逸らされた。
困っている、そういう表情をされているのが酷く傷ついた。
しかしこれは自業自得。
ずっと想う相手がいるのをわかって、困らせるのを分かった上で私は告白してしまったのだから。

「帰りましょう」

私が笑顔で呼びかければ、彼も無理をするように明るく笑った。