「もうすこし、写真撮ってもいい?」
「おう。好きなだけどうぞ」

 桜に、カメラを向けた。風が花びらを巻き上げる一瞬、日差しがこぼれる一瞬――。しばらく、無心でカメラ越しの世界を覗き込んでいた。ふと見ると、彼は桜の幹にもたれてスマホに目を落としている。

 ――あ。

 スマホの画面に、何が映っているのかは分からないけれど、彼のその表情がいつもより優しくて。思わずシャッターを押していた。彼はぱっと顔を上げた。

「え、今、撮った?」
「うん」

 すると、彼は頬を赤らめて唇を尖らせた。

「変な顔してなかった?」
「ううん、大丈夫」

 言いながら、もう一度、恥ずかしそうな彼の姿を写真におさめる。「ああああ、ちょっと!」と彼はへんてこな悲鳴を上げた。

「それ、コンテストには出すなよ、絶対! 恥ずかしい!」
「出さないよ」

 言いながら、私は首を傾げた。
 てっきり不機嫌になるかと思ったのに、彼は恥ずかしがるだけだ。

「怒らないんだね」
「ん?」
「勝手に撮ったこと」

 ああ、と彼は頬をかいて苦笑した。

「まあ、怒らないよ。……で、桜の写真、どんな感じ?」

 なんだか変な態度の彼だったけれど、まあいいかと、私はうなずいた。

「いい感じ」

 写真はもう、十分撮った。桜も、彼の姿も。満足だ。

「帰ろう」

 まだすこし頬の赤みが抜けない彼と並んで、春の特別な寄り道から、いつもの帰り道へと足を向けた。