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翌日の日曜日は午後から撮影。
場所は有名な撮影スタジオで、いくつもそういう大小の色々なパターンのスタジオが入っているビルだ。
私達が使っているスタジオは可愛らしい女性の部屋の枠組みが出来上がっている。
内容によりカーテンや家具を変更できたりする。
今回の撮影は友達の家でお泊まり会というのをベースに、可愛いパジャマのようなルームウェアを着ながら雑誌お勧めのプチプラコスメや面白いグッズを女の子数名で紹介していくという企画。

そしてこれまた困ったことに前回私を笑ったり嫌っている二人が一緒で、合計三人での撮影だ。
狭い控え室で二人は早々に着替え終わったのに、私物をこれ見よがしに広げてここの主のように話に花を咲かせている。
ようは邪魔だと言わんばかりの態度に私はうんざりしつつ着替えをし長い髪を一つにまとめて部屋を出て、廊下を歩いて端っこにある人のいない階段脇に場所を見つけると盛大なため息をついた。

「気乗りしてないんだな、今回の仕事」
「一緒の子達に嫌われてるんですよ。
自分に可愛げが無いからなのが悪いのもわかっているんですが、こう連続だと流石に気が重くて」

鹿島さんが目の前に現れ声をかけてきたので思わず本音を漏らす。

「へぇ、良いじゃん、それだけ知世が邪魔な存在ってことだろ。
この世界、どうでも良い奴に時間は割かないんだよ、勝手に脱落してくから。
でも上がりそうなヤツは邪魔だ。
お前はそいつらに恐れられてんだ、胸張れよ」

驚いて鹿島さんを見れば、腕を組んでニヤリと笑う。
そんな考え方、したことも無かった。

「俺に見せてくれよ、お前がこの世界で生き延びるヤツなのか」

事務所に所属したって私は所詮下っ端、個人的なマネージャーもつかない。
失敗しても落ち込んでも、全て自分で処理してきた。

それを五年前に亡くなったとはいえ同じ業界でモデルから俳優に、それも大きなドラマのメインキャストにまでなった人が側にいて私を叱咤してくれる。
胸の中が熱くなり、この期待に応えたい、そんな思いが強くなる。

「ありがとうございます、行ってきます」

私の笑みに彼はいかにもな営業用スマイルで、いえ、仕事ですからなんてふざけて返してきたので思わず噴き出せば、知らずに入っていた肩の力が自然と抜けた。



スタジオの奥にはいかにも女の子らしい部屋の一角が出来ていて、可愛い壁紙にクッション、ピンク色の丸テーブルの上には今回使うコスメやそのグッズが並ぶ。
ここに三人がカメラの方を向くように半円のように座って、順番に女子達がお勧めの商品をアピールしていく。

このリップはプチプラなのに持ちが良いとか、限定品のパウダーはパケ買いしたくなるほどの可愛さとか、実際に開けて使いながら商品のアピールと感想を言う。
もちろん話す内容は事前に教えられている。
カンペまで用意されているし、実際は写真で使われるわけだから吹き出しのようなものがついてそこに私達の言葉が載せられるわけだけど、実際は私達がここで発した言葉が使われるよりも編集部が決めた言葉が使われる場合が多い。
私の隣に座る女の子の番になり、洗顔ソープをふわふわにするグッズを試していてカメラのシャッター音が響く。

ハイ、オッケー!というスタッフの声で次は私の番だとコスメを用意しようとしたその時、バシャッと私に何かがかかった。
私の可愛いルームウェアの胸元に、白いモコモコとした泡が大量に飛び散ってたれること無くくっついている。
そして膝にはそのグッズが丸ごと転がってきた。

「きゃー!やだ!こぼしちゃったぁ!」

わざとらしい隣の子の声に、次の準備をするために近づいてきていたスタッフ達の動きが止まり顔を見合わせる。
ごめんねぇと顔の前で手を合わせ謝る彼女は、手で隠れているようでしっかりその口元が笑っていた。
隣の子も、手が滑っちゃったんだよね、滑りやすいから仕方が無いよね、などと謝る彼女の援護を必死にしていて、謝っているんだから許しなさいよ、という圧力を目で私に掛けてくる。

スタッフ達はこれがわざとだとわかっていても、よほどでは無い限りノータッチだ。
所詮は子供達のいざこざ、きっととにかくスケジュール通りに進むかどうかだけが気がかりだろう。
わかってはいるがため息が出そうなのを、スケジュールを送らせないために歯を食いしばり我慢して俯きそうになったその時、

「こういう時こそ笑え」

厳しい声が真後ろからした。
私以外の誰にも聞こえない声。
それは鹿島さんの声だった。

そうだ、ここで動揺を悟られて彼女たちを満足させたら私の負けだ。
私は鹿島さんの声で心のスイッチが切り替わる。
私は俯きそうになった顔を正面に向け、楽しげに笑みを浮かべた。

「凄い!本当にふわっふわ!」

そう言って私の胸に飛び散った泡をすくい上げ、隣の子に笑いかけた。

「さっき説明していたけどほんとだね!
これなら毛穴の汚れもしっかり落ちそう!」

そう言ってその泡を指ですくい彼女の鼻の上にちょこんと乗っけると、彼女は私の態度が予想外だったのか目を思い切り見開いて私を見ている。

彼女と友人は一連の行為に呆然としていたが、誰かの噴き出す声を皮切りに周囲から笑い声が聞こえだし、いつの間にか笑い声はスタジオ内に広がった。
それに呼応するように私も笑顔で泡を持ってはしゃぐ。

「知世ちゃん!
そのはしゃぐ感じこっちにちょうだい!」

男性カメラマンの声がして、私はわざと悪戯な笑みを浮かべる。
すると、そういうのも良いね!とカメラマンは笑って親指を立てた。
膝に転がり込んできたグッズを私はさっと拾い上げて、そのグッズと泡を手に持ち視線をカメラに向ければ大量のシャッター音。
わざと自分の顔に乗せたり、無邪気に楽しむ様子を演出する。
本来このグッズで撮影されていたのは隣の子で既に終了していたはずなのに、カメラマンは改めて私を指名してきたその意味は、私の方を使うために選んだと言うことだ。

横を向かなくても二人の機嫌が急降下していることはヒシヒシと空気感で伝わってきて、私は違う笑みを漏らしそうになるのを我慢しながらいくつもポーズを取った。