「よく、お兄ちゃんは千世さんの事を話していました。
凄く嬉しそうに話すから、子供ながらに二人は将来結婚するんだろうなって思っていたんです」

彼女が目を見開きそしてゆっくりと俯いていき、部屋の雰囲気が重くなるのが伝わる。
電話でも彼女自身そう思っていたと話していた。
いくら過去でも、結婚しているとしても、彼女には叶えたかった夢だっただろう。

「そうね、電話でも話したけどそう思ってた。
もう渉ちゃん以上に好きになれる人なんていない、そう思った。
泣いて泣いて、なのに涙は涸れたと思ったのにまた泣いて。
きっとこの後の人生は一人で生きていくんだってあの時は思っていたの。
でも現実は違った。
私は数年後には他の人と結婚し、その人との間に出来た息子がいる。
昔ならきっと考えられない。
だから渉ちゃんが心配して今の夫と出会わせたのかも、あの子はもしかしたら渉ちゃんの生まれ変わりかもしれない、なんて思えて」

「ふざけんなよ!!!!!」

突然の大声に思わず驚き思わず鹿島さんを見れば、怒りながらも泣きそうな顔で千世さんに叫んでいた。
それと同時に寝ていた赤ちゃんが大きな声を上げて泣き出す。
おそらく鹿島さんの声が赤ちゃんには聞こえたのではないだろうか。

「ちょっとごめんなさい、起きちゃったみたい」

千世さんは席を立ち、鹿島さんに気づくこと無くその横を通り過ぎ、赤ちゃんが泣き叫ぶベッドに近づく。
そんな千世さんに鹿島さんが必死に側で呼びかけている。

「俺の生まれ変わり?!俺はここにいるんだよ!
ずっとずっとお前が大切だったのに!
誰が他の男と結婚させようなんてするかよ!
俺だって千世と結婚するのに相応しい男になろうと頑張ったんだ!
だからドラマの最終回でプロポーズして、そしてきっと俺たちの間にだって可愛い子供が生まれてたはずだ!
俺だって・・・・・・!」

血を吐くように叫んでいる声に呼応するように、赤ちゃんの泣き声は酷くなる。
千世さんも困惑顔で暴れるように泣く赤ちゃんをあやしていた。

「どうしたのかしら。
さっきミルクあげてお腹も空いてないしおむつも汚れていないのに。
こんなに泣き叫ぶなんて事無いんだけど」

赤ちゃんは千世さんにあやされながらも、泣きながら小さな手を鹿島さんの方へ伸ばしているように見えた。
叫んだ後俯いたままの鹿島さんへ手を伸ばすように。
赤ちゃんなりに伝えようとしているのだろうか。
泣いて、手を伸ばして存在を千世さんに教えようとしているのなら。
見えていて、二人と話も出来る私はどうすれば。
私はその目の前にある光景に、耐えきれなくなってしまった。

「もしかしたら、ここにお兄ちゃんがいるのかもしれません」

えっ、と千世さんが私を見て、彼女の側にいる鹿島さんも驚いてこちらをみている。

「ほら、赤ちゃんが何か違う方向に手を伸ばしていませんか?
お兄ちゃんが来ていて、泣いているのをあやすのに失敗して困惑しているのかも知れないなって」

千世さんも赤ちゃんが不自然な方向に手を伸ばそうとしていることに気付いたようで、その手の先に視線を向ける。
そこには鹿島さんが立っている。
視線を上げた千世さん、視線を下げた鹿島さん、一瞬二人の視線が合わさったように思えた。

鹿島さんは黙っていたが、そっと自分に泣きながら手を伸ばす赤ちゃんのその小さな手を触る。
やはり赤ちゃんには彼が見えているのか手が触られたのがわかったようで、驚くこともなうピタリと泣き止むとじっと鹿島さんを見上げている。

「不思議。
あんなに泣いてたのに急に泣き止んでどこか一点をじっと見ている感じ。
子供には大人の見えない物が見えるなんて言うけどもしかしたら」
「はい。
子供って幽霊が見えやすいなんて言うので、おそらくお兄ちゃんを見ているんじゃ無いかと」

千世さんは自分の子の手を見ていたが、また視線を自分の目線より上げる。
おそらく昔の身長差を思い出しているのだろう。
それは再度鹿島さんと千世さんの視線が絡んで、今度こそ二人は見つめ合っているようだ。

ただそこを見つめる千世さんの視線はやはり見えてはいない以上さぐるようで、そしてそれを見つめ返す鹿島さんの目は悔しさに満ちていた。

「・・・・・・すみません、お手洗いお借りしてもいいですか?」
「え、えぇ。
玄関近くのドアだから。わかる?」

ハッとしたようにこちらを向いて私に答えた千世さんに、大丈夫ですと笑みを向けリビングを出た。

少しだけでも二人だけにしてあげたい。
きっと千世さんは何か言葉を鹿島さんにかけるはず。

でも外に出た本当の理由はそんな二人を見ているのが辛かったからだ。
トイレのドアを閉めそのドアにもたれかかる。
千世さんに鹿島さんは見えていない。
なのにまるで思い合っているからこそ届いているかのように、二人の視線は熱く絡み合った。

そんなのを目の前で見せつけられて、耐えろという方が無理だ。
好きな人が、この世に未練を残したほど愛している人と見つめ合っている。
二人の世界から私ははじき出されたような気がして、その場を逃げ出した。

忘れていた、彼が高校二年生だということを。
時々意地悪で、でもいつも応援してくれて、そして私に約束させたことを気に掛けている。
だけど彼は死んだときのままの高校二年生。
私とは一つしか違わない。
勝手に、彼は大人のように思っていて高校生の私とは違うのだと思い込んでいた。
自分がもしも数年後に飛ばされて、周囲はみな大人になっていたら。
そして自分の思う人は別の人と幸せになっていたら。
そんなの、耐えられるわけが無い。
ずっとずっと堪えていたんだ、鹿島さんは。

もしかすると私がいない間に千世さんから何か言葉を貰い、鹿島さんはそれによって成仏してしまうかも知れない。
約束は果たした、それでいいはずだった。
だけど再度リビングに行けば彼の姿を見ることがもう出来ないのかもと考えると恐ろしい。
私は何故あんな相手に恋をしてしまったのか。
そんな自分がただ馬鹿にしか思えない。

羨ましい。
こんなにも彼をただの高校生にしてしまう千世さんが。
私にはそんなこと出来なかった。
本当なら先輩後輩、ただの一歳差のはずだったのに。
彼はあくまで私を妹のような、そして巻き込んだ事への罪悪感を感じながら接していた。
もっと沢山彼の言葉を聞いていたらどうだっただろう。
でもそれはきっと千世さんへの思いを聞かされるだけ。
そんなのは耐えられない。

やっぱり千世さんが羨ましい。
彼を五年あそこに閉じ込めたのも、そして彼を自由にさせられるのは千世さんだけ。
そんな特別な存在である彼女がただただ羨ましく、そして妬ましく感じる。
好きな人の幸せを応援してこそ、なんて所詮は言葉だけだ。
こんなにも自分が醜い感情を抱くなんて思わなかった。
なんて嫌な女だろう。
鹿島さんからすれば私の気持ちなんて迷惑なだけなのに。
自分が、本当に嫌だ。