試験前に詰め込むように勉強し、試験を何とか終えた。
その途中でも、もらったドラマの台本を何度も読んだ。
私の役に台詞なんて無いけれど、どういうドラマなのか、どういう所での出演なのか気になって読んでしまう。
所詮はエキストラなのできちんとした台本では無く、出る前後当たりの部分を抜き出した紙の束だ。
だけど私にとっては初めて関わるドラマのもの、嬉しくないわけが無い。
むしろ勉強よりもそっちをちらちら触ってしまい集中できないので、申し訳ないけれど鹿島さんに勉強中は私がよそ見しないよう見張っていていてもらった。
どうしたって面倒な試験勉強より楽しみな撮影に気持ちが向くに決まっている。
気を散らすスマートフォンを勉強中引き離すかのように、それは我慢しながらの日々だった。
そんな試験を終え、二時間ドラマ撮影の現場に私はいた。
時間は朝七時前。
これから舞台となっている学校の門近くの道路で、主人公の妹が登校しながら友人と話すシーンの撮影が始まる。
制服は衣装として貸し出され、いつも着るブレザーではなくセーラー服を渡された。
上品なセーラー服、一度着てみたかった制服なのでこれは嬉しい。
そんな私はその学校の生徒の一人として、同じように学校に向かう為に歩くだけ。
私以外にも男子や女子、大人も含め十数名、現場指揮担当のスタッフさんから、適当に友人同士、一人で歩く人など割り振られ、私は一人で学校に向かう生徒役となった。
まだ友人同士なら会話をして下さいと指示があったが、私はただ歩くだけなので本当に声も出せない。
せめて友人同士の役になっていたら良かったのに。
これではなんのアピールのしようが無いな、とため息が出そうになったところを頭に痛みが走った。
「おい、面倒そうな顔するな」
私は少し人が集まっている縁の外側に一人でいたので、思わずその注意に小声で反論する。
「仕方ないじゃ無いですか、一人で歩くなんてアピールしようもないし」
私のやさぐれた言葉に横からため息が聞こえ、お前なぁ、と呆れた声がする。
「そりゃただの通行人だからメインの女子高生より目立つのはタブーだ。
だが、ただの通行人でも本来は人格があり各々人生がある。
このドラマで適切な女子高生を、お前なりに想像して作ってみれば良い。
何故一人で通っているのか、部活によっては歩き方の癖があるかも知れない。
自分なりにキャラを作り上げてやってみろ。
結構ドラマ見てる中にはマニアがいて、そういうエキストラを見てるヤツもいる。
それこそ有名女優になって見ろ、呼ばれた番組で、初めてドラマに出たときの柏木さんの映像です!なんて流されるかも知れないぞ?
そしてこういう現場にいるんだ、悪目立ちはまずいがそれなりにアピールは必要だ」
指を出し、私に説教するように鹿島さんが話す内容のハードルが地味に高い。
確かに昔の映像を引っ張り出して流す番組はよく見る。
ご本人が必ず恥ずかしがるアレだ。
それが私の場合はこの撮影になる可能性があるなんて考えもしなかった。
「初めての映像として残るなんて考えたこと無かったです。
それに難しいこと言いますね。
こういう役にしたいですが良いですか、とか演出さんに聞いてみるとか?」
「それはやめておけ。
この忙しい中、通行人Aの作り込みを聞く余裕なんて無いし邪魔なだけだ」
確かにそんな事をすれば邪魔な上にごまをすりに来たヤツと思われそうだ。
そういうのを聞いて良い立場じゃ無い事を自覚した上で、鹿島さんのアドバイスをどう生かすべきか考える。
言われたことは凄く難しい、でもそういうアドバイスをもらえるなんて私は幸せだ。
幽霊の鹿島さんだったから彼は私の側にいて、迷惑を掛けて申し訳ないからアドバイスをしてくれる。
この人は優しくて面倒見が良いから。
実際に会えていたら、私はどんな風に彼と接していただろう。
そんな考えから現実問題に移し、さぁどうしようかとふと周囲にいる人達を眺めても、誰も私がいること何て気にしてはいない。
呼ばれるまではそれこそ透明人間、幽霊と一緒みたいなものだなと思う。
あの集まっている人々の中にいつか入りたい。
柏木知世として認識されたい。
こんな、大勢のうちの一人、誰でも良い存在では無くて。
鹿島さんを見れば少しだけ口元に弧を描き、懐かしそうな目で撮影現場を見つめている。
もしかしたらここに一緒に仕事をした人がいるのかも知れない。
なのに誰も彼に気付かない。
私と鹿島さんがこういう意味で似ていることは寂しいことなのに、やはり悔しさもある。
私なんかが彼のことを悔しく思うより、本人が一番悔しいことなのに。
「知世」
その声の方を向く。
「楽しんで来いよ」
鹿島さんのその目は、妹を見守る兄のように優しかった。