「颯真くん!
良かった、この女がね」
「トモをあそこに閉じ込めたのはあんた?」

一歩一歩こちらに近づく颯真に、彼女は私の手を振りほどいて颯真の前に駆け寄る。

「迎えに来てくれたんだ、嬉しい!」
「だから、トモをあの部屋に閉じ込めたのはあんたなんだな?」

高揚する彼女に対し、颯真の声はフラットでそれがどれだけ怒っているのかを感じさせた。

「あんたのことは覚えてるよ」

彼女の顔が一気に喜びに変わる。

「だけど、あんたの名前も覚えてないしそもそも親しくなった覚えも無い。
そんなヤツがなんでトモを閉じ込めたりするわけ?」
「だ、だって、きっと颯真くんはあの女が迷惑かなって。
いいの?颯真くんを利用してるんだよ?」
「認めるんだな、トモを閉じ込めたこと。
ほんと迷惑だよ、あんたのその行動は。
もしもずっとトモが見つからなかったらどうなっていたと思う?
警察に、親か事務所が捜索願いを出していただろう。
捜索してあそこで見つかれば、すぐに防犯カメラとかであんたが犯人だってわかるよ。
えーっと、確かこういうのも罪になるんだ。
ようはあんたは自分が思っているよりも恐ろしい事しでかしたんだけど、わかってる?」

静かに颯真は話していた。
だがそれがどんなに颯真が怒っているかを伝わらせ、やっとその恐ろしさに気付いた彼女の顔から血の気が引いて唇が小さく震えている。

「トモ、こいつどうする?
今から警察に突き出す?」

颯真の言葉にバッと彼女が私に振り向き、そして颯真の服にしがみついた。

「なんで、なんであの子ばかり庇うの?!」
「トモ、事務所にも事実を伝えた方が良いよ。
俺が絡んでるし俺と事務所の方からも伝える。
こういうのはうやむやにしない方が良い」
「颯真くん!」

気付けば大人の男女数名が颯真の後ろに立っていて、彼らの表情は厳しい。
そんな大人達と颯真はアイコンタクトをした。

「聞いてたとおりです。お願いします」
「まさかとは思ったんだけど監禁は流石にね。
この子の事務所と親にはこちらから連絡する。
後はこちらでこれから対応するから。
柏木さんだっけ?身体は大丈夫?
もし大丈夫なら柏木さんは帰って良いよ。
ゆっくり家で休んだ方が良い。
君の事務所には今後どうなったかも連絡するから安心して」

一人の男性が私に気遣うように話しかけ、私はありがとうございますとお辞儀をすれば、皆硬い表情のまま軽く頷いた。
そして颯真くん!と叫ぶ彼女を大人が取り囲み、私達から引き離してどこかへ連れて行く。
私はただその様子を見ているしか無かった。

「あの人達はうちの事務所の人とこの番組のスタッフさん。
何かあったとき対応して貰えるように後ろで待機して貰ってた。
証人も多ければ多い方が良いし、大人を巻き込むべきだしね。
今回はトモの身の危険がさらされた事だから事務所にはいわなきゃならない。
トモには不利になることは無いよ、それは約束する。
あとは大人達に任せよう」

颯真は連れて行かれる彼女を見ず、私を労るように声をかけた。
中学から一緒で子供っぽいと颯真のことを思っていた。
なのにこういう事をすぐに出来てしまうことで、彼は私の知らないところで何かにあっていたのかもしれないと心配になった。
有名になる事で事務所からこういう場合の対応指示があったのかも知れない。
それにしても落ち着いて対処している姿は、私の知っている颯真に見えなくて戸惑う。
颯真は周囲に人がいないのか確認しているようで、確認し終わると腕を組んで私を見下ろした。

「で、聞きたいことがある、というか俺に話すことあるよな?」

急にいつも通りの颯真になって、私にずい、と迫ってきた。

「何が?」
「俺がなんであの部屋に行ったか疑問持つだろ」

それがどうしてかはなんとなくわかっている。
それは鹿島さんが何かした、それは間違いない。

「俺が収録の準備で席に着いてたら頭に男の声がした。
『知世が部屋に閉じ込められて危ないから身体を貸せ』って。
で、気がついたら知らない部屋にいて、トモが俺の手を取って走ってた。
あれは一体どう言うことだ?」

そうか、鹿島さんは物が触れなくなったから颯真の身体を借りたのか。
完全に乗りうつったってやつじゃない。
そんなことが出来るなんて知らなかった。
しかしどう説明すれば良いのだろう。
見えもしない幽霊の話しをして颯真は納得するだろうか。
うーん、と悩んでいたら肩を強く掴まれ揺すぶられる。

「痛いって」
「お、お前、後ろ」

颯真は私の目では無く私の後ろに視線を向けたまま、声を震わせている。
振り返れば、そこには鹿島さんがにっこりと立っていた。

「見えるの?!」
「いや、見えるって言ってもかなり透明に近い。
でも不思議と顔とかしっかり判別できる。
なんだこれ、お前の守護霊か?」
「一応初めまして。
俺は鹿島渉。
五年前事故死した君たちの先輩だよ」

颯真は少し口を開けたまま完全に固まっている。
私の肩から颯真の手がずるりと滑り落ちた。
きっと頭も混乱しているだろう、無理も無い。

「どうして颯真の身体が借りられたんですか?」
「そりゃこの場合知世を助けるわけだからそうしたい者を・・・・・・。
うん、これ以上俺が言うのは野暮ってもんだ」

途中で理由を言わなくなった鹿島さんは笑っている。
きっとこの局内で私と繋がりが深いのは中学から一緒で仲の良い颯真だけだ。
なるほど、と納得していたら鹿島さんが哀れんだ目を何故か颯真に向けた。
颯真はまだ鹿島さんを凝視したまま。
鹿島さんが、

「でもよく彼じゃ無く俺が来たってわかったな」
「だって知世って呼んだじゃ無いですか。
颯真は私のこと、トモって呼ぶので」
「あーそういや知世の名前呼んだところ聞いたこと無いかも。失敗失敗」
「すげぇ、守護霊って話せるのか」

呆然としている颯真が呟くように言う。

「守護霊とかじゃないの。なんというか」
「地縛霊になってたところを知世に拾われてこうやってくっついてる訳」

そういうと颯真の前に鹿島さんはふわりと出てきて、両手を胸の前でだらりとおろすとうらめしやぁと声を出す。
ビクッと顔を強ばらせのけぞる颯真を見て、私は鹿島さんに悪ふざけは駄目ですと注意した。

「ちょっとまだこの世に未練があるみたいで成仏出来ないんだよ。
でもそんなに長く知世の側にいるわけじゃ無いし大目に見てくれ、複雑だろうけどさ」

鹿島さんは颯真に両手を合わせて言うと、颯真の眉間に皺が寄る。

「トモは女なんだからその辺わきまえて行動してるんですよね?」
「シテルシテル」
「あと今後勝手に人の身体乗っ取らないでくれます?」
「ガンバル」
「なんで颯真と鹿島さんが仕切ってるようになるんですか」

ムッとしている颯真に鹿島さんは軽い声で返す。
目の前に取り憑かれている本人無視で話を進めないで欲しい。

まぁ、と颯真が頭をガシガシと掻きながら声を出して、

「そのおかげでトモを助けられたわけだから今回の乗っ取りは許すよ。
けど早めに成仏して下さい、トモが迷惑です」

びし、と颯真が鹿島さんに向けて指を指せば、鹿島さんは余裕の表情を浮かべる。

「それまでは俺が一番知世の側で、それも二十四時間いられるんだよねぇ」
「ハァ?!」

飄々と鹿島さんが言うことに颯真が苛立っている。
私はよく意味がわからないものの、まぁまぁと二人をなだめながら、

「ちゃんと言ってなかった。
二人のおかげで助かりました、ありがとうございます」

そういって二人に向かい頭を下げた。
顔を上げると颯真は照れたような顔で頬を掻いているし、鹿島さんは優しく微笑んでした。

工藤くん、どこー?という女性スタッフの声が聞こえ、颯真が今行きます!と大きな声で返事をする。

「まだ俺仕事だから。
その後の状況わかったら連絡する。
そっちも報告ちゃんとこっちにしろよ」
「わかった。
お仕事頑張って。そしてありがとうね」

颯真は硬派とは違ういつも通りの可愛い笑顔で手を振ると、走ってその場を去った。
スタジオを出る際に、さっきいたスタッフさんの一人が私の鞄を渡してくれた。
彼女が持っていたのをとってきてくれたらしい。
私はお礼を言ってテレビ局を出た。

「いや、ほんとあいついてくれて助かった」

鹿島さんはため息をつくように肩を下げる。
きっと自分が取り憑いて身体を貸してくれる相手を捜し回っていたのだろう。
幽霊が取り憑いていることでこんなにありがたいと思うとは。
でもそれは鹿島さんだったからで、ここにいたのが颯真だったからだ。

「ありがとうございます」

再度私が礼を言うと、良いって事よと鹿島さんは笑って私の頭を無造作に撫でた。