千世さんの連絡先を知ったというのに、鹿島さんはすぐ私に連絡を取って欲しいとは言ってこない。
ずっと想っていた相手が結婚していた、その事を聞いてまだ戸惑っているのかも知れない。

鹿島さんはいつも通り私と一緒に通学する。
学校に行くのは懐かしいから楽しいし気にするなと言う。
学校につくと放課後集合ということで鹿島さんは消えてしまうが、話を聞けば当時の先生方の授業をのぞき見たり、まるで授業をサボったかのように屋上で昼寝してみたりと満喫しているらしい。

「雑誌見たよ。
例の二人組とまた組んだんだね」

昼休み、リサが今朝出たばかりのティーン向け雑誌を机に広げた。
そこには、私が笑顔で洗顔用泡立て器を持っている写真が大きく載っている。
雑誌というのは商品でも記事でも載せられる場所というのは重要だ。
開いて右側左側、そのどちらの上や下どの位置が一番目が行きやすいかというのがあって、そこに売り出したい物、人気の人物などを乗せる。
この企画にしては私はかなり良い位置に載せてもらえて、おそらく彼女たちはこの雑誌を見てまた腹を立てていることだろう。
これもあの時鹿島さんが側にいて私を叱咤してくれたからこそだ。

「まぁね。でも私が持ってるそのグッズ、本当は隣の子が担当で撮影も終わったのに急遽私になったんだ」
「何それ詳しく」

目を輝かせたリサに私が鹿島さんの存在は当然言わずに事情を話せば、リサは痛快!と大受けしている。

「知世は一見クールビューティー系なのに、中身は優しくて世話焼きのお人好しだからね、この世界で生きるには図太くないとと思ってたから安心した」
「褒められてる気がしないしそこまで弱くないって」

良い人間はあんなやり方はしないよ、なんて思うけれど私達のいる世界は礼儀を重んじてだけど自分を売り込むことを忘れてはならない。
受身でいたってそれは美徳にはならない事の方が多いって言うのはわかっているけれど。
あはは、と私の言葉に未だ笑うリサが、何かに気付いて私の後ろを指さす。

「王子様のご登場」

何のことかと振り向いてみると、颯真が遅刻だというのに女子や男子に囲まれ教室に入ってきたところだった。
私と目が合い無邪気な顔で走り寄ってきたので挨拶をする。

「おはよう」
「おはよ。
朝一からしごかれて腹減った」

午前中は育成スクールだったらしく席に行ってどかりと椅子に座ると、ごぞごそビニール袋をひっくり返しおにぎりやらパンやらを机に広げた。

「やだ、野菜が無いじゃない。
このミニトマトあげる」
「俺が生のトマト嫌いなの知ってるだろ。
嫌がらせか」
「トマトは栄養あるんだよ。
これくらい食べられないともっと大きくならないぞー」

その言葉に颯真はウッと言葉を詰まらせた。
颯真の今の身長は約178センチギリギリらしく、180を越えることを目指しているので私の言葉が引っかかったようだ。
私のあげたミニトマトを嫌そうな顔でつまみ上げると目を瞑って一つ口に放り込み咀嚼すれば、男前の顔が苦痛に歪んだ。
ケラケラ笑う私に、ムッとした颯真が私の両頬に手を伸ばしてきた。
その手は大きくてあっという間に私の顔など包み込めそうなほど。
そして私の頬を摘まんで引っ張った。

「うわ、餅みてぇ」
「いひゃい!!」

そんなに力は入れていないが私の頬をふにふにするのでその手を叩く。
颯真は私の怒る姿を見て意趣返しに成功したと思ったのか、機嫌を直したように食事を取りだした。
なんて子供なのだろう、どこが硬派なんだかと呆れて席に戻れば、リサが机に頬杖をつきながら、

「この夫婦は会った途端イチャイチャとまぁ」
「ミニトマト食べさせただけです、あと誰が夫婦なのよ」
「女子で天然なのは男子にポイント高いわよ。
で、優しくて世話焼きなお人好し。
別名おかんね、決定」
「嫌なあだ名つけないでよ!」
「おかん~、今度はチョコちょーだい!
以前美味いのあげたろー、あれにして」
「うるさい!早くご飯食べなさい!」

颯真がリサとの会話に割り込んできたので思わず大きな声で返せば、やっぱおかんじゃん、とリサが笑っている。
颯真も私に怒られたというのに何故か楽しげにサンドイッチを頬張っていて、私が疲れた気分で前を向けばリサがまたニヤニヤと私を見ていた。

「知ってる?
工藤くんって人気急上昇してるんだよ」
「へー」
「ネット記事の特集があって次にアイドルデビューして欲しい人みたいな投票やってんの。
でそのランキングで工藤くんは凄いことに」
「事務所がやってるの?」
「まさか。
他の雑誌がネットサイトでやってる記事というかその投票ランキング。
そもそもその投票するメンバーにあげられること自体凄いし、それで上位ってのも凄いよ」

私は聞きながらお弁当箱を片付ける。
そんな私にリサはスマートフォンの画面を顔の前に持ってきた。
それは話していたランキング。
未だ投票中で颯真の名前の横にはランクアップなんて星マークとともに、投票した人達の熱いメッセージも表示されていた。
凄い、こんなにも注目を浴びているんだ。
颯真がずっと人一倍練習していたのは知っているからこそ、人気が出るのは当然だろうし私だってとても嬉しい。

「颯真は歌もダンスも上手いからね。
あの子供な性格隠して硬派イメージなんかでやってるからいつかボロが出ないか心配だけど」
「わかってないなぁ、そういう男子が無邪気な子供ぽさを時々見せると女子は弱いんだよ」
「だから通常が子供だからそれは通用しないんじゃって」
「知世は工藤くんが純粋に心配なんだよね、うんうん。酷い女だ」
「なんでそんな意味深な顔しながら最後は責めるの?」

颯真のことでリサが私を茶化すのはいつものことだ。
スマートフォンの記事に視線を落とす。
この様子を見れば、きっともう少しで颯真は本当の夢のスタートに立てるのだろう。
そうすれば今なんかより遙に忙しくなって早々学校にも来られなくなる。
現にそうやって実際の授業に来られず、オンライン授業がメインになった生徒はこのクラスには多数いる。
いつまでも続くと思っていたこと、それが急に変わることがあることを頭では理解しているけれど。

でももしそんな急な出来事が、大切な人の死だったのなら。
千世さんは大切な相手である鹿島さんの死をどう乗り越えたのだろう。
もしかしてまだ引きずっていたりするのだろうか。
ふと気付く。
また考えているのは鹿島さんのことだということに。
私はその考えを頭から消すように頭を振ると、次の授業の準備を始めた。