今年も九月十五日がやってきた。

『ふたりが出会った場所、出会った日』という理由で君と付き合っていた八年間、毎年一緒に来ていた記念日のような海。

 今年はひとりで来た。

 月のあかりに照らされた白波をしゃがみながら眺めていた。
 白波はひたすら静かに浮かんでは消えていた。

 大喧嘩して別れてから三年が経つけれど、君は頭の中から一度も消えてはくれない。

 明るい時間に焼肉、暗くなったら手持ち花火をこの場所で毎年君としていた。その時の会話や君の仕草、何もかもを鮮明に覚えていて、今もなんども頭の中でリピートしている。

 海を眺めていると君の足音が背後でした。一瞬チラッと見た。君だけじゃない。もうひとりいた。多分、新しい恋人か?

 ここに来ればひとりきりで歩く君と再会して、もしかしたらもう一度君に触れるとこができるかもしれないというわずかな望みがあった。だけどそれはたった今、海底に沈み消えていった。

 ――なんでこの日に別の男と来るんだよ。

 バレないように、暗闇に紛れるように、気配を消した。どうせなら話しかけずに通り過ぎてほしい。でも知っている。君は必ず俺に気がつき、話しかけてくることを。

「久しぶり!」

 ほら、やっぱり話しかけてきた。

「あぁ、久しぶりだな」

 声をかけられ俺は振り向き立ち上がった。

 ふたりの薬指がふと目に入る。
 ふたりお揃いの光る指輪。


「元気だった?」

 君が質問をしてきた。

「おぅ」

 本当は君のことばかり考えて精神状態はよくなかった。元気なんて、別れてからずっとない。けれど、俺はそう返事をした。流れで「君は?」って聞くべきかもしれないけれど、そんなの表情見れば分かるし「元気だよ」なんて答えられたら、惨めな気持ちになりそうで、聞けなかった。

「さて、俺、もう行くわ」
「うん。元気でね」

 君と目を合わせた。
 君の恋人とは一切目が合わず、そいつと世界が交わることはなかった。


 最後「お幸せに」なんて声をかけてみたけれど、俺といた頃よりもすでに幸せそうだ。

 ふたりに背を向け歩き出す。
 途中そっと振り向けば、君はアイツと笑いあっている。

 キラキラ輝く笑顔。
 俺には見せなかったその笑顔。
 いや、見せてくれていたかも。
 
 バイクに乗り、法定速度ギリギリの速さで走った。君が後ろに乗っていた時はすごくゆっくり走っていたっけ? スピード出しすぎないで気をつけてねって、君が乗らない時でも、会う度言われていたっけ。

 今、思い浮かぶのはアイツと笑いあっている、さっき見た君の最高の笑顔。本当に俺といた時よりも幸せそうだったな。

 嫉妬心もあった。だけど、もう大丈夫だなとほっとした気持ちが大きくなってきて、胸をなでおろした。

「幸せに生きろよ」

 君を愛する俺の気持ちが白波のように、消えてしまうように。

 君への気持ちを空中分解させるイメージで走り、風になる。

 長い間自分の中で止まっていた夏が動き出した気がした。そしてそれは、秋風と交差した。

 俺は空に向かった。

 俺がもうこの世界にはいないことを、君はまだ知らない。