「終わった。あっという間だった」

撮影は他の撮影が長引いた影響で待ちに待たされ、撮影にようやく入ったらまた何度かやり直しをしたけれど、それはあくまでメインキャストの都合で我々も巻き込まれる形でやり直すだけ。
ただ道を歩くだけなのに、テレビカメラや撮影スタッフ達がじっと見ている中演じるというのは、エキストラですらこんなにも緊張するのかと初めてわかった。
日頃カメラになれているから何て思っていたのは甘い。
私達は停止した画像で勝負だが、ここは動画で勝負している場。
自分の動きがおかしくてメインキャストの皆さんや他のエキストラの人達に迷惑を掛けたらどうしようかと、異様に緊張してしまった。
おかげでどっと疲れが出てしまい情けない。

女子高生、男子高生のエキストラ達が着替え場所と荷物置きとして提供されている近くのビルに動き出しているときに肩を叩かれた。
鹿島さんだろうと無視していたら再度強く肩を叩かれた。

「なに、無視してんだよ」

振り向いたら指が頬に刺さる。
そんな子供じみたことをして声をかけてきたのはまさかの颯真だった。
それも学ランで詰め襟に私の着ている制服と同じ校章、ようはこのドラマに出るための衣装を着ていて私はまじまじと颯真を見る。

「なんでいんの?!っていうかなんでそれ着てんの?!」
「出たから」

ケロリと颯真が答えて、開いた口がふさがらない。
そんな私の反応を望んでいたのか、ドッキリが成功したと言わんばかりに嬉しそうに笑っていて腹が立ってきた。
ふと周囲から視線を感じて見てみれば、エキストラ達の、特に女子達の一部がこそこそこちらを見て話している。
女子数名の目はとても好意的ではない。
むしろやっかみというか悪意に近いというのがわかる。
颯真はまだメジャーでアイドルデビューしていないとはいえ、チェックしている人達にはそれなりの有名人になっている。
私の方が無名なのだから、何なのあの子と思われるのは無理もないだろう。

無邪気な顔をしている颯真の腕を掴みビルの影になる場所に引っ張った。

「どうした?」
「見られてるの!特に女子達から!」

颯真はその言葉に気分を良くしたらしく、かなり顔が知れてきたな、と満足げだ。
こいつは女子達の恐ろしさを分かってないな。

「で、出たって本当に撮影に出たの?」
「さっきからそう言ってるだろ」
「冗談じゃ無いの?!」
「今日やる場所も時間も聞いてたからさ、気になって仲間達とのぞきに来たんだよ。
そしたら仲間の一人が現場に知り合いがいて。
出る?って聞かれたから出るって言ったらOKしてくれた。
だから仲間達と群れて歩く男子高生役やったってだけ」

ははは、と笑う颯真を前に私は肩を落とす。
颯真レベルだとその場で声かけてエキストラくらいやれるのか。
こちらはずっと前から気になって、台本読んでしまったり勉強と並行しながらでぐるぐるしていたというのに。

「ふぅん、さすがは有名事務所」
「あ、悪い。怒らせるつもりは無かった」

私の性格を理解している颯真が慌てて手を合わせて謝ってくる。

「お前は試験勉強より台本気になって、どっか手の届かない場所に置いておくくせに結局それが気になって勉強に集中出来そうに無いもんな」
「ねぇ着替えたいんだけど?」
「悪かったって。
疲れただろ?これやるから。
俺はこれからまた練習なんだ。
少々追い込み入ってんだけどさ、何か俺に良いことが起きたらすぐ祝ってくれよ!」

颯真はどこから出したのか私の手に何かを握らせ笑顔を見せる
そしてまたなと言って着替えるためのビルに入らずに、待っていた仲間と合流してレッスン用のスタジオにでも向かって行ってしまった。

自分の手を見たら四角いチョコレートが一つ。
それも以前颯真がくれた有名な海外メーカーので、私が美味しいと絶賛したものだった。
何でこんなの持っていたのか疑問に思いつつ綺麗な柄の包装紙を開け口に入れる。
濃厚な甘さは思ったより疲れていた心をほぐしてくれた。
こういう気遣いというか不意打ちをしてくるところは尊敬するし見習いたい。
それにしても俺に良いことあったら祝えって何だろうか。
また何か目立つお仕事でも来るのだろうか。
そろそろ無くなりそうなチョコを名残惜しく思いながらそんなことを考えていると、今度こそ鹿島さんの声が横からした。

「実にいい男だな」
「いい男ですよ。
まだデビューしていないのに人気ありますし。
学校でもファンの子達が結構いたりするので」
「その上知世の、実は子供じみたり弱気な部分もわかってるし。
すぐに謝り甘い物を準備して去り際に渡す周到さ」
「すみませんね、私の外と中が違って。
颯真は子供っぽいですけどあぁ見えて優しいんですよ。
私が緊張してたのがわかってたからくれたんだと思います」

思わず口をとがらすと、笑われてしまった。

「うん、お兄ちゃんとしては知世にはそのまんま大人になって欲しいなぁ」
「それ少なくとも褒めてないですよね?」

鹿島さんはただ笑って私の頭を撫でると、外で待ってるなと消えてしまった。
私はいまいち納得出来ずに着替えをするためにビルに入った。