「いくぞ」
「うん」

颯真に言われ、私達は二人並んで後ろのごっちゃに荷物のある場所では無く、ライトと光が差し込むホールの真ん中へ向かう。
立ち位置の目印として床に貼られたシールの前で二人は止まり、颯真がこちらを向き手を差し出す。
私は横に立っているが、カメラを背にしなながらその手を取る。
横を向くのはNG。
顔が映ってしまうから。
ただ編集をするから無理をする必要は無いと言われている。
あくまで自然に。
そしてメインは颯真達。

真上や色々な方向からライトが当たる。
周囲を暗くしているのでここには二人だけがいるようにすら思えた。
颯真が推薦してくれて、そのおかげで私はこの場にいられる。
一番はそんな彼の信頼を裏切らずに、呼んで良かったと思わせること。
それが颯真に一番の恩返しになる。
私は胸を張って颯真の隣に立ち、スタート!という声がホールに響いた。

バックでは新曲が流れている。
静かな出だしから明るい曲調へ。
その合間にはテンポの速いラップのような曲調。
「Happiness」がイメージだが、苦しいときだって悲しいときだってあったからこそ今二人は幸せを感じられる、そういうメッセージの込められた曲だと演出家に説明を受けた。
だからその曲の部分により、幸せそうにしたり、喧嘩したような風にしたり。
それは前の四組、全てが違った。

要求されているパターンを続けていると、

「もっと愛しさの伝わる目で!」

という指示が颯真に入った。

バックで曲は流れたまま。
ここは私が何か動いて颯真を動きやすくするべきでは。

大きな手が私の耳元から髪の間に伸びてきてびくりと身体を強ばらせた。
跳ねるように背の高い颯真を見上げると斜め前で私を見ていた。

なんて、優しそうな、穏やかな目で見つめてくるの。

颯真の口元は柔らかい弧を描いていて、目も同じように少しだけ細まった。
私の髪を一束颯真は軽く掴んで、颯真は軽くキスをした。
掴んでいる手を開き、するりと私の髪の毛は落ちる。

私の顔がかあっと熱くなったのを自覚した。
きっとそれが颯真もわかったのだろう、ははっ、と軽い笑い声を上げて私の頭をふわりと撫でる。

学校ならそのまま颯真の頭を撫で返すなりするけれどここではそうはいかない。
私は颯真の胸板をぐい、と片手で押して距離をとる。
今度は颯真が私の頭の後ろを押さえて自分の方に引っ張った。

後ろでは曲が流れているのに頭に入ってこない。
だけど颯真は指示が飛んでくるのをそのままこなし、私はそれに翻弄されて終了してしまった。


颯真達は女子達との撮影後も別の撮影があるから残ることになっている。
女子は終わった人から帰れる事になったので、私は早々に着替えて荷物をまとめながらさっきまでのことが蘇っていた。

悔しい。
正直に言えば悔しかった。

俳優を目指しているなんて私はいいながら颯真の方が遙かに指示にすぐ対応し、そして私を惹きつけた。
終わって、良かったと笑顔でスタッフさんに言われたけれど、私は颯真に引っ張られただけだ。
そんな颯真はケロリとしていて、面白かったという余裕まである事に私が落ち込んだ。
本当に演技なんて私に出来るのだろうか。
颯真はキラキラしたライトの当たる世界をどんどん前に進み、私はそれを見ているだけ。
替えのきくモデル、その他大勢のエキストラ。
もっと進みたいのに進めない。
焦りと異様な悔しさが沸き上がる。

そして演技とは言え愛おしそうに私を見つめていた颯真に、私は違う人を重ねてしまっていた。
その人がそんな顔をするのはあの人にだけ。
私には決して向けてもらえないモノ。
だから重ねてしまった、もしあの人が私をこんな目で見つめてくれたのなら、と。

鞄に最後の荷物を入れるとスマートフォンが震える。
颯真からメッセージが届いていて、撮影ホール入り口近くにいるから来てというので私は部屋に残る人達に挨拶をしてから向かった。

「お疲れ」

私が、腕を組み他の撮影を見ていた颯真に小さく声をかければ、颯真は腕を解いて私の腕を軽く掴むと、しゃべっても大丈夫な端の方に引っ張った。

「今日はサンキュ。助かった」
「こっちこそ良い経験させて貰った、ありがとう。
ただ突然お姫様抱っこはやめてほしかったけど」
「ちょっとワイルド系が欲しいとか言われたからさ、それしか思いつかなかったんだよ」
「結局笑いだけが巻き起こったけどね」

撮影スタッフ達からは笑われるし、私は顔が映らないよう颯真の胸元に顔をうずめるしかなく大変だったのだ。
だがあの撮影中、愛おしさの伝わる目というのが良かったのか、次が愛する人を思うように!という要求になり、今度は一気に颯真はスイッチを変え射貫くような目で私を見つめてきた。
その情熱的なまなざしにドキリと思わずするほど。
甘そうな表情からそういう表情まで変えられるのだ。
やはり内心では俳優でもないのにこうやって出来る颯真が凄いと嫉妬する気持ちがくすぶるのを、自分の実力不足だと言い聞かせ押さえ込んだ。
それほど颯真の演技は素晴らしかったと思う。
きっとそんな颯真の顔がアップでCMに流れれば、よりファンがつくに違いない。

「全部格好よかったよ。
あの熱いまなざしなんてドキリとしたし」
「え、マジ?」

パッと颯真の表情が明るくなる。
硬派というよりは私からするとせいぜい大型犬のイメージなんだけどな。
まぁそれに褒められれば誰だって嬉しいよね。

「うん。
正直歌もダンスも出来て、その上演技までできるのって嫉妬してる。
私もそんな颯真の演技に負けないようにしないと。
もっと頑張らないといけないって良い勉強になったよ、誘ってくれて本当にありがとう。
絶対人気出るよこのグループ。
あ、まだしばらく学校来られないんだよね?
ノートはいざとなればコピー送るから。
この後の撮影も頑張って。また学校でね」
「あー、うん。お疲れ」

私なりにエールを送ったのだが妙に気の抜けた声と顔で返され、恐らく忙しすぎるからだろうと心配になりながらビルを出た。

「暖簾に腕押し、豚に真珠」
「何ですか急に」

周囲に人がいなくなった瞬間、鹿島さんが恨めしそうな声で言ってきた。
さっき貴方のことを考えてもいたので結構ドキリとするのですが。
だがそんな私のことなど気にする様子も無く鹿島さんは私の前に来ると、

「知世のその鈍感さはむごい」
「は?」

何故か顔を覆い泣き真似をし始めた鹿島さんが理解できず、私はそれを無視して地下鉄への入り口を降りだした。