だがそんな日は続かなかった。
学校から帰宅しスマートフォンを確認すると留守電が一件。
知らない番号には出ないと決めているのだが、その知らない番号は誰からなのか予想がついてしまった。
私は指が震えそうになっているのを気付きながら留守電を再生する。
『柏木さんのお電話でしょうか。
私松田、いえ、野本千世と言います。
母から渉さんの事で実家に来られたと伺い電話しました。
ご連絡が遅くなり申し訳ありません。またかけますので失礼します』
短いながらもかなり思いつめたような強ばった声に、私はスマートフォンを持ったままリビングの真ん中で立ち尽くしていた。
「どうした?オーディション落選の知らせか?」
親がいないことを良いことに現れた鹿島さんが心配そうに私を覗き込んできて、私は彼の顔を見られないまま首を横に振る。
「留守電が入ってました。野
本千世さんからです。またかけるって」
彼の表情が一気に崩れるのが見えた。
「何て言ってた?!他にはあいつ何て」
焦ったように私に迫るので、テーブルの上にスマートフォンを置くとスピーカーにして留守電の内容を彼に聞かせた。
彼は食い入るようにスマートフォンを見つめ、もう一度再生してくれと頼まれ結局三回彼に聞かせた。
「声、変わってないな。
間違いない、千世だ」
噛みしめるような、絞り出すような鹿島さんの声。
いつも綺麗な顔に似合う綺麗な声だと思っていた彼の声が、初めて男性の声に聞こえた。
それだけ彼をただの男性にさせたのは、ずっと好きな人である千世さん。
たった少しだけの付き合いの私に、そういう声を出すことがないのは当然だろう。
なんせ偽の妹で後輩、それも単に幽霊が見えただけの話。
だけど彼にはこういう男性の声が好きな人相手には出せるのだと、それを思い知ったことは私に苦しみを味わわせた。
「もう一度電話がくるなら明日の夜かもしれない。
知世、頼む!千世と話してくれ」
苦しげな、切望する彼の表情と声に私の胸が嫌な音を立てる。
嫌だ。こんな私、気づかれたくは無い。
私は安心させるように笑みを浮かべた。
「もちろん。任せて」
彼はホッとした表情になり、ありがとう、と私にのべた。
ねぇ、今の演技は私の内面を隠して上手く出来ましたか?
貴方が求めるのは好きな人と再会し、思いを果たすこと。
やはり私が思いを告げるなんて事は間違っている。
でもその想いを隠して持つくらいは許して欲しい。
だから安心して好きな人があの世に行けるように、私は演技し続ける。
そう、決意した。