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それからしばらくして私は事務所に急ぎ呼び出された。
打ち合わせに使う部屋に通され、私の前には滅多に合うことの無い社長とマネージャーが神妙な顔で座っている。
何だろうか、あの事件でその後また何かトラブルでも起きたのかと不安でいれば、切り出された話に声を上げる。

「私がですか?!」

なんと颯真のグループのCM撮影をした監督から、私に連続ドラマ出演の声がかかったというのだ。

「連続ドラマだけど貴女の出番は一話のみ。
貴女の役は主人公の妹である女子高生の親友。
遊園地にダブルデートに行き、そこで殺人事件に出くわすの。
ただ出演はあくまで遊園地での撮影だけ。
遊園地での撮影が使われる時間は短いと思うし、事件が起きると主人公の妹と彼氏のみになってその後貴女の出番は無い。
だけど役名もあって、台詞もある。
ご指名で来るなんて相当なラッキーよ」

少し興奮気味のマネージャーが私に内容を教えながら、隣の社長も満足げな顔をしている。
私は突然の事態に驚きつつも、日程表を見て違和感を抱いて尋ねた。

「あの、気になる点が。
撮影日までもう三週間切っているのではないでしょうか」

正しくは二週間と少し。
その指摘に社長とマネージャーが顔を見合わせた。
なるほど、ここに何かあるんだ。

「実は本来この役を演じる予定だった女の子の悪い素行がバレてね。
元々無名の新人を使う予定だったらしいけれど、急遽代役を探すことになって貴女が指名されたの」

マネージャーの言葉に納得する。
なるほど私は代役だったのか。
むしろその方がオーディション無しで突然指名されたことに納得がいった。
一応あの時の監督としても、知っていて安心できる人材が欲しかったのだろう。
どうやら長い黒髪で身長の高い高校生が欲しかったという点からも私に声がかったことに合点がいく。

「いい?代役だろうが何だろうがモデルからドラマ出演が出来るなんてのはごく僅か。
もう時間は無くてもこの仕事、貴女は受けるわよね?」
「もちろんです」

マネージャーの言葉に間髪入れず応えれば、社長達は頷いた。

「このドラマに関してだけは私が専属で担当になるから。
きっちり台本叩き込んできなさい。
貴女は女優になる夢があるんでしょう?次に繋げるわよ」

マネージャーの強い声と表情に私は顔を引き締め、よろしくお願い致しますと頭を下げた。



「凄いじゃ無いか!」

事務所を出た瞬間、覗き込むように鹿島さんが大きな声を出し思わず、ぎゃ、と声を上げてしまい口を手で塞ぐ。
すぐに周囲を見れば、行き交う人は誰も私の声に気付いていないようだった。
とりあえず早くこの場を立ち去ろうと足早に歩き出せば、鹿島さんは気にせずに話しかけてくる。

「ほらな!チャンスってどこで転がってくるかわかんないんだよ。
台本叩き込めって言われたけど、これがシリーズものか単発なのかも確認しろよ?
主人公の妹の友人が何でダブルデートに誘われたのか、色々な方向から作り込みをだな」
「鹿島さん、家につくまで喋るの我慢で」

私の小声と睨むと鹿島さんが、悪い、と耳でもたれそうな顔でしょげられてしまった。
喜んでくれるのはとても嬉しい。
だけど段々現実感が湧くと同時にプレッシャーが増してきて、私の手は酷く汗を掻いていた。



家に戻り夕食時家族にドラマ出演の話をすると、母もそしてたまたま早く帰ってきた父親もとても喜んでくれた。
見たことも無い二人のはしゃぎように、ちょい役だからと必死に念を押す。
ありがたいけれどご近所さんとかに言いふらされてはたまらない。
学生をしつつ、モデルなんてのは名前ほど華々しい訳では無い。
事務所と提携している俳優講座や色々なレッスン料を出してくれてるのは両親。
母は仕事をしながらも私の健康に配慮した食事を作ってくれる。
これを成功させ足がかりにして、いずれ大きなドラマに出たい。
そうすれば両親にも胸を張って言えるしもっと喜んで欲しい。
このドラマに出ることで少しでも恩返しをしなければ。
そう思うとプレッシャーで胃が痛くなりだした。

胃薬を飲んで部屋に行き、まだ一度も開いた跡の無い台本を手に取る。
ざらりとした手触りの厚い表紙をめくれば、役名と共に有名な俳優の名が連なる。
そして私が演じる役には見知らぬ女の子の名前があった。
知らない名前の子だけど、きっとこの子は心から悔しく思っているだろう。
でもそう思うなら悪い事なんてすべきじゃ無い。
モヤモヤするしプレッシャーものしかかる。

「代役だろうが役を指名されたのは知世だ、自信を持て」

私の不安を見抜いている鹿島さんが容赦なく私の頭をチョップする。
痛い、と不満を述べつつ、二人で笑みを浮かべた。

台本を読めば、主人公の妹が私が演じる役である親友の恋を応援するためにダブルデートを画策し、主人公の妹とその幼なじみの男、そして私と私が恋する同級生男子が遊園地に行くという設定だった。

主人公の妹は私とその相手を二人にするために早々に幼なじみの男子と一緒に離れてしまう。
そして主人公の妹は事件に遭遇。
私達は事件が起きたことで帰らされた、という他の出演者の言葉で終わらされているので、本当に出るのは少しだろう。

それでも役作りをしなければ。
必死に台本を読んでいると、

「そもそも知世って男と遊園地デートとか経験あんの?」

部屋の中の少し離れた場所であぐらをかいていた鹿島さんが、とんでもない内容を聞いてきたので思わず顔を逸らす。