翌日。
朝九時現地集合というので十五分前に言われた建物の前に到着し、その建物を見上げる。
先に調べておいたら昭和初期の建造物とのことで、石造りで洋風な雰囲気だ。
入口はオフホワイトの壁が曲線を描くようになっていて、上には柱やツタのような柄が彫られている。
建物の横の道路にはロケバスらしき車も何台か停まっていて、荷物を搬入している人やバスと建物を行き来する人などが見える。
私は外で箱を確認しながらジャンパーを着ている若い女性に声をかけた。

「おはようございます。
今日の撮影に参加する者なのですがどちらから入ればよろしいでしょうか」

彼女は私をジロジロと見た後、

「関係者口はそこ」

それだけ言って指を指した。
ありがとうございますとお辞儀をしそちらに向かっていたら、道具を持ったまま彼女は私が関係者口に向かうかじっと監視しているかのように見ている。
確かに情報が漏れてミーハーな女子が来ていたら大変だ。
その辺関係者がピリピリするのも当然なんだなと、内心ビクつきながら関係者口で無事手続きを終えて中へ入った。

スタッフはほとんどがホールから奥の扉の開け放たれた場所に入っていく。
おそらく撮影場所はあそこなのだろうと女性スタッフに案内され移動していると、おーい、という声がして振り向く。
そこにはアクセサリーが色々とついた結婚式で新郎が着るような衣装に身を包んだ颯真が走って来た。

「なんで到着したって連絡入れないんだよ!」
「いや、忙しいだろうし迷惑だと思って」
「こっちは寝坊したんじゃないかと心配したんだからな」
「私現場に遅刻したこと無ければむしろ早めにつく方だけど?!」

思わずいつも通りに怒れば、同じような白の燕尾服がモチーフの衣装を着た男子がわらわらと近づいてきた。

「わー、俺好みのクールビューティー!」
「背、高いよね。モデルだっけ?」
「颯真が必死になるのも無理ないわ」
「お姉さん、中学生も相手に入る?」
「おい、詰め寄ってどうするよ」

次々と颯真を押しのけて質問してくるが、確かにみんなルックスが良い。
一番下は中学三年生と聞いていたけれどこの子犬のような彼だろうか。
六人組で上が二十一歳というから、最後皆を窘めた人がそうなのかもしれない。
あっけにとられていたら颯真が彼らを今度は押しのける。

「とりあえず来てくれて助かった。
スタッフから説明あるだろうけどお前、俺の相手役だから」
「相手役?よくわかんないけど聞いとく」

しん、と颯真以外のメンバーの表情が固まり、皆がなんとも言えない顔をして颯真の背中を叩いたようだ。
颯真がいてぇ!と悲鳴を上げ、皆と小声で何か揉めだした。

「えっと、とりあえずまた後で」

複雑そうな颯真がそう言い、私は後でねと返す。
去りながら颯真を囲み大笑いしている他のメンバーを疑問に思いながら、苦笑いで待ってくれていたスタッフさんに平謝りして私は控え室に向かった。


鹿島さんには着替え以外と撮影に写り込む可能性を気をつけてくれれば、後は好きにしてて良いですよと伝えてある。
控え室には既に二人の女の子がいて、どうやら同年代のようだ。
挨拶をすると笑顔で答えてくれて、気さくな感じにほっとした。
中で対応しているメイクさんや衣装担当さんなどが説明してくれるのだが用意された衣装に驚いた。
いや、颯真達の衣装を考えると当然なのかも知れないが。
メイクなどをしてもらっていたら他の女の子達も来て合計女子は六名だとわかる。
どうやら颯真の言葉を考えると、各自のパートナーとして立ったりするのだろうか。

ドアがノックされスタッフに呼ばれて皆が向かった場所は、舞踏会でも出来そうな天井の高いホール。
真っ白な壁に高い石の柱が等間隔にあってまるで海外の城のようだ。
颯真達も集まっていて、スタッフも集まるその前に一人の男性が数歩歩み出てきた。

「今日の撮影は各メンバーとパートナーのシーンを先に撮ります。
音は後で合わせるので口パクは必要無し。
女性はあくまで後ろ姿か、肩から下などで、絶対に顔を出しません。
このCMで欲しいのは、彼らと手を繋ぎダンスする相手は自分かも知れないと視聴者に思わせること。
メンバーはその点を必ず意識して下さい。
順番に撮影していきますので、ではよろしくお願いします」

よろしくお願いします、とプロデューサーらしき人の言葉に皆返事をし、一気に皆が撮影モードに入る。
なるほど、私以外の女の子が身長も髪型も髪色もバラバラなのはそういう事だったんだ。
既にピリピリとしたスタッフさん達の雰囲気を感じるのに、それでもパートナーとして出演する彼女たちは楽しそうに過ごしていて、何だか経験値の違いを感じてしまう。
数名と話しをしたが、女優の卵や私のようにモデルをしている子もいた。
経験値、それだけじゃない、私はもっと堂々としていなくてはいけないのだろう。
偉そうと言うことでは無く謙虚ではあるべき。
だけど萎縮しているのは間違いで、どんな状況でも受け止められる余裕、そういうのがまだ私には足りていないのだ。

順々にメンバーとペアの女の子の撮影が一組ずつ始まった。
各メンバーの個性に合わせ、相手の衣装も違うしメンバーも女の子に対する態度が違う。
決められたもの以外にも、流れで指示が出て、他の雰囲気や動きも撮影しているようだ。

「次俺たちだから」

四組目の準備が始まったところで後ろから颯真が声をかけてきた。
邪魔にならないように撮影場所の一番後ろ側に待機している。
撮影で声も録音するが流さないと言うこともあるせいか、スタッフもそこまでみな小声にはならずに話しをしていた。

「似合うね、その衣装」
「テーマがHappinessだからな、MVやこのCMも結婚式がイメージらしいけど。
本番はこれでダンスすんだぞ、アクセサリーは軽く作ってあるけど結構動きにくい」
「なるほど、いつもの服装でダンスするのとは違うよね。
で、撮影イメージは各メンバーによるんでしょ?
硬派キャラで行くの?」
「キャラ言うな。
まぁ、真面目な感じでとは言われてるけど。
それに合わせてお前のドレスだってあの子みたくひらひらじゃ無くてシンプルだしな」
「似合わない?」

私のドレスも白。
ようは男子達の衣装に合わせ、女子達は結婚式で着るようなドレス。
私が着ている衣装は身体のラインに沿っていて、裾はマーメイドライン。
胸元は詰まっていてあまり素肌の見えないドレスだが、刺繍が施してあり素敵なデザインだ。
颯真の前でくるりと回れば、咳払いして悪くない、と言った。
何それ。
もう少し褒め方を学ぶべきだろうに。
いや硬派イメージだとそれでいいのかな。
しばらくお互い黙って四組目の様子を見ていたが、OKの声が響き、次の準備が始まった。
そして声がかかり私達の番がとうとう来た。