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ドラマのエキストラを終えても、やはり現場からは何の反応も個人的にはもらえなかった。
撮影して、解散。
終わってから事務所に報告の電話をすれば、事務的な回答だけで終了。
鹿島さんからはそんなもんだと励まされる始末。
もしかしたら声をかけられるかも、なんて夢を見た自分が馬鹿だった。

ようやく千世さんに会う日があと数日という時に千世さんからメールが届いた。
旦那さんの親戚の家に急遽行かなければならなくなったそうで、予定をずらしてほしいとの事だった。
部屋で鹿島さんを呼んでスケジュールを確認するが、私がまた週末休めるのが二週間後以降しかない。

「すみません」
「何言ってんだ。仕事に家の都合もある。
知世の予定が優先されるべきなのは当然だ。
今回は千世の都合なんだしお互い様だろ」

やはり鹿島さんは私を責めることはしない。
むしろ悪いな、と気遣わせてしまう。
再度千世さんとやりとりをして、最短の二週間後ではどうですかとメールを送信した。
正直、もう少し鹿島さんと長くいられる、それが嬉しい。

「千世さんから日程OKの返事来ましたよ」

親の帰りが遅いので、リビングでテレビを見ながら二人で過ごす。
しばらくして返信が来たので鹿島さんに伝えれば、鹿島さんは深刻そうな顔で両手を見ていた。

「鹿島さん?」
「あ、悪い。
俺、運命線、短かかったのかなって。
よく見ると確かに短い気がする」

何で急に手相なのかと思えば、テレビ番組では人気の占い師が芸能人の手相について説明していた。
なるほど、それで手を深刻そうに見ていたんだ。

「幽霊って手相見えるんですか?」
「見えるよ。俺からすれば自分のすね毛も見えるし。
見る?元々薄いけど」
「いらないですよそんな情報。
あとパンツの裾、上げないで下さい」

娘に怒られるってこんな気分なんだろうな、と芝居がかったように鹿島さんが悲しんでいる。
そんな態度取っていたって、千世さんと会えるのがまた伸びたことを残念に思っていないはずがない。
おそらく私に気を遣っているのだろう。
現実の世界で何のしがらみもなく、彼の生きているときに会っていたならば。
いつもそれを考える。
でもそうすれば私は彼と千世さんの仲睦まじい姿を見るわけで、それはそれできっと凹む。
彼のあの手が握りたいのは千世さんだけ。
私はぼんやりと笑い声の絶えないテレビ画面を、見てもいないのに見ている振りをした。


さてあと二日行けば土曜日と気合いを入れて登校すると、校門の前には女子の人だかり。
勝手に侵入されないようにか、門をいつもより狭く閉めてある。
教師達が必死に追い払おうとしているが、彼女たちは散っては集まってでいたちごっこの様相。
制服はうちの高校のものじゃなく色々な種類があるのだが、近辺だけの学校では無さそうで授業には間に合うのだろうかと心配になる。
何だか女の子達が色々手に紙袋や色々と持っているところを見ると、今日はいつも休んでいる有名な子が来る日なんだろうかと横目で見ながら、教師達の援護を受けて狭い門をくぐり抜けた。

教室には既にリサがいて、私が入ってくると手を振ってくる。

「ねぇ校門の騒ぎ何?」

リサに聞きながら机に鞄を置くと、リサは呆れた顔をした。

「あーやっぱ気付いてないんだ。
入ってくるときいつも通りだったからまさかとは思ったけど」
「何が?」
「工藤くん、新しいアイドルグループのメンバーに選ばれたんだよ!
昨夜はそのグループがネットのトレンド一位だったじゃない!」

初耳に驚いてスマートフォンを鞄から出す。
昨日は早めに寝てギリギリ起きたのでスマートフォンを見ている暇が無かった。
というか充電が上手く出来てなかったので、登校中にモバイルバッテリーと繋いで充電しながら来ていた。
慌ててスマートフォンを立ち上げて画面を見れば、颯真から連絡が何件か届いていて冷や汗が流れそうな気持ちで中を読む。
そこには、今夜九時に以下のサイトチェック!とか、見た?見てくれた?とか、既読つかないけれどまさかもう寝てるんじゃないだろうな、という最後は怒りを醸し出すスタンプと供に送られていて、思わずひえ、と声を出した。

「あー、工藤くん連絡してたんでしょ。
それを知世は今の今まで気付きもしなかったと。
カワイソー」

私はたまたま不運というかミスが連発してみたいな弁解をするけれど、リサの心底呆れたその目が痛い。
そう言えば先日も追い込みがとか、祝ってくれよとか言っていたことを思いだした。
普通は絶対漏らしてはならない情報だ。
それらしき事を匂わすことすら問題になる。
それだけ私を信用して嬉しい気持ちを伝えたかったのかと思うと、余計に申し訳ない。

「どうしよ。
昨日は疲れて早く寝ちゃったし朝も寝坊してスマートフォン見る時間なかったし充電切れてたし。
怒ってるよね」
「どんだけピンポイントで早寝して充電ミスってるんだか。
怒ってるっていうよりむなしくなってるんじゃない?」
「そうだよね。付き合いの長い友達には祝って欲しいのに。
あんなに頑張っていたんだし申し訳ないことしちゃった」

努力していたことが実ったのだ。
心から嬉しくてその喜びを分かち合って欲しかっただろう。
私だって逆の立場なら一緒に祝って欲しいし、お祝いすべきだった。
はぁ、と大きなため息をつけばこちらを向いているリサの顔がなんとも言えない表情をしている。

「私がさ、言うべきことじゃ無い事はわかってるんだけど。
もう少し何とかならんのかね、君は」
「わかってる。友達として不甲斐ない」
「だからー!
いや、知世の天然さは好きだけど、こういう場合はどうかと思うって!」

あぁぁ!とリサが通る声で呻きながら頭を抱えた。
そこまで私の態度は友人として不味かったのか。
どうしよう、絶交だとか言われたら。
それはかなり辛い。

凹んでいたらスマートフォンに颯真から連絡が来て、怯えながら開く。
怒っている文面かと思いきや、

『マスコミ対応で数日学校休む。ノートよろしく』

という簡素な内容にホッとしつつ、スタンプがないので忙しい中打ったのか、怒っているのか判別がつきにくい。
私は急いで、ノートは任せて、そして遅くなったけれどおめでとう!寝てました、ごめんと送ると、すぐに泣いているスタンプだけ送られてきて私もひたすら土下座するスタンプを送った。
既読マークがついてホッとして顔を上げると、リサが手に顎を乗せじっと私を見ていた。

「工藤くん?」
「うん。しばらく来られないからノートよろしくって。
あとお祝いと謝罪も書いたら泣いてるスタンプ送ってこられた」
「彼は健気だな、ほんと」

リサの目はそう言いつつずっと私を批難している。
色々と申し訳ないし、リサの目が辛いので話題を変えようとしたらリサが、

「でもさ、学校の前、凄かったじゃない?
うちらは事情知ったけど当分工藤くん来ないのにあの状態続くんだろうなぁ。
いやここ数日はマスコミに出まくるだろうし悪化するかも」
「うわ、怖い。
今日ですら先生達総出で押し出してたもんね。久々見たわ、あんな光景」
「芸能クラスやらあるから、誰かテレビとかで騒がれる度にこういうのあるもんね。
工藤くんもそうなると忙しさもあってオンライン授業メインに早々なるのかな」

そっか、その可能性があるんだ。
毎日じゃ無くても颯真に会えない、それはかなり寂しい。
お互い好きな少年漫画の話題で盛り上がれる友人がいなくなってしまう。

「そういや先日エキストラの仕事あったじゃない?
颯真に伝えておいたら事務所の仲間と当日スルッと出てんの。
ドラマの制服姿で声かけられたときは驚き通り越して差の違いを見せつけられたわ。
こっちは棚ぼたのエキストラすらドキドキだったのに」

不満げに私が言えば、リサはほんと健気だとまたよく通る声で笑う。

「でね、一緒にいたエキストラの女子達から颯真と二人で話してたって突っ込まれて。
単に学校同じだからって説明したら、学校教えてとか言い出したんだ。
その中でも一人の女子が颯真の昔からのファンらしくて、彼のためにも親しくしない方が良いって注意されたんだよね、かなり怖かった」

リサ自身も似たような事を経験しているのでうんざりしたような顔になった。

「知世は工藤くんと親しいし、そのルックスでモデルなんだから他の女子とは違うやっかみくると思う。
その辺余計に注意しておくべきだよ」
「だよね。颯真はこれから余計大切な時期だし」
「いや、それもあるけどさ、前々からファンだった子からすれば有名になった事が嬉しい反面、自分だけの彼では無くなってしまったと嫌いになるパターンもあるのよ。
かわいさ余って憎さ百倍、ってやつ。
それだけファンの心理って暴走することもあるし、それが特定の子と仲良くしてたら標的はそっちに向きかねない。
知世自身、身辺気をつけてって話」
「わかった、まぁもう早々外で会わないとは思うけど。
颯真も忙しいだろうし、人気が凄くなれば余計会えなくなるんだろうなぁ」

寂しいなと呟けば、この天然小悪魔め、とリサに言われたと同時に教師が教室に入ってきた。