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「なぁ、俺のドラマ、見る気は無いの?」
明日は土曜日、勉強がてら録りためているドラマを目一杯見ようとリビングのソファーに座ってリモコンを弄っていたら横に鹿島さんが現れた。
「約束とは・・・・・・」
「だって両親は今日旅行でいないだろ?
知世、風呂も入った後だしここリビングだし、こういう場合は現れることくらい許してくれよ」
そんな寂しそうな顔で言わないで。
こういう風にするのは演技なのか本心なのかは分からないけれど、やはり彼の状況を考えれば断れない。
しかし鹿島さんのドラマを見るよう話題が本人からふられるとは思っていなかった。
ずっと興味はあった。
こっそりネットで検索したこともある。
終わった後もジワジワ人気の続いているドラマで、続編希望の言葉も多く見た。
本当なら今も鹿島さんは俳優として芸能活動をしていたのだろう。
有名な俳優になって数々のドラマに出演し、私もテレビなどで見て共演してみたいと憧れる人になっていたのではないだろうか。
私がドラマを見てしまえば、鹿島さんだって側にいるわけで、そんな、もうあり得ない未来を考えてしまうのでは。
だから鹿島さん自身だって見たくないのだろうと思って遠慮していたのだが、まさか本人から言い出されるとは思わず驚く。
「見て、良いんですか?」
しばらく考えて鹿島さんを見た。
私の声と表情で鹿島さんは私の気持ちに気がついたような気がする。
彼は優しい笑顔を浮かべ、
「そっか、俺に遠慮してたんだな。
女優目指してるしこんなヤツがいるなら気になるだろうに。
色々気を遣わせて悪かった。
むしろ全然知世が見ようとしないから、俳優としての俺には興味もたれてないのかな、なんて少々がっくりしてたんだよ」
「酷い」
「ごめん。
知世は優しいヤツだもんな」
リサに優しいと言われるのと、鹿島さんに優しいと言われるのではこんなにも心への響き方が違うのか。
リサから言われて嬉しくないわけではないけれど、鹿島さんから言われると恥ずかしさやドキドキする気持ちが何故か湧き出てくる気がする。
私はその変化を隠すように、既に自宅で契約していた動画配信サービスでそのドラマが見られること確認していたのでリモコンを操作する。
いつの間にかソファーに座る私の横に鹿島さんも座っていて、今はこんなのがあるのか、とテレビ画面を見ながら浦島太郎的発言をしながら前のめりで見ていた。
たどり着いた画面には『それは春の想い』という題名が表示された。
下にはあらすじとして、女性会社員と男子高校生の恋物語とある。
出演者というところには、主人公の会社員「美咲」役は有名な美人女優さん、そしてその相手役である男子高校生「春」を演じるのは鹿島さんの名前が書かれてあった。
「これ、春ドラマなんだ。
いわゆる4月スタートな。
有名な脚本家さんが作ったヤツで、作品内の二人の出逢いも春。
そして二人の名前は「美咲」と「春」。
絶対に春ドラマでやるってテレビ枠を前から押さえてたから、天候とかキャストの急なスケジュール変更とかでドタバタして、ギリギリ放映に間に合った。
実は最終話の撮影は放映スタートしてもやってて、終えたのは五月だったよ」
彼はまだスタートしていない、文字と画像だけの画面をじっと見ながら話している。
実際は五年前だが、彼からすれば撮影を終えたのは一月前くらいの感覚だろう。
千世さんと一緒に最終話を見る約束前に事故で亡くなった訳だから、少なくとも鹿島さんは最終話をテレビでは見ていない。
もしかしてこれを見ることで成仏してしまうのでは、というのが心配になってきてしまう。
「ほら、スタートスタート」
笑って急かす鹿島さんに、私は仕方がないという風にリモコンのボタンを押した。
流れてくるのは春をすぐにわからせるピンク色の桜並木、穏やかな音楽。
夜、一本の大きな桜の木の下にはベンチに横たわるスーツ姿の女性。
美咲は社会人二年目、それなのに大きなミスをし上司に怒られ、残業で彼氏とのデートを遅刻したら彼は既におらず、スマートフォンには彼から別れのメールが届いていた。
ショックを受けコンビニで買ったビールでやけ酒をしてベンチで寝そべりそのまま寝てしまったのを、バイト帰りの高校二年生、春が見つけ介抱する。
そこで二人は別れてそれで終わりかと思えば、たまたま美咲が行ったお店が春のバイト先の喫茶店で、美咲はそこに通う回数が増え二人は段々と親しくなっていく。
美咲は春から真っ直ぐな好意を向けられる。
年の差、そもそも春は高校生ということもあり美咲はそれを何とか交わし戸惑いつつも、自分の感情は抑えきれなくなり美咲が告白して秘密の交際へ。
そして最終話。
色々な事を乗り越え二人は秘密の交際を続けていたが春は大学進学を決め合格、高校の卒業式を終え、その足で美咲に会いプロポーズをする。
『大学を卒業したら結婚したい。
それまで目一杯恋人の時間を楽しもう』と。
ようやく交際を周囲に伝え、二人は幸せな時間を楽しむ為に出逢った桜並木をデートして終わる。
気がつけば一気に最終話まで見終わり、私は何度も涙した。
美咲にも春にも共感できるところがあるし、春が高校生ながらどうやって年上、それも社会人の彼女を安心させられるのかを必死に考えつつ、でも自分の嫉妬や子供っぽさに嫌気がさすところなど私は身につまされる思いだ。
これがメインキャスト初出演という鹿島さんの演技は、私からするととても素晴らしいものだった。
綺麗な高校生が愁いに満ちた表情をするかと思えば、年上の女性を守る男らしい表情をする。
同じ歳だから演技できたんだ、という酷評も目にしたが、私には声も動き一つ一つも感動してしまうレベルだと思えた。
まさに、画面にいたのは高校生の春という若者。
鹿島さんとは別人で、その事はとてつもなく凄いことだと思う。
ずっとティッシュの箱を膝に置いて泣いては引き抜いて涙と鼻水を拭く。
目の前の机の上にはぐしゃぐしゃのティッシュが山積み。
鹿島さんは最終話を見終えるまで一切私に話しかけては来なかった。
時々チラリと見たけれど、テレビ画面を見るその目は悲しそうにも楽しそうにも見えず、私は次の話にするためリモコンを操作していても声をかけられなかった。
「うん」
やっと横から鹿島さんの声が聞こえそちらを向く。
既にまた最初のあらすじ画面の出ているテレビの方を見ながら、鹿島さんの言葉は一声だけ。
自分を納得させようとしているのか、ただ単に出た言葉なのか、私にはその言葉の意味はわからない。
「知世、感想は?」
今度は私に感想を振ってくる。
既に表情はいつも通りのようだ。
「良かったです」
「いや、もっとあるだろ」
「人気女優さんだけあって綺麗で演技も素敵でした」
「何の意地悪だ」
ふてくされた鹿島さんにいつも通りだと内心ホッとしながら、私は素直な感想を話した。
それを聞いていそうだろうそうだろうと、鹿島さんは鼻高々に腕を組んでいる。
内心かなり喜んでいるのは口の端が上がっているのでわかるのだが。
「この最終話、俺は告白したいけどためらってる人達の背中を押してあげたいって気持ちで演技したんだ。
誰だって告白するのは怖いし、相手のことを考えずに自分の一方的な感情をぶつけるのは不味いと思う。
だけど、本気で人を好きになるって凄いことだと思うんだよ。
だからこそ後悔しないように、なんて思っていたけどさ、その本人が格好つけて告白を伸ばしたあげく、事故死したら意味ないっての」
苦笑いして鹿島さんは両手を上に伸ばして伸びをした。
ごく普通に話したつもりだろうけど、その内容は重い。
彼の話した言葉の中身は私がどちらも抱えていること。
好きになってしまった相手は幽霊で、好きな人に思いを残して成仏出来ない。
それがわかっているのだから、私の一方的な感情をぶつけるのは間違っている。
これが初めての本気の恋だとしても。
「もしかしたら、俺たち共演していた未来があったのかも知れないな」
頭の後ろに腕を組んで面白そうな顔をしながら私の顔を見る鹿島さんに、私は心を隠して笑う。
「良いですね、それ。
だとしたら何の役で共演かな」
「『それは春の想い』の俺の役、春には一つ下の妹がいるんだ。
親の再婚で一緒になった血の繋がらない妹。
放映では家族の話をした時に台詞として出てきたくらいだけど、脚本家さん曰く、お兄ちゃんのことを恋愛対象としてみているという設定らしい。
そういうわけで妹が兄の交際を妨害するなんて話も入れようとしたけど、尺の都合上それは無くなったのだと残念がってたよ」
「え、私がその妹の役ですか」
内容に一瞬ドキリとした。
兄には思う人がいて、自分はすぐ側にいる関係なのにその思いを伝えることは周囲を巻き込むことになって出来ない。
ただ妹としてだけ見られ、好きな人は違う相手を思っている。
まるで今の私に近いと思えて複雑な気持ちだ。
そんな考えを見せず、鹿島さんの言われた言葉に不満そうに返すと、
「才色兼備、高嶺の花な妹なんだぞ?知世に合うじゃ無いか。
クールビューティーなんだが兄からすればほっとけない可愛い妹って感じらしいし」
「では目一杯美咲さんに嫌がらせする可愛くない妹を演じましょう」
「そこまで言ってないだろ。
俺はその妹と共演したいなって話しを聞いたとき思ったんだ。
そういう春の側面だって見てみたいし演技してみたいって。
だからそんなに嫌がらないでくれよ、本当の妹に拒否されたようでお兄ちゃんは悲しい」
両手で顔を覆って泣き真似をする鹿島さんを、私はハイハイと言ってスルーする。
鹿島さんは一人っ子だと聞いた。
本当は妹か弟が欲しかったらしい。
だからそういう関係に憧れるのだろう。
実際その当時私が子役でもしていたならば、共演するチャンスは合ったかも知れない。
そもそも鹿島さんが生きて今も俳優の仕事をしていれば、私が将来一緒に演じる可能性があったことを考えてしまう。
しかしそうだったなら私は鹿島さんとただの役者同士として知り合うだけで、きっと既に千世さんへの告白を成功させて、共演するときには既に結婚しているかも知れない。
こういう特殊な出逢い方をしなければ、きっとこんなに親しくなることは無かっただろう。
どちらが良いのかと言われれば、どちらの関係も欲しいと思うのは我が侭なことだろうか。
「ま、いつか知世が女優としてテレビに出ている姿が見たいな。
それまでには成仏しているだろうけど」
「そうしないと困ります」
冷たい、とまた悲しそうな顔を彼はする。
結局ドラマの最終回まで見ても鹿島さんは成仏しなかった。
時々私が彼が成仏してしまうのではと心配していることなど微塵も気付いていない。
やはり千世さんと直接会うしかないのだろう。
それだけ彼女の存在が大きいんだ。
偽の妹だろうが後輩だろうが、彼の側で彼の気持ちを知っている特別な位置に私は今いる。
もう少しだけこの時間が過ごせるように、私は千世さんから連絡が来ないことを祈ってしまっていた。