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千世さんから電話を終えた日の夜、早速会う日程についてメールが来た。
あの電話が終わった後、鹿島さんはすぐに会えるようにして欲しいと私にメールをするよう急かしてくるのではと覚悟していた。
だが彼はあのむしろその事に触れず私にありがとうと言うと部屋の外に行ってしまって、その後呼びかけるまで出ては来なかった。

おそらく鹿島さんもただでさえ自分が死んだことを受け止め切れていないはずなのに、好きな人が結婚し子供までいるという事実をどう受け止めれば良いのかわからないのかもしれない。
しかし急かされないのなら悪いけれど利用させて貰う。
すぐに千世さんと会ってそのまま鹿島さんと二度と会えないくらいなら、あと少しだけ一緒に居られる時間を稼ぎたい。
彼の気持ちを知っていて、でも彼が私に手伝って貰うことを後ろめたく思っている気持ちもわかっている。
そこにつけ込む酷い人間だと思いつつ、どうしても抗いたい気持ちを消すことが出来ない。

「会う日程なんですけど、少し先でも良いですか?」

私は千世さんからのメールを鹿島さんに見せつつ、

「来月学校で試験があるのでその後に、となると一ヶ月ほど先になるんですが」

申し訳なさそうに聞いてみれば、彼は残念そうな顔ではなく笑顔を見せて、

「もちろんだ、知世の学校を優先してくれ。
こっちは我が侭を聞いて貰ってるんだから」

悪いな、と謝る彼に、ホッとすると共にやはり罪悪感が湧く。
しかし試験があって勉強をしなければいけないのは事実。
かといって、ずっと会う予定を作らないわけにも行かない。
言い訳していることくらい、自分が一番分かっている。

「試験終わってからの日程で千世さんに聞いてみますね」

鹿島さんは何も言わずに笑顔で頷いた。



千世さんと会う日程は試験を終えたその翌週の土曜日に設定した。
もっと先に伸ばさなかったのはやはり罪悪感からだ。
鹿島さんだってその間は私の側に居なければならない。
それによって彼は毎日学校に通わなければならないし、芸能クラスである以上そういう話は普通に皆がする。
彼が夢見たもう一つの世界を、嫌でも見せるのは申し訳ない気持ちになる。

そんなことを言ったって、ギリギリまで側に、私だけの鹿島さんでいて欲しい。
だからこそ微妙な引き延ばし方をしてしまった。

そんな私の下心など鹿島さんは気づくはずも無く、私が疲れて勉強をサボろうとすれば注意し、モデルの仕事に行けば人付き合いなど色々なアドバイスもくれる。
それはまるで敏腕マネージャーがついたかのようだった。


そんな折、事務所のマネージャーから今すぐ事務所に来られるかと電話があった。
運良くその日は新宿に出かけていたので、大丈夫ですと答え事務所に急ぐ。
事務所は渋谷にあって、山手線に乗り数駅で渋谷駅に着いた。
渋谷と言うより原宿よりに戻りながら事務所のあるビルに向かう。
既に初夏、日差しを避けるために日傘をし、この暑さでも服は長袖。
少し年季の入ったビルについてエレベーターで事務所のあるフロアで降りる。
ドアを開け声をかけると、私達のような下っ端モデルなどのまとめ役をしている女性マネージャーが待っていて、事務所の一角にある簡素な打ち合わせ用テーブルに案内された。
マネージャーは対面に座り、私の前に製本されていないホチキス止めされた紙の束を差し出した。
よく見ると表紙には毎週火曜日にやっている二時間ドラマの題名と、作品の題名が書いてある。

「これ、貴方も知ってる通りあの有名な二時間ドラマで放映される物よ。
そのドラマで高校に通学途中の女子高生達の一人として、出演する仕事がきてるの。
他にも数名女子高生はいるし、役に名前も無ければ台詞も無い。
だからその場に行って指示通り動くだけ。
最悪編集次第でその場面はカットされる可能性もある。
半日以上拘束だけどギャラは僅か。どうする?
今この場で答えもらえないと他の子に回すわよ」

マネージャーの声はただ要件を言っているだけで、私だから選んだという感じは受けない。
恐らくすぐ来られる女子高生ならばそれで良かったのだろう。

これはただのエキストラ。
それでもテレビに出られるなら出たいと思う子は多いはずだ。
だが伝えられた日程を聞かされ頷きながら聞いていたが、もう一度確認されて気付いた。
その撮影の日は千世さんと会う日だ!
鹿島さんにどうすれば良いか聞きたいけれど、今日は男性に見られたくない物を買うから出てこないこと、側に来ないことを約束して貰ったので恐らく側にいないはず。

どうすべきだろう。
目の前のマネージャーはすぐさま返答を欲しがっているのがわかる。
エキストラだし下手をすれば放映されない可能性もある。
そんなのよりもっと良い仕事をつかみ取れば良い。
この話に未練が無いと言えば嘘になるけれど、今優先すべきは鹿島さんの思いを遂げさせてあげることだ。
それが私の責務だと思ってこのエキストラを断ろうと決意し口を開こうとした。

「受けろよ。千世に会うのは二の次だ。チャンスは逃すな」

真後ろから一切迷いの無い声が聞こえて思わず振り返りそうになった。
私がビクリと身体を動かしたり表情が変わったのだろう、私を見ているマネージャーの眉間に皺が少し寄ったのに気付く。

良いんだ、この仕事を受けても。
会うのが延期することが申し訳ないという気持ちより、私を鹿島さんが選んでくれたようで嬉しさがこみ上げてくる。
私は予想外の声と内容に背筋を伸ばし、マネージャーに頭を下げた。

「その仕事、受けさせて下さい。よろしくお願いします」