家に戻り自分の部屋に入ると私は着替える前に鹿島さんの名を呼ぶ。
ドアの外から、いかにも呼ばれたので外から来ましたという演出を鹿島さんがしながら入ってきたのでクスリと笑ってしまう。
この付き合いも大分慣れてきた。
鹿島さんとしても年頃の女子の部屋を勝手に覗くとか、学校でもうかつに着替えなどに遭遇しないようにわざと違う場所で過ごすよう気を遣っているのだと以前弁明されたことがある。
そうは言っても家で誰もいなければリビングでテレビを勝手に見ていたり、体育館で球技の試合中、二階から見ていたりするのでそこは目を瞑ることにしていた。
そして今日はそれが逆に助けになった訳で。
入ってきた鹿島さんにベッドに座っていた私の横を軽く叩いてどうぞと言うと、彼は黙って私の横に座った。
「すみませんでした。
せっかく千世さんに会う機会だったのに」
さすがに帰り道申し訳なさで一杯になっていた私が彼の顔も見られずに謝れば、おでこが軽く小突かれた。
「先にこちらを謝っとく、側にいないように言われたのに出てきて悪かった。
一応離れてたんだがなんか知世が心配な気がしたんだ。
で、千世のことで悩ませてすまなかったな。
千世に会う機会をもう一度打ち合わせてもらう手間をかけさせるが、まずは知世の試験と初ドラマ出演が第一だ。
エキストラでも放映でカットされる可能性があっても、現場に行ける経験は何物にも代えがたい。
良かったな、良いチャンスが巡ってきて」
彼は綺麗な顔で子供のように明るい笑みを見せた。
ごめんなさい。
私はマネージャーからの提案に、ドラマに出る機会よりもまだ貴方と過ごせる時間が延びたことに喜んでしまったのに。
彼は五年、自覚が無くても彼女にまた会えることを願ってあんな場所に一人でいた。
だからたった少しの期間が延びるくらい何でも無いのかもしれないし、私に迷惑をかけていることを気遣っているからこそ、背中を押してくれたりアドバイスなどしてくれるのだとわかっている。
彼は優しく、そして努力を惜しまず才能ある人だったと、阿部さんや千世さんに聞きわかった。
でも短い期間一緒にいて、私にだってそれはわかる。
だけれど今の芸能界で彼の名前を聞くことも出ることもまず無い。
よほどの人間じゃ無い限り、多くの芸能人がいるこの世界では簡単に忘れ去られてしまう。
それが私には悔しくもあった。
「いえ、あの時実は違う理由で断りそうになったんです。
そんな放映されるかわからないエキストラより、もっと良い仕事の方が良いんじゃ無いのかなって」
今考えていた事を消すように、さっき考えてしまった本音を苦笑いしつつ言うと、鹿島さんは、は?と眉を寄せた。
「そんなこと考えてたのか。
そりゃどうせならもっと良い役で出たいと思う向上心は良いと思うよ。
誰だってそれを思うものでもあるしさ。
だけどな、今の知世は残念ながらえり好み出来る立場じゃ無いんだ。
何か転がり込んできたら小さな事もチャンスと思って逃さず掴め。
もちろん何度やってもそれが次に繋がらない事の方が多い。
でも現場を経験できるんだ。
話なんかで聞くよりも、その場を経験できる方が何倍も価値がある。
そんな誰もが得られない機会をみすみす逃すなんて、勿体ないに決まってるだろ。
俺の千世に会いたいという願いを叶えることは、知世からすればボランティア活動だ。
俺はそれでお前の目指すものや日常を邪魔したくはない。
まぁ知世に憑いてしまったばっかりに、日常を邪魔してるのはお前だろという突っ込みをしたいのはわかってるんだが・・・・・・」
最初は先輩風を吹かし胸を張って私に語っていたのに、最後は申し訳なさそうに身体が丸まっていくのを見て思わず吹きだした。
だが笑う私を計算していたように、彼は下から私をのぞき見てホッとしたような顔をした。
「知世は俺のことで責任を感じるなんてのは、出来るだけさせたくないからな」
そうはいっても勝手に感じるんだろうけどさ、知世は優しいからと鹿島さんは頬を掻く。
千世さんが羨ましい。
こんなに姿も心も綺麗な人に、この世にとどまりたいと思わせるほど思われているだなんて。
私のことをこんなにも褒めてもらえているけれど、その私の心中は嫉妬という最低な気持ちを抱いているのに。
「ありがとうございます。
でも千世さんに鹿島さんを会わせる約束をしたんです、必ずそれは守りますから」
そうやって笑って返すだけが精一杯だった。