透明な君と、約束を


『・・・・・・はい』

もう一度鳴らそうかと考えたときに声が聞こえた。
インターホン越しに聞こえる声は若い感じでは無いようだが女性だ。

「わたし、鹿島渉さんの親戚で柏木と言います。
鹿島さんのことでお話がしたいのですが、千世さんはいらっしゃいますか?」
『ちょっと待って下さい』

警戒している声に変わったのがわかる。
少しして玄関のドアが開き、出てきたのは小柄な女性。

『千世の母親だ。
じゃ、言ったとおりに』

私以外に声は聞こえないのに、鹿島さんはひそひそと私の側で声をかけた。
こちらに歩み寄ってきた彼女から不審そうな視線を向けられ、私は門の所で立ちながら演技を続ける。
ここにいるのは渉お兄ちゃんの親戚なのだと言い聞かせて。

「初めまして、柏木知世と言います。
実は渉お兄ちゃん、えっと、鹿島渉さんの親戚で千世さんとお話がしたくて伺いました。
突然すみません」

緊張気味にたどたどしく話し、思い切り頭を下げて挨拶する。
鹿島さんとの関係を聞いたせいなのか、さっきまで警戒していたお母さんの表情が変わった。

「あなた、渉ちゃんの親戚なの?」
「はい。妹のように可愛がって貰って小さいときは遊んで貰いました。
地方にいたのでなかなか会えなかったんですけど」
「お葬式には来ていたのよね?」
「あの・・・・・・。
その日は私が風邪を引いて。
いえ、ショックで寝込んでしまったんです。
そのせいで両親も私が心配で付き添っていたのでお葬式には行けませんでした。
ですので後日、家族でお兄ちゃんの自宅に行きました。
でもあまり、覚えていないんですけど」
「そう・・・・・・。
だから見かけた記憶が無かったのね。
こんな綺麗なお嬢さんだから、小さくても見ていれば覚えているはずだと思って」

私の最後の言葉に同情するような表情を向けられ、私の悲しそうな気持ちを気持ちを逸らすかのように笑顔で私のことを褒めてくれた。
この人は優しくて、そしてきっちり周囲を見て覚えている人だ。
上手く交わせたことに気が緩みそうになった瞬間、頭にチョップが落ちて顔をしかめそうになったのを耐える。
これでも必死にやっているのに酷い。
私はまた追求されないように本題を切り出した。

「それで千世さんは」
「あぁ、千世はね、結婚して今はうちから離れたところに住んでいるのよ」

隣を向きたかった。
一体彼はどんな顔で聞いているのだろう。
だけれど私は演技をして一人でここにいることになっている以上、幽霊である彼を見ることは出来ない。

結局鹿島さんの親戚だと言うことを信じてくれた千世さんのお母さんと話が盛り上がり、千世さんの連絡先を教えてもらって、そして私の連絡先を伝えてその日は帰ることになった。


外で話すと私が独り言を言っているようになってしまうので、さっき来る途中にあった公園を思い出しそこまで行くと中に入り、奥にある青が色あせた平たいプラスチックのベンチに座る。
公園ではアスレチックの遊具などがあり子供達が遊んでいるが、座っているこの場所は距離があるので話しても声は聞こえることは無いだろう。
緊張して必死に喋ったせいで喉はカラカラ。
念のためと思って持参してきていた麦茶の入ったボトルを鞄から取り出すと、蓋を開けてゴクゴクと勢いよく飲めばようやくホッと出来た。

鹿島さんはここに来るまで一言も話さずただ黙っていたが、何故か周囲に人がいないのを確認すると頭をかきむしって上を向き大きな声で叫んだ。

「いやーちょぴっと覚悟してたけどさぁ!
こう現実で言われるとキッツいわ!
でもなー、千世可愛いもんな、モテてたし仕方ないよな、変な男と結婚してなきゃ良いけど」

早口でそう言うと、ばつが悪そうに私を見る。

「悪いな、こんなのに付き合わせて」
「いえ。ですがこの話を聞いただけでは成仏しないようですね」
「だよな。俺自身全然成仏しそうって感じになってないし。
やっぱ千世を直接見ないと駄目なのかなー」

流石にさっきので疲れているのに、これから千世さんの新居に突撃をする余裕は無い。
彼女の住んでいるのは隣町、ここから電車で一時間くらいかかる。
自宅からとなると往復考えて相当な時間を確保していた方が良いだろう。
こちらは本業の勉強にモデルの仕事、そして幽霊の頼み事まで加わって時間が作りにくい。
どうしようかと口に手を当て悩んでいると、

「まずは知世の学校や仕事優先しろよ。
どっかに時間できたら連れてってくれると嬉しいんだが」
「その間ずっといるんですか」

思わず嫌そうな顔をした私を彼が笑顔で頭を撫でてくる。
それはきっと妹にしているようなものなのだろう。

「ごめんな。
迷惑掛けるけど、しばらくお兄ちゃんの我が侭に付き合ってくれよ」

どうやら渉お兄ちゃんの親戚の妹であることを続行して欲しいらしい。
彼が成仏しない限り取り憑かれている私に本当の自由はない。
私はため息をつきつつ、早めにお願いしますと答えた。