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颯真は忙しい日がつづきしばらく学校に来られないようで、あの撮影から会っていない。
だが世間では颯真のアイドルグループはあの新曲で一気に注目され、新曲は初登場でオリコンチャート一位。
まずはファンを増やすと言うことなのかメディア戦略が凄く、毎日テレビや雑誌などで目にするのは妙な気分だった。
学校でももちろん話題になり、リサはクラスメイトとしては喜んでるけどさと前置きした後に目一杯悔しさをにじませて、
いつかドームでコンサートやってやる!
と拳を振り上げた。
その時は私にチケット頂戴ねと言うと、関係者席に呼んであげるわよ、工藤くんと一緒にとニヤリとされた。
確かに何だか一気に置いて行かれたなと悔しかったり寂しかったり。
でも颯真の活躍は純粋に嬉しいし、私もそれを励みにするべきだ。
私は私の出来ることを着々として、そして颯真に恥じない友達でいたいし、何より私を応援している鹿島さんを裏切らないように仕事をしようと思った。
今日は外での撮影。
夕方から自分含め女子三人で、しばらくあの二人と会っていないのは助かった。
だが、集合場所で見覚えのあるショートヘアの女子がいた。
ドラマのエキストラで私に颯真へ接触しないように忠告してきた子だ。
「おはようございます」
私の笑顔の呼びかけに彼女はちらりと視線だけよこし顔を背けた。
思わず頬が引きつるが、仕事だからと気持ちを切り替えた。
渋谷で女友達と買い物ということなので、有名なお店の前で自然と歩いている姿を撮影する。
カメラマンに、レフ板を持ったスタッフさんなど、通行人もいるのでスタッフの総勢は小規模だ。
売り出したいブランドの服特集で、私のはやはりスタイリッシュなデザイン。
みんな可愛らしい服なのに私はどうしてもこういう担当になってしまう。
ジーンズのロングスカートに厚手の長袖ブラウス。
まだ外は暑いのに秋物の特集なので仕方が無い。
暑いので所々休憩を挟んだがスケジュール通りに撮影が終わり、着替えは近くのテレビ局内でさせてもらえることになった。
理由はそのテレビ局で、私達全員がその後颯真達の出る番組に参加するからだ。
番組は若者達で決められたいくつかのテーマについて意見を交わすという真面目なもの。
既に参加する人達は決まっているのだが、その外枠を埋めるように座って時々司会者の質問に賛成、反対の札をあげたりする。
それも颯真からの誘いで参加することになったのだが、こうやって偉い芸能人から仕事を分けてもら事に複雑な思いをしつつも、鹿島さんにそう縁があるのも実力のうちだ、喜べと怒られて参加することになった。
局内に入り、スマートフォンで時間を確認すれば番組の集合時間まであと一時間くらいある。
何か食べておこうかな、買いに行こうかと考えていたら背後から女性に声をかけられその相手に驚く。
「さっき貴女の事務所のマネージャーさんから、四階の会議室に急いで来て欲しいと伝言受けたんですけど」
例のショートカットの女の子が、面倒だと言わんばかりの言い方で言ってきた。
そんなに私が嫌いなんだと思いながらも、ちゃんと教えてくれるのだから実はいい人なのだろうと自分に言い聞かせて礼を言う。
「ありがとうございます」
「会議室の場所わかりますか?」
「マネージャーに聞いてみます」
スマートフォンを鞄から取り出そうとしたらそれを手で遮られ驚く。
「忙しそうだしかなり怒っているようでしたよ。
それでまた場所聞くなんて、伝言受けた私に落ち度があったみたいになるのでやめてください」
「だけど」
「仕方が無いので場所には私が連れて行ってあげます」
仕方が無い、面倒だ、困る、そういう表情を彼女は一切隠しもしない。
しかし四階の会議室は一つしか無いのだろうか。
そもそもこのテレビ局も来たのは二度ほどでよくわからない。
連絡することを彼女が嫌がっているし、ここは従うことにした。
このテレビ局は新館と旧館がある。
新館が新しく建てられたもので、耐震の問題などから数年内に旧館は取り壊されるらしい。
四階にエレベーターで下りると、彼女は慣れたように旧館に繋がる通路に向かう。
なるほど、撮影は新館で、会議室などは旧館を使っているのか。
ショートヘアの彼女は連れて行くと言ってから一切口を開かない。
きっと話しかけても無視されそうだ。
私も黙ってついていたらようやく扉の前で立ち止まって指を指した。
「ここです」
四階旧館の行き止まり近くのドアを彼女は指さした。
廊下に窓は無く、天井のライトを減らしているのか通路はかなり薄暗い。
通路奥の壁には古くなった椅子や段ボールなどが無造作に積み重ねられている。
会議室のドアは磨りガラスすらも無い古びたドアで、私はなんでこんなところでと思いつつ彼女に礼を言ってドアを開けた。
突然手に持っていた鞄を引っ張られ、体勢が崩れたところを突き飛ばされた。
床に尻餅をつき見上げれば、勢いよくドアが閉まる。
ドアが閉まる際に、ショートヘアの彼女の鋭い目だけが光って見えた。
「え」
慌てて立ち上がりドアノブに手を掛けた。
外からは何かを引きずるような音とドアに何かがぶつかる音がする。
ドアノブは回るのに外向きに開くドアが全く開かない。
こういう場所は内鍵はあっても、外からかける必要は無い。
必死にドアを押すが、もしかして何かで塞がれているのではないだろうか。
誰かに助けを、と思ってスマートフォンを探そうとして気付いた。
「鞄が無い」
そうだ、さっき彼女にひったくられた。
ならこの部屋に何か無いかと見回せば、そこは元会議室だったのか机と椅子が何脚か端っこにあるだけ。
部屋に電話でもと思ったが、昔は電話があったのか電話線らしきものだけ壁にぶら下がっていた。
窓には年季の入った茶色っぽいカーテンがあり、そこをあけると少し先には新館の壁。
窓を開けて真下を覗けば大きな空調などの機械がある場所で、人が通る場所でも無ければ下に降りられる高さでも無い。
静かになった部屋でカチコチという音に気付く。
壁に学校であるような質素な時計がかけてあり、それだけは動いていた。
何でこんな嫌がらせをされるのだろうと困惑しながら焦りつつも奥の手を使う。
「鹿島さん!鹿島さん!」
部屋の真ん中で声を出すと、廊下側の壁から鹿島さんが現れて驚いた顔をした。
「知世?!
なんでこんなところいるんだ?!」
「一緒に仕事してた女子にはめられました」
「マジか!」
「スマートフォンとか入ってる鞄はその彼女にひったくられて外に連絡できないんです。
ドアの前、何か塞いでませんでしたか?
ドアが外に開かなくて」
「あぁ、でっかい箱が積んであった。
それで出られないようにしたのか。
とりあえず出るのが先だ。
ちょっと待ってろ」
はい、と答えると鹿島さんはするっと壁をすり抜けた。
今ほどその能力が欲しいと思った事は無い。
物音が聞こえるのかと耳を澄ましていれば何も聞こえない。
しばらくしてまた鹿島さんが現れた。
「悪い。荷物に触れない」
本人も困惑しているのか声が重い。
そういえば手が透けていたことがあった。
それなら物には触れることは出来ない。
この頃は透けたり触れないのが時折あったのを言われないせいで、すっかり気にしていなかった。
腕時計を見れば収録の時間まで三十分を切っている。
とてもこんな場所に三十分以内、いやそれならもう出演には間に合わない。
事務所には怒られるだろうが、番組的には外を埋めるだけの人間が一人くらいいなくても大丈夫なはず。
そうすると後は誰かが助けに来てくれるのを待つしか無い。
それがどれくらいになるのかはわからないが。
「ありがとうございます。
とりあえず誰か来ないかしばらく待ってみます。
外から音がしたら叫びますので」
安心させようと鹿島さんに笑いかければ、鹿島さんは顔を引き締めた。
「探してくる」
「何をですか?」
「とにかく探してくる!
知世はその辺の椅子にでも座って待っとけ!」
そう言うやいなや、鹿島さんは消えてしまった。
「鹿島さん?」
呼びかけても返事は無い。
どうやら何かを探しに行ったらしい。
しばし待ったがやはり鹿島さんは居ない。
私は言われたとおり壁際にあるスチールの椅子を引っ張ってきて、座面の上に積もった埃を軽く手ではらって座ることにした。
静かだ。
あの唯一動いている時計の音が、嫌に部屋に響いて、この部屋にはそしてこの周辺にすら一切誰もいないというのをわからせるようだ。