撮影は押しに押して夜の七時を回っている。
これから帰ると自宅に着くのは九時近くなりそうだ。
親にその旨をメールして帰路につく。

日曜夜、電車の車内はそこまで混んでいない。
電車内のディスプレイには、新しいドラマに出ている私と同じ歳で既に大人気女優のCMが流れてきた。
可愛くて演技力も高いと評判だ。
元々はモデルでスタートしたのにすぐにドラマに抜擢されて彼女は周囲のモデルごときにまともな演技が出来るのか、という批判をはねのけ視聴者を演技力でねじ伏せた。
まだそんなに経っていないはずが彼女がモデル出身だと知らない人もいるようだ。

あぁなんて彼女は眩しいのだろう。
それに比べて私は。

私はそのディスプレイをぼんやり見上げ、そしてその眩しい世界から逃げるように視線を夜の車窓へと向けた。


自宅近くの駅を降り、コンビニに寄って今日のご褒美にとペットボトルに入った大好きな飲み物を買う。
カロリーが抑えめだけど甘さがあるのでそれなりに満足できる。
暗い住宅街はなるべく避けたいので、ペットボトルの入った袋をふらふら揺らしながら幹線道路沿いに進む。

歩道の横には広い駐車場のあるレストランなどがぽつりぽつりとあり、歩道自体はそこまで広くないもののそちらからの灯りで暗くはない。
片側二車線の道路には車はそれなりに行き交っているのに、白がグレーのように見えるガードレールのあるこの歩道には、まだ遅すぎない時間のはずなのに自転車を含め人通りが全く無い。

珍しいなと思いながら歩いているとふと視線の先に、車の行き交う道路すれすれの場所でうずくまっている男性を見つけた。
何かあったのかと私は急いで駆け寄り声をかける。

「大丈夫ですか?」

ガードレールの切れた横断歩道のある場所。
そこに背中を向けてうずくまっていた男性がゆっくりと振り向いて顔を上げた。
その顔は驚くほどに綺麗で、長いまつげにアーモンドアイ。
茶色の柔らかい前髪が顔を上げたことでサラッと流れる。
服装はカジュアルなジャケットにジーンズ、靴はブランドのスポーティなもの。
シンプルに見えるが、だからこそ良い物を着ていると仕事柄わかった。

「ええっと?」
「貧血ですか?
救急車呼びましょうか?」

男性は綺麗な目を丸くし、私の急な呼びかけに困惑しているようだった。
それにしても声も男性にしては透き通ったようで綺麗。
歌が上手そうだなんて変な事を思いつつ再度心配になり呼びかけると、彼は不思議そうな顔で私を見つめた。

「俺を見ても驚かないんだ」
「どういう事、でしょうか」

あれ?まさか幽霊じゃないよね、この人。
急に、しまったと焦り出す。
彼は私の反応に眉を下げ、

「これでも人気あると思うんだけどな~。
『鹿島 渉』って知らない?」

あぁなんだ、そういう意味か。
いえ、知りません、ときっぱり答えれば、彼は酷くショックを受けたようだった。

「えー、俺が初めでメインキャストとして出たドラマ、かなり好評だったんだけど。
主役の女優さん目当てが多いのはわかっていたよ?
でも女子には俺がかなり注目されてるってネットでも反応良かったのに。
やっぱ現実ではまだまだなんだなぁ」

彼は子犬のような顔でわざとらしいほどにしょげた。

ドラマ?この人俳優なんだ。
確かにこんな美形、芸能界が放っておくはずがない。
アイドルかモデルなのかと思ったけれど俳優とは。
いや、今はアイドルで俳優をしている人もいるしよくわからないが。

まだ不思議なことに周囲には誰も人がいない。
彼が一人で立てないなら周囲に助けを求めなくてはいけないが、どうしようか。
そんな心配をしていたら彼は一人でゆっくりと立ち上がり、一気に私の目線は上を向くことになった。
だがその顔色はいまいち良くないように思える。
隣には大型トラックも通る幹線道路。
今も制限速度なんて気にしないで私達の横を車がどんどん過ぎ去っていく。
こんな危ない道路なのにふらりと道路側に倒れては大変だ。

「とりあえずここは危ないです。
まだ調子が悪いなら近くの公園に行きましょう、ベンチがあるのでしばらく座っていた方が良いですよ」

彼はそうだね、と言って私に笑いかけるとすんなり歩き出した。