急に不安が襲ってきた。
どうせなら鹿島さんに側にいて欲しかったのに。
相手が幽霊だなんてこと、どこか私の中で抜けてしまっている。
ずっと側にいてくれて、慰めてくれて時には厳しく言ってくれて。
どんどん彼は私の中で存在を大きくしていった。
側にいて欲しい、彼がいるなら安心できるのに。
そして、頑張ることも出来るのに。

大体探すと言っても何を探すというのだろう。
もしかして、私のように幽霊が見える人でも探すというのだろうか。
ここの建物は人も多いし一人くらい見える人がいても良さそうだが、だが理由を話して初めて会う鹿島さんをその上信じた上で助けに来てくれるか。
それは流石に厳しいと思う。
私は幽霊が見えるからこそ嫌な思い出も沢山あって、だからこそ関わらないと決めていた。
鹿島さんは最初ただ人に見えるほどで間違ってしまって、仕方なく彼の願いを叶える努力をしたが、それだって一刻も成仏して欲しかったが為にした約束。

静かな場所で薄暗いせいか不安が渦巻く。
どんどん落ち込みそうになったので、自分の中で心を切り替えなければと活を入れる。
こんな中でも鹿島さんはきっと必死に私を助ける方法を考えてくれているはずだから。

今私はこんな場所で閉じ込められているけれど、颯真は大きなスタジオで多くの観客に囲まれ準備の真っ最中だろう。
ストイックに取り込む颯真のことだ、この真面目な番組を良い物にしようと勉強したに違いない。

「見たかったな」

颯真がどんどん有名なアイドルとして仕事をしている、それを身近で見られるというのは楽しみだった。
誘ってもらえたことに若干嫉妬があったけれど、やっぱり活躍する友達を見るのは嬉しいし応援したい。

そんな事を考えていて彼女の行動に合点がいった。
彼女は颯真の熱心なファンで、私がこの番組に行くことが嫌だったのだろう。
そもそも私は颯真本人から誘われた。
事務所に報告済みとはいえ、普通は事務所から仕事が来るものだ。
もしかしてそれがどこかから漏れて、彼女は腹を立てたのかも知れない。

「しっかし颯真のファンなら、こういう汚いことするのは颯真が嫌いだって事くらい知ってるでしょうに。
こんな事が起きたとなれば、颯真は絶対気にするよね。
颯真には内緒にしなきゃいけないな。
どうしてもうちの事務所には連絡無しで仕事しなかったことは報告しないと不味いけど。
颯真には収録出たって事で逃げられるかな、でも絶対感想聞いてくるだろうなぁ」

自分のせいで友人が巻き込まれたなんて、どんどん有名になってきて勢いのある颯真の気持ちに要らない負担を掛けたくは無い。
そういうのを雑音と思おうとしたって、気になる物は気になるのだから。
メンタル維持だって仕事とはいえ、そのメンタルが大切だとわかっているからこそ。

時計を見れば収録まであと五分ほどになっていた。
生放送では無く収録とは言え、そろそろスタジオでは全員席に座っている時間。
後で放映を見るのを楽しみにしようと思っていると、外からバタバタとかなりの音を立てて走る足音が聞こえてきて私は立ち上がる。

「すみません!!
ここに閉じ込められてます!!」
「知世!ドアから離れろ!」
「颯真?!」

ドアを必死に叩きながら叫べば、それが颯真の声である事に驚く。

「待って!もう時間だからスタジオに」
「良いからどいてろ!」

私の言葉を無視し、外ではガタゴトと物が動く音がしてドアが勢いよく開いた。

「知世!」

パーカーにジーンズというカジュアルな服装の颯真がドアから飛び込んできて、私を思いきり抱きしめた。
走って来たのか服を通してでもその熱い体温が伝わってきて、私は思わずその大きな背中に手を回しぎゅっと抱き返す。

生きている。
もしも彼が生きていたらこういう風に出来たのだろうか。
私は彼の顔を覗き込み、

「鹿島さん、助けに来てくれてありがとう。
でも颯真がスタジオに戻らないと不味いの」

颯真の目が見開かれた後、クスリと笑う。
不思議なことに目の前の颯真は颯真であるはずなのに、今は鹿島さんにしか見えない。

「ご名答。流石は知世」

そう言って颯真が一瞬ぼんやりした後、ハッとして私を見た。

「トモ?!」
「颯真、話は後で。
今すぐスタジオに行こう!あと三分!」
「えぇ?!」

颯真は私から慌てて離れまだ混乱しているようだが、私は颯真の手を取って走り出した。


無事ギリギリ収録時間前に颯真と私はスタジオに滑り込めば颯真だけが注目されたので、私はそのまま末席に紛れ込む。
颯真は突然席を立ったのだろう、周囲に頭を下げて回っているのが見えた。
私が周囲を見回すと少し先の席で私を閉じ込めた子が私が見ている事に気付き、驚きの表情を浮かべている。
きっと私の顔は鬼の表情だったのか、それとも無表情だったのか。
彼女は顔を強ばらせると、すぐに顔を背けた。

そのまま無事収録を終え解散の声がかかる。
観客席からバラバラと人がスタジオから出て行くその波に隠れ、一目散に逃げようとしたその子を捕まえた。

「放してよ!」
「良いの?
ここで全部喋っちゃって」

まだ近くを通りながら出口に向かっている参加者達が何事かと見ている。
私は逃げないよう彼女の手を掴んで、スタジオの奥の使われていないセット裏に引っ張った。

「なんで私をあんな場所に閉じ込めたの?」

彼女は顔を背けたままだ。

「私、この番組不参加になれば事務所から怒られるし遅刻したのは事実だから報告しなきゃならない。
貴女がそういうことをしたってことをもちろん報告するから」
「すれば?」

彼女は急に私の顔を向き、睨み付けた。

「すれば良いじゃ無い。
この仕事、颯真くんから直接オファーあったんでしょ?
それどころかあのCM!
颯真くんと組んでたの貴女よね?!
なんで同じクラスだったってことだけでそんなに優遇されるの?
何を彼に言ってそそのかしたの?
有名になりたいが為に彼を利用するなんて許せない。
私は彼に純粋に近づきたくて必死なのに!」
「言っている意味がわからないんだけど。
まさか、こういう仕事してるのは颯真に会うため?」
「そうよ!
中学の時に初めてモデルの仕事したとき、緊張して上手くいかなかったところを同じく参加していた颯真くんが励ましてくれた。
わざわざ飲み物とか持ってきてくれて。
彼に同じ中学なら良かったのにって言ったら、彼は寂しそうに笑ったの。
あぁ彼は私と一緒に居たかったんだってわかった。
私があの学校に通っていたら、貴女じゃ無く私がそのポジションだったんだから!」
「何の話?」

叫ぶように喚いている彼女の言葉を遮るように、後ろから颯真が現れた。
だけれどその表情は見たことが無いほどに冷たい。