肩を突かれている事に気付き横を向けば、
「聞いてくれ、今千世は幸せかって」
と、必死に私の肩を掴み鹿島さんが聞いてきて、私は頷く。
彼には私の心の機微なんて気付いては無い。
ただ千世さんの事しか頭にないのは当然なのに、こんなにも切ない気持ちにさせる。
「千世さん」
私の声に、なに?と砕けた彼女の返事が届く。
「結婚されたと聞きました。
今、お幸せに暮らしていますか?」
自然に聞いたはずだった。
なのに彼女からすぐに答えが返ってこない。
こっちは自然に聞いたつもりでも、急に知らない親戚の娘がそんな事を聞く方がおかしいのかと焦ってきた。
隣の鹿島さんも沈黙の続くスマートフォンを見たまま、戸惑った表情になっていた。
もしかして何かあるのだろうか。
これは早く千世さんへフォローすべきだ。
「実はお兄ちゃんから聞いたことがあるんです。
好きな人がいる、いつか結婚したいんだって。
いつも千世さんの話を聞いていたからそうなんだと思っていました。
なので」
話しを続けようとしたらスピーカーから、カタン、と何か倒れた音がして、千世さん?と声をかけた。
『ごめんなさい、ちょっと物を倒してしまって』
「大丈夫ですか?」
えぇ、という彼女の言葉の後、再度沈黙が流れて私は鹿島さんを見る。
鹿島さんもどう続けるべきか悩んでいるようだった。
『私ね、渉ちゃんと将来結婚するんだって心の中ではずっと思っていたの』
それは静かに千世さんから話が始まった。
『彼はとても素敵で格好よくて、有名になる前から多くの人を惹きつけてた。
私は同じ歳なのに女友達というよりも何だか妹のように思われていて。
何かあっては泣きべそで渉ちゃんに甘えていたから。
そうすると優しくしてくれるってわかっていてやってたの、ずるいでしょ。
そんな私だけどいつか告白して、駄目でも頑張って彼を振り向かせたい、いずれ結婚したいなんて夢を見てた。
だけど彼はどんどん芸能界で有名になって、同じ学校に通っていたって私には遠い存在になっていった。
そんな時彼が言ったの。
自分がメインキャストとして初出演したドラマの最終回を一緒に見ようって。
あのドラマの仕事を受けたとき、大切な話があるから待っててくれ、なんて言われたから内心期待してしまってた。
だけどその最終回放映直前、彼は事故で・・・・・・』
途切れた声からは彼女の苦しさが伝わってくる。
ちらりと横に視線を向ければ、床に正座して膝に置かれた鹿島さんの手が、強く握りしめられていた。
『私は高校卒業後短大に進んで就職したの。
でも彼の死が受け入れられず、時折体調を崩しがちだった私を支えてくれたのが就職した先の男性。
会社では渉ちゃんとのことは秘密にしていたけれど彼なら信頼できると打ち明けて、渉ちゃんを諦めきれないそんな私でも彼は寄り添ってくれて、そんな私を支えてくれた』
「もしかして結婚のお相手は」
『えぇ、その人なの。今は息子が一人いるのよ』
彼女の声は涙声なのに明るかった。
隣を向くのが怖いと思いながらも顔を動かすと、彼は目を瞑り、歯を食いしばっていた。
やはりそんな話を聞いて、良かったなんて安心できるわけが無い。
幸せだと祈ってるはずが、幸せだという話しを聞いて辛いに決まっている。
自分が生きていれば彼女の夫という席には鹿島さんが座り、二人で幸せな家庭を築いていたのかも知れない。
今電話しているのは私と千世さんのはずなのに、私だけがこの場にいないように思えるほど二人の結びつきを強く感じる。
鹿島さんと千世さんはずっとお互いを思い、それが実ることは無かった。
そして私は既にこの世にいない人に想いを寄せ、力を貸すなんて事をしている。
こうやって二人の愛や絆を思い切り見せつけられながら。
私、なにやってるんだろう。
ふと自分がむなしくなる。
私の思いは叶わないのに、何で、と思ったときに、肩に大きな手が乗った。
「最後に一度だけ、千世に会ってみたいんだ」
彼の綺麗な目は少しだけ潤んでいて、何かを悟ったような諦めたような声に、私は頷くしか無かった。
彼が望むことを叶えたい。その気持ちに偽りはない。
寂しい気持ちと酷いことをこの人は言うと恨めしくもある気持ちがせめぎ合うけれど、私はそれを押し殺す。
『知世さん』
「はい」
先に向こうから呼びかけられ、一瞬声が裏返ってしまった。
返事をしながらもどうやって会うチャンスを作ろうか考える。
鹿島さんが何か案を考えてくれるかと思いきや、彼はただぼんやりとした目でスマートフォンを見ているだけ。
『一度、直接会うことは出来ないかしら。
私も渉ちゃんを知ってる人と、もっとゆっくり話がしたくて。
もちろん知世さんの迷惑じゃ無ければ、だけど』
まさかの提案に、私は喜んでと返し、会う日程はメールでやりとりすることになった。
私としても彼女に会ってみたかった。
鹿島さんが心残りするほど思う女性に会えば、私の気持ちもふっきっれるかも知れない。
挨拶をして通話を終了すれば、鹿島さんは正座したまま俯いていた。
「鹿島さん・・・・・・」
「そっか、結婚した理由がそういう理由じゃしょうがない。
なんせ俺自身が原因なんだし。
子供か、可愛いだろうな。
千世に子供なんて想像できないけど。
だって俺は高校生までの千世しか知らないから」
笑いながら彼は話しているけど俯いたままで私を見てはいない。
彼が無理して笑っているのは一目瞭然。
大切な人が幸せな結婚をしているか心配していても、それを知れば悲しむに決まっている。
そしてそんなあなたを見るのが私は辛い。
それこそ千世さんのように傷ついた心に寄り添っていれば、私にも可能性だってあったのかもしれない。
だけど現実には、貴方の恋人に私は立候補することすら出来ない。
貴方は死者、私は生者。
既に住む世界が全く違う。
きっと千世さんに会えば鹿島さんは今度こそ成仏できるのだろう。
『会わせたくないな』
自然と自分の心の中で思ってしまったこと。
鹿島さんと千世さんが会わなければ、その間は私の側に鹿島さんがいてくれる。
私だけの鹿島さんとしていてくれる。
寂しげな表情をしている鹿島さんが側にいるのに、何て身勝手な事を考えるのだろう。
この人と別れたくない。
もっと一緒に居られることは出来ないのだろうか。
そう思う自分が、酷く最低な人間に思えた。